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日本で売れない物でも海外なら売れると考えるのは何故?

 国内産地の方々や行政に携わる方と話すと、「国内は成熟社会でこれ以上の市場開拓は無理なので、新興国の市場開拓を目指したい」と言う声をよく聞いた。とくに3年くらい前がピークだっただろうか。
当時はよく中国出店だという声を聞いた。

しかし、ちょっと待ってもらいたい。

ユニクロのように国内で6200億円の売上高があり、国民の90%以上が所有しているようなブランドなら話は別だ。もう国内では飽和点に達しており、海外に販路を求めざるを得ない。

またカイハラのようにデニム生地のみを製造販売して売上高が100億円以上あるならこれも話は別だ。

しかし、国内で年商2~3億円程度しかない小さなブランドや、2~3億円程度の生地メーカーが「日本では売れないがアジアでは売れる」と考えるのはいかがなものだろうか?

日本で売れなかった商品がもしかしたら海外で売れるかもしれない。可能性は決してゼロではない。
けれどもその前に、日本国内で売る努力をもう少ししてみてはどうだろうか?
年商2~3億円ならまだまだ伸ばせる余地はある。

日本で売れない商品をアジアに持って行って売れる可能性の方が低い。
それはあまりにも今のアジア市場を舐めているのではないか。

もっとも、綿密なリサーチを重ねて、インドネシア向けだとか中国向けだとかシンガポール向けの専用商品を開発していれば話は別だが・・・・・。

3年ほど前、某生地産地の生地をストールだかマフラーだかにして中国の富裕層に販売しようという幼稚なプランを地元の商工会議所が発案したことがある。
おそらく県も後押ししていたのではないかという記憶がある。

その生地産地はこれまで製品を作ったこともない。
製品作りのコツさえまったくわからない。そりゃマフラーやストールは縫製する部分が最小限で済むから、生地そのものの風合いで勝負できる要素は大きい。

けれども、そのマフラーだかストールだかが消費者の購買意欲をかき立てるような色柄に仕上げられるのだろうか?産地の方々に「売れる」色柄のデザインはできない。じゃあまた誰かにデザインを丸投げするのだろうか?
さらにいうなら細かいディテールはどうするのだろうか?フリンジを付けるのか付けないのか?フリンジの長さは5センチが良いのか10センチが良いのか?そういう細かいディテールを産地の方々がプラニングできるのだろうか?

失礼を承知で言わせていただくなら、産地のほとんどの方がこういう色柄やディテールのプランニングにはまったく適性能力がないと感じる。(一部に例外はいらっしゃるが)

色柄やディテールがお粗末な物が中国やアジアの富裕層に売れるだろうか?筆者は売れるとは思わない。

結果的にこのプランは立ち消えになったので良かったのではないかと思う。

海外市場に打って出るという心意気は良い。
ならば、デニム生地製造のクロキのように自社の費用だけで、海外の展示会に出展したり、海外のブランドに販売するのは大いに結構なことである。
しかし、海外市場に自社の「新しい商品」を販売するのに、行政からの補助金頼みという姿勢はいかがなものだろうか?

自社にとって「不可欠な生存戦略だ」というなら、リスクをもっとも負うべきは自社であろう。
そこまでの決意であるなら、自社がリスクを取るべきであり、行政の補助金・助成金はあくまでもアシストにとどめるのが筋であろう。

日本で売れていない(発売したこともない)商品を、行政の助成金を使って海外展示会に出展して、それで売れるほど市場は甘くないと思うのだが。

国内はだめだけど、アジアは新興景気に沸いているから売れる。
この考えは典型的な「隣の芝生は青い」ではないかと思えてならない。

10年以上続く調整期間

 先日から某専門学校向け資料としてジーンズの歴史をまとめる作業を行っている。
とくに参考にしている文献は、今は亡き日本繊維新聞社発行の「ヒストリー 日本のジーンズ」と繊維流通研究会発行の「ジーンズハンドブック」である。

1950年をスタートとして、両方ともジーンズには4回の生産調整期があったとする。

ちなみに日本繊維新聞社発行のは2006年発行で、繊維流通研究会は2010年発行である。

第1調整期は76年~77年、第2調整期は84~85年、第3調整期は90~94年となっている。
問題は第4調整期の捉え方である。日本繊維新聞社では2002年~2005年までとしているが、繊維流通研究会では2002年以降ずっと調整期が続いており、2010年現在も調整期間中であるとする。

調整期というのは要するに生産が落ち込む時期のことである。

意外だったのが90~94年の第3調整期で、この時期はレーヨンジーンズブームが大爆発していた。
ボブソンの04ジーンズが一世を風靡していた時期だ。

大ヒットアイテムは存在したものの、業界全体を通じてはあまり活性化しなかったということになるのだろうか?

さて、改めて考えたいのが第4調整期である。

2002年から始まっており、日本繊維新聞社が2004年で終わったとするのはプレミアムジーンズブームがあったからだろう。

一方、繊維流通研究会が現在もまだ調整期が続いているとするのは、プレミアムジーンズブームはあったものの、ジーンズ生産量の減少には歯止めがかからず、逆に2007年以降はジーンズが非トレンドアイテム化したままだからだろう。

さてどちらが実態を反映しているのかというと、個人的には繊維流通研究会に軍配を上げたい。
2010年以降もジーンズは非トレンドアイテムのままである。
その理由の一つにデニムトップスのトレンドが長く続いていることがあるだろう。

デニムシャツ、Gジャン、デニムワンピースなどだ。

トップスにブルーデニムが来ると、ボトムスは必然的にブルーデニムではなくなる。
チノパンやアーミー系のカーゴパンツなどになる。
上下ともにブルーデニムでそろえるのは70年代のスターくらいである。

閑話休題

繊維流通研究会が示す通りに現在も第4調整期が続いているとするなら、この調整期はかつてないほどに長いということになる。
第1、第2はともに2年間、第3ですら4年間である。
ところが第4調整期は10年間以上続いており、しかもまだ終わっていない。

現在の20代・30代の若者にとって、「物ごころついた時からジーンズは調整期間中のアイテム」ということになる。

昨今のジーンズ専業アパレルの苦戦を見ると、やはり第4調整期はまだ当分続くのではないかと思えてならない。

コト需要創造はソフトが重要

 阪神百貨店のレディースジーンズ売り場「ジーンズハウス」では昨年から定期的にワークショップが開催されている。内容も講師も毎回変わるが、売り場への集客の一環として始められた。

最近、ワークショップやイベントを定期的に開催する小売店が増えている。
阪神百貨店のような大手から1店舗しかない個人経営のショップまで同様の傾向である。

2005年ごろから、盛んに「モノ」ではなく「コト」需要だと言われ始めた。
昨年11月に増床グランドオープンした阪急百貨店うめだ本店も「コト」需要を重視しており、その現れが9階の祝祭広場だとされている。
すくなくとも多くの報道機関はそのように伝えている。

たしかに売り場を減らしてでもイベントスペースを作るという意味では、コト重視だといえるが、それだけの説明では不十分であろう。
祝祭広場を作ったという事実は、ハードの部分である。
その昔、バブルの頃に行政が「文化事業」を掲げてやたらめったらハコモノを建設しまくったのと同じである。
ハコモノというハードだけあってもそれは「コト」需要にはならず、そこで何が行われるのかが重要になる。

祝祭広場だけ作って何の対策も打たないなら、あそこは単なる休憩スペースで終わってしまう。
9階・10階が平日昼間でも賑わっているのは、定期的に祝祭広場を利用したイベントを開催しているからである。
コト需要というのはソフトの部分が重要となる。

よく、「うちは阪急さんみたいに資金も面積もないから祝祭広場みたいなスペースは作れない」と嘆く声を耳にする。
たしかにそうなのだが、なにも全小売店が祝祭広場を作る必要はない。
先に挙げた阪神百貨店や個人経営の店舗のようにワークショップやイベントを定期的に開催することだってできる。

コト需要の創造というのは、ソフト面の方が重要になる。
ハコモノを作ったからコト需要を創造しましたとはならない。

もちろん、それ専用のハコモノが作れればそれに越したことはないが、ハコモノを増設せずとも既存店内でワークショップやトークイベントを開催することはできる。

販促コンサルタントの藤村正宏さんがお書きになったブログの一文に

「お客様は物事を買いたいのではなく、物事を楽しみたいのです」

というものがある。

なぜ、ワークショップやイベントが重視されているかというと、それによってお客が楽しめるからである。
定期的に楽しませてくれるショップにはお客は定期的に足を運ぶようになる。
その結果、物が売れる。

コト需要というのは、お客を楽しませるプログラム(ソフト)を作ることである。
だからホールを作りましたという情報よりも、そのホールでどんなイベントがどれだけの頻度で開催されるのかという情報の方が大事だと思う。

もしかしたら、報道機関にはこの視点があまり備わっていないのではないかと感じられる。

頭で料理を味わっている

 一口にポリエステルと言っても高い物から安い物まである。
「シルク=高級品」のイメージが固定化しているが、落ち綿を集めて生地にしてもそれはシルクである。
じゃあその落ち綿を集めたシルク生地が高級品かというとそうではない。かなり廉価品である。

アクリルと言っても高級品から廉価品まで幅広くある。

カシミヤ5%混だから高級品だよね。という人がいるが、5%なんて混率ならあってもなくてもそう変わらない。

一般消費者は成分表示で物の値打ちを判断するが、それはいたしかたない側面もある。
しかし、バイヤーを名乗る人が成分表示だけで物の良しあしを判断するなら、一般消費者と変わらない知識しか持ち合わせていないことになる。
果たしてそれがプロと呼べるのだろうか?

その昔、カシミヤ0%の商品にカシミヤ70%混と成分表示をした有名セレクトショップがあった。
上場していたため、すぐさま報道された。

原因はいろいろあるのだろう。製造業社が自己申告したのをそのまま信じたのかもしれない。
検査機関に持ち込まなくてはなかなか手触りや見た目だけではわからない。
羊毛でも超細番手で織った生地ならカシミヤと見分けがつかない場合もあるし、アクリルだって高級品を使えばカシミヤと区別が付かないこともある。

ウール・アクリル混のセーターが1万5000円なら高いと感じる消費者は多い。
アクリル=廉価素材というイメージが固定化しているためだ。
しかし、何度も言うがウールにも高級素材はあるし、アクリルにだって高級品番はある。それらで編んだセーターなら1万5000円が適正価格だという場合もある。

一方、カシミヤ5%混のセーターなら1万5000円で適正価格だと判断する消費者も多い。
しかし5%程度の混率ならカシミヤが入っていてもいなくてもそんなにセーターの風合いに変化はないし、コストに反映されない場合も多い。
もしかしたらカシミヤ5%混程度なら8000円程度で販売しても十分に利益が取れるほどの原価かもしれない。

一般消費者が成分表示だけを見て「アクリル・ウール混で1万5000円は高い」と判断するのは仕方がない。
また「カシミヤ5%混なら1万5000円で妥当だ」と判断することも仕方がない。

しかし、バイヤーと名乗る人が同じ判断をするなら、それはちょっと疑問である。
もちろんすべての製造に精通することは難しい。
けれども成分表示だけを見て「安い、高い」と判断するなら、彼は一般消費者と何ら変わらない能力しか持っていないことになる。

現実はそういうバイヤーが多い。
「シルク入ってるから風合いが良いですよね~」なんてシタリ顔で話しているが、その混ぜ込まれているシルクは落ち綿のクズシルクである場合もある。
そうなると繊維長が短いため、シルク特有の滑らかさやつややかさはまったくない。
それでも「シルク混」と書かれていたら成分表示だけを見てありがたがるバイヤーは掃いて捨てるほどいる。

そういうバイヤーは頭で料理を味わう類の食通と同じである。

素人が素人に向けて販売する。それが今のアパレル産業の一つの側面かもしれない。

悪化する兆候か?

 ライトオンとジーンズメイトの2月度売上速報が発表された。
これを見ると、1月下旬から2月20日までの両社は苦戦傾向にあったといえる。

ライトオンは

既存店売上高が前年比13・6%減
既存店客数が同20・1%減
既存店客単価が同8・1%増

だった。

ジーンズメイトは

既存店売上高が前年比6・3%減
既存店客数が同5・5%減
既存店客単価が同0・8%減

だった。

1月21日~2月20日までの売り上げ実績である。
もともと冬セールが一段落した上に、春物を買うには寒すぎる時期なので年間でもっとも物が売れにくい時期の1つではある。

しかし、今回で言うなら、ライトオンの実績は厳しすぎる。
昨年2月度は

既存店売上高が前年比10・9%増
既存店客数が同11・2%増
既存店客単価が同0・3%減

である。

今年2月度の既存店売上高は一昨年を下回ったということになる。

何よりも厳しいと感じるのは客数の大幅減である。
20%減というのはかなり消費者が離れているといえる。

昨年6月ごろまで順調に既存店売上高を回復してきた同社だが、昨年秋以降は苦戦傾向が続いている。
このままでは再び悪循環スパイラルに陥るのではないかと感じる。
昨年9月以降の既存店実績を見ると、前年実績を更新しているのは11月度だけである。
これは急に気温が冷え込んだことによって防寒アウター需要が急増したことが原因だと考えられるので、同社の商品や販売戦略が評価されたとは言えないだろう。
天候要因であり、昨年11月だけは多くの企業が前年実績を更新している。
極端な言い方をすれば、防寒アウターさえそろえていればある程度の売上高は作れたと言える。

このあたりで商品や販売方針を見直して、売上高減の悪循環スパイラルに陥らないように気を付けてほしいと思う。

隠居の証し

 最近、とみに頭髪が薄くなっており、もはやあきらめの境地にあるのだが、先日、繊研新聞に掲載された髪型の長編コラムは興味深かった。

1月23日付けで、国際日本文化センター研究員の平松隆円さんが書かれたものだ。

このコラムの3分の1くらいは男性の「ハゲ」について言及されている。
そもそもなぜ、日本人は「ハゲ」にはマイナスイメージがあるのだろうか。

このコラムにも書かれているように、欧米人はあまりハゲを隠してはいない。
欧米のプロサッカー選手には、まだ若いのにツルっとした人がけっこう存在する。
日本だと、もう60歳を越えているような芸能人ですらヅラ疑惑や植毛疑惑が持たれていたりする。
あきらかに20年前よりも髪の毛の量が大幅に増えているサスペンスドラマ俳優なんていうのも存在する。

さて、このコラムによると、日本人が「ハゲ」を嫌うようになったのは、髷(まげ)を結う習慣があったころの名残だという。若くて頭髪がフサフサしているなら、髷は結えるが、老齢になってツルっとしてくると当然髷は結えなくなる。
そういえば、昔、頭髪が少なくなってかなり無理やり髷を結っていた相撲取りをテレビで見ていた記憶がある。

さて、そこから、このコラムでは、

実際に徳川時代には、髷が結えなくなった武士は隠居することになっていたと話を進める。
以下に引用する。

髪が薄いことは家督を譲った隠居の姿だったのである。
日本人男性がハゲを忌み嫌う意識は、ここから生まれているのだ。家長としての権威を失って、ただ余生を過ごす。そんな自分のあり方を恥とする心が、現代のハゲを恥ずかしく感じる心につながっている。

という。

なるほど。まあ、いつまでも現役志向があるということだろう。

筆者などは、何の心配もなく隠居できるような身分に早くなりたいと思うが、一線でバリバリ活躍されておられる方ほど現役志向を根強くお持ちなのだろう。
しかし「ワシはまだまだ若い者には負けん」と力んでおられると老害化するケースも多いので注意も必要となる。

そんなわけでまだまだ隠居できる身分には程遠い筆者だが、頭髪の方は遠からず隠居状態になりそうだ。
いや、前向きに考えれば、頭髪だけが早くも隠居準備を整えてくれつつあるということだろうか。

ご隠居万歳

官僚に事業選定能力がないとするなら・・・?

 先日、楽天の三木谷社長のこんな発言が掲載された。

産業競争力会議:三木谷氏「政府関与は最小限に」
http://mainichi.jp/select/news/20130208k0000m020179000c.html

成長戦略の一環として同会議で示された「国内産業を再興して競争力を抜本的に高める」との政府方針について、「(政府は)かかわらなくていい」と政府関与を最小限にすべきだとの見解を表明。「(競争力の衰えた)産業に国の金を使うのではなく、成長の見込まれる分野の研究開発への税制優遇などを優先すべきだ」と強調した。

 国内では、大手電機メーカーが経営悪化にあえいでおり、政府内の一部では、官民ファンドが工場や設備を買い取る構想も浮上している。こうした動きについて、三木谷氏は「60年代の英国病をほうふつとさせる」と批判。「雇用は守るべきだが、製造業の『会社』を守るべきではない」「うまくいかない会社は吸収、売却された方がいい」と批判した。

 また、保護する産業を政府が決定してきた歴史を振り返り「どの分野が伸びるのか官僚に分かるわけがない」と強調。「どの技術がいいのかは民間が決めること」「(産業政策は)原則自由、原則グローバル」と市場メカニズムを尊重すべきだとの考えを示した。

とのことである。

個人的には三木谷氏という経営者はあまり好きではないし、この発言を支持するつもりはない。グローバルが良いとはちっとも思わないが、正しい側面もある。

発言の中で「どの分野が伸びるのか官僚に分かるわけがない」とあるが、これには同意するものの、最終的に行政の補助金・助成金狙いである繊維・ファッション産業はどうなのだろう?と思う。
また、国が主導する「クールジャパン」という取り組みもどうなのだろう?

あれだって、最終的に国や官僚が「アニメ・漫画、ファッションなどは海外に輸出できる文化産業だ」と認識したため、国家的なプロジェクトになった。
三木谷氏の言葉を借りれば、彼らの判断が果たして正しかったのか?ということにもなる。

さて、繊維・ファッション業界と書いたが、国内産地を含む繊維製造業の補助金・助成金頼みの体質は広く知られている(と思う)。産地事業で活躍する優秀なコーディネーターと呼ばれる人たちが重宝されるスキルは、行政から補助金を引っ張るスキルである。
筆者の個人的な印象では、プランニングが上手いとか、事業のグランドデザインが描けるとかよりも行政から補助金を分捕ってくるスキルの方が重視されているとさえ感じる。

補助金・助成金頼みというのは繊維製造業に限ったことではなく、アパレルやファッションブランドも実はそう大差がない。とくに展示会やイベント類などの出展・開催は行政からの補助金・助成金をアテにする場合が多い。
中小ブランドを集めて、某国でジャパンナンタラ展を開催します。というようなイベントだと大概が補助金・助成金が絡んでいる。

プルミエールヴィジョンに代表されるような海外の素材展に国内の生地メーカーや染色工場が出展するケースが増えた。その中でも自社の費用のみで出展している企業と、行政の護送船団に乗っかって出展する企業があるわけだが、後者の場合は、「見せてお終い」という結果になる。
商売として継続することはほとんど見たことがない。

しかし、ファッション企業だってそういう状態を笑うことはできない。
行政の護送船団で某国に送り込まれたファッションブランド展示会「ジャパンナンタラ展」に出展したブランドがその後、某国やその他外国で商売として成り立っているとは聞いたことがない。

こういう繊維・ファッション業界の現状を三木谷氏はどうお考えになるだろうか?
と、ふと思った。

県名によるネーミングはちょっとアレですよね

 最近、地域起こしブランド作りが盛んである。
日本には47都道府県があるが、その現在の行政単位よりも昔の地名を用いた方が、良い響きがあると感じるのは筆者だけだろうか?

最近、ある程度ブランド化に成功した物の中に、奈良県産の「大和茶」がある。
でもこれを「奈良茶」として売り出していたら、売れただろうか?

小手先のテクニックかもしれないがネーミングは大事である。

奈良県というのはあまり知られていないがお茶の生産量が多い。
全国でもトップ10に入っているはずだ。

その割に全国的な知名度が低かった。
これを何とかしようとして「大和茶」のキャンペーンが行われたらしい。

先日、某県のブランド化事業に携わる人から
「昔の地名ではなく、今の県名を連呼してブランド化を推進しようと考えているようだ」と教えていただいた。

しかし、県名よりは昔の地名や特定の地域の名前を冠した方が良いのではないかと思う。

県名すべてが悪いわけではないが、最近とくに旧地名や特定の地域名が多いと感じる。

沖縄で開催するファッションイベントは、沖縄コレクションではなく琉球アジアコレクションと名乗っている。
このイベントの好き嫌いは置いておいて、沖縄コレクションとするよりは何だか良さ気な印象を与えるのではないか。

鹿児島と名乗るよりは薩摩の方が良い感じを受けるし、三重というよりは伊勢や伊賀と言った方が大衆受けしそうだと感じる。

大間のマグロは有名だが、青森のマグロというと何だか伝わらない。
今治タオルを愛媛タオルと呼んでみると、何だか産地直送の雰囲気が無くなる。

そういうわけで、某県にも立派な旧地名があるわけだから、今の無味乾燥な県名を使うよりは、旧地名を使用してブランド化することをお薦めしたい。

ブランドというレッテル

 少し前に、岐阜大垣市の特産品である升が「ポール・スミス」のニューヨーク店で販売されているという記事が掲載された。
そう、升酒の升である。

ポール・スミスに納品 大橋量器の木製カラー升
http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20130131/201301310910_19235.shtml

201301310910_19235

なるほどカラフルでかわいいけれども、そんなにびっくりするほど斬新なカラーリングでもない。
探せば世の中にはもっとモダンでデザイン性の高い升もあるのではないかと思う。
しかし、あのポール・スミスが採り上げたとなると、新聞にも掲載されるし、一躍話題にもなる。

このブログで、少し前に、「しまむら」のロゴを入れるとどんなにお洒落なポスターでも、しまむらの販促用ポスターのようになってしまうという話題を紹介したことがある。
今回の「桝」はその逆バージョンといえる。

「ポール・スミス」のように良いイメージが定着しているブランドが採り上げると、平凡な物でも「それはお洒落でかっこいい」というフィルターがかけられてしまう。
反対に「しまむら」なら「低価格」というイメージが消費者の脳裏には即座によぎる。

これこそがブランドの持つ特質だろう。

「ポール・スミス」を「バーバリー」や「ルイ・ヴィトン」に置き換えても同じだし、「しまむら」を「ユニクロ」「PIKO」に置き換えても同じだ。

高級ブランドやラグジュアリーブランドは個人的にちっとも好きではないが、彼らはそのイメージを守り確立するために努力しているのも事実である。

で、この「ブランド」というレッテル(ラベル)さえ貼り付ければ、少々デザインや色柄に難があってもそれなりの評価が得られるという状態の延長線上に、過去の国内ブランドライセンスビジネスがあった。

一流と言われるブランドとライセンス契約を結び、自社の商品にそのブランドのロゴを貼り付ける。ブランド側には国内メーカーから年間低くはないライセンス料が支払われることになる。
メーカーからすれば「ブランド」が付いているだけである程度の高価格で売れる可能性が高いし、ブランド側からすれば何もしなくてもライセンス料が入金される。両者にとってうまみがあった。

バブル崩壊まではバスタオルを始めとする生活雑貨にまで何でも一流ブランドが貼り付けられていた。
そしてそういう物が「高級品」として贈答品として喜ばれたという社会背景もあった。

だから、タオルやハンカチ類ならまだしも、スリッパとか風呂場やトイレの足ふきマットにまで一流ブランドのロゴが付いていた。
今から思い返せば、「セリーヌ」や「シャネル」の風呂場の足ふきマットというのは何だかおかしくないだろうか?
「セリーヌ」や「シャネル」ってそんなブランドだったのだろうかと可笑しさがこみ上げてくる。

今でもブランドライセンスビジネスは存在する。
しかし、多くはバブル期までの「付けたもん勝ち」の世界ではなくなっている。
そこまでヘンテコリンな商品はあまり発売されていない。

そういう意味ではバブル崩壊というのも良かったのかもしれない。

凝り過ぎて伝わらない

 単純な見出しやコピーよりも、ちょっと凝った「粋」なものを自店や自社ブランドにはつけたくなるのが人情というものではあるが、却って失敗するケースも多い。

先日、フェイスブックのお友達が「これ、どうなのよ~?」と疑問を呈しておられたPOPがある。
「自分服、家族服」というコピーが書かれている。

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お母さんと赤ちゃんの写真からして、おそらくベビー服・子供服か、子供&お母さんの服のコーナーのPOPだと推察される。
しかし、「自分服、家族服」では何のことやらさっぱりわからない。
さっぱりわからないから消費者には何も伝わっていないと考えられる。

もしかしたら「めっちゃ伝わったわ~」という方もいらっしゃるかもしれないので断定はできないが、少なくとも筆者にはわかりにくいだけで何も伝わらない。

このコピーなら、単純に「ベビー・子供服」と書くか「お母さんと赤ちゃんのコーナー」と書いた方がずっと分かりやすい。
もしくは「安心安全な素材を使った子供のための洋服です」というベタなPOPの方がずっとマシだろう。

アパレルブランドは「かっこよくないといけない」と考えておられる方が多い。
まあ、かっこ悪いよりはかっこイイ方が良いと思うが、いくらかっこよくても伝わらないコピーをつけるくらいなら、ベタな分かりやすいコピーの方が数段優れているのではないか。

消費者はアパレルブランドのショップに、意味はわからないけれどカッコイイ写真・ポスターを見に来ているのではない。それに写真・ポスターでカッコヨサを追求するならもっとアーティスティックな作品にすべきだ。そしてそういうお客に向けた店作りにすべきだろう。

ちなみに先のポスターはラグジュアリーブランドや高級ブランドではない。
低~中価格帯の量販店向けファミリーブランドである。いわば大衆向けブランドである。
大衆向けブランドが大衆にわかりにくいと思われるコピーを使って「粋」がっていても意味がないのではないか。

筆者は同じ大衆向けブランドなら無印良品やユニクロのPOPの方が優れていると思う。
もうちょっと書きこんでも良いのにと思う部分もあるが、自社の商品の特徴をそれなりに詳しく説明している。
ユニクロならプレミアムコットンやウルトラライトダウン、無印良品ならフレンチウールやフレンチリネンといった物の説明が書かれている。

よく意味のわからないコピーを書くくらいなら自社の商品の特徴を箇条書きででも書く方がずっとマシだろう。

アパレルブランドには往々にしてこういう「凝り過ぎて伝わらない」ことがよくある。
とくに大衆向けブランドはもっと伝える努力をすべきだろう。

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