百貨店
百貨店がニトリに助けられる時代
2017年3月16日 百貨店 0
家具インテリアにはほとんど興味がなく、必要に迫られて国道沿いのニトリや家電量販店の家具売り場を物色して必要最小限の商品を買うくらいだ。 だから、大型家具はもう10年以上何も買っていないし、今後もよほど不具合が出ないと買い替える予定もない。 捨てるのにもお金が必要だし。 今、新しく買いたいのは扇風機で、15年くらい使ってきた扇風機がついに昨年夏に動かなくなっ
行き過ぎた前年実績主義でますます衣料品は売れなくなる
2017年2月28日 企業研究 0
洋服が売れない理由はさまざまあるが、その一つに「前年実績主義」がある。 これはPOSの発達による部分も大きいとは思うが、前年売れた物を再度投入するというやり方だ。 もちろん、洋服には「定番」と「シーズン物」「トレンド物」があり、「定番」は文字通りの定番品なので何シーズンにも渡って販売されるのは当然といえるが、昨今の不振ブランド、不振店の多くは「シーズン物」
理想を実現できなかった我が国のSPAアパレル
2017年2月27日 考察 0
ちょっと様々なご意見をいただきたいのだが、現在の国内アパレル業界におけるSPA(製造小売り)というのは、その昔に提唱された理想形態とはずいぶんと異なっているのではないかと思う。 米国でのGAPの成功を受けて、国内でもSPAという業態に強い関心が集まったのは90年代からである。 とくにバブル崩壊後は新しい売り方としてさらに期待が集まった。 97年から2003
自社・自ブランド・自店に対する希望的観測は捨てよう
2017年2月24日 考察 0
毎朝、顔を洗う時に多くの人は鏡を見る。 髪の毛をセットするときにも鏡を見る。 たしか、遠藤周作のエッセイだったと記憶しているが、「自分も含めてどんなブサイクな男女でも鏡で自分の顔を見ると、まんざらでもないと思ってしまう」というようなことが書かれてあって、確かに言いえて妙だと感じる。 で、自分が撮影された写真やら動画やらを見ると、その根拠のない自信は脆くも崩
「正しいファッション」と「正しいビジネス」はイコールではない
2017年2月15日 考察 0
ほかのこと(ワールドやら三陽商会のことやら)を書こうかと思っていたが、ちょっと予定を変更して、今日はこのブログをご紹介したい。 アウターからスーツの裾が出ているのを見て思うこと http://www.apalog.com/fashion_soroban/archive/139 要するに、スーツの上に羽織ったコート(ブルゾンも含む)の丈が短くて、ジャケットの
若者がファッション業界を志望しなくなるのは当たり前
2017年2月13日 考察 0
「若者のファッションに関する知識が浅い」という類の老害の嘆きは百害あって一利なしではないかと思う。 老害感丸出しのこんな事例が繊研プラスのコラムに先日掲載されていた。 http://www.senken.co.jp/column/eye/assistant0125/ あるプレスルームがアシスタントのアルバイトを募集したところ、20人を超える応募があったとい
アパレル業界は丸投げ体質
2017年2月10日 考察 0
以前、某所で勝手に消されたのと同じ内容をもう少し詳細に書いてみる。(笑) 繊維業界に携わるようになってからもう23年くらいになるが、何年間か繊維業界とはほとんど接触しない仕事をしていた時期がある。 レストランや飲食店を取材に行ったり、ギフト問屋や雑貨メーカー、雑貨店に取材に行ったり、そこに向けて営業をしたりという仕事をした。 扱う物が異なれば商習慣も当然異
量産既製服は「作品」などではなくすべて「商品」である
2017年2月8日 デザイナー 0
アパレル・ファッション業界にはアートへの劣等感をこじらせたのか、やたらと「作品」と呼びたがるアートスト気取りの人がいて、苦笑・失笑・冷笑を禁じ得ない。 量産既製服は工業製品であり、すべからく「商品」である。 何をもって「作品」、「商品」と区別するのかは個人によって定義が異なるだろうが、すくなくとも量産工業品は「作品」ではないという部分は多くの人が共通してい
所謂「ファッション」は「趣味の逸品」化しているように見える
2017年2月7日 考察 0
どんな事物でもその道の好事家や数寄者は金に糸目を付けない。 外野から見ればガラクタも同然の品物に驚くほど高額な価格を付けて取引をしている。 骨董品しかり茶道具しかり古切手しかりガンプラしかり超合金魂しかりである。 衣料品もそういう好事家や数寄者のための「趣味の逸品」になっていると感じる。 筆者は好事家でも数寄者でもないから、そういう逸品に興味はないが、それ