月別: 3月 2016 (1ページ / 3ページ)

食品スーパーは複数併用で

 今日はちょっと気分を変えて。
かれこれ2年半ほど前から週に4~5回は食品スーパーで買い物をするようになった。
離婚して(正確には離婚されてw)独身になったから食材を自分で補給しなくてはならなくなったからだ。

毎日のように各食品スーパーを見ていると、各店でそれぞれ特徴があることに気が付く。
品揃えはだいたいどこも似たり寄ったりである。
ただし価格が違う。
それと、食品は同じスーパーでも毎日価格が変わる。
昨日、98円で売ってたホウレンソウが今日は128円になっているなんてことは当たり前にある。

話は逸れるがAmazonも価格が変動する。
とくに新製品は。
発売から1か月以上が経過すると低値安定になるが、そうなる前は定価から3割引きくらいの間を小刻みにうろうろする。

例えば、HGガンダムキマリストルーパーというプラモデルがあるが、これは3月に発売したばかりなので小刻みに価格が変動する。

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定価は1512円だが、30%オフの1030円になったり、10%オフの1361円になったりする。
もちろん25%オフとか28%オフとか19%オフなんていうときもある。

ジョーシンならこのプラモデルはずっと20%オフなので、20%オフ以下のときにAmazonで買う理由はない。
逆に21%以上の割引率ならAmazonで買うべきである。

食品スーパーもこれと同じように価格が毎日変動する。
如何に安いときに買うか、これが食品スーパーを利用する上での注意点になる。

筆者が利用する食品スーパーはおもに

万代
西友
スーパー玉出
ライフ
イトーヨーカドー

である。

万代は全般的に安い。
しかし、中には高い物がある。
最近は野菜類が高くなったように感じる。
以前は一束98円の青菜類があったが、最近は128~158円が定価になっている。

万代の特徴は、惣菜類・生魚類の割引率が高いことにある。
閉店間際とか賞味期限切れ間近になると恐ろしい投げ売りをする。

半額とか100円均一にまで下げる。
100円以下の惣菜は半額である。
例えば、揚げたコロッケが68円で売っていたとしたらそれは半額の34円になる。
399円のしめ鯖が100円になったりする。

万代と併用するのが西友である。
西友は惣菜類・生魚類の投げ売りはない。
せいぜい10%~30%オフくらいである。
しかし、西友は万代よりもバナナと酒とモヤシが安い。

万代のモヤシは一袋37円なのに対して、西友は28円である。
万代のバナナは一房、最低価格が128円なのに対して、西友は90~95円である。
酒類は西友が上記食品スーパーの中で最も安い。

350ミリリットル缶のキリン淡麗生で比べると、
万代は140円だが西友は125円である。
スーパー玉出は135円くらい。

350ミリリットル缶のビールで比べると、
万代が178~200円くらいなのに対して、西友は168~188円くらいでちょうど万代よりも各銘柄が10円ずつくらい安い。

こういう状況なので、惣菜類その他は万代、モヤシとバナナと酒は西友というふうに使い分けている。
あとは仕事の帰り道でスーパー玉出やライフを覗いてみる。

ライフとイトーヨーカドーは全般的に高いのであまり利用しない。
せいぜい、自販機替わりにジュースを買う程度だ。
ジュース類なら自販機よりも安い。

スーパー玉出はときどき驚くような掘り出し物がある。
しかし惣菜・弁当類はそれほど安くならない。20円引きとか100円引き程度だからこれはあまり利用しない。

上でも書いたように最近、万代の野菜類が値上がりしたように感じるので、野菜は西友か玉出の投げ売り品を買うことが増えた。キャベツ半分で50~70円とか、小松菜一束70円前後とかである。

人間は同じ物なら安い方で買いたがる。
筆者もそうだ。
ガンダムキマリストルーパーならAmazonで30%オフで買いたい。
次善策はジョーシンの20%オフである。
間違ってもAmazonの15%オフなんて絶対に買いたくない。

洋服でも同じではないか。
まったく同じ物とかほとんど同じような物なら安い方が選ばれる可能性がきわめて高くなる。
それを覆すには、何か大きな他の魅力がないと無理だ。

それは、おそらく生産地やスペックではないはずだ。

「このカットソーは日本製です」というだけでは、高くても買う理由にはなりにくい。
中国製で同等のスペックでそちらの方が安ければそちらを選ぶ人は多い。

日本製のカットソーが500円で投げ売りされていたら話は別だ。
それは飛ぶように売れるだろう。消費者にその情報がキチンと伝達されていれば。

高くても買ってもらえるための魅力づくりとは何か。
そろそろ「日本製」とか「イタリア製」とか「スペックの高さ」とか以外の部分を考えないと、衣料品業界はずっとこの状況が続くだろう。

それにしても今では万代とスーパー玉出のない土地で暮らすことは想像ができない。
おそらく毎月の食費が跳ね上がるだろう。

そんなわけで今夜も万代で投げ売り品を買ってから帰宅するつもりである。
嗚呼、華麗なる(加齢なる)独身生活。




オッサンが着用すると間違いなくダサく見える最新アイテム

 今から20~30年くらい前、亡母がテレビを見ながらこんなことをよく言っていた。
「私らが若いころに流行った服がまた流行している。私らはあれの何が良いのかよくわからん」と。

今年46歳のなる初老の筆者も最近のファッション傾向を見ていて、同じ気持ちになる。
確実に年老いていることを実感する。
とくに3年くらい前からバブル期のファッションがリバイバルするようになってそう感じるようになった。

今から20~30年くらい前のファッションが断続的にリバイバルしている。
例えばクラッチバッグ。どうしてもバブル期にオヤジ連中が小脇に抱えていたセカンドバッグに見えてしまう。
若い人が抱えていると新鮮に見えるが、30代半ば以上の男性が抱えていると、25年前の商品を引っ張り出してきたように見える。

そう、バブル期前後のリバイバル商品は今のオヤジ世代が身に着けると危険である。
一部の例外的オヤジを除いて、9割くらいのオヤジはバブル期そのままの風情になってしまう。

先月から断続的に今秋冬向け展示会にお邪魔している。
業界紙記者時代とは異なり、体系立てて訪問できるわけではないので、お付き合いのあるブランドをいくつか覗かせてもらうという形になる。

そうすると、そこでは筆者が20代に見たアイテムがリバイバルされていることが多くて驚かされる。
とくに今秋冬向けアイテムはその傾向が強い。

今回はオッサンが着用すると間違いなくダサく見えるアイテムをいくつか紹介したい。

懐かしのジーンズブランド「リベルト」の復活。
以前、エドウインが企画生産していた「リベルト」が久しぶり(たぶん10年ぶりくらい)に復活する。
今回は、エドウイングループのリー・ジャパンが企画生産し、ドリームワークスが卸売り営業を担当する。
以前の常見時代のエドウインなら考えられない他社との役割分担で、このあたりは伊藤忠商事効果なのかもしれない。

今回、展示会で見たところ2品番だけだったのだが、「アイダホ」という品番のデニム生地を見て驚いた。
ちょうどバブル期に各社で良く使われていた表面感の生地である。
これをワンウォッシュと懐かしのストーンウォッシュの2色で展開する。

縦落ち感のないワンウォッシュと、全体的にのっぺりと色が薄くなるあの懐かしのストーンウォッシュである。

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(縦落ち感のないワンウォッシュ)

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(懐かしのストーンウォッシュ)

このストーンウォッシュを見ていたら、ジーンズのポケットの中からよく丸っこい軽石が出てきたことが思い出される。

96年ごろから始まったビンテージジーンズブームから縦落ち感が重視され、ところどころに大きな節(フシ)のあるスラブヤーンがデニム生地に使われるようになったがそれ以前のデニム生地はこういう顔をしていた。
ヒゲ加工が生まれたのもビンテージジーンズブームから。
それ以前は全体的にのっぺりと色を落としていた。

それを再現している。しかし、今回は表面感は同じでストレッチ混である。

これは若い人たちには新鮮ではないかと思うが、オヤジが穿くとダメである。
絶対にバブル期そのままの姿になる。
バブル期のコスプレがしたい人はぜひとも挑戦してみてほしい。

次はアルファインダストリーのアイテムである。

まずスカジャン。
襟なしアイテムの人気からMA-1が復活し、その派生でスカジャンに注目が集まっている。
個人的にはスカジャンというアイテムは好きじゃなく、これが似合っている日本人男性は老若ほとんどいないと感じる。相当に顔面と体型偏差値が高くないと似合わない。
それでも若い人の着用は何となく許せるが、オッサンが着ると大概は目も当てられない。
若いころのヤンチャ(笑)ぶりを自慢する老ヤンキーにしか見えない。

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これはリバーシブルで、裏返すとMA-1としても着用できるお得アイテムだ。
筆者は絶対に試さないが、興味のある人は試してもらいたい。

ここ8年間くらいズボンのシルエットはタイトが主流だが、トレンド最先端としてワイドシルエットが注目されている。しかし勘違いしてはいけないのは、マス層は依然としてタイトシルエットで、先端層がワイドを注目しているという点である。
そこでこんなダボっとしたカーゴパンツが打ち出された。

オッサンがこれを穿いたら間違いなく作業員に見える。
超イケてるオッサンがかろうじて刑事ドラマ「相棒」に登場していた亀山薫に見える程度で、筆者も含めたそこらへんのオッサンは間違いなく作業員に見える。

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亀山薫はダボっとしたカーゴパンツにアルファインダストリーのトップスを合わせていたから、亀山薫のコスプレをしたい人にはちょうど良いかもしれない。

これにレザーのライダースジャケットを合わせると懐かしのチーマー風情が出来上がる。
髪型もサラサラロン毛にすればかなり再現度は高い。
オッサンが年老いた元チーマーになってみるのも面白いかもしれない。筆者は絶対にしないが、笑いは取れるだろう。

オッサンが多少なりとも「イケてる」風に見えるためには、ちょっと綺麗目にまとめる方が無難だ。
パンツは細身で全身をトラッドテイストとかアイビー・プレッピーテイストにまとめる。
これで高感度は少しは上昇する。
下手に全身アメカジとかイタカジにまとめると元ヤンキーとか水商売好きのイタイオッサンに見えてしまう。

「相棒」オリジナル・サウンドトラック(通常盤)
TVサントラ
エイベックスイオ
2008-10-22


杉下右京の密室 (朝日文庫)
碇 卯人
朝日新聞出版
2016-03-07


相棒 season 1 DVD-BOX
水谷豊
ワーナー・ホーム・ビデオ
2006-11-03


大手企業の平均年収でアパレル業界を判断してはダメ

 The FLAGが「ファッション業界マネー事情」と題して、有力企業の初任給と公表されている範囲での平均年収を一覧表にまとめている。
公表されている範囲なので公表されていない企業の平均年収は当然空欄である。

就職や転職を考える際には指標の一つにはなるだろう。

https://theflag.jp/blog/73

この一覧表を見て「意外に業界の平均年収は高いのではないか」と思った方も多いのではないか。
しかし、掲載されている企業名をよく見てほしい。
アパレル、百貨店、素材メーカー、商社が混在している。
しかもそれらは上場している、もしくは上場してもおかしくはないくらいの業界有力企業である。

これらの平均年収が良いのは当然であり、自動車関連ならトヨタの社員の平均年収を見ているようなものである。

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ちょっと煩瑣ではあるが企業名をざっと見てみよう。

アパレル系では

ステュディオス
グンゼ
ワコールHD
オンワード樫山
ストライプインター
三陽商会
ワールド
パル
ユナイテッドアローズ
AOKI
ベイクルーズ
ファーストリテイリング
などである。

そのほかは

東レ
帝人フロンティア
旭化成せんい
日清紡HD

などは素材メーカー系だし

伊藤忠ファッションシステム
三井物産インターファッション
三菱商事ファッション

などは商社系

そのほかの三越伊勢丹、高島屋、そごう・西武などは百貨店である。

専門学校生や大学生が就職先として考える「ファッション業界」の範疇には含まれない場合が多い。

そしてこれらの企業の平均年収が予想よりも高いことは、それぞれの業界・ジャンルでの大手企業だから当然であり、これらの企業の平均年収までが低いならその業界は最早終わっている。

ちなみにここで発表された平均年収よりも今年4月1日から下がる企業もある。
経営再建中の大手企業の平均年収は下がるはずである。

ファッション専門学校生や大学生が「ファッション業界を目指す」として、ここで挙がった「アパレル系」に全員が就職できるわけではない。
逆に大半以上が落ちる。
どうしても「ファッション業界で」と考えるのであれば、ここには掲載されていない「アパレル系」を探すほかない。

一般に「アパレル業界の給料が低い」と言われるのは、そういう「ここには掲載されていないアパレル系」を指しており、そしてその数はここに掲載されている「アパレル系」の何百倍にもなる。
そういう企業は、初任給から昇給するかどうか自体が不明だし、そもそも新卒採用していないことも多い。

大手に入り損ねた新卒者の業界でのキャリアアップを例示してみる。

まず、バイトやパート、契約社員、フリーランサーみたいな形でそういう小規模・零細企業に潜り込む。
当然、給料は安く、時給労働のような場合もある。
3~5年くらい働いて少し実力がついて、人脈が広がる。
ここで昇給がある場合もあるが、ない場合もある。
その場合、給料を上げようとすると他社に移籍するほか手がない。
なぜなら無い袖は振れないからだ。

そして移籍する。
ここで少し給料が上がる。
この会社が何かの拍子に、奇跡的な大成長を遂げれば、ここから毎年の昇給という恩恵にあずかれるが、アパレル不況の昨今そんな美味しい話は奇跡にも等しい。

当然、さらなる昇給を目指すならまた移籍するほかない。

そしてこれをあと何度か繰り返したころ、若者は40歳前後の中年になっており決断を迫られる。
その時点で在籍する企業に骨を埋めるか、独立企業するかである。
こうなる前に在籍した会社が倒産してしまっている可能性も極めて高い。

幸運にも移籍を繰り返して中規模アパレルに潜り込めたとして、何年か後にリストラされてしまっている可能性もある。

若者がファッション業界に夢を見ることができるかみたいな議論があるが、普通の感覚を持った若者なら夢は見られないだろう。

この若者が男女ともに生涯独身を貫くなら例示したモデルで働き続けるという選択肢はありだが、結婚して子供を育てるという「夢」があるなら、例示したモデルで働き続けることは男女ともにかなり難しいだろう。

月々の額面給与が仮に40万円で留まったとする。それ以上昇給しないという事態はアパレル業界なら十分に考えられる。40万円まで昇給できるかどうかすらあやしい。

独身なら十分だが、子供を育てるとなるとちょっと心もとない。
保険やら年金やらを天引きされて、手取りは35万円弱だろう。

独身なら大国町あたりの月額家賃4万円のワンルーム住まいでも良いが、結婚してさらに子供まで生まれたそんなわけにはいかない。
10万円前後は家賃として毎月消えてなくなる。
毎日、スーパー万代や西友、スーパー玉出などの安い食材を買うとして、月の食費は夫婦二人で5万円くらいだろうか。子供が生まれたら食費は劇的に増える。
電気代は2万円くらいか。携帯電話代は夫婦二人で2万円、これですでに20万円弱が消える。
そこに水道代・ガス代・自宅のプロバイダー料金などがかかる。
ざっと25万円くらいは消える。
残り10万円で子育てということになるが、実際は食費やらミルク代やらおむつ代やらがかかるのでその10万円もほとんどなくなる。

生命保険やらなんやらも必要だし、学資保険をかける場合もあるだろう。

自動車を持っているなら駐車場代・保険料も含めた維持費がかかる。
おそらくこれで残り10万円もほぼ使い切るのではないか。

子供が生まれて大きくなると教育費がかかる。
大学まで進学したら、私立大学だと文系で年間授業料は80万~100万円円くらい、国公立文系で50万円くらい必要になる。

こういうことを考えて、結婚や出産と同時にアパレル業界を離れる若い人も少なくない。
女性なら産休・育休などの諸制度が整っていない小規模・零細企業では長期間働くことは難しい。
そしてアパレル業界は大手よりも小規模・零細が圧倒的多数を占めている。

個人的には、こういう業界に対して「夢を持て」というのはおかしな話だし、「夢」を煽り立てて若者をより多く獲得しようとするのもおかしな話だと思う。

本当に情熱のある人だけが入ってくれば良いという意見もあるが、むしろその方が、参入者の数が減ってアパレルブランドの供給過剰問題の一端が解消されるのではないかとも思う。

いわゆるテレビドラマで登場するような「平均的で平穏なサラリーマン人生」を送ることはアパレル業界では多くの場合無理だろう。
どうしても入りたいという若者はそれを覚悟すべきだし、専門学校は若者にそれを覚悟させるべきだろう。



ユニクロ対ZARA
齊藤 孝浩
日本経済新聞出版社
2014-11-20


反ファストファッション論者は現在のランドセルを擁護すべき

 ランドセル、学生服の値段の高さに疑問を呈する記事を最近見かけた。

例えば西日本新聞。

ランドセル、家計に重荷 無料で配布の自治体も
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/233623

元記事を読んでもらえればわかるが、見出し通りにランドセルの高価格に疑問を呈している。
筆者はこの記事を「家計負担を軽減するためにもランドセルをもっと低価格にするか、ランドセル通学を廃止にすべきだ」と読めた。

筆者はランドセル通学や学生服が現在の状況で続こうと、廃止されようとどちらでも構わないのだが、大手新聞社の「善意の発露」によるこういう安易な値段引き下げ論は、産業維持の観点からするといかがなものかと思う。

とくに、昨今、アパレル・ファッション産業では、低コストの発展途上国で生産する低価格衣料品に反対する声があるが、その動きに賛同する人が、大手新聞社の安易なランドセル叩き・学生服叩きに賛同することは言動不一致も甚だしいと言わねばならない。

近年、中国生産のランドセルも増えてきたが、ランドセルの多くはいまだに国産である。

原材料の産地と製造工場(ランドセル)
http://matome.naver.jp/odai/2143320838297343401

これは2014年時点での一覧表である。
シェアナンバーワンといわれるセイバンのランドセルは兵庫県産である。
兵庫県はランドセル生産のシェアでは圧倒的であり、44%前後を占めるという。

「国産品を守ろう」「低コスト生産による低価格販売をやめよう」と主張する人々が理想とする製造・販売体型が完成されているのがランドセルだといえる。

最低でも2万円くらいはする。
高額なものになると10万円前後になる。

筆者にも3人の子供がいるが、もうすでに3人とも小学校を卒業してしまった。
金のない筆者は3人にだいたい税込3万円前後(当時)の価格の「トップバリュ」のランドセルを買い与えたが、6年間使用してもほとんど劣化することなく、まだまだ使用に耐えられるくらいだった。
30年強前、筆者が使っていたランドセルは卒業時にはボロボロになっていたからこの間の素材の品質向上には目を瞠る物がある。

2014年の記事だが参考にしてもらいたい。

中国から大量注文の「ランドセル」シェアトップは播州の企業…秘密は日本でしか作れない機能性
http://www.sankei.com/west/news/141230/wst1412300013-n1.html

ファストファッションや低価格SPAに反対する人なら、高価格高コスト製造を守り続けているランドセルは当然擁護すべきである。
それができないというなら、それは単なるご都合主義だろう。
彼らのいう生産体制を推し進めればランドセルのような形にならざるを得ない。
もし、ファストファッション否定論者がランドセルの現状を否定するなら、その主張には何ら説得力はない。

それにしても西日本新聞のナンセンスぶりには恐れ入る。

70年の6千円が、2014年には約4万2千円と7倍になった。

という一節があるが、46年前の物価と比較して何の意味があるのか。
なら46年前と現在の平均初任給はどうか。
おそらく7倍以上に初任給は増えているはずだ。
まったくバカバカしい。アホかと思う。

少子化と言われているが、だいたい毎年100万~120万人の子供が生まれている。
現在の小学生も各学年にそれくらいの人口が存在するということになる。
市場規模は毎年100万人で減ることはないが増えることもない。そういう市場である。
その限られてはいるが、必ず買うという100万人限定市場に対して、衣料品のように「価格破壊」させることが果たして適切か。
ランドセルの値崩れ、ランドセル廃止になれば、その製造・販売業者が倒産・廃業になる。
とくに国内製造業者は倒産ラッシュだろう。

筆者はランドセル業界と別に利害関係はないからどうなろうと知ったことではないが、「国産」とか「モノヅクリガー」と叫んでいる人たちはランドセルに関しては「値崩れせよ」と考えているのだろうか。
もしそうなら、その言動にまったく整合性がない。

学生服に関しても似たような状況である
学生服メーカーでは国産を守り続けている企業も多い。
国産で新規参入も少ない業界だから当然高価格が維持される。
やみくもな「価格破壊」やら「制服廃止」はそういう企業、工場を倒産・廃業させることになるが、反ファストファッション論者はそれは無視するのか。

ランドセル業界にも学生服業界にもまったく利害関係がないからどちらの業界がクラッシュしても筆者は一向に構わないが、「国産の物作りを守りたい」とか「ファストファッションは絶対悪」と考えている人こそ、ランドセル業界・学生服業界を守るべきだろう。彼らの理想形を体現しているのがランドセルであり学生服なのだから。




アパレル分野での大型合同展示会はなくなるかもしれない

 最近は、アパレル合同展示会があまり勢いがない。
通常、アパレル企業やブランドは単体で展示会を行う。
展示会では、早い場合は半年先、引付型なら2~3か月先のアイテムが提案される。

展示会に招待されるのは小売店、そしてメディア関係者である。

小売店に来てもらって、新アイテムを仕入れてもらうのが主眼である。

そういうアパレル企業、ブランドを何社か集めて開催するのが合同展示会である。
企業によっては大型見本市と呼ぶ場合もある。
内容は同じである。

合同展示会にメーカーやブランドが出展するメリットとしては、自社単体でやるよりも多数の来場者が期待できるというところにある。
一方、デメリットは出展者や来場者に企画・デザインをパクられやすいというところにある。

メリットとデメリットを天秤にかけながら、出展するかどうかを判断するのはメーカーの経営判断である。

ところが、2005年以降、合同展示会の勢いがなくなってきた。
とくにアパレル向けの合同展は出展者・来場者ともに減る傾向にある。

これはなぜか。
企画がマンネリ化してきたこともあるだろう。

しかし、業界構造が大きく変わったことが原因であり、今後もアパレル合同展が大きく盛り返すという状況は考えにくい。

まず、流通・小売店の体制が変わってきた。
衣料品業界で力のある大手流通・小売店の多くは、SPA(製造小売り)的な業態となっている。
ユニクロ、無印良品、WEGO、アダストリア、ストライプインター、ハニーズなどを想像してもらえればわかるだろう。
自家工場があるなしにかかわらず、自社企画の商品を工場で生産して、自社直営店で販売する。

こういうシステムである。

そして大手セレクトショップも実情は疑似SPAである。
自社企画(丸投げも含む)商品をどこかの工場で生産して、自店で販売する。
大手セレクトショップの自社製品比率は軒並み7割~9割に達している。
残った3割~1割は他社ブランドの仕入れ品ということになるが、そのほとんどは靴、バッグ、アクセ、コスメなどの雑貨品である。衣料品に関していえば、軒並み自社製品比率は9割近いと考えられる。

大手が他社製品を仕入れることはほぼなくなっている。

中堅規模のチェーン店は倒産・廃業・吸収などが相次いでいる。

従来通りに他社製品を仕入れるのは小型専門店がほとんどということになる。

となると、合同展示会を開催しても大手からの仕入れはほとんど期待できず、小型専門店が主なターゲットとなってしまう。
小型専門店は「小型」なので、各店の仕入れ枚数は極端に少ない。
また昨今の衣料品不振の影響から、仕入れ枚数はさらに減る傾向が強い。(もちろん例外店はある)

メーカー、ブランド側からすると小型専門店からの受注だけでは、生産のミニマムロットに達しないことが往々にしてある。
以前なら中堅、大手からの仕入れも期待できたが、現状では期待できない。
大手のSPA化はさらに進むことが考えられるから今後も大規模な仕入れは期待できないだろう。

となると、合同展示会への出展はメリットが小さくなる。
一方、企画・デザインをパクられるというデメリットは以前と変わらないか、さらに大きくなる。

だからメーカー、ブランド側の出展は減る。

出展社が減れば、来場者も減る。
来場者が減ったから出展者はさらに減る。

そんな悪循環スパイラルに陥っているのが今の合同展示会といえる。

これを打破するきっかけはちょっと見当たらない。
何せ、流通・小売りの形態が変わってしまった。
今後、流通・小売りが仕入れ品をメインにするようになるとは到底考えられない。

そして有力なメーカー、ブランドも直営店を志向するようになりSPA化している。
ワールド、オンワード樫山、ファイブフォックス、三陽商会などが良い例である。

だから有力メーカーが合同展示会に出展することは考えられない。

今後はアパレル分野での大型合同展示会というイベントはなくなるかもしれない。
時勢に合わないものは淘汰されるのが当然とはいえ、個人的な感情でいえば少し寂しいとどこかで感じる。


カシミヤは水洗いできる

 暖かくなってきたと思ったらまたしばらく肌寒さが続くそうだ。
例年だと4月上旬にもう一度寒い日が来る。

入社式が冷たい雨だったとか雪だったという年はけっこう多い。

だから4月に入ってもすぐには衣替えをしないし、冬物を洗濯しない。
確実に寒い日がなくなるゴールデンウィーク前くらいまで冬物を出したままにしておく。
コスト削減の一環からクリーニングへ出すことはほとんどないが、以前、スーツで勤務していたころは冬物スーツは4月中ごろ以降にクリーニングに出していた。

オチマーケティングオフィスの生地雅之さんから以前に教えていただいたことだが、
「3月と12月の平均気温はほとんど同じ、6月と9月の平均気温もほとんど同じ」なのだそうだ。

もちろん日差しの強さが違うので体感温度は若干異なるが、基本的に3月は冬物、9月は夏物を着用すると考えた方が適切だろう。

3月になったからと言って張り切って春物で身を固めては寒すぎる。
12月に同じ格好ができますか?

反対に9月になったからと言って秋物で身を固めると暑すぎる。
あなたは6月に同じ格好ができますか?

こう考えると、分かりやすいのではないか。

さて、クリーニング代をケチるために家庭洗濯できるものは極力家庭洗濯している。

以前にも書いたが、ダウンジャケットは家庭洗濯できる。
基本的にほとんどのダウンジャケットは洗濯可能である。
ウォッシャブルダウンが流行したことがあったが、わざわざそんな機能を付けなくてもダウンジャケットは元々から洗濯が可能なのである。

現在では「ダウン専用洗剤」も販売されている。

心配なら洗濯機で水洗いすれば良い。
洗濯機の水洗いならダウンも外側の生地も傷まない。
外側の生地の汚れを本格的に落としたいなら、ダウン専用洗剤を使うべきだろう。

脱水後は陰干しをして、しっかり乾燥したら、中のダウンを均一になるように振ったり叩いたりすれば良い。

クレームを恐れるあまり「洗濯不可」の表示のある衣類が増えているが、ダウンジャケット以外にも洗える衣類は意外に多い。

業界の方々なら常識だろうが、一般的に知られていないものとしては、カシミヤがある。

カシミヤは水洗いが可能なのである。
逆に水洗いを繰り返した方が風合いが良くなるという人もいる。

参考になる記事をご紹介しておく。

なぜ、カシミヤセーターは洗い込んでもウールのように縮まないのか?
http://blog.maruyasu-fil.co.jp/archives/12445

この記事では水洗いのほか、洗濯機を使っても実験しているが、どちらも傷まなかった。

一般的にウールのセーター類は洗濯をすると縮むが、なぜ縮むかというと、ウールの表面は鱗状になっており(これをスケイルと呼ぶ)、洗濯をするとこのスケイルが開いて、近隣のスケイル同士が絡むのである。
その結果、全体的に縮む。

ウォッシャブルセーターというのはウールに何らかの加工を施し、このスケイルが開かないようにした商品である。

カシミヤは羊毛(ウール)に比べてこのスケイルが少ないため繊維同士が絡みにくい。その結果縮まないということである。

もし、汚れが気になるようならカシミヤセーターはどんどん水洗いしてもらいたい。

このほかにも洗える衣類は本当に多い。

ユニクロで5年以上前に買ったリネン(麻)コットンテイラードジャケットも洗濯機で洗える。
もう10年近く前に真っ白のリネンコットンのテイラードジャケットを買った。

筆者は汚れが目立つのが嫌で基本的に白い衣服は買わないし、あまり着用しない。

この時は何を考えていたのだろうか。ちょっとイキがってみたかったのだろうか。
ポリシーに反して買ってしまったわけだが(もちろん値引きされてから)、あるとき、微妙に全体的に黄ばんでいることに気が付いた。

ユニクロで値引きで買った物をわざわざ高い金を払ってクリーニングに出すのもバカらしいと思い、恐る恐る洗濯機にぶち込んで洗ってみた。

脱水後、形を整えて干した。

その結果、黄ばみはなくなっただけでなく、どこも傷まなかった。
これに味をしめて、着用後は必ず洗濯機にぶち込んで洗うようにしている。
さぼると必ず全体的に黄ばむ。

このほか、以前にも写真付きで紹介したことがあるが、無印良品のウールカーディガンも洗濯機で洗ってもほとんど縮まなかった。
これは2004年ごろ購入した物で、ウォッシャブル表記はなかった。

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(洗濯機で洗っても縮まなかった無印良品のウールカーディガン)

Mサイズなのに肩が落ちるほど大きいので縮めたくて洗ってから天日干ししてみたがほとんど縮まなかった。
ウォッシャブル表記がされてないだけで実はそういう加工が施されていたのかもしれない。

たまにポリエステル100%素材で「洗濯不可」の表記がなされている衣料品がある。
いくらなんでもクレームを恐れすぎではないかと思う。
ポリエステルが洗濯できないなら、この世に洗濯できる衣類や繊維はなくなってしまう。

昨今の「洗濯不可」の表記はクレームを恐れるあまり少し行き過ぎではないかと思うことがある。




同じ商品なら安い方で買う、商品と値段が同じなら利便性の高い方で買う

 街の中型・小型書店が次々と倒産・廃業に追い込まれている。
様々な要因があるのだろうけど、インターネット通販の大手Amazonの躍進もその一つに含まれるだろう。

メディア関係者からは「書店が減少するのは問題だ」とか「街の書店を守れ」なんて情緒まるだしの感情論しか流れてこないが、こういう主張は聴くに値しないと思っている。

筆者は関西の田舎町に住んでいるが、この田舎町では欲しい本、新刊本が満足に手に入らない。
車を飛ばして近隣の大型ショッピングセンターに入店している大型書店に行くか、大阪市内に出て大型書店に行くかしかない。
これはAmazonが躍進するより前からそういう状態である。

はっきりとは覚えていないが、2005年より以前からそういう状態にある。
小型書店は1件だけあるが品揃えが悪い上に、閉店時間も早い。
平日に仕事をしている人では利用することは不可能である。

母方の実家は吹田市にある。
JR吹田駅前には商店街があり、かつては3軒くらい個人経営の小型書店があった。
しかし、2軒はすでに廃業している。
もちろんAmazonが躍進するよりも前である。

記憶では80年代、90年代にはすでに街の中型・小型書店は、都心の大型店に駆逐され始めていた。
地元の中型・小型書店よりも通勤や通学で立ち寄る都心の大型店の方がはるかに品揃えが良い。
本なんて割引販売やバーゲンはないから、どこで買っても値段は同じだ。
だったら品揃えの多い大型書店で買った方が利便性が高い。

同じ価格の同じ物を売っていたら利便性が高い方の店が利用されるのは当たり前の話である。

2005年以降、インターネット通販が急速に勢力を伸ばしてきた。
今度は大型書店がAmazonに脅かされるようになり始めた。
中型・小型書店はますます苦境に立たされる。
なぜ、大型書店がAmazonに脅かされるようになったかというと、Amazonの方が利便性が高いからだ。

つい先日、1年前に発行された本を買おうと思った。
買い忘れていたことを思い出したのである。
一先ず、良く立ち寄る都心大型書店を3軒ハシゴして探してみた。
ところが見つからない。
毎日大量の本が発行されるから1年前に発行されたベストセラーでもない本なんて残っていない。
ましてや実店舗ではストックルームも限りがある。
そんな本を置いておくスペースもない。

諦めて、Amazonで検索してみたらすぐに買えた。

3軒を回ったのははっきり言って徒労だった。

あれだけの広さを誇る都心大型店ですら、Amazonには品揃えが及ばないと改めて痛感した。
実店舗はストックルームが有限だが、ネットショップの陳列場所は無限である。
しかも送料無料であり、早い場合なら翌日に届く。
べつに数日くらいかかっても構わない。そこまで急ぎの商品なんてあまりない。

同じ商品を同じ値段で売っていたら利便性が高い店舗の方が選ばれる。

中型・小型店より大型店、大型店よりAmazonということになる。

空き時間にふらりと大型書店に入って、どんな新刊が出ているかを眺めるのは好きだが、「それが書店の存在意義だから書店を大事にせよ」という主張には首を傾げざるを得ない。
それなら各エリアに1つか2つずつ大型書店が存在すればそれで事足りる。

大阪市内でいえば、天王寺、難波、心斎橋、梅田に1店舗か2店舗ずつ大型書店が存在すれば良いのではないか。

さて、以上のようなことは書籍以外の他の分野でも同じではないか。

同じ商品を同じ値段で売っていたら利便性の高い方で人は買う。
Amazonの場合は圧倒的な品揃えと送料無料が利便性である。
それと、買い物をする時間を選ばないことである。
早朝でも真夜中でも買い物ができる。

この「利便性」を上回る魅力を提供できない書店は駆逐・淘汰されても当然だろう。

洋服も同じではないか。

同じ商品なら人は値段の安い方で買う。
同じ商品を同じ値段で売っていたら、人は利便性の高い方で買う。

値段ではない「何か」、利便性を越える「何か」を提供できないブランド、ショップは淘汰されても当然である。

各社ともその「何か」を懸命に考えていることは理解するが、その方向性が間違っていることは多いと感じる。

闇雲に「国産」とか「日本製」を掲げられても、決めてとなる「何か」ではないと感じるし、「物作りの尊さ」なんて物を押し付けられても「しらんがな」である。

「スペック、機能の高さ」には心動かされるときはあるが、そこにこだわりすぎると今度は「機能競争」に巻き込まれる。
「A社のダウンジャケットが200グラムだから、当社は196グラムにしました」みたいなそんな意味の分からない競争になる。
プロやプロに近いスポーツ選手や3000メートルを越えるような山にアタックする登山家なら7グラムの違いにこだわるべきだが、一般消費者に7グラムの軽さが重要だろうか。
1円玉7枚分の重さが違うことに都市生活の一般消費者がどれだけ利便性や魅力を感じるだろうか。

本も服も、安さと利便性を越える「何か」を考えないと、現在の商況を打破することはできないから、一層奮起してもらいたい。



楊家将演義 読本
勉誠出版
2015-06-05


海外販売の少なさを問題にする前に、国内販売の少なさを問題にすべきでは?

 いわゆる「デザイナーズブランド」のことはよくわからない。
多少の交流のあるデザイナーもいるが、かと言って、その分野に親しみがあるとか、身近な物だとかいう印象はない。

ただ、ビジネスの観点で見ると、拡大するのはこの分野はなかなか難しいのだろうなという印象がある。

先日、こんな記事が掲載された。
記事というよりコラム、エッセイといったほうが良いだろうか。

ポテンシャルを生かしていない「まとふ」
http://www.fashionsnap.com/the-posts/2016-03-16/16aw-sichikawa-02/

なぜ「生かしていない」と主張するのかというと

しかし、同ブランドの服は、海外で殆ど売っていない。欧米はおろか、アジア諸国でも取引先はごくごく僅かである。需要はあると思うのだが、足元の国内で基盤を固めている。

とのことである。

要するに「海外でほとんど販売されていない」ことが残念だという主旨である。
この主張には首を傾げざるを得ない。
なぜかというと、「まとふ」というブランドは国内でもほとんど販売されていないからだ。

まとふの公式サイトによると、直営店が東京に1店あり、それ以外の国内店は卸売りを含めて5店舗しかない。
海外は1店舗である。

国内5店舗体制ではとても「基盤を固めている」とはいえないのではないか。

5店舗による年商はどれほどだろうか?
まさか5店舗がそろって年間1000万円もの仕入れをするとは思えない。
せいぜい、年間500万円が限度だろう。

なら卸売りも含む5店舗への年商は最大でも3000万円程度だろう。
熊本店はフルラインナップがそろうから年商規模はもっと大きいのかもしれないが、東京店と合わせても年商規模は最大でも5000万円くらいではないか。1億円を上回っていることは絶対にないだろう。

これで「基盤を固めている」といえるのだろうか。

今回は「まとふ」の記事が目についたので例に挙げたが、これが多くの国内デザイナーズブランドの現状ではないか。
国内の基盤すら脆弱なのに海外への販売が可能なはずがない。

逆に日本人は川上ショーン一郎氏の例もあるが、欧米への舶来コンプレックスが強い。
サカイのように欧米で名をはせてブランド力を逆輸入するという手は有効だと思うが、この規模の国内デザイナーズブランドがおいそれと欧米へ進出できるとは思えない。

ところが、国内もデザイナーズブランドは拡販しにくい状況にある。
売り上げ規模が小さいから小ロット生産になり、それ故に販売価格が高くなる。
たとえば、セーターが3万円とかコートが8万円~10万円とかである。

こういう価格帯の商品は「よほどの理由」がない限り、現在の日本では売りにくい。

10万円のコートというとけっこうな高額品であり、その価格帯には有名ブランドがひしめき合っている。
その有名ブランドとデザイナーズブランドが同じ価格帯であった場合、多くの人は有名ブランドを選ぶ。
三陽商会がライセンス生産していたころのバーバリーだと10万円でカジュアルコートがあった。

あまり有名ではないデザイナーズブランドとバーバリーのカジュアルコートとどちらを多くの人は選ぶだろうか。

おそらく9割くらいの人はバーバリーを選ぶはずだ。
筆者がもし10万円を持っていたら間違いなくデザイナーズブランドよりバーバリーを選ぶ。

好調が伝えられるデサントの水沢ダウンがちょうど8万円~12万円である。
筆者ならデザイナーズブランドのコートよりも水沢ダウンを買う。

いわゆるデザイナーズブランドを好む人口は限りなく少ないし、そしてその好む人たちの収入はどうかという問題もある。そういう人たちが中間層から富裕層でないとデザイナーズブランドという市場は成り立ちにくい。
もちろん成り立つブランドもあるが、それは少数で大部分が成り立たないということになる。
その少数の中にどれだけのブランドが入るかという厳しい生存競争が繰り広げられることになる。
消費者の収入は限られているから「全ブランドそろって共存共栄」なんてことはあり得ない。

そう思うと、この記事がいうように海外販売に注力した方が活路があるのかもしれない。
海外販売に注力というのは簡単だが実際にやるのは難しい。
成功するブランドもあるだろうが、失敗するブランドも多く発生するだろう。
でも記事の切り口として「海外販売がないことが惜しい」というのはどうかと思う。
国内ですら販売していないことの方が問題ではないか。そしてそれは多くのデザイナーズブランドに共通した問題点であり「まとふ」だけの問題ではない。


MINTDESIGNS
ミントデザインズ
青幻舎
2015-05-02



商品の同質化が深まれば価格競争は激化する

 以前にも書いたことがあるが、筆者は大学を卒業してから2年半ほど洋服の販売員だった。
94年ごろに入社したその会社は、各店舗にPOSレジを設置していた。
22年前としては最新鋭の機種だっただろうと推測するのだが、本部へのデータ送信はインターネットではなく専用端末やら専用回線やらで行っていたという記憶がある。

今の若い人たちには想像できないだろうが、この当時インターネットは一般的には存在していなかった。

一般的に普及し始めたのは99年とか2000年ごろである。
ちなみに94年とか95年当時は携帯電話もない。
ポケベルの末期である。

携帯電話がないから待ち合わせはいつもちょっとスリルがあった。
本当に相手が時間通りに現れるのかどうか。

相手が予定通り来なかったら連絡を取り合う手段もない。
電車が遅れたとかくらいなら大したことはないが、もし相手が日にちを間違えていたらそれを確認修正するすべはない。
今から思うとみんなどうやって連絡を取り合っていたのか不思議だが、まあそんな時代だった。

このPOSレジの導入によって、それまで勘とどんぶり勘定に頼っていた売り場が、売れ筋をきちんと科学的に把握できるようになった。
人間の印象なんて実にいい加減なもので、インパクトの高い商品が1個売れただけでもそれを「売れている」と勘違いしてしまう。
実際に数量が出ているのは何の変哲もない長袖Tシャツだったりするのに。

この当時、気を付けて他社店舗のレジ周りを見ていたが、POSを導入していない店舗も多数あった。
そういう意味ではこの会社は量販店のテナントチェーンの割には進んでいたといえる。

その後、20年くらいはもうPOSレジには触っていないのだが、今は随分と進化しているのだそうだ。

単に売れた数量を品番・色別・サイズ別に把握できるだけでなく、次の売れ筋の予測機能まで搭載されているという。
蓄積されたデータによって、これが売れたから次はこれ、という予測をPOSがしてくれるわけである。

その情報を丸呑みにするかどうかは別として何とも便利な時代になったものだ。

先日、先輩業界紙記者と偶然会って、雑談をした。
2月、3月は展示会シーズン真っ最中だが、どのブランドの展示会でも提案アイテムがほぼ同じだという。
販路が同じならその傾向はますます強まるという。

例えば、百貨店向けキャリアミセスというジャンルなら、各社・各ブランドがこぞって同じ物を提案している状況にあるということになる。
落ち感のあるワイドパンツ+丈の長い羽織物、しかも色柄もほとんど変わらない。

そんな感じである。(あくまでも例)

もともとトレンドの情報源は各社同じなのだからある程度似るのは当然だが、2005年ごろまではそれでも各社ごとにアレンジしようという工夫はあったように感じる。
ブランド名を隠してしまえばどれも同じに見えるという状況ではなかったという記憶がある。

A社はワイドパンツにビビッドなカラーを差し込む
B社はワイドパンツにあえて柄物を投入する
C社はワイドパンツをあえて外してタイトなボトムスを提案する

というような状態だった。

筆者も記者時代よりも少なくなったとはいえ、展示会をいくつか見て回る。
各社の同質化はより深まっているように見える。

理由は様々あるだろうが、その中の一つにPOSへの過剰依存があるのではないかと感じる。
とくに予測機能まで搭載されていれば、そのデータに頼りっきりになるのは無理もない。
しかし、POSの予測だってプログラミングが同じなのだから、その結果もほとんど同じになる。

アパレル各社は売れゆきが苦しいから、確実に売れるものを欲しがり、冒険をしたがらない。

となると、POSデータが示す現在の売れ筋と予測データを丸呑みにしてしまうのも、当然といえば当然だろう。
突拍子もない斬新なアイテムの投入は失敗する可能性があるからどの会社もやりたくない。

かくして同質化はさらに進むというわけである。

いわゆる「実績主義」「前例主義」というやつである。
ちなみに、平安時代の貴族も「前例主義」にとらわれ過ぎ、力を失って武士の台頭を招いたとされているが、現在も平安時代も人間の心理はさほど変わらない。

しかし、商品の同質化が進めば、人は安い方の店で買う。
同じ物をわざわざ高い金を払って買いたい人間はよほどの金持ちくらいである。

そして価格競争がさらに進む。
安い物しか売れないと嘆いているアパレルは多いが、その原因の一端はアパレル側にもある。

POSへの過剰依存は危険だと思うのだが、これを修正することは容易ではないだろう。



デザイン業界の勘違い

 遅ればせながら、「だからデザイナーは炎上する」(藤本貴之さん著 中公新書クラレ)の感想を書いてみる。

昨年夏の佐野研二郎氏による東京オリンピックのエンブレム盗用問題を分析した本である。
後半は、新エンブレム選考委員会のダブルスタンダードと「変わらない業界体質」について指摘してある。

それとともに「デザインとは何か」ということも考えている。

ちなみに、個人的には佐野研二郎氏はデザインセンスが優れていたとかデザイナーとして優れているとは見ていない。営業力とプレゼン力に優れているとは思うが。あと政治力にも優れているのだろうと思う。

閑話休題

この著書の最終章では、デザインとデザイナー、デザイン業界の勘違いについて3つにまとめている。

・デザインを特殊なものだと思っている
・デザイナーはクリエイティブだと思っている
・インターネットの時代でもデザイン/デザイナーのあり方は変わらないと思っている

である。

この著者の本業はいわゆる「グラフィックデザイナー」であり、オリンピックエンブレム問題もグラフィックデザインに関する事象だった。
それゆえこの3つの勘違いへの指摘はグラフィックデザインに対することだと考えられるが、ファッション業界、プロダクトデザイン業界にも通じるのではないかというのが個人的な感想である。

以前にこの本を紹介した際にアートとデザインの違いについて引用した。
もう一度要約しておくと、「製作者の主観のみで作られるのがアート、客観性・機能性を求められるのがデザイン」ということだった。

ポスターやカタログはグラフィックデザイン、絵画はアートと分けられると思うが、ポスターやカタログは「見てもらう人に書かれている内容を理解してもらう」という目的があるから客観性や機能性(この場合は分かり易さ)が必要だが、絵画の場合は別にそれは必要がない。製作者の主観のみで描くことが許されている。

衣料品や雑貨、工業製品の場合は、使用されることが前提なので常に客観性と機能性が求められる。
頭を通す穴があけられておらず「着用できない衣服」なんていうのは、衣料品ではなく、布アートということになる。
如何に高名なデザイナー、ラグジュアリーブランドが発売したとしても「着用ができない衣服」は売れない。
いわゆる「ブランド力」を評価して買う人は一部にいるかもしれないが、衣服としての価値はゼロである。
無名のブランドだと「ブランド力」もないからまるっきり売れないだろう。

著者の藤本さんは、「『勘違い』をこじらせないために必要なこと。それはデザイナー自身が『デザイナーとは技術者である』という現実を直視することだ」と書いている。
さらに続けて「すでにデザインは私たちの生活に密着している。だからこそ誰にとっても日常の一部であり、特殊な専門性の中だけで展開されるものではない、ということを理解することである」とも書いている。

個人的にはこの主張に賛成である。

逆にファッション業界は、デザイナーをクリエイターとわざわざ呼び直し、「クリエイターはアートと交流を深めるべきだ」というような主張がまかり通っており、本当に大丈夫だろうかと危惧してしまう。

それこそグラフィックデザイン業界がこじらせた「勘違い」を後追いしているのではないか。

例えば盛んに「希少性」ということを言われるが、繊維業界は、糸の生産も生地の生産も染色加工も、縫製もある程度の数量を前提として組み立てられており、今更家内制手工業へは戻れない。
極一部のブランドが戻ることは可能だが業界を挙げてそちらへシフトするわけにはいかない。そんなことをすれば製造加工業者はたちどころにクラッシュしてしまう。

綿や麻、シルクなどの原料を生産している国々の経済も危機に瀕する。
これらの原料を生産している国々は発展途上国が多く、軽工業や農業が国の経済を支えている。
その軽工業や農業が立ち枯れすれば、国の経済自体が危機に瀕してしまう。
「軽工業がだめになったから重化学工業やハイテク産業、サービス業を強化する」なんてことができるのは先進国に限られる。

発展途上国にはハイテク産業もサービス業も存在しない。

糸も生地も染色加工も縫製も、数量を前提として組み立てられた時点で「希少性」なんてものはなくなってしまっている。
少なくとも同じデザインの服は世の中に100枚は存在するし、同じ生地は5反(250メートル)ぐらいは存在する。

希少性に立脚すればするほど、よくわからない話になってしまう。

洋服のデザインについてもクリエイティブ性を発揮すればするほど着る人が少なくなる。
パリコレなどのステージでオブジェみたいな服が登場するが、実際にあれを何百枚も販売するわけではない。
あんなものを日常生活において着用する人間なんて皆無である。
あれを見せて、日常生活で着られる服を販売するのがパリコレブランドの手法である。

実際に洋服に求められるデザインとは、あんなオブジェっぽいものやコスプレのためのものではないだろう。

トレンチコートをブランドごとにどうアレンジするか
ジーンズをどう解釈してブランドごとにアレンジするか

という類のものだろう。

もしくは、すでに存在する物を如何に再編集してスタイリングするか、というようなことではないか。

昔は、カーゴパンツにネクタイはNGだったが、今ではそれは普通のスタイリングになっている。
これなんかはスタイリングを再編集した結果といえるだろう。
テイラードジャケットとジーンズの組み合わせもその範疇に入るのではないか。

だから個人的にはファッションデザイナーはクリエイターやアーティストではなく、技術者であり設計者でありアレンジャーだと思っている。

そのように考えた方が、業界としては健全なビジネスが構築できるのではないかと思う。


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