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マーチャンダイズに立脚した自主企画製品を

 本来下請け業務である製造・加工場が自社オリジナルの製品を開発するケースが近年増えている。
そういう相談に乗ることもあるのだが、まず手っ取り早く販売先を探すなら合同展示会への出展がある。

国内だと東京ギフト・ショー、IFF、ルームス、プラグイン、マグ、ゴールドラッシュなどなど。

そういうところに出展すれば来場者は何千人、何万人とあるからかなり多数の卸売り先と成約に至るのではないかと期待する業者も多いが、一部の例外を除いて、このご時世ではそうそう多数の先と成約することは難しい。

なぜなら、各店・各流通業者とも例外はあるものの全般的には苦戦傾向にあり、あまり多くの数を発注しない。
よほど「イケる」という手ごたえを感じても、初回受注分はかなり少なめに発注する。

また、百貨店だけはSPA化に慎重な姿勢を見せているが、他の流通業者は自主企画製品の比率を高めている。
量販店・GMS、大手チェーン店、大手セレクトショップはいうに及ばず、地域有力店や個店でも自主企画製品の製造販売は珍しいことではなくなっている。
そうした場合、彼らが欲しいのは「仕入れる先」ではなく「自主企画製品を企画生産してもらえる先」なのである。
要するにOEM/ODM業者を探したいという気持ちの方が強い。

そういう来場者が多くなっているのに「うちの商品を仕入れませんか?」というスタンスのメーカーが出展しても思うほどの受注に至らないのは当然といえる。
展示した商品の受注をきっかけに、OEM/ODM案件を獲得するというのが現実的な成功例ということになるだろう。

一方、出展者側にも問題はある。

最大の問題は、合同展示会に多大な期待をかけすぎていることである。
失敗する出展者の多くは合同展示会に出展しさえすれば大丈夫だと考えている。

例えば、会期中に延べ〇万人来場する合同展示会があったとする。
それを見込んでの出展者も数百社以上あったとする。

この〇万人は等しく数百社のブースに立ち寄ることはない。
それぞれに目当てのブースが数社あるだけで、あとのブースに興味はない。
何の方策も立てていないと、この〇万人はその業者のブースを素通りするのみである。
客は〇万人いるけれどもブースには一人も立ち寄らなかったという状況にも十分になりうる。

失敗する業者の多くは、「合同展示会へお越しください」という案内状を送付しておらず、集客は展示会任せなのである。

取り引きしたい店があるなら、今のご時世ならインターネットで住所くらいは検索できる。
そして「合同展示会に出展するからぜひご来場ください」という旨の案内状を自社から送付すべきなのである。

東京ギフト・ショーの出展者説明会では必ずそういう趣旨の動画が流される。

そして、一度の展示会出展ではなかなか成果が出にくいということも頭の片隅にとめておく必要がある。

昔のように各店・各流通業ともに積極的に新商品を試したいとは思わなくなっている。
そこに参入するわけだから、初めて出展して多数の受注が入ることはありえない。
また自主企画製品の比率が増えているのは先に述べた通りである。

1度きりの出展ではなく、3回・4回と出展を継続する必要がある。

そして何社かの製造・加工業者の出展物を見続けて来て思うことがある。

果たして誰に向けてこの製品を作ったのか?と。
マーチャンダイズということを考えたことがあるのか?と。

製造・加工業者の自主企画製品の多くは、実に主観的で独りよがりである。

「ワシが作りたいから作った」「とりあえずこれが流行っているからそれに乗っかった」「一先ずうちの技術力を見てもらいたかった」

という製造動機が多い。

まあ、それは必要な動機ではあるが、それだけでは売れる商品にはならない。
それだけで売れる商品が企画できるならだれも苦労はしない。

アパレルやSPAにはMD(マーチャンダイザー)という役職がある。
本来その役職はマーチャンダイズする人のことを指す。
今では、パクリ商品のディレクションしかできないマルデダメ男(Marude・Dameo)みたいな人も増殖していると耳にはするが。

マーチャンダイズとは、

どんな商品をどれだけ作るか、価格はいくらにするか、どの店にどれだけ置くかなどを決めていくこと

である。

これがない商品は単に作ってお終いである。
サンプルを作っただけのことである。
いくら産地の技術を結集した高級生地であろうと、知名度もなく、商品としての感度も良くないものが10万円の価格では到底売れない。
例えばストールとして販売するなら相場はどれくらいが上限なのかということを考えねばならない。

もし本当にストールを10万円で売りたいならそのためにはどういう販促・広報活動をせねばならないかを考える必要がある。

そのあたりまで考えないと製造・加工業の自主企画製品は成功しない。

成功例の一つは阿江ハンカチーフのゴスロリ日傘ブランド「ルミエーブル」ではないかと思う。
開発当初に取材した際には、ゴスロリ日傘なんてどれほど売れるのかと正直疑問を感じたが、ゴスロリ日傘ブランドの少なさ、ゴスロリ愛好者・コスプレ愛好者の多さを考えると、ニッチながらも十分に市場として成り立つ。
また中心価格は1本あたり数千円であり、日傘としては安くはないが、愛好者から見ると高すぎるわけではない。
これが1万円を越える平均価格設定なら売れ行きは変わったがだろうが、数千円という設定は絶妙である。

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(ルミエーブルの商品一例)

そういう意味ではキチンとマーチャンダイズされた自主企画製品だといえる。

阿江社長によるとマーケティング専門の会社に依頼してブランドを組み立てたそうだが、大枚をはたいただけの成果はあった。

自主企画製品に参入しようとしている製造・加工業者はこの視点を持ち得ているだろうか?
もう一度、自社の取り組みを見つめ直してもらいたい。

商品が売れても売れなくても叩かれる製造工賃

 製造先を探しているブランドからの依頼を受けて、工場との仲介を果たすことがある。
それぞれの条件が食い違って成約に至らない場合も多いが、まれに成約に至ることもある。
その場合はもちろん有料とさせてもらっている。こちらもボランティア活動ばかりはできない。

成約に至らない一番の要因は工賃である。
ブランド側が思い描く製造工賃は驚くほど安いことが多い。
例えば、店頭販売価格が15000円くらいのカジュアルパンツだったとして、製造工賃(副資材代も含めて)が5000円になると、まず「高い」「高すぎる」という反応になる。
この商品だと3000円台で落ち着くことがほとんどである。
しかも生産数量は100枚くらいしかない。

100枚くらいだから多くの場合、国内生産ということになるが、こんな具合では国内縫製工場に就職したがる日本人はますます減るしかない。

もちろん、ブランド側やショップ側もビジネスだから利益を取る必要はあるが、だったら製造工場はどこで利益を確保すれば良いのかということになる。

また、多くの場合、たった100枚とはいえ、定価で売り切ることができずに期末に値引きされることになる。
半額で完売したなら御の字、70%オフとか3000円均一なんていうのも珍しくない。

そうすると次回の発注ではセールでの値引き分も見込んで「もう少し工賃を下げてくれ」ということになる。

反対に、この商品が爆発的に売れたとしよう。
追加による追加が入って、トータル販売数量が何千枚かになった。

そうすると次回は、あらかじめ多めに発注することになる。
前回が初回100枚だったのが、初回500枚とか1000枚ということになる。

この場合も初回工賃がそのままスライド適用されることは少ない。
多くの場合は必ず「数量が増えたのだから工賃を100円でも下げてくれ」ということになる。

商品が売れても売れなくても製造工賃は結局は叩かれるのである。

そしてそれがアパレル、ファッション業界で起きている日常茶飯事であり、ブランドやショップ側には「いかに製造工賃を安く叩けるかが優秀さの証だ」と勘違いしている担当者も少なくない。

メイドインジャパン(多くの場合はメイドバイ中国人・メイドバイベトナム人だが)も結構。
クールなジャパンも結構。
ジャパンなクオリティのタグも結構。

素晴らしいスローガン・お題目は結構だが、実情はこんなものである。

20年後、一体どれだけの国内縫製工場が残っているだろう。
アジアからの研修生を使わなければ今でも国内縫製工場の数は「確実に半減する」と断言するコンサルタントもいる。
10年後、20年後ともなれば外国人研修生を使っていてもどれだけの縫製工場がなくなるのだろうか。
そんな先まで外国人研修生制度が残っているかどうかも怪しいが。

これが国内縫製業の現状である。

1年遅れの粗悪品が売れるはずがない

 GMS、大型総合スーパーの品ぞろえとして衣料品が必要なのかな?と疑問を感じる。

ここでいう衣料品というのは主にスーパー各社の自主企画商品(プライベートブランド)である。

例えばイオンの業績が急落しているが、その原因の一つには衣料品の販売低迷がある。

http://biz-journal.jp/2015/01/post_8708.html
既存店売り上げが前期比2.4%減と不振。特に衣料品が4.1%減と大きく落ち込んだほか、食品も2.3%減と苦戦した。

とある。

ここで業界関係者もよく混同してしまうのだが、イオンモールの専門店街の売上高はここには含まれてはいない。
ユニクロ、ライトオン、ハニーズ、グローバルワーク、チャオパニックティピー、コーエンなどの名だたる低価格SPAブランドが入店しているがあれらはテナントであり、そこの売上高はイオン本体の衣料品売上高には含まれていない。
だからいくらイオンモールが繁盛して各テナントの衣料品の売上高が増えようと、イオンの衣料品売上高は伸びない。

この基本を押さえておかないと、イオンの衣料品売上高を論じるときに意味不明の議論となってしまう。

いくらイオンモールが繁盛しようと、イオン本体の衣料品売り場は苦戦しているということである。
イオンに限らず量販店、スーパーの衣料品売り場には、他社仕入れ品とプライベートブランドの両方が並んでいる。
他社仕入れ品は、いわゆる量販店メーカーと呼ばれる各社から仕入れた商品であり、他のスーパーにも同じ物が並んでいる。
例えばイトーヨーカドーにもイズミヤにも平和堂にも同じ物が並ぶ。

岐阜はアパレル企業の本社が多い土地である。
その昔は縫製工場もずいぶんあったと聞く。
岐阜に本社を構えるアパレルのほとんどは量販店向けメーカーである。
業界では岐阜といえば量販店向けメーカーの集積地をイメージする。

最大手は美濃屋だろう。
コンバースやエアウォークなどのトレーナー、Tシャツ類を企画製造して量販店各社に卸している。
岐阜武、水甚なんていうメーカーもあり、メンズカジュアルアイテムを得意としている。
レディースだとサンラリーグループだろうか。

最近は卸先も少し変化しているが、筆者以上の年代(現在44歳)だと岐阜アパレルというのは量販店向けというイメージが強く残っている。

こういう仕入れ商品はまだしも、筆者は個人的には量販店のプライベート衣料品に需要があるのかどうか疑問を感じているわけである。

例えばイオンなら「トップバリュ」というプライベートブランドがある。
トップバリュのカジュアル衣料品が欲しいと感じている消費者なんてどれほど存在するのだろうか?
美濃屋が企画製造するコンバースのTシャツが欲しいという消費者ならまだそれなりに存在するだろう。
岐阜武や水甚の企画製造したアイテムが良いと感じている人もいるだろう。
現に筆者はジーンズメイトで格安に値下げされて投げ売りされていた商品を買ったら、岐阜武の商品だったことがある。

決して「岐阜武」の商品が欲しかったわけではないが、値段と商品のデザインを鑑みて買う価値があると判断した商品が岐阜武製だったということになる。

だから、ブランド価値はあまりないが、商品の出来栄えは悪くない商品も増えてきているから、量販店向けブランドもなかなか侮りがたい。

しかし、量販店プライベートブランドはそこまでの出来栄えだろうか。
しかもブランド価値は量販店アパレル商品よりも低い。
「トップバリュの服で我慢できる人は数多くいるが、トップバリュの服を積極的に欲しい人はいない」と言われる所以である。

そしてプライベートブランドの企画はユニクロや量販店アパレルのヒット商品の後追いに終始している。
軽量ダウン、発熱インナーの例を採ってみてもそれは明らかである。
工賃はそれらよりも低く抑えられていると話す関係者もいる。

もし仮にこの関係者の証言が事実だったとしたら、後追い企画の商品を本家よりも低い工賃で製造していることになり、それでは単なる粗悪品ということになる。しかもそれは本家よりも1年遅れで投入される。
本家商品と比べても見劣りするのは当然である。原価率そのものが低いのだから。
1年遅れの粗悪品なんて普通に考えても売れないのは明白だと思うが、GMS幹部にどうしてそれがわからないのか不思議でならない。

筆者がまだプライベートブランドでもそれなりに売れる可能性があると思っているのは肌着、靴下、パジャマ類である。
あと格安メンズスーツなんかはユニフォーム・作業着代わりにスーツを着用するサラリーマンには重宝されるだろう。

バブル崩壊後から働き始めた筆者には、なぜGMS幹部がここまで衣料品に執着するのか理解ができない。
少なくともファッション要素が少しでもある衣料品は、低価格SPA、ツープライススーツショップで十分まかなえるからである。そして商品企画の精度とブランド価値は量販店プライベートブランドよりも高い。

長らく付き合いのある量販店メーカーの元部長によると、
その昔、量販店は衣料品で多額の利益を稼いでいたという。当時の利益の稼ぎ頭は量販店だったそうだ。
これはおそらくバブル前からバブル絶頂期にかけてのことだと考えられる。

その元部長によると、かつての好況が忘れられないのではないかという。

家電量販店の隆盛に圧されて、量販店の多くから家電売り場がなくなっている、あるいは大幅に縮小されている。
衣料品も家電製品のようにあきらめた方が効率的ではないだろうか。量販店メーカーの商品はまだしも、ファッション要素を含んだプライベートブランドは。

低価格SPAと量販店メーカーの企画の後追いという現在の姿勢のままでは量販店の衣料品がかつてのように復活することは到底ありえないと思うのだが。

GMSは食品と日用消耗品に特化した方が良いのではないか。

「トレンド任せ」と「別注商法」は限界に達している

 大手セレクトショップや著名SPAブランドのショップを覗くと、全般的にシーズンごとにすべての商品が入れ替わっていることがわかる。
昨今はベーシックなアイテムでさえ、シーズンごとに作り変えてしまっている。
ベーシックとはどういうことかというと、白やグレー無地のTシャツだったり、無地のオックスフォードボタンダウンシャツだったり、レギュラーストレートのジーンズだったりというアイテムである。

一昔前ならこれらの商品は「定番」として長期間販売されていたし、作り変えるとしても数年に一度マイナーチェンジする程度にとどまっていた。

ジーンズショップだと必ず、リーバイスの501が置かれていた。
トラッド系のお店だとブルックスブラザーズのオックスフォードボタンダウンシャツやラコステの無地ポロシャツは必ず置かれていた。
「定番」を置かずにガラっと商材全てを変えることが果たして売上高につながっているのだろうか?
つながっていないのではないか。
つながっているなら今頃アパレル業界は増収増益の会社であふれかえっているだろう。

ところが現実はそうではない。
減収減益は当たり前、前年維持でも「すごくがんばっている」と評価される状況である。

商品をすべて作り変えると、理論上、買い替え需要が見込まれる。
しかし、その仮説通りに消費者は行動してくれていない。

またオーナー、店長、バイヤー、に考える力、物を見極める力が失われているのではないか。
何を「定番」にしたら良いのかわからない。
「定番」と新商品の構成比率がどれくらいが適正なのか考えられない。

そういうことなのではないかと感じられる。

欧米の名だたるラグジュアリーブランドほとんどにデニム生地を納品しているクロキを取材したことがある。
クロキによると「ラグジュアリーブランドは新商品も投入するが、定番品も継続している。ある品番のデニム生地なんて数年以上に渡って使われ続けており、それを使った品番もほとんど変化しておらず、したとしてもマイナーチェンジにとどめている。ラグジュアリーブランドの定番と新商品の構成比率は考え抜かれている」という。

定番なくして何がブランドなのだろうか。
何がセレクトショップなのだろうか。

店頭を見ていると、定番作りにもっとも熱心なのがユニクロに見える。
なるほど今年の店頭にも昨年物が並んでいたり、定期的にマイナーチェンジは繰り返されたりしている。
けれども、無地のオックスフォードボタンダウンシャツも無地のスエットシャツ(トレーナー)も年間を通じて置かれている。
冬場なら無地ラムウールセーターは必ずある。

たしかにユニクロはシーズン物の投入にも積極的だし、時々、企画意図がわからない突飛な新商品の投入もある。

しかし、定番は必ず作り続けている。

ユニクロをバカにするファッション業界人は多いが、彼らがバカにするユニクロの方が、欧米の有名ブランドに近い姿勢を採っているのではないか。
定番と新商品の構成比率を考えられるだけの能力があるのではないか。

「ユニクロみたいな大資本だからできるんだよ」という言い訳が聴こえてきそうだが、そんなことはない。
小資本だってやろうと思えばやれる。
その実例は苦楽園のセレクトショップ「パーマネントエイジ」だろう。

http://www.permanent-age.co.jp/

ここは1店舗しかない個人オーナーの店だが、定番商品をオリジナルで企画し続けている。
無地カットソーは定番品で、ほとんど変わらない。変わったとしてもマイナーチェンジのみである。

IMG_3794

(パーマネントエイジの定番カットソー)

1店舗だけなら、当然、ロットがまとまらない。
だからここは、自社オンラインショップのほか、卸売りもするし、百貨店内の催事にも定期的に出店する。

また、何年間か売り続ける計画があるから、ある程度のロットとしてまとまり、オリジナルの定番品を作ることができる。

セレクトだろうがSPAだろうが何店舗かのチェーン店なら個店のパーマネントエイジより資本力は大きいはずだ。
個店にできてチェーン店にできないはずがない。要は考える力とやりきる覚悟があるかないかだろう。

ファッション業界人の「定番忌避」は商品だけのことではない。
素材面にも及んでいる。

カイハラやクロキといったデニム生地メーカーはブルーデニムでも何百種類という色を持っている。
そんな多数の色があるのに、別注色なるものが必要だろうか?
ユニクロやエドウインのように年間何十万本も製造するならともかく、1シーズンにせいぜい100本ほどしか製造できないようなブランドに別注色が必要だろうか。到底必要とは思えない。
何百色もあるブルーから選べば良いのではないか。顧客もそれだけの数のブルーは見分けられないし、何よりもブランド担当者自身が見分けられないだろう。

一口に「デニムの別注色」と言うが、ロープ染色するには最低でも5000メートルのロットが必要になる。
5000メートルでも少ないくらいだ。
1反=50メートルだから100反のオリジナル生地を作る覚悟があるなら別注色をオーダーすればいいが、それが無いなら安易に別注色などと口にするのはやめた方が良い。
知識の無さがバレるだけである。

逆にクロキの定番デニム生地を欧米ラグジュアリーブランドは使用しているのである。

どちらが理にかなった姿勢かは言うまでもない。
「別注」という言葉に頼らないと売れないブランド、売れない店がそれだけ増えたということだろう。
「別注」という言葉を使ってすら売れなくなってきているのだから、そろそろ「別注」商法も限界に達しているということだろう。

話を戻すと、定番を作れない・売れないままでは、結局そのブランドの顔はいつまで経ってもできないわけで、毎シーズン、ガラっと商品が変わるのは目先は大きく変化するが、そのブランドやショップの本質は見えにくい。
トレンドの風任せの浮動票だけを当てにした商売は、これ以上伸びる要素は少ない。
ブランド、ショップともに「定番」を作るだけの企画力、物を見極める力を養うべきではないか。

ファッション専門学校の入学者募集手法の移り変わり

 昨年11月から、縁あって大阪ファッションアート専門学校という小さなファッション専門学校で毎月2回、講義を行っている。

http://www.ofa.ac.jp/

校名はずっと同じだが、3年くらい前に新オーナーが買い取って新規一転で再スタートを切った学校である。
だからまだ1年生が7人しかいない。

ファッション専門学校が氷河期を迎えているのに、買い取って再スタートさせるというのは何とも酔狂なことだと感じるのだが、乗りかかった舟なのでなんとか学生のためになるような内容を話したいと心がけている。

回り道をしてきた人もいるので一概には言えないが、多くの一年生は高校を卒業した翌月に入学している。
デザインの手法とかパターンの作り方などは筆者には教えることはできないので、必然的にビジネス関連のことになるのだが、小難しいビジネス理論は筆者にもよく理解できていないし、高校を卒業したばかりの学生にはもっと難解だろう。
そういうことはほかの先生方にお任せしてしまう。

そこで、

業界の大まかな構造だとか
現在、アパレルがこぞって活用するOEM/ODMについてだとか
アパレル企業や小売業の社内の役職についてだとか

そういうことを話している。

先日は、講義内の雑談で、正社員の待遇について言及した。
例えば、雇用保険についてだとか、そういう内容である。

そうすると意外に学生の食いつきは良かった。
そういえば、筆者も大学を卒業する際まであまりそういう話を耳にしたことがなかった。
きっとそういう講演や講義なども聴いていたのだろうが、筆者の生来の愚鈍さと、演者が噛み砕かずに話していたため、ほとんど記憶に残っていない。

次は有給休暇について話してみようかと考えている。

専門学校は2年ないし3年で終了する。
専門学校に入学する・させる目的としては就職できるためであろう。
しかし、高校を卒業したばかりの学生は待遇や企業の制度などあまりしらない。
おそらく興味もないだろう。筆者なんて大学を卒業するまで興味がなかった。

興味がないからといってそれを放置しておくと、わけのわからないブラック企業にひっかかって良いように使われてしまう。
企業個々に待遇制度は微妙な差があるとはいえ、そういう待遇の最大公約数的なことを教えることはそれなりに意味があるのではないかと考えている。

ところで、先日のレモネード伯爵(ペンネーム)の専門学校の分析記事は秀逸であった。

http://www.apalog.com/lemonade/archive/35

ファッション専門学校の入学者募集トレンドの移り変わりをまとめている。
詳細は原文をお読みいただくのが良いだろうが、キモの部分を以下に引用させていただく。

①「すごいパンフレット」の時代(1990年代)

80年代のDCブランドブームでは入学定員が満たされていた服飾専門学校だったが、そのブームが去り、90年代に入って「すごいパンフレット合戦」を繰り広げ始めるようになった。それまでモノクロで固いイメージのあったパンフレットのクオリティアップを図り、高品質な用紙を使ったり、一流モデルを使ったり、オリジナルDVDを入れたり、まるで雑誌のようなパンフレットセットを贈った。地方の高校生は都会から届いた豪華なパンフレットに狂喜したに違いない。この頃から地方の服飾系専門学校が淘汰され、東京・大阪に学生が集中した。印刷業者や不動産業者はさぞかし儲かったことだろう。

②「個人リストと雑誌ブランディング」時代(2000年代)

2000年代に突入すると携帯電話が若者に普及。これに伴って個人リストを手に入れたものが入学募集を制覇する時代に突入した。資料請求者に対して、前述したパンフレットはもちろん、その後のフォローとしてメルマガ、DM、電話などあらゆる情報を送ることで入学者の獲得につなげた。オープンスクールの増発、バスツアーによる地方出身者の囲い込み、入学前プレ授業による入学辞退の阻止などの営業施策が次々と開発された。

またこの時期からファッション雑誌の活用も増加。雑誌社と提携し、学校名記載の読者モデルの掲載や学校主体の記事広告を増発。就職実績を誇るというよりは、お洒落な在校生をピックアップして”学校に通いたくなる”ようなイメージアップを図った。個人リストを獲得するための「専門学校はがき一括請求」や「専門学校ポータルサイト」が一時代を築いた。

しかしこのあたりから、入学前のイメージと入学後のイメージのGAPが発生し、一部の学校ではクレームが多発。

③「脱パンフレット・ウェブ全載せ」時代(2010年~現在)

スマートフォンの普及により、若者はウェブサイトおよびSNSでの情報取得がメインとなる。豪華なパンフレットは効果を発揮しなくなり、若者はウェブサイト上ですべての情報を欲しがるようになった。かつては資料請求をさせるために、ウェブサイト上に学費の詳細を載せことはタブーとされてきたが、現在はすべての情報を開示するのが常識である。学校によっては入学願書までダウンロードできるようになっている。過度なメルマガ配信、DM郵送、TELアプローチはかえって学校のイメージダウンとなった。

またSNSが購買の決定権を左右するようになる。入学者・在校生・卒業生がつながるようになり、各校とも過剰なイメージ戦略やあおりができなくなった。つまり「本当のこと」を正しくPRする必要が出てきた。ブログやSNSの更新が入学募集に不可欠になった。ちなみに雑誌社は、メイン顧客(カモ!?)だった専門学校からの出稿が激減したことが一部要因となり、次々と廃刊に追い込まれていった。

ちなみにスタイリストやファッションライター、ゴスロリ系のデザインコースなど、就職先が極端に少ない特殊コースに学生が集まるようになったのもこの時期の特徴である。

④「残存者利益」の争い(新時代~)

前述したように現在の服飾専門学校の入学募集は熾烈である。もはや販促やPRを強めるだけでは入学者の確保が難しくなっている。入学希望者の絶対数も減り、まさに生き残ったものだけが残存者利益を享受する時代に入ったといえるだろう。ここにきて高校とのパイプを持つ老舗・大手の専門学校が強さを発揮している傾向にある。弱小スクールは残された時間をどう生きていくかを考える必要があるだろう。ただし学校法人は国からの援助があるので、株式会社立スクールよりは淘汰は遅くなることが予想される。

とある。

この時代によるトレンド変遷の分析は的を得ている。

そして各年代のトレンド最盛期には、前時代のトレンド手法はまったく効果がなくなっている。
筆者は2008年から1年間、某専門学校で広報を務めたことがある。
専門学校の広報というのは、純粋な意味での広報業務のほか、入学者募集という業務がある。
入学者数が低位低迷する専門学校というのは、この入学者募集の時代ごとのトレンドに乗り遅れた学校がほとんどである。

筆者が務めた時代は②の終わりごろであるが、雑誌とタイアップ記事を作成するためには莫大な費用が必要である。料金設定は雑誌によって異なるが、見開き2Pの場合、1回につきだいたい150万~200万円強が相場である。
年に4回やれば少なくとも1000万円弱のカネが必要になる。

入学者数が低位低迷しているからこのカネを捻出するのが厳しい。だから出稿を減らす。さらに入学者数が減るという悪循環スパイラルである。
そしてこのころすでにウェブ時代が隆盛を迎えつつあったが、各専門学校は伝統的に情報開示を極度に嫌がり、かなり消極的だった。

引用記事にもあるが、入学金や授業料を自校ウェブサイトに掲載していた学校は2008年当時、知る限りでは存在していなかった。

しかし、ぼったくりバーやぼったくり居酒屋の例もあるわけで、寿司屋の時価じゃないんだから授業料をウェブで公表できない体質というのはいかがなものかと多くの人が感じても不思議ではない。
ちなみに生徒数は今でも多くの学校が掲載していない。
一方で、学校の年度ごとの収支報告は掲載されるようになった。これは文部科学省側の指導もあったのだろうが、一歩前進といえる。

筆者は②の末期に在籍したが、専門学校の多くの年配層は①の手法に固執していた。また、①の手法以前の時代の手法に固執する年配層も少なからずいた。
いずれも時代遅れの手法であり、そんなものが効果を発揮するはずもない。

また今は③の時代だが、②の手法は最早通用しない。
ファッション雑誌の多くは下り坂であるし、ファッション雑誌の影響力は低下している。
最早若者がファッション雑誌を読んでいるかどうかすら怪しく、ファッションコーディネイトブログやWEARなどのファッションコーディネイトアプリを参考にしている若者も多いと聞く。

今の時代に②の手法に固執している経営者や幹部がいるとするなら、それは時代遅れで変化に対応できていないということになる。

このブログ主は今後を④の残存者メリットの時代になると予測しており、これにはまったく賛同する。
少ないパイを独占・寡占するために専門学校間での競争が激化し、支え切れなくなった学校は今まで以上にどんどん淘汰されていくと考えられる。

ブログ主がいうように、今後もファッション専門学校はゼロにはならないだろうが、ファッション・アパレル産業が若者にとってあこがれの職業では最早ないので、今後も厳しい生き残り合戦が続くことになるという指摘にも激しく同意する。

新規参入でマス市場に飛び込むためにはセールスポイントか大資本が必要

 新規ブランドを立ち上げる際、「今、このテイストが人気だから」という分析を基にそこに飛び込む企業が多いように見える。これは何もアパレルに限ったことではなく、産地の製造加工業者でも同じである。
いや、むしろ産地の製造加工業者の方がこの手法を多用するように見える。

しかし、後発ブランドがその人気市場へ割って入るためにはよほどのセールスポイントか資本力がないと不可能である。
セールスポイントとは価格競争力、高品質、高デザイン性、雰囲気の良さ、プロモーションの上手さなどを指す。
もしこれらが決定的に欠落していたとしても大資本なら急激な多店舗出店によって、無理やりに、一時的にでも注目を集めることは可能になる。

この両方が無い場合、後発ブランドがすぐさま成果を得られることはかなり難しい。
そこを産地の製造加工業者は真剣に見つめなおしてもらいたい。

それはさておき。
では、マス市場ではないが、ファッションには必ずニッチな市場がある。
現状のジーンズ業界で言うならビンテージレプリカジーンズはマニアに向けたニッチな市場だといえる。
後発ブランドはそういうニッチな市場をあえて狙うというのも一つの成功方法ではないか。

今回はその一例ともいえる記事をご紹介したい。

「ワル」な「オトナ」がメンズファッションの隙間だった
http://t-f-n.blogspot.jp/2015/01/blog-post_19.html

少し前になりますが、12月8日の繊研新聞で三陽商会のセレクトショップ、

ラブレスとギルドプライムが取り上げられていました。

記事から概要を抜粋すると

「既存の大手セレクトショップが得意とするトラッドベースのカジュアルな商品とは一線を画」す為に

「オリジナルも万人が好むような値頃なベーシック」にはせず、

「買い付け品に負けない”攻めた企画”がほとんど」となっているそうです。

「モード系でクセの強い品揃えがコアなファンを中心に支持を広げ」、

「業績はこの5年ほど右肩上がり」となっているそうです。

とのことである。

ラブレス/ギルドプライムのオリジナルアイテムのターゲットは

いわゆる「お兄系」を卒業したような、

少し「ワル」な雰囲気を持った男性をターゲットにしていると思います。

とある。

要するに、昔、お兄系を着用していてそのままのテイストで年を取ったような男性がターゲットということである。

商品の画像を見ていただければわかるが、カジュアルはお兄系か元ヤンキーという風情だし、スーツ類はどうみてもホスト崩れか崩れホストかという雰囲気である。

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(ドクロのマークがついたダウンジャケット)

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(パンツのバックポケットにジッパーとドクロマークの装飾)

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(同ブランドのドレスシャツ)

個人的にはこの手のファッションはまったく好きではないし、この手のファッションで固めた男性と言うのも苦手であり、あまりお近づきになりたいとは思わない。

商品画像ではデカデカとドクロマークが付けられているが、ヤングならいざ知らず、ヤングを卒業した年代以上でデカデカとドクロマークを付けた服を着用して似合っている人物は、キャプテンハーロック以外にあまり見たことがない。

それでも市場としてはマスではないが確かに存在する。
そこに向けて商品を供給するというのは立派なビジネスモデルといえる。

需要があるから小なりといえども5年連続で増収しているのだろう。

またこの記事中では昨年秋に新加入が発表されたアースミュージック&エコロジーのメンズラインについても言及されている。

記事中のリンクからジャンプして商品写真を見ると、なぜこれが今更必要なのか?と首を傾げざるを得ない。
このテイストのメンズは郊外型ショッピングセンターにあふれかえっている。
チャオパニックティピーでもコーエンでもセンスオブプレイスでも似たような商品がいくらでも安く購入できる。
マス市場かもしれないが、競合がひしめき合っており、なぜ今更そこへわざわざ飛び込まねばならないのかと疑問を感じる。この記事主の主張には大いに賛同する。

現在の衣料品市場を考慮するなら、後発新規参入組はニッチ市場を狙うべきであり、同質化しやすいメンズはとくにそうあるべきだろう。よほどの大資本以外はマスを狙うべきではないと考える。
メンズに比べると市場規模が大きいレディースでも状況は同じである。

キャリアからミセス向けレディースアパレルの合同展示会主催者は、「卸売り業態で新規ブランドを立ち上げても現状では売上高3億~5億円くらいがピーク。それ以上伸ばすことは至難の業」との分析を示したことがある。これをSPA形式に換算(卸売りの売上高ではなく、店頭販売価格による売上高)すると数億~15億円程度ということになる。
よほどの大資本でない限りは、レディースのSPA型ブランドでもこのあたりが新規参入の限界点だということになる。

新規ブランドを開発する際にはこれらの事例を下敷きにすると、失敗する可能性が低減できるのではないか。

仕事が無い製造加工業者こそ自社ウェブサイトを立ち上げるべき

 先日、東大阪市石切にある福井プレスという染色、色止め、洗い加工の工場を見学させてもらった。

東大阪の石切というところは生駒山が近く、この山を越えると奈良になる。
最寄りの新石切駅からは少し離れているが、石切劔箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)という有名な神社がある。駅前にも神社の名前が記された大きな看板などがある。

この神社には物部氏の祖と言われる饒速日尊(にぎはやひのみこと)がお祭りされている。
古事記や日本書紀の神武東征の段で、神武天皇が畿内に上陸した際、生駒山を越えて奈良に入っている。
その際、生駒山のふもとで饒速日尊の子孫たちと結んでおり、この地は古くから物部氏の根拠地であったことがわかる。

さて、このブログは「街道をゆく」ではないので詳細は歴史に詳しい方に譲るとして、この福井プレスという工場はさほどに大きな工場ではない。
工場としては小さい部類に属する。

http://fukuipress.somenaosiya.jp/

もともとは3代続くクリーニング屋さんで、今の社長が2000年ごろから新たな業態として創業したそうで、家業のクリーニング屋さんは社長のお兄さんが継いでおられる。

この小さな加工場の主力顧客は、アパレルと個人客だそうだ。
まず、アパレルは何をここに注文するのかというと、

1、サンプル製品の染色、洗い加工
2、アジア製衣類の色止め、染め直し、洗い直し

がほとんどだそうだ。

1のサンプル製品の染色、洗い加工はわかりやすいだろう。

展示会や受注会向けのサンプルに染色したり洗い加工を施したりすることである。

2のアジア製衣類の色止め、染め直しとはどういうことかというと、
中国やアセアン、インド、バングラディシュあたりで製造された衣類の中には国内に入ってきてから変色・退色・日焼け・色落ちなどが発見される場合がある。
これはあまり報道されることがないが、一定量必ずそういう商品がある。

その場合、それを製造させたアパレルが何らかの処置を施すことになる。
その一環として、染め直し・色止め、洗い直しなどを再度行うという選択肢もある。

福井プレスにはそういう案件が持ち込まれる。
小さな工場なので大量には無理だが、2000~3000枚くらいまでなら対応できるそうだ。

写真

(福井プレスの工場)

もう一つの個人向けの染め直し業は3~4年前から始めた。
これは単純に高額だったり、思い入れが強かったりした個人の衣服を染め直すという仕事である。
お気に入りの衣類も長年着用すれば色あせるし、変色もする。
また汚れがひどくなる。
筆者のように投げ売り品ばかり購入していれば、その都度捨ててまた新たな投げ売り品を購入すれば良いが、非常に高価な衣類だったり、思い出の品だったりするとそれもなかなかしづらい。
そういうときに染め直して延命させる。

この受付窓口として「染め直し屋」というウェブサイトも立ち上げている。

http://somenaosiya.jp/

料金システムがちょっとおもしろくて、通常の染め直し屋では1着あたり〇〇円という風に設定されていることが多い。
例えば、シャツなら1着2000円以上、コート1着3000円以上、という具合だ。

ところがここは、一律どんなアイテムでも、一色ごとの基本料金5000円である。
そしてアイテムごとに重量で料金が異なる。
シャツなら200グラムで400円、ワンピースなら300グラムで600円という具合である。

一見高そうに思うが、染める色をまとめるとかなり割安になる。
黒に染めるアイテムを10枚くらいまとめたとすると、その10枚にかかる基本料金は全部合わせて5000円きっかりである。10枚でも1枚でも基本料金はトータル5000円のままである。

で、1枚ごとの価格は数百円~2000円くらいが中心なので、10枚で10000円くらいということになる。
基本料金と合わせると15000円くらいで10枚が染め直されることになる。

ただし、これは青、これは黒、これは赤というような染め方をするにはそれぞれに基本料金5000円が必要になる。あくまでも1色あたりの基本料金が5000円であるから、数枚くらいまとめて同じ色に染めると割安になる。

現在は、家業のクリーニング屋と同じくらいまで福井プレスの売上高を伸ばすことができたそうである。
もちろん、大手加工場のように年商何億円と言う規模ではあるまい。
家業のクリーニング屋だからそんなに大きな売上高ではないと考えられる。けれども3代に渡って継承されてきた仕事なので数十年間一家を支えられる程度の売上高は安定的にあると見るべきだろう。
それが新規事業を加えるとほぼ倍になったということだから、家族経営の零細企業としては上出来の首尾と言っても良いのではないだろうか。

新規事業の福井プレスが売上高を増やすことができた最大の要因は、ウェブサイトの設置だった。
何しろ、今の社長がご自身で「創業当時は人を雇う余裕もなく、外回りもできなかったから営業活動がほとんどできなかった。今のお客さんはみんなウェブサイトを見て問い合わせてきた人・業者ばかり」と認めておられる。

筆者は常々このブログで「製造加工業者こそ、自社ウェブサイトを立ち上げるべき。それができないならブログを設置すべき」と主張していたが、こんなブログを書くはるか以前からそれを実践しておられたというのは社長の慧眼だったというべきだろう。まあ、もしかしたら必要性に迫られただけなのかもしれないが。

それでもウェブによる自社情報の発信は効果があるといえる。

昨今は円安と中国の人件費高騰によって、衣料品の製造が国内回帰している。
そのため、国内工場が満杯となって製造できないブランドも現れつつある。
しかし、その一方で仕事が無くて困っている国内製造加工業者も数多くあると聞く。

ブランドやOEM業者にそのことを伝えても「調べてもそういう工場の情報が出てこないから発注のしようがない」と口をそろえる。

彼らが最初に何で工場を調べるかというと間違いなくネット検索である。
「縫製工場」とか「染色加工場」とかのキーワードでネット検索をするのが常識となっている。
その際にウェブサイトやブログが無ければ、検索画面には表示されない。
表示されないというのはブランドやOEM業者からすると存在しないのも同じだから、永遠にその工場には注文が来ることはない。
そういうことである。

仕事が無くて困っている製造加工業者ほどウェブサイトを立ち上げるべきなのである。

それで着実に売上高を伸ばした福井プレスという実例がある。
ウェブサイトすら立ち上げずに仕事が無いと泣き言を言う製造加工業者はそれこそ自己努力が足りないと言わざるを得ない。時代に対応できない業者は残念ながら淘汰されるほかない。

効率化を追求しすぎても・・・

 ファッションと効率化の両立はつくづく難しいと感じる。
以前から何度も「ある程度の効率化を考慮しないとビジネスとして成り立たない」と書いてきた。
しかし、効率化を過度に追求してしまうと、ブランド価値が無くなってしまう。

ここ数年、傍目から断続的に眺めてきたジーンズチェーン店がある。

以前は地方有力店として必ず名前が挙がっていた。
NBばかりでなく、高額なインポートブランドや希少価値のあるブランドを売りこなしていると業界でもそれなりに定評があった。

ところが、代替わりをし始めた10年くらい前から極端な低価格品へとシフトしてしまった。
また、出店場所も一時期は「ユニクロの路面店が撤退した後、居ぬきで入店する」ことを堂々と政策として公言していた。
2005年か2006年ごろのことだ。実際に筆者が取材に伺った際にインタビューでそう答えている。

その店舗の外観はユニクロの路面店のほぼそのままで、多少外壁などの色を変えた程度だ。
内装は白っぽい床や壁を木目調に変更した程度だった。

取扱い商品は量販店向け卸売りメーカーから仕入れたと見られる1900円商品が主力であり、当時のユニクロ商品と比べてもバリューは低いと言わざるを得なかった。
店作り、陳列、ディスプレイどれをとっても当時のユニクロよりも劣っていると言わざるを得なかった。

こう言ってはなんだが、そこらへんに溢れているような「ちょっとダサい投げ売りバッタ店」にしか見えなかった。

その後、その路線で全国規模での出店を増やしているからビジネスの方向性としては間違っていなかったのだろうと考える。
しかし、ユニクロやしまむら、ハニーズ、ジーユー、ウィゴーあたりの低価格カジュアル店と比べると、スケールで劣っている。スケールで劣っているということは当然、商品でも劣っているということになる。
今でもときどき、地方のショッピングセンターで同社の店舗を見かけることがあるが、幾分改善されているものの、やはり大手の低価格SPAブランドに比べると商品のバリューは低い。

今のところ、80店舗前後にまで増えているが、低価格SPAは少なくとも100店舗規模がないと成り立たないし、商品のクオリティも上がらない。
そういう意味では同じ轍を踏んだのがイーブスだといえるだろう。

最近は、PBもいくつか開発しているようだが、PBのブランド名もどこかで聞いたことがあるようなブランド名ばかりなので笑ってしまう。これも効率化を追求した結果だろうか?

アーバンリサーチ、ジャーナルスタンダード、アクアガール、トゥモローランドなどのブランド名に酷似した名前ばかりである。
そのネーミングセンスは中韓の現地業者並みだと感じられる。

傍目から見ていると果たしてこの路線が正しいのかと疑問を抱いてしまう。
経営的にはどうだかわからないが、少なくともブランド価値というのはこの10年でほぼなくなってしまったといえるのではないか。

さらに昨年3月には、量販店向け卸売りメーカーに子会社化されている。
このメーカーにすれば自社商品の卸売り先の一つだろうから、子会社化は願ったり叶ったりだっただろう。
元有力店側も資本が強化されたというメリットがあったのだろうと考えられるが、逆に言えば、資金繰りが楽ではなかったから子会社化を受け入れたのではないかとも推測できる。

洋服という「物」を売る形態としてはそこそこに成功しつつあると言えるだろうが、「ファッション」を売る店としての価値は根本的に喪失したと言えるだろう。
何度も繰り返して恐縮だが、同じ低価格ゾーンでもユニクロ、しまむら、ハニーズ、ジーユー、ウィゴーあたりとはブランド価値や商品のクオリティ、店作りすべてで劣っている。
ここで生き残るのも相当に厳しい競争が待っている。

果たして「パクリ」のようなブランド名ばかり開発していては、それらに伍することは到底不可能だと感じられる。
畢竟、「低価格パロディカジュアル店」として落ち着くほかないのではないか。

それにしてもファッション性を効率の両立は難しいと改めて感じさせられる。

ユニクロのインナーダウンの改良点を考えてみた

 年末にユニクロのインナーダウンを探し回って、3990円(税抜)で購入したことは以前にも書いた。
着用してみての感想は悪くないである。しかし、次年度に向けて改良点はいくつかあるのではないかと感じたのでそれをまとめてみたい。

1月2日に関西に帰省した某ブランドのMDと夕方、お茶を飲んだ。
その日は午前中は晴れていて穏やかだったが、午後からにわかに強風が吹き始めて、気温が低下した。
MDと会ったころには粉雪が舞っていた。

梅田や難波、京都市内ではない地方都市なので、新年とはいえ夕刻になると大通りもそれほど通行人は多くないし、カフェの店内からも人は少なくなっていた。

粉雪の舞う夕暮れ時という、なかなかロマンティックな状況だったが、40代のオッサンが二人で業界の下世話な話を語っていたのだから、何とも筆者らしい新年の過ごし方だといえよう。

その日、さっそくインナーダウンを着用して行ったのだが、その場でいくつかの改良点について感想を述べ合った。
正月早々何をやっているのだろうか。

写真

まず、前提として期間限定の3990円で購入したことは大変にコストパフォーマンスに優れているといえる。
また、出来栄えとしては及第点だといえるし、定価で購入したとしてもコストパフォーマンスは高い。
これが二人の共通認識である。

その上で、

まず、首元。
Vネックの切込みが浅すぎる。
これならラウンドネック(丸首)にするか、Vの角度をもう少し深くした方が良いのではないか。

写真 21

つぎに袖について。
アームホールは比較的細めにとられており、合格点といえるが、肘から先の部分が少し太いのではないか。
肘から先をもう少しタイトなシルエットにした方が良いのではないか。
これはMD氏の意見であり、同意できる。

写真 3

三つ目として袖口がゴム絞りになっている点である。
これには賛否両論あるだろうが、ユニクロのレディースインナーダウンは袖口がゴム絞りになっていない。
そこから考えるとレディースと合わせた方が良いのではないかと個人的には感じる。
ちょっと袖口にアウトドアテイストが溢れすぎではないか。

写真 4

以上の三点だが、人によってはフロントがスナップボタンではなく、ジッパーの方が良いと言う人もいる。
このあたりは好みの問題だろうか。

また、カラーバリエーションだが、今回は黒、紺、オリーブ、グレーの4色展開だった。
この中では紺が一番人気だが、黒以外の残り2色は次年度以降考え直した方が良いのではないか。
オリーブはちょっと明るすぎて、カナブン(コガネムシ)みたいな色になっている。もう少しトーンを落とした方が良いのではないか。
グレーは、ユニクロがいつも作る色なのだが、シルバーっぽいホワイトグレーである。この色はそんなに着こなし安い色とも思えないし、人気があるとも思えないのだがどうして作り続けるのだろうか。

また、もう1色か2色、明るめの挿し色があっても良いのではないか。
例えば赤とかオレンジとかパープル系とか。
さらに言うなら、コガネムシ色か謎のホワイトグレーを廃してダークブラウンにしても良いのではないか。

筆者ごときにこんなことを言われなくても、次年度は改良してくるだろうし、カラーバリエーションも変更するだろう。

業界の下世話な話の合間にそんなことを話し合った。
それにしても業界の人々の動きは傍から見ていると実に面白い。
ご立派だと持ち上げられている人が実は私利私欲で暴走しまくっていたり、無知からくる判断ミスで会社に大きな損失を与えたのを握りつぶしていたり、とそんなことは日常茶飯事である。

身近でやられると「やってられませんわ~」という心境になるのだが、まあ実際、そんな業界である。
なんともはや。

高い物でも誰かが泣いている業界

 個人的には「安い物は誰かが泣いている」というフレーズをアパレル・ファッション業界に軽々しく使う物ではないと感じている。
なぜならば高い物を売っていてもスタッフや関係者を泣かせているブランドは山ほどあるからだ。

2万~数万円代の国産カジュアルブランドがある。
聴くところによるとこのブランドの正社員は、少し前まで健康保険や失業保険、年金などがかけられていなかったそうだ。残業代もほぼゼロに等しい。
当然のことながら正社員の定着率も異様に低く、最近ようやく少し改善されたと耳にしている。

年金・保険類がかけられておらず、残業代も出ないのであれば、正社員などやっている意味はほとんどなく、時給換算で給与が増えるパートやアルバイトをやっている方がマシである。

国産カジュアルブランドで2万~数万円という価格設定は決して「安い物」ではあるまい。
むしろ高価格な部類に属する。

このブランドなんかは高い商品を企画販売しながら自社正社員を泣かせていたといえよう。

また製造加工業でも同じではないか。

日本経済はバブル崩壊で失速した。
崩壊時期は90年とか91年だと言われている。

高度経済成長、バブル期と衣料品は高額だった。
筆者にはバブル期の記憶しかないが、ブランド品と量販店品はデザイン、色柄、素材、シルエットすべてが違っていた。
極言するとリーバイス501のような商品が欲しければ、ジャスコやイズミヤにそれを求めるべきではなかった。
たしかにジーンズは売っていたがリーバイス501とは素材感、色合い、シルエットとすべてが異なっており、到底代用品にはならなかった。

その当時、DCブームで世間は沸いていた。
1着数万円とか10万円とかする洋服が飛ぶように売れていた。
ちなみにファッションに興味がない上に、それほどのカネも持っていなかったから筆者は一切購入していない。
まだ中国へ生産拠点を移すブランドも少なかったから、そのほとんどが日本で縫製・加工されていた。

じゃあ、その当時のDCブランドの商品を縫製・加工した工場が儲かったかというとそうではない。
筆者は販売員時代を含めてこの業界に20年も長居してしまったが、「あの当時、DCブランドの縫製を手掛けて大儲けしたよ」なんて工場の声は聴いたことがない。

現在の国内工場では最年少工員が60代というところも珍しくない。
それほどに高齢化している。

バブル崩壊後、さらに工賃は引き下げられたのかもしれないが、バブル期から高かったとはいえない。
なぜなら、今、60代が最年少という工場は、この30年間新入社員が入社していないということになる。
この60代の行員が30代後半から40代前半だったころがバブル期であり、その当時から新入社員は入社していないということになる。

もし、工賃が高ければその当時は新入社員が入社しただろう。
バブル期の新入社員は今だと50代である。
50代以下がいないという工場はバブル期にはすで新入社員がいなかったということになる。

もし、工賃がそこそこに高いのだったら、少なくともバブル期には新入社員が存在しただろう。
工員のなり手が減ったのはバブル崩壊後ではなく、バブル期からすでに減っていたと見るべきだろう。

となると、あの当時、数万円とか10万円台の服を売っていたブランドも国内工場を泣かせてきたといえるのではないか。

また一時もてはやされた「ハウスマヌカン」の生活は厳しかったとも聞く。
主宰デザイナーと幹部は外車を転がして、贅沢三昧だったがハウスマヌカンは毎食カップラーメンをすすっていたというような風景もあったそうだ。
これなども、高額品を売るブランドが自らの販売員を泣かせていたといえよう。

まあ、販売員の待遇が低いのは今も続いているのだが。

そんなわけで、ファッション業界で人を泣かせているのは安いブランドだけではなく、多くの高いブランドも同じである。
すべての経費を安く据え置くから安く商品を売れるブランドより、高額な商品を販売しつつ人件費や工賃を極端に叩くブランドの方がよほどブラックだといえるのではないか。

それに業界構造は異なるが、高額品で誰もが泣いていないなら、今の着物業界は業界があまねくハッピーだということになるが、現実はどうか。
着物業界は総じて苦しんでいるではないか。
販売側もさておき、着物の各工程の職人の工賃は引き下げられたままである。あれほどの高額商品を作っているにもかかわらずである。

別に低価格SPAを擁護するわけではないが、高額ブランドのみなさんが自らが言うほどモラルは決して高くない。

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