月別: 12月 2015 (1ページ / 2ページ)

若者の「ジーンズ離れ」は、ジーンズを愛用する年配層への「反逆」かもしれない

 早いところだと先週の金曜日、土曜日あたりで、平均的なところだと昨日、今日くらいに仕事納めとなる。
そんなわけでこのブログも今日で年内最後の更新として、あとは大掃除に邁進したい。
もしかすると気まぐれに更新するかもしれないが。

ブログ経由でメディアから原稿執筆の依頼や、コメントの依頼がある。
もっとも多いのはジーンズ関連である。

だから、年内最後はジーンズについて書いてみようと思う。

ジーンズ専門アパレルのジーンズが売れなくなった理由をこれまで様々書いてきた。

まず、競合ブランドが増えて消費が分散化したことが挙げられる。

これはOEM・ODM企業が増えて、ジーンズ専門アパレルに頼らずとも同等の商品が金さえあれば誰でも作れるようになったことが大きな理由だ。
また商社の製品製造部門も同様の役割を果たしている。
わざわざ専門アパレルから仕入れなくても同じレベルの自社製品を作ることが容易になった。

次に低価格ジーンズの見た目がレベルアップして、そちらを穿いていても遜色がなくなったこともある。
2010年ごろまでのユニクロのジーンズは生地の風合いやら色合いが明らかに高額ブランドと異なっていたが、最近ではほとんど見分けがつかない。
他のブランドも同様である。昔のレイジブルーのジーンズはチャチな見た目だったが、最近はそうでもない。
似たような商品なら安い方で買うという消費者が多いのは当たり前である。

ジーンズがトレンドアイテムではなくなったこともある。
2009年から2014年末まではジーンズが冬の時代だった。
これは単にトレンドの問題という側面もあった。
デニムという生地が一切必要とされなかったかというとそんなことはない。
デニムシャツ、デニムワンピース、デニムブルゾンは人気アイテムだった。
トップスにデニムを用いるのがトレンドだったため、ボトムスはデニム生地以外のパンツが求められたということである。
上下デニムのコーディネイトは難度が高く、下手をすると70年代の中村雅俊になってしまう。
だからトップスにデニムを着用した場合、パンツはチノパンやらスラックスを穿いた方がコーディネイトしやすい。

2015年は春先からジーンズがトレンドに浮上したため、また少し活況を呈した。
文化がなんだかんだとか、伝統の技術がどうのこうの言っても、洋服なんてトレンドと気温で消費は大きく左右される。そんなものである。

以上はこれまで書いてきたことの再まとめである。

これ以外に、思いついたことを書いてみたい。
そうでなければわざわざ読んでもらう意味もない。

12月25日付けの朝日新聞にジーンズについての記事にコメントを出したのだが、その記事の冒頭にもあるようにジーンズは「反逆の象徴」「自由と平和のシンボル」と説明されることが多い。

作業着から始まって、第二次大戦後の「反逆の象徴」「自由と平和のシンボル」となったことは事実であり、間違いがない。
しかし、現代社会において、ジーンズに対して源流である作業着としてのワークテイストを求める人はいても、「反逆の象徴」を感じる人はほとんどいないのではないか。
筆者は来年46歳になる自他ともに認める初老のオッサンだが、ジーンズに対して「反逆の象徴」と感じたことはない。文化的にそう捉えられた時期があったとは認識しているが、筆者からすると単なるファッション着、日常着の1アイテムである。
着用することが多いのはなぜかと問われると、それはスラックスよりもイージーケア性が高く、コーディネイトしやすいからである。
別にしわくちゃでもそんなにおかしくないし、洗濯をこまめにする必要もない。
とりあえずジーンズを穿いていればそれなりにおかしくは見えない。
汚れ作業もしやすいし、汚れても洗濯が楽だ。これがウールのスラックスなんかだとクリーニングに出すのがめんどくさい。
少々破れても穿ける。他のパンツではそうはいかない。

46歳になるオッサンからしてそういう感じなのだから、それ以下の若い世代ならなおさらそうだろう。
50代半ばでも同じような認識ではないかと思う。

しかし、ジーンズ専門アパレルや素材メーカーの年配のトップ・経営陣や年配のジーンズ業界関係者からは、しばしば「反逆の象徴」という言葉が聞かれる。

ざっくりした感触でいうと60代以上はそういうことを時々言うように感じる。

過去の事実を事実として指摘しておられるだけならそれは正しいが、時々だが、そこに過剰に感情移入している人がいる。
その人が市井の素浪人なら個人の思想の自由だが、これが企業や団体のトップだと危険である。

その認識がすでに多くの消費者からズレている。
50代半ばから下の世代はジーンズをそう捉えていない。
そういう認識のままで企業や業界をリードすれば、消費者に支持されない商品ばかりを作ることになる。

そもそも「反逆の象徴」と言っている層がすでに権力者・権威者になっており、体制側になっている。
自らが体制側の首魁になっておきながら「反逆の象徴」としてのジーンズを追い求めるというのは矛盾しており、そんな矛盾した姿勢を消費者は受け入れない。

専門アパレルのジーンズは売れなくなったのはそういう一因があるのではないかと思う。

今の若い世代が、老年層に「反逆」をするとしたら、ジーンズを穿かないことがその一手段になるのではないかと感じる。

昔は作業着上がりの粗野なジーンズを穿くことが上流階級や年配層への「反逆」だったが、今はジーンズを若いころに愛用していた年配層に対して、ジーンズを穿かないことが「反逆」になる。

年配層がノスタルジックになんだかんだと言っても、ジーンズは最早ファッションの1アイテムであり、チノパンやスカート、タイツなどと競合するボトムスの1アイテムになってしまった。

2009年からの「若者のジーンズ離れ」にはそんな心理的要因もあったのではないかと最近思うようになった。
もちろん若者はそんな大層なことは考えていないだろうが、「オッサン達が好んで穿いているジーンズというアイテムはかっこ悪いよな」とそのくらいは漠然と感じていたのかもしれない。

年配層がノスタルジー丸出しで「反逆の象徴」とか「日本の匠」だとか「伝統の技法」だとかを大上段から振りかざせば振りかざすほど、ますます若者はジーンズに対して興味を失うのではないか。

来年46歳になる初老の筆者でさえ、そのあたりの言説にはすでに辟易している。

ジーンズ専門アパレルが多少なりとも活況を取り戻したければ、まず首脳陣の意識を変えることから始めなくてはならないのではないか。




福知山に1軒だけ残ったタオル工場

 京都府の福知山にタオル工場があるのをご存知だろうか。
恥ずかしながら筆者が知ったのは今月下旬のことだ。

そのきっかけは21日に開催した京都イージーの岸本栄司さんとの呑み会である。
以前から声をかけていただいていたが、日程を決めないままズルズルと年末まで来てしまったので、年内にやりましょうということで、日程を決めた。

そうすると、岸本さんから「藤田さんも連れて行って良いですか?福知山でタオルを販売している人です」との連絡があって、最初は額面通りに受け取っていた。

いざ、お会いしてお話を伺うと、タオルを製造されているとのこと。

これには驚いた。

これまでタオル産地は、大阪の泉大津周辺の「泉州産地」か、愛媛県今治市周辺の「今治産地」しか知らなかったからだ。
おそらく、一般消費者はもとより、繊維業界の多くの人もこの2つの産地しか知らないのではないか。

その藤田さんによると「昔は、福知山に8軒のタオル工場があった」とのこと。
しかし、すでに7軒はなくなって、今では藤田さんの三和タオル製織しか残っていないという。

「自分は4代目ですが、何度も経営危機があり、近隣のタオル工場が次々に消えていくのを見て、このままでは立ち行かないと感じて、ネット通販による自社販売を立ち上げました」と藤田さんは言う。
単なるタオル工場としては限界を感じていたからこその転進である。
いわゆる正真正銘のSPA(製造小売り)業へと踏み出したわけである。もちろん、卸売りは継続しつつだが。

http://www.original-towel.jp/

会社概要によると、製造設備はこうなっている。

「ドビー織機  自動へム機   プリント機
熱風乾燥機   製版設備   工業ミシン
刺繍機(多頭機)  検針機     整経機 」

である。

通販サイトは、「たおる小町」の名前で展開している。

http://www.towel-komachi.co.jp/

呑み会の2,3日後に突然、自宅に「三和タオル」から荷物が送られてきた。
何だろうと思って開けてみると、製品のサンプルが入っていた。

バスタオルとフェイスタオルとガーゼタオルである。

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(送られてきたタオル)

生地はあまり厚くない。
もちろん、銀行や郵便局でもらう粗品タオルほど薄くはないが、昨今流行りの「今治タオル」のように厚手ではない。中肉と表現したら良いのだろうか。

そういえば、飲み会の席上で藤田さんは「うちは厚手のタオルを設備上作れない。薄地主体になります。でも極薄は別として、中肉くらいなら厚手と吸水性はあまり変わらないんです」とおっしゃっていたことを思い出した。

なるほど。

厚手のタオルは吸水性は良いかもしれないが、洗濯すると乾燥するまで時間がかかる。
中肉なら当然、乾燥までの時間は短縮される。
もし、本当に吸水性が変わらないなら中肉タオルの方が、日常使用には便利ではないか。

試しに1枚洗濯してみた。
乾かしてから顔を洗って拭いてみたが、吸水性は問題ない。

反対に厚手タオルの中には何度か洗濯を繰り返さないと吸水性が高まらない製品があるが、あれに比べると格段に手間がかからない。
何度も洗濯しないと水を吸いにくいタオルなんて、いくら手触りがふかふかであろうが、筆者にとっての製品価値はゼロだ。
タオルなんて使ってナンボであって、飾って楽しむ物ではない。

タオルに関していうと、現在の今治タオルは、ふかふか厚手の無地タオルが主流になっている。
これはいわゆる「後晒し」という製造法で作られており、この「後晒し」はもともと泉州産地が得意とする製造法だった。
今治産地は、後晒しよりもプリント柄や織り柄入りのタオル製造を得意としていた。

90年代半ばまでは、贈答用のタオルは、有名ブランドとのライセンス契約を結んだものが主流で、鮮やか、ときに毒々しい色柄でそのステイタス性を表現していた。
今治産地はこれを得意としていた。
タオルももちろんそうだが、タオルに限らずブランド側としてもライセンス契約は何の労力もなく金を得られるので美味しい話だったわけである。

だから「Celine」の便所マットなんていう珍妙な物が作られ、販売されていた。

ところがバブル崩壊後、そういう毒々しい色柄のライセンスタオルは「ダサい」と言われるようになった。
そこで今治産地は方向転換を行い、後晒しを全面的に打ち出した。

当然、そこに行きつくまでに産地内では喧々諤々の議論があったと聞いている。

結果的に見るとその方向転換は正解だった。

一方、「元祖後晒し」の泉州産地は出遅れたという感じがある。
挽回すべく努力をしているのを断続的に外野から眺めているが、有効な手段は見つけ出せていないように感じる。
どれもよくある「産地組合の取り組み」の域を出ていない。
どこか1社か2社が強烈なリーダーシップで、ときに独裁的に取り組まないと、産地の総意を持って進むというやり方を続ける限りは総花的な意見を採ることになるので、無理だろう。

さて、今回、三和タオルの存在を知って、世間的には知られていない会社がまだまだあることを再認識した。
1軒しか残っていないからこそ、ウェブ通販による完全SPAが実現できたのではないか。
8軒のタオル工場が残っていて、共同組合みたいなものが形成されていたら、逆に何もできなかったのではないかとも思う。

工場発のタオルSPA業態をぜひとも完成させてもらいたいと願っている。





「独自化」に着手できない小規模小売店は余力がある間に廃業した方が賢明

 通常のファッションブログはあまり評価をしていない。
個人的にはたくさん存在するプチプラブランドを使ったコーディネイトブログは好きで、あれがあればファッション雑誌なんていらないんじゃなないかと思ってしまう。

欧米のメゾンブランドがどうしたとか、ファッショニスタがどうしたとか、セレブがどうしたとか、その類のことばかり書いているブログを定期的に読むことはないし、たまに読んでもそれほど評価していない。

そんな中で、Knower Magは評価している。
ファッションやトレンドだけのことではなく、業界の問題点も指摘しているからだ。

Knower Magは月間PV数が100万の大人気ブログで、筆者のこのブログよりもはるかに評価が高い。
筆者のブログはだいたい月間PV数が11万くらいだからその10倍である。
さすがに世間的に評価の高いだけのことはある。

12月23日のエントリーは実に良い問題提起をしておられる。

http://www.neqwsnet-japan.info/?p=6336

タイトルが「アパレル通販の説明文が分かりにくい、たった1つの理由」とあるが、そこを切り口として小規模ブディックや小規模専門店がどうしてダメになったかを指摘しておられる。
余計なお世話だが、もう少し違うタイトルにした方が伝わり易かったのではないかと思ってしまう。

まず、通販サイトで良く書かれているような商品説明文を取り上げている。

「メランジの暖かみのある素材感が特徴的なVネックニット。
ネック部分はシャツやカットソーと合わせた際に、綺麗な見えかたとなるようデザインされています。
ラグランスリーブのゆったりとしたシルエットが、今シーズンらしいリラックス感のあるスタイリングを演出してくれます」

とある。実際に使われている商品説明文である。

こちらに至っては全文を正確に理解できる人は少数ではないでしょうか?
「ラグランスリーブ」も大概ですが・・・あなたは「メランジ」を正確に説明できますか?

これらは一般単語ではなくれっきとした「専門用語」です。にも関わらず何のことを表現しているのか全く補足が無く、既に知っている前提で商品説明が展開されることが多い。どこのサイトでもどこの雑誌でもこの現象は見られます。

この指摘は正しい。
筆者は以前に某新聞社の依頼で「素人から見たファッション用語」の編纂に協力したことがある。
一応、毒モ、もとい読モの女性が分からなかったファッション用語を抜粋してそれに解説を加えるという作業だった。

驚くことに、業界人なら基本と認識されているような言葉でさえ、この毒モ、いや読モは知らないのである。

例えば「鳩目」。

今までどうやってこの人は生活してきて、読モの仕事をこなしてきたのかと不思議でならなかった。

読モでさえ知らないなら一般の人はもっと知らないと考えるべきだろう。

そしてその原因の一つをこう分析する。

どうしてアパレルはこんなにもわかり難い商品説明をしたがるのでしょう?
実はこれら通販サイトの商品説明などは「ブランドのプレス情報」をそのままコピーペーストしている場合がほとんど。ここに問題があるのです。

そしてさらにこう続ける。

そのためプレスさんがリリースする情報は「格好つけているもの」が多いのです。

たとえ数千円のアウターであったとしても「イタリアのファブリックメーカーに別注をかけたメランジ調のニットウェア」なんて専門用語バリバリで”それっぽく”伝えようとします。

これをもしブランド側がエンドユーザーを意識して・・・

「イタリアのファブリックメーカー(生地製作の専門会社)に別注をかけたメランジ調(霜降りの様な風合いのこと)のニットウェア(編み立てた洋服のこと、いわゆる”セーター”)」

なんて説明をしていたら格好悪くって仕方ありません。イメージを最重要視するプレスさんがこうした「格好つけたコンパクトな文章を望む」のはある意味当然と言えます。

問題はそれを何も考えずに「コピーペースト」してしまう小売店です。

こうなると問題は通販サイトだけではなく小売店全体に共通してしまう。

ここから、現在の小規模洋服専門店が不振を極める状況の分析に突入する。

小売店の役割とは何でしょうか?ブランドの意向やデザイナーの考えをお客様に説明し、魅力を理解してもらい、お買い上げ頂くことです。小売店が持つお客様への接触能力、説明能力などを駆使して、難解なファッションの世界を「翻訳」するのが本来の仕事のはずです。

しかしながらもちろん、小売店がこういった姿勢になってしまった理由もあるのです。

インターネットがまだ存在しなかったDCブランド繁栄の時代。ブランド側は余程の資金力がなければ各地方に直営で販路を作るわけにもいかない。そのためその土地土地のショップさんに「商品を卸す」形式で販売を委託していました。

現代ならばブランドファンは直営の通販サイトで全国どこに住んでいても気軽に購入することが可能ですが、その当時は購入する手段がないわけです。わざわざ高い交通費と時間をかけて都内に足を運び購入するというのも頻繁にできるわけじゃない。「すぐ行ける距離のお店に取り扱いが欲しい」というニーズが存在するわけです。

消費者的にもブランド的にも「地方の小売店に商品を卸す」という行為は必要不可欠だったわけですね。

そうなると小売店側としては、ブランドのイメージや価値が確立されていれば、「並べるだけである程度売れる」状態が作れたわけです。

インターネット通販がここまで洗練される以前の時代の小売店競争は「いかにして売れるブランドを競合店を出し抜いて取り扱うか」が肝でした。

ここに関して異を唱える人はいないでしょう。

「ブランドにおんぶに抱っこ」と言ったら各小売店に失礼ですが、実情として近いものはあったはずです。それに慣れきった各取扱店は「自店の魅力追求」なんてノウハウはすっかり失われてしまいました。「ブランドの指示通りするのが当たり前」と言わんばかりにプレス情報やブランド公式画像をそのまま商品説明欄にコピーペーストしてしまうところばかりなのです。

現に今地方の通販サイトを見て「特色があるコンテンツ」「独自で魅力を伝えている商品ページ」を開発しているところは皆無のはずです。本来の小売店の役割であるはずの「ブランドの意向を分かりやすく翻訳する」という行為ができていないのです。

現代はほとんどのブランドが直営通販を行う様になりました。当然卸先で販売するよりもブランド側は利益を確保できるためそちらを追求するようになります。ブランドの直営通販は「強烈な品揃え」という武器を備え、地方小売のパイを奪っているのが現状です。「ブランド側の指示通りやってるのに、なんで売れないんだ!?」なんて競争の激しい小売業界に生きているとは思えない冗談みたいな話も耳にします。

長文だが一気に引用した。

現在の小規模専門店の多くは「人気ブランドをそろえること」と「セール開始のタイミング」とこの2つくらいしか気にしていない。
しかし、人気ブランドはあちこちのショップでも置かれているし、直営店や直営通販サイトもある場合が多いから、その取扱いがアドバンテージとなることはない。

それに対して凡百の専門店がやっていることと言えば「バッティングだ」とブランド側にケチを付けることだけである。
しかもそれは新興ブランドや小規模ブランドに対してなされる。
大手ブランドや有力ブランドにはしない。

反対に大手ブランドや有力ブランドに対しては「あそこにも卸しておられますが、うちにも同じ物を卸してくださいよ」なんて感じに、自らバッティングを仕掛けに行っている有様である。
何がバッティングだよと呆れ果ててしまう。

もう一つはセール開始のタイミングを考えることである。
某商業施設は何日からセール開始だからそれに合わせるか、それよりも前倒しするか、それを考えているだけに過ぎない。後倒しという選択肢は絶対にない。
なぜなら大型商業施設に対して勝ち目がないことだけはよく理解しているからだ。

ランチェスターの法則を持ち出すまでもなく、小資本と大資本が同じ土俵で戦ったら絶対に大資本が勝つ。
小資本が生き残るためには土俵を変えなくてはならない。
ランチェスターの法則ではそれを「一点突破主義」と説明するが、まあ、大手流通と同じブランドを取り扱っていたら、絶対に負ける。

当たり前だ。大手流通の方が同じブランドとはいえ、品揃えが豊富である。
小規模店が5型しか取り扱えないところを大手なら10型、15型取り扱える。
当然、客はそちらに流れる。値引きも大手の方が値引き率が高い。
同じ商品が安く売られたらそちらを買うのは当たり前である。

そうさせないためには、小売店が大手とは異なる「独自化」を図るしかない。
それは品揃えなのか、サービスなのか、店主の漫談なのか、何かの分野で「独自化」するしかない。

それができない小規模小売店は淘汰されて当然である。

店主が朝から晩まで苦労しているとか消費者には関係ない。
苦労が売りなら「店主の苦労日記」とでも題したブログででも発信するべきで、発信もしていないくせに「察してくれ」というのはどれほど傲慢で上から目線なのかと呆れるほかない。

独自化に踏み出す勇気がない小規模小売店は、余力のあるうちに廃業するのが最も賢明な方策だろう。



ブログもSNSも自分の性格に合った書き込みをすれば良い。正解は一つではない

 このところ、立て続けにまだ立ち上げた個人レベルのブランドから相談を受けている。

個人起業家みたいな感じなので、資金的にはゆとりがない。
通常の法人よりも販促費や広告宣伝費に割ける原資が少ない。

それこそこういう個人ブランドは、ブログも含めたSNSを活用すべきである。
このことに異論のある人はいないだろう。
ましてや販路はウェブ通販が大きなウエイトを占めるわけだから、SNSから誘導することは非常に効率的でもある。

そのためにはひたすら自己発信をするほかない。

ところがいざ、発信する段になると「何をどう書いて良いのかわからない」「面白いこと、人目を惹きつけるようなことが書けない」という悩みが生じるようだ。

バラエティ番組出演で一躍業界のスターになった短パン社長だが、テレビ番組出演ができたのはSNSでの発信を積み重ねたためである。
そして、彼の書き込みはよくも悪くも面白くて人目を惹きつけることが多い。

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(短パン社長)

ちょっと挑発的なときもあるが、それは彼の個性だし、賛否両論はあろうが、賛否両論のない書き込みなんて他人の記憶には残らない。

これから発信をしようという人にとって短パン社長は一つの目標であり、お手本だといえるが、逆にそれを意識するあまり「あんなに面白いことが書けない」とすくんでしまう人も実際に何人か存在する。

しかし、書き込みなんてものは、自分の性格やこれまでの経験を反映するほかない。
他人の性格にはなれないし、他人の経験をわが物とすることはできない。

筆者が短パン社長のようなブログや書き込みはできないが、逆に短パン社長も筆者のようなブログや書き込みをすることはできない。(彼は絶対にそんなことしたくはないだろうけどw)

自分の中にある物を一つずつ表に出すしかない。

インターネット販売のみで、日本製Tシャツを販売している京都イージーという会社がある。
ブログはあまり書いておられないが、ウェブサイトでもSNSでも自社の製品について長文で語られている。
岸本栄司さんという方が事業主だが、50代後半の武骨な風貌の男性である。

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(岸本栄司さん)

糸がどうしたとか、生地がどうしたとか、そういうこだわりを事細かに書いているのは、いかにも彼の風貌と性格に適していると感じる。

http://www.easy.ne.jp/html/tshirt/nuts7-history.htm

この岸本さんが、突然、短パン社長の書き込みを真似し始めたらどうだろうか?
「Yes Curry Rice!」なんて叫びながらカレーを食べたあとに親指を立てたポーズを取ったらオカシイだろう。
まったくキャラクターに合っていない。
付け焼刃感満載だ。

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そんな書き込みを読んで共感を覚える消費者はそれほど多くはないだろう。

結局、派手な人は派手なように、武骨な人は武骨なように、実直な人は実直なように、イヤミな人はイヤミなように性格に応じた書き込みを自分の言葉でするしかない。
そしてそれこそがもっとも共感を得やすいのではないか。

「私は平凡です」ということを自分で自覚しているなら、平凡なことを書き込めば良いのではないか。
にわかに短パン社長や岸本さんの真似をしてみても却って滑って寒いだけである。
その平凡さに共感する消費者が必ず世間には何人か存在する。

世の中で「年間売上高ゼロ」という商品は存在しない。
ということは少数派であっても必ず支持者となる人は存在するということである。

もし、ご依頼いただければ業務としてブログの代筆や添削なども行うが、それでも何もないところから筆者が勝手に作り上げるわけにはいかない。

事業主や担当者の個性をつかめて、書きたいことを提示してもらって初めて代筆や添削が可能になる。

ウェブ通販サイトを立ち上げた途端に「今日からバカ売れする」と勘違いする人や企業は数多い。
けっこうな大手企業でさえそういうワナに陥る。
立ち上げただけで集客できるサイトはよほど有名なブランドに限られている。
知られていないブランドのサイトにわざわざ訪問する人はほとんどいない。

ウェブをあまりに安易に考えすぎるのはだめだが、逆に難しく考えすぎても結果は伴わない。
自分の中にある経験と性格を率直に出すことが最大の近道ではないかと思う。



GAPは定価設定を見直すべき

 グローバルSPAブランド、低価格SPAブランドのセール品を買うことが多い筆者だが、以前からGAPの定価設定はおかしいと感じている。

GAPの定価はおよそZARAと同等である。
ジーンズが安い時(シーズンによって異なる)で7900円、高い時は1万円強だ。
これが最終的に売れ残れば1900円くらいにまで値下がりする。
1900円に下がるまでに売り切れる品番もあるが、2900~3900円に値下がりするのは珍しくない。
逆にGAPで定価で買う人はよほどの金持ちか情弱しかいないのではないかと思う。

定価設定はZARAと同じだが、店頭投入枚数が異なる。
ZARAに比べて異様に多い。
多いから売れ残ってそれが、最終投げ売り価格で処分される。
悪循環である。
ZARAは店頭投入枚数が少なく、売り切れたらすぐにモデルチェンジだが、GAPはユニクロと同様の積み上げ売り減らし方式なので、半額に下がるまでは売り切れることは滅多にない。

GAPでは最低でも半額になるまで待っても売り切れる品番はほとんどない。

そんなGAPが今、「全品レジにて50%オフセール」を開催している。

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ユニクロも週末値引きや期間限定値引きはあるが、こんなバカげた投げ売り企画はない。
しかもこれはセール品まで対象に含む。
1900円に値下がりした商品は950円になる。

定価9900のジーンズがすでに3900円にまで下がっているが、これも1950円になる。

2900円に値下がりしたジーンズは1450円になる。

9900円でジーンズを買った人(そんな奇特な人は少ないとは思うが)は涙目であろう。

また店頭のくじ引きで割引率が決まるという企画も頻繁に開催されている。
20%、30%、40%、50%オフのくじがあり、引いたくじによって割引率が変わる。
射幸心をあおるという批判もあるが、こんなくじ引きごときで射幸心をあおられる人はそんなにたくさんはいないだろう。
よほどゲーム類に関する耐性が低い人に限られるのではないか。

長年GAPを見て来て疑問に思うのが、どうして定価設定を下げないのだろうか。
どうせ定価では売れないのだ。利益確保もクソもない。

9900円が1900円にまで下がるからすでに定価に信用がない。
GAPは少なくとも半額になってから買うという消費者の方が多いのではないか。
だったら最初から今の半額を定価設定にすれば良いのではないか。
その方が消費者だって定価設定を信用してくれやすい。

5900円が1900円にまで下がるなら「お得感」があるが、12000円のジージャンが1900円に下がるのなら、そこには「不信感」しかない。

GAPのアウトレットに通う人も多くいると聞くが、正規店内にすでにアウトレット価格品が溢れているのにどうしてわざわざアウトレットに行くのだろうか。
しかもGAPはアウトレット用商品も製造している。
個人的に見ると、現在のGAPの正規品もあまりクオリティは高くないが、アウトレット用商品はさらに低クオリティである。しかも正規店の投げ売り品より価格が高い場合も多い。

ユニクロもときどき投げ売り品があるが、GAPほどの値引き率ではないし、H&MやZARAも死筋商品を投げ売ることがある。しかし、全品レジでさらに割引とか、定価の10分の1近くにまで下げて売ることはない。

他のグローバルSPAや低価格SPAと比較しても、GAPの価格政策は異様であり、これが上陸後長年続けられていることに対して理解に苦しむ。
数あるグローバルSPAの中で、日本国内で真っ先に凋落するとすれば、それはGAPではないかと思って生暖かく見ている。




機械部品とアパレル製品を同列にして「物作り」を論じることはできない

 昨日、大人気ドラマ「下町ロケット」が最終回となった。
最終回の視聴率は22・3%と高く、今年の連続ドラマの中では最高となった。

下町の機械部品工場の奮闘を描くストーリーで、如何に高品質な物作りをするかに情熱を傾ける主人公の姿が胸を打った。

機械や機械部品の場合、物作りへの評価はしやすい。
性能が高ければそれが評価に直結する。
それでメンテナンスが簡単で、価格が割安(激安ではない)ならばさらに評価は高まる。

最終回の少し前にこんな記事が掲載された。
下町ロケットをアパレル業界に当てはめた記事だ。

また1つ、大阪発のブランドが消える-「下町ロケット」とは真逆の構図、モノづくり精神は…
http://www.sankei.com/west/news/151217/wst1512170003-n1.html

先ごろ会社清算が発表された遊心クリエイションと、今年2月に会社解散したフィットに関してである。
大手アパレルが本社や本社機能を次々と東京へ移転させる中で、大阪を拠点にし続けた2社が相次いで消えたことに対する哀惜の念が込められている。

関西在住の筆者も気持ちはわからないではないが、仕方がないことだろう。
フィットはさほど悪い決算ではなかったが、取り立てて良いということでもなかった。
当時のTSIホールディングスとすれば、存続させることに対して価値を見出していなかったということだろう。

遊心クリエイションについては先日も書いた通りだが、大先輩の指摘を付け加えるなら「親会社の日鉄住金物産の投資が中途半端だった」ということもあるだろう。
低価格ブランド「イーブス」の採算を好転させるためには、店舗数を早い時期に拡大しなくてはならない。
そのためには資金が必要だが、日鉄住金の投資はそこまでではなかったということだろう。現に40店舗強で出店は止まって、逆に店舗数を減らしている。

もしくはまったく資金を投入しないかだ。
遊心クリエイションは困ったかもしれないが、日鉄住金の財務は傷まなかった。

ただ、店舗数を拡大して生産枚数を増やせば今度は売れ残りの在庫も増える。

また、イーブスはいくつかフランチャイズ店も抱えていたが、これを直営にすべて切り替えたことも反対に採算を悪化させた原因ではないかとも思う。

まあそれはさておき。

この記事の筆者の気持ちはわかるが、機械部品とアパレル製品を同列に並べて物作りを語るのはちょっと無理があるのではないかと思う。

機械部品の評価点は、先ほども書いたように「性能」である。
性能はだれが評価しても一目瞭然だ。
なぜならすべては数値で表せられるからである。
作動効率が何%上昇、摩耗耐久性が何%上昇、などという数値で誰が見てもわかりやすい。
嗜好品ではないからそれで良いのである。

さらにメンテナンスが簡易化され、製造コストが維持ないし、微減していればさらに言うことはない。

一方、アパレルも生地も「性能」「機能」では評価されないし、それを表す数値もない。
ものすごくダサい色柄の生地があって「ストレッチ性が30%増」であっても、それを使って服を作ろうと思うブランドはないだろうし、その生地を使って作った洋服が不恰好ならそれは消費者には売れない。

洋服には嗜好品という要素が強いからだ。

「性能」「機能」が高くなくても「ブランド」として評価されている服も数多くある。
1日着用したら2,3日は休ませないと擦り切れたり膝が出たりするような高級スーツもある。
貧乏な筆者はこんなめんどくさい服は宝くじが当たっても絶対に買わないが、これを好んで買う富裕層もいる。
彼らは「性能」「機能」では評価していないということである。

先ほどの記事にこんな一節がある。

知人の大阪在住のデザイナーが手がけるブランドは逆だった。数年前に大企業から離れ、小さな会社を立ち上げた。「これで、気兼ねなく好きな生地を買い、私のこだわりを詰め込んだ服が作れる。
デザイナーとして、モノを作る人間としてこんな幸せなことはない」と話している。
企業の中のデザイナーであったときはコストや売れ筋を常に気にしなければならなかったという。
今は生産数は極少数のため大きくもうけることはできないが、まずまず順調な経営状態とのこと。これぞモノづくりの神髄かと思った。

これはこれで一つの真実であり、事実だが、下町ロケットのドラマをちゃんと見ていれば彼らが異様に「製造コスト」や「採算性」にこだわっていたことも理解しているはずである。
当たり前である。工場がコストや採算性を度外視した物を製造するはずがない。
彼らは家内制手工業をやっているのではなく、大量生産を基本とした工業製品を作っているのである。

反対に、独立系の個人ブランドのデザイナーでも採算性、コストは重視している。
重視していなければそんなブランドは短命で潰れる。
もちろん、1シーズンの展開型数の中に、採算度外視のアイテムがいくつか含まれていることはある。
しかしそれ以外のアイテムはコストや採算性を考慮して作られている。

高品質な生地は1メートル何千円、何万円という価格になる。
これを満足いくまでふんだんに使って服を作ったら、服の販売価格は軽く10万円前後になる。
10万円の服が売れるようなブランド力があれば別だが、ラグジュアリー系ブランド以外にそんな力はない。

そういう服を作っている若手デザイナーブランドもあるが、そういうブランドは決まって採算性が悪い。採算性が悪いというより売上高そのものが低い。

それで「満足だ」という物作りの姿勢もそれはそれでありだ。

しかし、そういうブランドばかりがいくら増えても、生地の供給元である生地工場、縫製工場は潤わない。
生地工場、縫製工場がなくなればそういうブランドは「物作り」はできなくなる。

長年付き合いのある独立系のデザイナーは「青天井に値段の高い良い生地を使いたいと思うことがあるが、採算性やコストを考えてそういう生地は選ばないようにしている」と話している。
これが実際のブランドの「物作り」だろう。
逆に記事中に出てくるブランドの経営は大丈夫なのかと心配になる。

下町ロケットのヒットによって、勘違いした「物作り系」の人々が多数湧くかと思われるが、そんな感情家は業界にとっては、百害あって一利なしだ。

下町ロケット (小学館文庫)
池井戸 潤
小学館
2013-12-21


下町ロケット2 ガウディ計画
池井戸 潤
小学館
2015-11-05


ワイドパンツが大ヒットしてもタンスの中身が総入れ替えされることはない

 来年春のトレンドとしてワイドパンツが注目されている。

今年夏に太目シルエットのガウチョパンツが大人気となったことから、その延長線上で人気が盛り上がると読んでいるファッション業界関係者が多い。

1月末で冬セールが一段落したら、ワイドパンツの打ち出しが各店で大々的に始まるだろうから、ある程度の売れ行きは確実だろうと思う。

http://blog.goo.ne.jp/souhaits225/e/17711e48c70db5ae6191b012aa6ae13c

とか

http://www.neqwsnet-japan.info/?p=6271

でもワイドパンツへの注目が書かれており、いわゆるファッション感覚の鋭い人は注目しているので、大外れはないと考えられる。

IMG_3728

(エドウインが提案する今秋冬向けレディースのワイドパンツ)

その一方で、これまでワイドパンツが大流行したことはなかったから業界人が期待するほどは売れないのではないか。
またかつてのトレンドのように、全員そちらに流れるということも考えにくい。

2008年からパンツ(いわゆるズボンのこと)のシルエットはスキニーかそれに類した細身シルエットが基本となった。
もうそこから7年も経過している。

今夏は久しぶりに太目シルエットのガウチョパンツが大流行したが、スキニーやタイトストレート、テイパードストレートなどの細めシルエットのパンツを見かけなくなったかというとそうではない。
けっこう着用者を見かける。

ということはかつてのようにトレンドに沿って、タンスの中身を総入れ替えするのではなく、今までの洋服は着用しつつ新しいアイテムを何枚か取り入れるという消費行動をとっているといえる。

バブル期のようにタンスの中身を総入れ替えしてくれればアパレル業界はウハウハなのだろうが、そんな時代はもう二度と来ない。
今までのスキニーも着用しつつ、ワイドパンツも着用するというそんな買い方になるだろう。

次にワイドパンツを着こなすのは結構難しいということもある。

ファッションブログなどでは着こなしをマシに見せるコツなんてことが書かれてある。
もちろん、それはそれで有益なアドバイスだが、究極のところ、足が長くてスラっとしていればワイドパンツは似合うのである。
その反対はどんなにテクニックを駆使してもすごく似合うという領域には達しない。
まあ「がんばってるね」というところどまりになる。

全体的に太短いひとはワイドパンツは似合わない。
どんなにテクニックを駆使しようとも長身長足の人には遠く及ばない。残酷なようだがこれが事実である。

テイパードや細めストレートパンツよりも着用者を選ぶのがワイドパンツだと思う。

knowermag
http://www.neqwsnet-japan.info/

にもたびたび書かれているように、パンツを使ったシルエットは3通りしかない。

Aライン
Iライン
Yライン

である。

Aラインは、タイトなトップス+太いパンツ
Iラインは、タイトなトップス+タイトなパンツ
Yラインは、ビッグサイズのトップス+タイトなパンツ

3通りの着こなしのうち、2つまでがタイトなパンツなのである。
極端に言えば、3分の2がタイトなパンツで占められている。

太いパンツを合わせるには、Aラインの着こなししか存在しないということになる。

来春以降、ワイドパンツがどれほど流行しても、消費者の着用回数やタンスの中身はこれに類するのではないか。

3分の2をタイトなパンツですごして、残り3分の1をワイドパンツで過ごす。
手持ちのパンツの割合もこの数字に比例するのではないか。

しかもトップスは使い回しできる。
タイトなトップスなら何枚も持っているだろう。
ワイドパンツを3枚くらい買い足せば済むのだから、実は意外に経済的なのである。

結局のところ、トレンドという切り口で商品を提案するなら、バブル期のような「ホームラン」とか「満塁ホームラン」は望むべくもなく、「ポテンヒット」やら「シングルヒット」の積み重ねやらで得点を重ねるほかないのでははないか。

「満塁ホームラン」を望むなら、トレンドとは別の切り口が求められるが、それはそう簡単には見つかるはずがない。

今のアパレル・ファッション業界が一挙に活気づくような切り札は現実には一枚も存在しない。




セール開始時期を前倒ししようが後倒ししようが売れる枚数は変わらない

 THE FLAGからの課題について書いてみる。

セールの適正時期は?
http://goo.gl/uMIWcD

sale

この数年、喧しかった開始時期の後倒し騒動も何となくうやむやに終わり、ルミネと三越伊勢丹は他施設よりも1週間から10日間くらい遅く開始するような慣行になって落ち着いている。

はっきり言えば前倒しだろうが後倒しだろうがどっちでも良いのではないかと思う。

一消費者としては、入荷して一定日数が経過した死筋商品は、随時値下げして叩き売れば良いのではないかと思う。生鮮食料品はその方式である。
服は食料品と違って物理的に腐ることはないが、死筋商品をいくら長期間並べていても売れない物は売れない。
さっさと見切った方が得策だと思う。

そういう意味では、ユニクロやH&M、ZARAのようなSPAブランドが行っているこの方式の値下げが最も理にかなっていると感じる。

じゃあ、仕入れ専門店はどうすれば良いのかということになるが、駅ビル、ファッションビル、百貨店に入店しているブランドのほとんどは最早SPAである。だから、随時値下げすれば良いのではないか。
仕入れ専門店となると必然的に小型店、地域密着チェーン店にほぼ限定されてしまうから、これは顧客といかに関係性を深めているかということに尽きるのではないか。

関係性が深ければ、前倒ししようが後倒ししようが顧客は喜んでくれる。
またセールは太い顧客への感謝だと位置づけるととらえ方も変わるだろう。

後倒しといえば、業界を挙げてのわけのわからない騒動が起きたが、はるか以前から大阪のファッションビルHEP FIVEは遅めにセールを開始するのが通例だった。
ぎゃあぎゃあ言わずに、やりたければHEP FIVEのように黙って淡々と後倒しすれば良いのである。

ルミネのように「産地保護」なんてありもしないお題目をでっち上げて後倒しするような企業姿勢は到底賛同できない。

現在、国内の衣料品の97%が海外製造品となっている。
近年は中国のシェアが60%程度に落ち、ベトナムやカンボジアなどのアジア諸国の比率が高まっているが、国内製品が3%くらいだという事実は変わらない。

ルミネは、なるべく長期間、定価で販売することで「国内産地を守りたい」と言っていたが、実際のところ、ルミネに入店しているブランドの9割以上は海外製品しか扱っておらず、どこが国内産地の保護につながるのか理解に苦しむ。

中身のないきれいごとを言わずに、素直に「利益を確保したいから後倒しします」と言えば良いのである。
それにセールを少々後倒ししたところで、工場への工賃が上がることはない。
「セールが後倒しになって工賃が上がりました」なんて工場にはお目にかかったことがない。

イタリアやフランスは政府がセール開始時期と割引率の上限を決めているからこれを見習えという意見がある。

たしかに一考の余地はあるが、インターネットが発達した近年では、インターネットショップはその規制を受けずに早期セールを開始しているという意見がある。
もし、我が国でそういう規制を設けたとしても、インターネットショップやらなんやらで必ず抜け道を見つけ出す輩が現れるだろう。いたちごっこではないか。

ビジネスの視点で考えれば、値引きは一番強力な販促ツールといえる。
BtoCに限らず、BtoBでも同じだ。

最も早い時期に、最大限に値引きした企業は取引(売上)を増やしやすい、というのは好き嫌いにかかわらず厳然たる事実といえる。

そう考えると、前倒ししてセールを開始した方が売上高が見込みやすい。
ただし、前倒しすると効果が終息するのも早い。
12月にプレセールを開始して、1月2日から本セールを開始したら、終息するのは1月10日をはさむ三連休である。
それ以降は買い渋りが続く。

しかし良く考えてみれば、どの時期にセールを開始してもいつかは終息する。
筆者も含めて消費者はたくさん服を持ってるから、セールがどれだけ長期間続いても、買う枚数は変わらない。
まさかダウンジャケットを一人で3枚も買う人はいない。
セーターを5枚も買う人はいない。

なら、終息した後でも売れるような商品企画、商品構成を綿密に考えるべきだろう。

前倒しが良いか後倒しが良いかなどくだらない議論をしているのは労力の無駄ではないか。

この問題になると、イタリアでは、フランスでは、という声が業界から必ず挙がる。
アメリカを見習えという声は挙がらない。
アメリカは11月の末に大セールが行われる。

我が国は何かと欧米を見習えという人が多いが、一口に「欧米」と言ってもアメリカとイタリア・フランスではまったく異なる商習慣である。こういうときに「アメリカを見習おう」という声が出ないのは、恣意的にそのときどきの事案によって見習う先をセレクトしているからといえる。(笑)

結論としては売れるための商品企画、商品構成、体制作りができていれば、セールの開始時期は前倒しでも後倒しでもどちらでも良いのではないかと思う。
先にも書いたようにSPA方式で入荷してからの日数経過で在庫を値引きしていくのが一番わかりやすいと思う。




他力本願な商店街は淘汰されるのみ

 例外はあるにしても多くの商店街とそこに店を構える個人商店にはやる気も変革する気も感じられない。
次代の趨勢によって淘汰されるのは当然のことだと常々思っている。

商店街活性化みたいな取り組みが全国であるが、ほとんどが単なるノスタルジーの発露ではないかと感じる。

昨今は東京、大阪、京都は中国人の爆買いで潤っているが、先日、こんな記事が掲載された。

こんなはずでは!中国人爆買いでも潤わない地元経済
ドンキ、イオンが大賑わいの一方で地元商店街は・・・
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45522?display=b

まあ、タイトルを読むと内容がすべてわかるのだがその通りの内容である。

結果は地元の期待通りにはならなかった。今、現地で聞かれるのは「これでよかったのか」という声だ。

「これでは“中央の企業”に搾り取られるだけだ」

 こう語るのは地元の商店や中小企業の若手経営者たちである。

 彼らが「中央の企業」と呼ぶのは、ドン・キホーテやイオンなどのナショナルチェーンのこと。訪日観光客がこうした量販店に向かうのは、大手メーカーの炊飯器や粉ミルクを買うためである。地元の特産品や土産品を買うためではない。

 また、次のような声も聞かれる。

「鹿児島の中心部にせっかく天文館という繁華街があるのに、観光客はあまり訪れません。天文館にある老舗デパート『山形屋』も素通りされてしまいます」

とあるが、極めて当たり前ではないかと思う。
逆に何の工夫もなく、爆買いのおこぼれに預かれると思っていた方が甘い。

これと似たような報道を過去にも何度か目にしたことがある。

例えば、東京スカイツリーである。
オープン景気で地元の個人経営の飲食店やら小規模店が期待していたが、その期待は外れた。

当たり前だろう。

東京スカイツリーには大規模な商業施設「ソラマチ」があるのだから、そこで買い物なり飲食を済ませる。
わざわざその周辺で買い物や飲食をするはずがない。
するとすればよほどソラマチが混雑した場合に限られるだろう。

周辺商店は何の努力もせずに何を期待していたのか。
甘すぎると言わねばならない。

先日のプレミアム商品券でもそうだ。
プレミアム商品券を使う先は、大手の食品スーパーだったり、地域チェーンの食品スーパーだったりする。
個人経営の八百屋・魚屋でわざわざ使うという人はかなりの少数派だ。

極めて当然の結果である。

大手スーパーや地域チェーン店の方が、品揃えが豊富で価格も安い。
だったら普通の人はそちらで買う。

商店主も自分が買い物する時のことを考えてみれば良い。
わざわざ品揃えも豊富でなくて、チェーン店より割高な店で買い物をするだろうか。

電器店でも同じだ。
家電を買うのに、割高で商品数も少ない街の電器屋で買う人がどれほどいるだろうか。
商店主ですら、家電量販店で買っているのではないか。

今回は個人経営の商店主だが、他の業種でも同じだ。
製造加工業者だって同じ考え間違いを常におかしている。

「日本製だから割高でも買うだろう」

どうしてそんな風に無邪気に考えられるのだろうか。不思議でならない。

実際にそういう製造加工業者だって、「ラルフローレンの本物のシャツが2000円」で売られていたらそちらを買うだろう。
リーバイスのジーンズが3900円に値下がりしていたらそちらを買うだろう。

商店街の商店主の多くは自分も消費者だということを完全に忘れている。
そして消費者になった際の自分の行動を完全に忘れて日々の業務をこなしている。
だからこんなアホみたいな考え違いをするのである。

近年はショッピングセンター内テナントでもなんでもある総合店よりも得意アイテムに特化した専門店チェーンに注目が集まっていると言われるが、だからといって、商店街の個人商店に注目が集まっているというわけではない。
商店街の個人商店は、消費者に選ばれるために何をしているのだろうか?

チラシやDMを定期的に発送しているのだろうか?
店の内装や品揃えを工夫しているのだろうか?
ブログやSNSで顧客と関係性を強化しているのだろうか?
独自のサービスを考案しているのだろうか?

格差はあるものの、各チェーン店は少なくともそこらへんの商店街の個人商店よりはこれらの努力をしている。
資本力で差がついていて、その上で日々の販促の努力でも差がついたなら、その差は最早挽回不可能である。

中国人の爆買い、東京スカイツリー、プレミアム商品券など、外部要因を当て込んで、何の工夫もなしに期待するような他力本願な個人商店はこれからますます淘汰されるだろう。
そして筆者はそのことに対して極めて当然ではないかと考え、いささかも同情しない。

それにしても何度同じようなことを体験したら気が付くのだろうか。




洋服が売れにくい理由

 去年の秋口から月に2回、ファッション専門学校で講義(というか業界漫談?)を行っているのだが、つい先日、年内最後の講義をした。

相手は来春から就職する学生たちである。

彼らに対して言いたいことは「今は洋服が売れにくい・売りにくい時代」であるということ。
「売れない」ではない。
なぜなら、苦戦する大手アパレル各社でも減収したとはいえ、500億円とか1000億円とか2000億円の売上高があるからだ。売上高がゼロになっているわけではない。

しかし、高度経済成長期やバブル期ほどの売れ行きではない。

なぜ「売れにくい・売りにくい時代」になったのか。
理由をいくつか挙げてみたい。

1、可処分所得が減った人が多い
2、トレンドが長期間ほとんど変わらない
3、消費者はすでに多くの洋服を持っている

大きくはこの3つであろう。

バブル崩壊以降、雇用は不安定となり、賃金・賞与は減り続けてきた。
当然、節約志向になる人が多い。こういう状況下で湯水のように借りてまで金を使える人がいたら、よほどの豪傑かアホかのどちらかである。

どこから節約するかというと、嗜好品の性格が強い洋服代である。
食費も削るがゼロにはできない。
なぜなら、人間は食べないと死ぬからだ。
しかし、洋服を1年間1枚も買わずにいても死なない。病気にもならない。

となると、真っ先に今まで使い過ぎていた洋服代をセーブする。

次にこの10年間、トレンドは大きくは変わっていない。
メンズは相変わらず細身が主流だ。
ビッグシルエットが復活しつつあるとはいうものの、細身シルエットが基調にあり、そこにアクセントとしてビッグシルエットが加わっているというのが正確な現状分析だろう。

かつてのギャングスタイルやストリートが復活すると指摘する専門家もいるが、果たしてそれがマス化するかどうかは怪しいのではないかと個人的には見ている。

洋服を爆発的に売ろうと思ったらトレンドが毎年大きく変化すれば良いのである。

2005年にクールビズが提唱され、半袖ワイシャツが市民権を得た。
その結果どうなったかというとその年の夏、半袖シャツが爆発的に売れた。

ヤマトインターナショナルの夏冬のファミリーセールにはほぼ欠かさずに行っているが、この年の夏には半袖シャツが一枚も出品されていなかった。
顔見知りの社員を捕まえて理由を尋ねると「クールビズの影響で半袖シャツが品切れで、ファミリーセールに出品できなかった」との答えが返ってきた。

半袖シャツが品切れだったのは後にも先にもこの1度だけである。

またワイシャツメーカー、山喜の決算も好調で、理由は半袖シャツが爆発的に売れたからである。
別のワイシャツメーカーは、在庫の長袖シャツの袖をすべてカットして売って、長年蓄積されていた在庫を一掃できたという。

トレンドが大きく変われば、爆発的に売れるという実例である。

しかし、残念ながらこの10年間、トレンドはほとんど変わっていない。
5年前に買った洋服を今着用しても違和感はない。
となると、必然的に毎年服を買う理由がない。

そして、すでに消費者は多くの服を持っている。
春夏秋冬の各シーズンに着用する洋服をそれぞれ5枚や10枚くらいは持っているのではないか。

わざわざ今年、さらに買い足す必要がない。

トレンドは去年とほとんど変わっていないのだから、去年買った洋服だけで暮らしていても別に不都合はない。
なら、買う必要はないと多くの人が判断してもおかしくない。

高度経済成長期やバブル期くらいまでは、多くの消費者はそれほど洋服を所有していなかったから、毎年服を買った。
またトレンドも頻繁に変わったし、それに乗り遅れると恥ずかしいという気持ちが強かったから、新製品を並べると売れた。
売れ残っても値引きをすれば売れた。

消費者が当時のような考え、マインドに戻ることはあり得ない。
その中で仕事としてどのようにしたら自社の洋服がそれなりに売れるのかを考えなくてはならない。

今のアパレルの経営陣は良い時代に若い時分を過ごした人がほとんどである。
消費者の「不要な服は買わない」というマインドを根本的には理解できない人が多いのではないか。
だから「俺たちが若いころは~」なんて的外れの説教、アドバイスが飛び出すのである。

今後、我が国の景気がどれほど良くなろうとも「俺たちの若いころ」には人々のマインドは戻らない。

それを踏まえてどう売るか、売れるものをどう作るか、を考えるのが今後のアパレルビジネスではないだろうか。

残念ながら筆者にも提示できるような答えはない。
あればとっくに金持ちになっている。

個々のブランドやショップで自分たちに適した手法を模索するしかない。
それができなければ淘汰されるだけである。

新製品を並べたら売れるとか値引きをしたら売れるとか、タレントと契約したら売れるとか、そういう状況ではないし、今後もそんな状況にはならない。
タレント自身がやっている(とされている)ブランドでもほとんどは3年程度で終わってしまう。

話した内容はざっと以上のような内容である。




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