月別: 9月 2014 (1ページ / 2ページ)

広がる掲載格差

 この数年、衣料品業界紙が凋落し、代わってウェブメディアが台頭した。

当初のウェブメディアはストレートニュースを多く掲載していたが、最近では、メジャーな企業のニュースばかりを掲載したがるようになったように感じる。
理由は簡単である。
メジャー企業のニュースはPV数が増えるからである。
PV数が増えるとバナー広告が集めやすくなる。
理由はそれだけではないだろうが、大半以上の理由はそこにあるといえるだろう。

例えば、パリコレやミラノコレクション、三越伊勢丹、ユニクロ、などのメジャーな企業やイベントを取り上げれば、業界人以外の人も閲覧することからPV数は増える。

マイナー企業のストレートニュースをアップするのは繊研プラスくらいになってしまったと感じる。

先日、繊研プラスはヤマトマネキンやラブリークィーンなんていう企業のニュースをアップしていたが、こんなニュースは業界関係者以外の目を引き付けることはなかなか難しいだろう。

PV数が増えないことには広告出稿を伸ばすことはできない。

しかし、最近はそういう風潮に疑問も感じる。

というのは、このままの状況ではメジャー企業はよりメジャーになり、マイナー企業はいつまでもマイナーなままである。
果たしてそれを助長することがメディアの役割なのだろうか。

またメジャー企業が固定化することが業界全体のためになるのだろうか。

メディアとしても同様で、例えば、常にユニクロの記事ばかり掲載されていることが健全な状況といえるのだろうか。

繊維・衣料品業界のことを考えるなら、次々とスター企業が生まれることの方が望ましいのではないか。
またマイナー企業の記事を定期的に掲載することでデータベースの役割を果たすこともできる。

さらに付け加えると、日本の合繊メーカー、大手紡績の技術開発力は高く評価されているが、残念ながらウェブ上ではそれら企業の新素材開発の記事はあまり検出されない。
記事本数が元から少ないのだろうと想像できる。

合繊メーカー、大手紡績各社がウェブの使用に消極的であるという背景があるものの、ウェブメディア側も積極的には取材に赴かなかったのだろう。

円安基調を受けて、衣料品の国内生産回帰が活発化している。
製造現場の情報を求める声も多いが、これらの情報は特定の企業を除いてほとんどウェブ上にはない。

もちろん、ウェブメディアは慈善事業ではないから、収益化することが不可欠である。
とはいえ、完全なる利益追求型のメディアばかりというのも疑問を感じる。

隆盛を極めつつある各ウェブメディアはこのあたりのこともそろそろ考慮してもらえるとありがたいのだが。

不思議な経営判断

 アパレルブランドの取材を行っていると、各社から現在の店頭の売れ筋を教えていただく。
生業として洋服の企画・製造・販売を行っているわけではないから、そういう情報は非常に参考になる。

しかし、そういうアパレル各社は時々、耳を疑うような決定を行うことがある。
これはどうにも不思議である。

どういうことかというと、たとえば、某ジーンズアパレルを例にとる。
この某社は、2007年に欧米からのインポートジーンズ導入を発表した。
価格帯は2万円以上だった。
店頭投入は2008年からになるという。

この決定には首を傾げざるを得なかった。
なぜかというと、欧米からの高額インポートジーンズのブームは2007年の時点でかなり下火になっており、
2008年には完全に終了してしまった。

ブームの走りは2003・2004年ごろ、
ブームのピークは2005年。
2007年には明らかに下落基調になっていた。

2万円以上という価格が受け入れられにくくなっており、
カイタックインターナショナルが「ヤヌーク」を自社ライセンス生産主体に切り替えたのもこのころである。

なぜ、この2007年という時期にわざわざ終わりかけている欧米インポートブランドというジャンルを新規導入するのだろうか。
この某社の売上高が絶好調であるなら、中長期を見据えた実験的取り組みと言える部分もあるが、某社の売上高は2007年当時すでに低迷していた。
そんなお遊びを行う余力はないはずである。

2007年当時にこの発表を業界メディアで目にしたとき、経営者の判断の甘さに驚いたものだった。

結果は案の定、1年弱でインポートブランドとの契約を終了している。
売り上げが不振だったから当然である。

日々、自社製品の店頭の売れ行きと他社製品の店頭の売れ行き情報が手元に入る立場にありながら、経営陣がどうしてこのような考え違いをするのか理解に苦しむ。

これに類した事例は業界には掃いて捨てるほどある。
傍目から見ても明らかに終わっているジャンルに向けて新規ブランドを投入してみたり、自社の規模を考えずに低価格ゾーンに挑戦してみたり。

情報は持っていながら、それを活用できていない経営陣は意外に多いというのが筆者の感想である。

そういえばこんな考え違いも耳にしたことがある。
百貨店やファッションビルを主販路とする大手某アパレルが、某素材メーカーに「ユニクロでバカ売れしたあの商品と同じ素材をうちにも売ってくれ」と頼みに来ることがままあるという。
それも現場担当者ではなく部長級・取締役級の人間がくる。

ちなみにこのアパレルの商材の価格帯は中級から高額である。
ユニクロよりは最低でも数千円から1万円以上高い価格設定のブランド群を展開している。

よく考えてもらいたい。
価格設定が異なるということはユニクロとは客層が異なるということである。
自社の客層をまったく把握していないということになる。
また生産ロット数もユニクロとは全く異なる。
おそらくユニクロの生産数量の100分の1以下だろう。
ということは、1枚当たりの縫製工賃はユニクロよりも高くなるということである。
同じ素材を使って、ユニクロよりも高い商品を提供しても爆発的に売れるはずがない。

第一、彼らはその商品をどのようにアピールするつもりだったのだろうか?
まさか「ユニクロのアノ大ヒット商品と同じ素材を使いました」とでも打ち出すつもりだったのだろうか。

結果的に上記のような理由で素材メーカー側が販売を断ったのだが、何とも冗談のようなエピソードである。

ユニクロのその商品が売れたのは、素材が良かったこと以外にも価格設定、PR・広告宣伝、販促活動が消費者の心理をつかむことができたからだろう。

価格設定もPR・広告宣伝も販促活動もすべて異なるのに、使用素材が同じというだけでその商品がユニクロ並みに何十万枚と売れることなどありえない。
ましてやその素材すら「ユニクロと同じ」とはアピールすることはできない。

こんな企画で、なぜ売れると考えたのか不思議で仕方がない。

こういうことがまかり通っている業界だから、今後も好況に転じることはちょっと考えにくいと言わざるを得ない。

そんなにこだわらなくても

 昨今のファッションブランドはファッション性のみの打ち出しだけでは消費者の興味を引くことができないので、物作りの姿勢も同時に打ち出すようになった。
その際にやたらと使用されるのが「こだわりの〇〇」である。

ファッション雑誌にしろ、ウェブメディアの記事にしろ、こだわりの大安売りである。

世の中ってそんなにこだわった商品ばかりが流通していたのだろうか?と不思議になる。

ところで、「こだわる」という言葉には元来、マイナスの意味しかない。
ポジティブイメージが与えられたのはつい最近のことであり、衣料品や繊維製品に使われ始めたのは90年代半ばのビンテージジーンズブームからではなかったのではないか。

なるべく記事を書く際には気を付けて使わないようにはしているのだが、筆者も使ってしまうことがある。
一層気を付けたい。

その「こだわり」について、京都で着物の染み抜き・染色補正などの仕事をしておられる栗田裕史さんが、的確なエントリーをご自身のブログでアップされた。

その「こだわり」とやらは誰のため?
http://kimonono.com/blog/archives/256

まず、こだわりという言葉の意味。

1 ちょっとしたことを必要以上に気にする。気持ちがとらわれる。拘泥(こうでい)する。「些細(ささい)なミスに―・る」「形式に―・る」
2 つかえたりひっかかったりする。
「それ程―・らずに、するすると私の咽喉を滑り越したものだろうか」〈漱石・硝子戸の中〉
3 難癖をつける。けちをつける。
「郡司師高―・って埒(らち)明けず」〈浄・娥歌かるた〉

[補説]1は、近年、「一流の材料にこだわって作った料理」のように、妥協しないでとことん追求するような、肯定的な意味でも用いられる。

これが元々の意味である。
昨今のポジティブイメージは補説1の用法である。

さて、染み抜きや染色補正というのは職人仕事であり、中でも栗田さんが属する和装業界は、傍から見ていてもさぞかし「こだわり」が満載なのだろうと感じてしまう。
一言でまとめるなら「めんどくさい」である。

例えば、ボクの仕事である染色補正だと、「昔ながらの道具と薬品だけを使って仕事をするのがこだわり。新しい機械とか薬品とか技法とか、そんな物に手を出すような職人は恥」とかいう人がいるんですが、いやいやいやいや・・・、そのこだわりとやらでアナタ自身が気持ちよくなれるかもしれませんが、お客さんにとってそれはいったいなんのメリットがあるんでしょうか?

技術の世界は何かを守ることで受け継がれてきたのではなく、切磋琢磨してたゆまぬ向上心を持ち続けてきたからこそ、今があると思うんですよね。

ああ、まさしく、和装業界あるあるだと感じる。

これと一脈通じるのが繊維・洋装業界ならデニムとジーンズであろう。

やれ「ストレッチ混デニムは邪道。綿100%が王道」だとか、
やれ「ムラ糸によるタテ落ち感がナンタラ」だとか、
やれ「オンスは重ければ重いほど良い」だとか、

そういう「こだわり」が満載されている。

しかし、そういう「こだわり」って一般消費者に必要とされているのだろうか?
筆者はされていないから、ここ数年に渡るジーンズの消費不振があるのだと思う。

はっきり言えば、ダボダボシルエットが流行最先端という時代なら綿100%デニムでも動きにわずらわしさがなかったが、2008年以降のようにスキニーや細身テイパードシルエットがトレンドになれば綿100%デニムでは動きにくい。

消費者の大部分がストレッチ混デニムを求めるのは自然な流れである。

色落ちにしてもそうである。
激しく色落ちしても穿きつづけられるのはジーンズだけである。
通常の衣類であんなに色落ちしてしまうと、みすぼらしくて着用することは難しい。
色落ちしたウールのスラックスなんて作業着以外で着用できますか?

そこにジーンズの特殊性があるのだが、しかし、昨今の消費者の多くは色落ちを楽しみたいとはあまり思っていないように感じられる。
それゆえのワンウォッシュジーンズ人気ではないだろうか。
さらにいうと、色落ちしない・色落ちしにくいワンウォッシュジーンズがあるとさらに消費者は喜ぶのではないか。

もっとも買い替え需要を起こすことを考えると、ジーンズは激しく色落ちした方が良いのだが・・・・。

ジーンズ需要の復活を目的とする活動は業界にさまざまある。
筆者の見るところ、その活動の根底には「業界の‘こだわり’を消費者に受け入れてもらおう」という考えが根強く流れているように感じる。

例えば「色落ちのすばらしさ」だとか「綿100%デニムの重量感」だとか、そういう類のこだわりである。

そういう物に対する需要は確実にあるが、今のところそれは少数派の需要である。
多くの消費者はそういうものを求めていないのだから、需要を回復するためにはそこに向けた提案をする方が簡単であろう。

すごく伸びて柔らかいストレッチデニムだとか、
超軽量なデニムだとか、

そういう物を提案すれば良いのではないかと外野にいる筆者は思う。

染み抜き・染色補正職人ではないがまさしく「そのこだわりとやらは誰のため?」である。
まさか作っている人たちが満足するために打ち出しているのではないよね?(笑)

ルーズヴェルト・ゲーム

 先日、池井戸潤さんの小説「ルーズヴェルト・ゲーム」を読み終えた。
今年の春にドラマ化された。

小説とドラマはあらすじでは8割くらい同じだが、細部はかなり異なる。
主役となる青島製作所を、ライバル企業のイツワ電器(原作ではミツワ電器)が特許問題で告訴してゆさぶりをかけるが、これはドラマオリジナルである。
また、東洋カメラへ青島製作所が自社のイメージセンサーの売り込みに成功するが、イツワ電器にひっくり返されるという部分もドラマオリジナルで原作にはない。

あと、スマートでクールだった江口洋介さん演じる笹井専務だが、原作でもクールなところは同じだが年齢設定はまったく違う。笹井専務は60歳手前の初老の男で、髪は薄いと描写されている。

青島製作所を創業したのは青島会長で、一代で売上高500億円強の会社に育て上げたカリスマ経営者である。
社長から会長へと退く際に、後継社長として数年前にコンサルタントから転職してきたばかりの営業部長、細川を指名した。

小説を読むと細川の年齢は40代前半と感じられる。

当然、古参の役員は面白くない。

青島が細川を後継社長に指名した理由がこう説明されている。

「自分たちには、自分たちの良さがわからない。外部の人間が見たとき、つまり比較するものを持っている人間が見て初めて、会社の良さがわかるんだ。青島製作所にとっては君の視点がまさにそうだった」

中略

「この青島製作所のどの技術が優れ、どの技術が並みなのか、わからない。事務管理体制のどこが平均以上で、どこがダメなのか、それが当たり前になっている笹井(注:古参の専務)には評価のしようがないんだ」

とある。

昨日のエントリーと重複する部分があるが、己を知ることはこれほど難しいといえる。
そして繊維・ファッション業界でも自社の強みを取り違えている企業はたくさんある。

http://blog.livedoor.jp/minamimitsu00/archives/4182458.html

昨日のエントリーで挙げたアパレルも自社の強みがまったくわかっていない。
流通との大口取引が成立した理由は、機能性素材の採用だけではない。
機能性素材のみが取引理由であるなら、大手流通はこのアパレルをすっ飛ばして、直接、大手素材メーカーと取引をすれば済む話である。
その方が、製造コストも安く抑えられるだろう。

今では多くの素材メーカーも自社内やグループ会社に製品化部門を持っている。
素材メーカーと流通がアパレルを介さずに取引することは可能になっているご時世である。

そのアパレルが評価されたのは、型紙製作だったり、色柄の選定だったり、デザインのアレンジだったり、というノウハウの部分である。
それが自社の強みだと考えないあたりに己を知ることの困難さが表れているのではないか。

もっとも、その細川新社長にしたところで、

コンサルタントとして数百社の内部を見てきた細川には、比較する術がある。だが、それを当たり前だと思っていた細川もまた、それが特別な能力であることに気づいていなかった。お互い様だ。

と描かれている。

他人のことは的確に見抜けるが、自分のことは見えていないというコンサルタントも実際に数多く存在する。
かくいう筆者だって似たようなものである。

本当に「己を知る」ことさえできれば、百戦百勝することは不可能ではないだろう。

産地製造業でもそうだ。自社の強みがわかっていない企業も多い。
強みが技術力なのか、それとも社の歴史なのか、新規性なのか。
例えば社の歴史が100年を越えるということはそれだけで一つの価値である。
これだけはいくら金があっても買うことはできない。
それを理解していない企業なんていうのはざらにある。

はてさて、筆者も自己の強みというものを一刻も早く的確に把握したいものである。

百戦危うからず

 現代でも読み継がれる兵法書「孫子」に「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」という一節がある。
しかし、これを実行するのは難しい。
どこが難しいのかというと「己を知る」ことが相手を知ることよりも難しい。

相手の実力を知ることはそう難しくない。
しかし、自分の実力を客観的に分析することはかなり難しい。
過小評価したり過大評価したりしてしまう。
それどころか自分の長所と短所すら正確に判断できないことが多い。

昨今、衣料品業界では機能性素材が注目を集めている。
吸水速乾、ストレッチ、保温、蓄熱、消臭、防汚などなどだ。
これらの素材を開発できるのは大手紡績か合繊メーカーに限られている。
何しろ莫大な開発費用が必要だ。

いわゆる小規模・零細の生地メーカーにその費用を捻出することは不可能である。
また人材も足りない。

某卸売りアパレルが大手流通に機能性素材を使った商品を提案したところコンペとなった。
この機能性素材を開発した大手素材メーカーを甲社だと仮に名づける。
ところが、甲社にも昨今のご多分に漏れず、製品化部門が存在する。
いわゆるOEM部門である。
自社の素材を使用してくれた先に対して製造も請け負うということである。

コンペ相手はこともあろうにこの甲社の製品化部門だった。

結果はアパレルが勝って、製品化部門は負けた。

なぜだかお分かりだろうか?

製造コストだけを考えたならおそらくは製品化部門の方が安かっただろう。
しかし、アパレルにはこれまで培った型紙の製造技術や適切な色柄を選ぶ能力がある。
これは独自のノウハウである。

一方、製品化部門はいわば下請け製造的な性質が色濃いため、そこまでの独自のノウハウはない。
言われたままに製造するという感じである。

けれども残念なことにそのアパレルはなぜ自社が選ばれたのかを正確に理解していない。
製造原価を下げたことやその素材をピックアップしたことが勝因だと思っている節がある。
素材を選んだことが勝因なら開発元の甲社と直接取引した方が早いし、安い。
アパレルなど不要である。
素材がすべてなら世の中に卸売りアパレルなど必要なく、大手素材メーカーが直接小売店と取引をすれば良いのである。流通コストもずっと引き下げられるだろう。

アパレルの最大のノウハウであり宝は、企画力・デザイン力である。
その某アパレルは自社の最大の長所をまったく理解していないといえる。

敵を知っているかもしれないが、この会社は己を知らない。

こうやってまとめると、いかにもバカげたことだが、これに類したことは世の中に掃いて捨てるほどある。
もしかしたら世の中はそういう誤解の上に成り立っているのかもしれない。

それにしてもつくづくと、己を知ることは難しいと感じる。
己を知ることができれば、まさしく百戦危うからずであるが、それは至難の業といえる。

似て非なる能力

 昔から「好きこそ物の上手なれ」というが、ファッションにはこれが微妙に当てはまらないように感じる。
ファッションが好きだからファッションビジネスが上手いとは限らないし、ファッションが好きだから作る物の感度が良いとも限らない。

業界の某大先達が「(自分が着用する意味で)ファッションが好きというのと、ファッションビジネスが好きというのは似て非なる物」とおっしゃったことがあるが、まことにその通りではないかと思う。

 国内の産地製造業者も代替わりが増えた。
20代~40代半ばくらいの2代目、3代目、4代目が経営陣に加わっていることが多い。

10数年前に産地製造業者を取材で回り始めたころ、一様にあか抜けない雰囲気があった。
今の50代、60代、70代の経営陣である。

一方、代替わりした現在の若き経営陣は、ずいぶんとあか抜けた人が増えた印象がある。
容姿も良いし、ファッションセンスも悪くない。
中にはセレクトショップの販売員かと見間違うような方もおられる。

そういう彼らは、自社の生地や加工技術を生かしてオリジナルの製品を作り始めている。
例えばストールだったり、シャツだったり、小物雑貨だったり、ジーンズだったりという具合だ。

通常、オシャレな人が企画デザインすればオシャレな商品が出来上がると思いがちだが、産地製造業者に限ってはそれは少数派である。

作る製品がなんだか野暮ったい。
また展示会や販売会を行った時のディスプレイが地方の土産物屋にしか見えない。
商品自体は悪くないが、そのパッケージや下げ札のデザインがイケてない。

などなどということが頻繁に見受けられる。

我々外野の人間にすれば、自分の着用する物を選ぶセンスがあるのだから、それと同じ感覚で自社製品を企画すれば良いと思うのだが違うらしい。
ディスプレイにしたって、彼らが愛用するセレクトショップやSPAブランドを思い浮かべながら考えれば、ある程度の水準に達すると思うのだが、これも違うらしい。

かと思えば逆もある。
失礼ながらご本人はあか抜けないが、トレンドに応じた企画を次々と的中させる経営者やデザイナーも頻繁に見かける。

以前、ある中堅規模の量販店向けアパレルの社長と比較的懇意にさせていただいていた。
もうその会社では定年を迎えられている。

この社長さん、お世辞にもオシャレとは呼べない。
背も高くないし、小太りだし、髪もない。顔の造作も良くない。着用されている洋服も全然かっこよくない。
もしかしたら値段は高いのかもしれないが、見た感じでは、洋服の青山の投げ売りワゴンセール品のように見える。
にもかかわらず、企画部署から上がってきたたくさんのサンプルの中から彼がピックアップした商品がかなりの高確率でヒットする。

傍から見ていると、これだけ的確にトレンド分析できるのだったら、もう少しご自分の洋服を選ぶことにその能力を使えば良いのにとよく思ったものだ。

こういう事例を見るにつけても「好きこそ物の上手」ばかりではないということを感じる。

そのあたりのギャップが面白くもあるのだが、そこを合致させることがファッションビジネスのもっとも難しい部分なのだろう。

ことほど左様に、着用が好きということと、ファッションビジネスを成功させるということは異なる資質だといえる。

海外展示会だけではなく国内展示会でも

 最近、繊研新聞本紙よりもウェブ版の繊研プラスの方ががんばっているのではないかと思う。

昨日、こんな記事が掲載され、多くの業界人が言いたかったことを代弁してくれたのではないか。
業界の様々なシガラミ(笑)にもかかわらず、これを掲載した繊研プラスの姿勢を評価したい。

政府関連の海外展“ジャパンブース“助成金・補助金の不毛さ
http://www.senken.co.jp/report/creator/mea-report/cooljapan-business-overseas/

これはAYAME SOCKSという靴下ブランドを展開しておられる方が、米国展示会に出展した感想をまとめたものである。
以前から独自に(文中によると6年くらい前から)欧米展示会に出展しておられるとのことだが、今回は初めて行政の助成金によって米国展示会に出展したとのことである。

我がAYAME SOCKSは、PROJECTのほうに出展したのですが、搬入日に会場に到着した瞬間に思ったのは、選抜されたブランドがバラバラだなあ・・・、という事でした。一体何を軸にして、どういうプロセスがあって選抜されたのでしょう?

とのことである。

選抜されたブランドのテイストやターゲットがバラバラで、それによってコーナー全体の見せ方までがバラバラチグハグになってしまうのは何も海外展示会だけに限ったことではないだろう。

国内の大型展示会でも同じである。
例えばIFF、ルームス、東京ギフトショーには国内産地が数多く出展する。
それも企業単独ではなく、〇〇産地組合とか〇〇市商工会議所とか。
それはその地域の企業の寄せ集めなので当然ながらそれぞれ出展物もテイストも異なる。
価格帯、販路すら異なる。

例えば、畳とジーンズと学生服とワーキングユニフォームと塩を名産品とする地域があったとして、
それらが一堂に雑然と展示されていて何か効果があるだろうか。

せめて、ブース全体がまとまるようにうまく施工ができていればまだしも、主催者側の統一規格ブースでそれぞれの品物が並べられている状態では、一品一品のクオリティやデザインがいくら良くても、ブースの見た目だけでそれに興味を持つバイヤーの数は半減以下になる。

それを防ぐにはコーディネイターというかプロデューサーというかの力量、眼力(メヂカラではない)が必要となる。適当に並べただけではブースのまとまり感なんて永遠に出ない。
そういう意味では、たしかなVMD力を持ったコーディネイターやプロデューサーが必要となる。

以前にも書いたが、人間が一番遠くから識別できるのは「色」、次に「形」、そして「風合い」、さらに密着して「着心地」である。

合同展示会なら、色の前に「ブースの造作」が入る。

「ブースの造作も悪いし、色もなんだかくすんだ商品ばかりだけど、風合いと着心地は最高だから」というのは、VMD上では何の意味もない。
すでにそれは集客に失敗しているのである。

ついでにいうと、これは国内企業だけに言えることではなく、海外企業も同じである。
先ほど挙げた大型展示会には毎回多数の海外企業が出展する。
しかし、それらもなんだかゴチャっと多数の企業が参加しているだけに見える。
おそらくは日本と同じような仕組みで、それぞれの国が補助金やら助成金で出展業者を各業界から募っているのだろうと推測できる。

さて、上記のレポートは長文なので、抜粋しながら進めたい。

今、述べたことはこうまとめられている。

一般的な話ですが、こういうショーケースって全体の統一感がすごく重要で、つまり、セールスエージェントやPRエージェントと同じことで、集めるブランドのテイストやクリエイションのレベルは言うまでもなく、価格帯や狙っている層が合っていないと、なんの効果も生み出さないと思います。

たとえ個々が頑張っていたとしても、それを効果的な形で動作させないと、あまり意味が無いものです。私が出展した今回に限らず、役所が絡むと何故かこういう微妙なプレゼンテーションになるような気がするのですが、世界各国の展示会で行われている、“ジャパンブース”的な事業、はた目から見てもそう思います。

とのことである。

で、なぜこうなるかというと、

そういうファッションビジネスセンスの視点から言うと、海外の国際展示会で見かける政府支援の「ジャパンブース」系は、往々にしてピントがずれているように見えます。感覚的な部分の仕事があまり重要視されていないと、どうしてもこうなっちゃうのかな、と思います。その上、オーガナイズするプロセスで、色々な大人の事情やしがらみもあるでしょうから。

と推測しておられるが、実際のところ、はっきり言って筆者の知る限りにおいては「大人の事情としがらみ」の産物である。

昔の名前で出ています的な人が「思い込みと好き嫌いと利害関係」だけで選んでおられるのかなという場合が多いように個人的には感じられる。

このレポートの結論は以下の部分である。

ジャパンブランド支援事業自体は素晴らしい取り組みだと思います。ただ、もう何年もやっているのにこんな体たらくならば、一度仕切りなおして、やり方自体を見つめなおした方がいいと思います。特に、どんなブランドを選抜して、どのように押していくのか、を。受注ベースの目標や成果を基準に入れたり、とか。

とのことであり、受注ベース成果の導入が適切かどうかはわからないが、何らかの基準導入は必要不可欠だろう。

というのは、助成金・補助金での海外展示会出展をまるで海外慰安旅行と勘違いしている業者が数多く存在するからだ。そんな彼らは受注の有無は度外視である。
完全度外視ではないだろうが、たとえ受注がゼロでも「良い経験ができた」ということでお終いである。
助成金・補助金の類はだいたい3年が一区切りだが、一区切りを迎えるとその後自腹で出展する業者は数少ない。3年間、公的資金で海外へ観光旅行に行かせたようなものである。

その一方で、自腹でコツコツと海外出展を続けておられる企業も一部にはあるから、雲泥の差である。

そういう業者を応援するのが本来の補助金・助成金のあり方だと思うのだが。

以心伝心はありえない

 産地製造業者が一念発起して製品ブランドを作るという試みが珍しいものではなくなった。
かくいう筆者も何度かそういうミーティングに参加させていただいたことがある。

以前にも書いたが、デザイン経験のない社長や社長の親族が「デザイナー=わし」とやるのは一番の悪手である。
まれに、未経験ながら外部からの評価を参考に改良を繰り返し、売れる商品にまで昇華させる社長もおられるがこれは例外と考えた方が良いだろう。

次によくある失敗は、デザイナーに依頼したは良いが、具体的な指示や依頼を何一つ与えないという場合である。
実はこれはけっこうよくある。
もしかしたら「デザイナー=わし」以上にあるかもしれない。

具体的にいうと、「そこそこ有名なデザイナー(注:オリジナルで自身のブランドを展開しており、それがそこそこ有名)にデザインを依頼しておいたから大丈夫」という場合が何度かあった。
よくよく話を聞いてみると指示した内容は「ジャケット5型をお願いします」というような内容だった。
もちろん、使用する生地は自社製造の物がメインとなることだけは伝えてある。

しかし、こうした場合、デザイナーは自分の好きなデザインを行う。
なぜなら具体的な指示が何一つ無いからだ。

テイストは?
ブランドコンセプトは?
販売価格は?
ターゲット層は?
他の商品はどんなデザインになるのか?
想定する売り場はどこか?

などなどが皆目わからない。
もしかしたら依頼した側にもわかっていないのかもしれない。

しかし、商品のデザインというのはこれらがあって初めて成り立つものであって、デザインありきではない。
さらに言えば、商品の目的は「売れること」であるから、売れるためには最低でも先ほど挙げたような事案は考慮される必要がある。
デザインさえ良ければそれで良いというのなら、それは芸術作品か趣味の創作である。

で、製造業者も別に芸術作品を作ってほしいわけではないから、売り場で売れないと意気消沈してしまう。

こんなはずではなかった

と。

そして、向かう先はデザイナー批判ないしデザイン批判である。

いわく「デザイナーが良くなかった」
いわく「売れるデザインではなかった」
いわく「わしがデザインした方がマシ」
いわく「デザイナーは信用できない」

となる。

いやいや、申し訳ないがこのような場合、責任は100%依頼した側にある。

何一つ具体的な指示を出せなかった側が悪い。
そして、そのデザイナーに依頼すると決めたのも製造業者である。
別に誰かから強制されたわけでもない。

このような「丸投げ」は論外である。

次に多いのは、完成商品のイメージを言葉のみで伝える行為である。

ディフォルメすると、たとえばこうなる。

「中肉のデニム生地を使って、ちょっと細めのシルエットのパンツにしてもらいたい。雰囲気はフェミニンな感じで」

という具合である。

これでどんな商品か具体像がイメージできる人がいるだろうか。

そして、こういう場合は発注側と受け手が想像する商品像は全く異なる。
で、サンプルが上がってくると依頼側のイメージとは異なるため、何度も修正となる。
修正の仕方も具体的ではないから、そのうちにお互いがやる気を失う。

例えば

「もう少し股上浅めで」

という修正依頼である。
股上を浅くすることは分かるが、これではあと何センチ、何ミリ浅くするのかまったくわからない。
依頼側は1センチとイメージしているかもしれないが、デザイナーは2・5センチをイメージしているかもしれない。

こういう場合は「1センチ浅くしてほしい」と伝えないといけない。

これを防ぐには、写真や画像、スケッチなどを同時に示すのがベストであろう。

筆者は以前、雑誌誌面の編集業務に携わったことがある。
誌面レイアウトはデザイナーが行う。
業務が始まった最初は勝手がわからず言葉だけで伝えようとして、大いに失敗した。
まったく恥ずかしい限りである。
そこで下手くそながら手製のラフスケッチを作り、イメージに近い他誌の誌面も一緒に渡して、アレンジをお願いした。
そうするとまずまずスムーズに流れるようになった。

産地製造業者も同じである。

自身のイメージに近い他社製品の写真や画像、それからラフスケッチなどを一緒に渡してイメージを説明すべきである。

ぜひ、自社製品開発に生かしてもらいたい。

なんてことを書いたが、実は「丸投げ」は産地製造業者だけに限らない。
有名ブランドや有名SPA、有名セレクトショップもときどきOEM/ODM業者に丸投げをする。
その場合は「とにかく、売れる商品を作ってください」というすごく無責任かつ、どこか哲学的設問のニオイがする言葉で行われる。

「売れる商品」がわかっていれば業界全体がもっと潤っているし、OEM/ODM業者は自社ブランドを立ち上げて大々的に展開している。
何よりも「売れる商品」を考えるのはブランド側の仕事である。

そんなわけで業界は今日も平常運行である。

それを言っちゃお終いなのだろうけど

 創業130年弱の名門シャツメーカー、CHOYAが事業譲渡後に会社清算されることが決まり、栄枯盛衰は世の常とはいえ、驚いた次第だったが、大手シャツメーカーも大阪本社で残っているのは山喜とナイガイシャツくらいになってしまった。

日清紡の子会社になってしまったCHOYAとナイガイシャツだが、百貨店・専門店向けのCHOYAが先になくなり、量販店向けのナイガイシャツが残るとは夢にも思わなかった。

そういう意味では、ジーンズとワーキングユニフォームの関係にどこか似ていると感じる。
ジーンズがファッション化したことによってジーンズ専業アパレルはそれほど恩恵を被らず、リーバイスとエドウインを除くナショナルブランドの多くは凋落してしまった。
一方、実需対応のワーキングユニフォームメーカーは多少の苦戦はありつつも今もほとんど淘汰されずに残っている。
一概にファッション化することが良いこととは言えないと、改めて思った。

それはさておき。

シャツメーカーもかつては大阪に大手が数多くあった。
カネタ、信和シャツ、松屋シャツ、トミヤアパレルなどである。
シャツ最大手だったトミヤアパレルは筆者が業界紙記者となった90年代後半には本社機能の多くをすでに東京に移していた。

シャツからの連想でスーツを思い返してみても、メルボ紳士服、トレンザ、ロンナー、大賀、ジョイックスコーポレーションとそうそうたる顔ぶれが大阪市内の谷町筋界隈にあった。
今、ジョイックスを除いてスーツメーカー各社は大幅に規模を縮小している。
またロンナーとジョイックスを除いては本社を谷町筋界隈から移転させてしまっている。
ほとんどが東京へ機能集中させており、登記上残っている大阪の本社も谷町4丁目界隈からは遠く離れてしまっている。

子供服もかつては大阪には大手が数多く本社を構えていた。
ビンテージジーンズで一世を風靡したブランドも大阪本社、大阪での創業というのが多かった。

で、まあ、今も「大阪のファッション復興」というスローガンを掲げた取り組みをときどき見かけるわけだが、過去20年近くも断続的に見続けているということは、20年かかっても復興できなかったということを証明しているといえる。

その取り組みの目玉企画は時代によって変えられてきたが、デザイナーズブランドだったり、新興アパレルだったり、スタイリストだったりしたのだが、それらが大阪で隆盛を極めていた時代があったのだろうか。
寡聞にして筆者には20年前からの知識しかないが、知る範囲においてはそういう隆盛はなかった。

そういう取り組みで必ず使われるのが「大阪らしさ」と言う言葉なのだが、それってどういうことだろうか?
東京人にはないカラフルな色柄を着こなしに組み入れることだろうか。
想像力の乏しい筆者にはそれくらいしか想像することができない。

それよりも例えばかつての谷町筋のスーツメーカーを再集結させて何かイベントをやった方がよほど「大阪らしい」のではないかと感じる。
別にスーツではなく、子供服でもビンテージレプリカジーンズでもワイシャツでも構わないが、それらの方がよほど具体的で分かり易いのではないかと思う。

しかし、そもそもこれだけ本社機能が流出してしまった大阪で「ファッション再興」なんていう取り組みが必要なのだろうかと根本的な部分で疑問を抱いてしまう。
それを言っちゃお終いなのだろうけど。

改めて自社の顧客層を見直してみよう

 9月12日、エドウインが自社のレディース向けレギンスパンツブランド「ラディーバ」の初直営店をグランフロント大阪南館4階にオープンした。
来月には東京駅店をオープンさせるとともに、来年5月までに残り5店舗をオープンさせて計7店舗体制となる計画である。

その内容はこちらにまとめてみた。

エドウインが「ラディーバ」の直営店を初出店。来年5月までに7店舗開設を計画
http://a-mp.jp/article.php?id=2188

で、その際、興味深いことを聴いた。
ラディーバのレングスは1種類である。
身長にもよるが女性の平均身長で9分丈になるように作られているそうだ。

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(9分丈のラディーバ)

で、その9分丈のレギンスパンツの動きが今夏も良かったそうだ。

今春夏は売り場でひざ下丈のパンツをメンズ、レディースともにほとんど見かけなかった。
レディースのトレンドはスカートであり、ひざ上何センチというショートパンツである。
9分丈とか、ここでは登場しない7分丈とかいうパンツはあまり見かけなかった。

これは各ブランドがトレンドに沿った物作りをしているためである。

しかし、生足を極度に露出したくないという女性消費者も実は相当数存在する。
そのため、タイツorストッキングとショートパンツの重ね穿きをするという女性も多かったのではないだろうか。
この写真のような着こなしをけっこういたるところで見たような気がする。

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で、そういう女性は9分丈とか7分丈のパンツがあれば、それを購入していたのではないか。
何せ2枚穿くよりも1枚だけの方が涼しい。

エドウインの商況を聴いていて、つくづくとトレンドと実需のバランスは難しいなと感じた。

洋服は多かれ少なかれトレンドが求められる。
トレンド無視のデザインではなかなか売れにくい。

一方で洋服には実用衣料の側面がある。

量販店やユニクロ、スーツチェーン店などの洋服は実用衣料の性格が色濃い。

どの層に向けて売るかによってトレンド性と実用性のバランスが変わる。

量販店やユニクロ、スーツチェーン店などはトレンド性が2~3の割合、実用性が8~7の割合くらいのバランスではないだろうか。

一方、中級価格帯のファッションブランドならトレンド性が4~6、実用性が6~4の割合ではないか。
さらに高級なファッション性の高いブランドならトレンド性が8くらい、実用性は2くらいではないかと思う。

当たり前の話だが、自社ブランドの顧客層はだいたいどのあたりかということを見極めなくてはならない。
ラディーバの場合は、5500~6000円という価格帯でもあることから、トレンド性と実用性は半々くらいが適正ではないかと思う。

逆にひざ上丈ショートパンツとスカートに特化して上手く商品がさばけなかったブランドは自社の顧客層を見誤っていたというべきだろう。

筆者も含めて洋服業界の人はトレンドに注目しがちだが、自社のブランドがハイセンスなトレンドブランドであり、そういう顧客層であるならそれは正しい施策だが、そんなブランドは一握りである。
ほぼ実用品としてしか期待されていないブランドまでが闇雲にトレンド性を過度に追求するのは、自社の顧客層を見ていないということになる。

言うは易し行うは難しだが、少し意識するだけでも商況に反映されるのではないかと思う。

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