月別: 7月 2014 (1ページ / 3ページ)

復活はあり得る

 今日はお気楽に。
昨年春夏に、まさかの肩掛けセータースタイルが復活した。
今春夏はすっかり廃れてしまったが、それでも今後も一つのスタイルとしては認知されつづけるだろう。

厚底ブーツ、厚底ヒールも復活している。
これはアムラーが全盛期だったときに流行った靴である。

髪型でいうとツーブロックも復活した。

厚底ブーツは90年代後半のスタイルだが、ツーブロックの髪型やセーター肩掛けスタイルは80年代後半から90年代前半のスタイルで、バブル期の象徴でもあった。
バブル期のファッションは、バブル崩壊以降「ダサさ」の代名詞として君臨し続けてきたが、その呪縛からようやく解き放たれたといえるだろう。

しかし、バブル期をリアルで体感した世代はなかなか取り入れづらいのではないかと思う。

なぜバブル期ファッションがよみがえったかというと、今の若い人たちはバブル期をリアルに体感しておらず、そのときの習俗が新鮮に見えたのだろう。

厚底靴もそうである。
90年代後半なんて、筆者のようなオッサン世代からすると、つい昨日のことのようだが今の若い人たちはその当時、まだ幼かった。
そのためこれもまた新鮮に見えるのだろう。

以前も書いたがフリースジャケットは長らく安物という認識が広まっていたが、昨年くらいから売れ行きが回復しているという。
98年前後に起きたユニクロのフリースブームによって、「安物」という認識が全国に広まったが、それとても15年以上前のことである。
今の若い人たちにとっては、物心つく以前の話であり、それゆえにフリースへの偏見は持っていない。

厚底靴も同じころに流行していたのでこれも15年くらい前の事物になる。

そうすると、いずれルーズソックスも復活するのだろうか?
テクノカットもいずれ復活するのだろうか?

その可能性は大いにあるだろう。

もみあげをななめに切り落としたテクノカットが流行したのはもう30年くらい前のことである。
今の若い人たちからしたら最早伝説の習俗だろう。

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(もみあげを鋭角に切り落としたテクノカット)

昨今の復活劇を見ていると、だいたい25~15年前の流行がよみがえっている。

となると、30年近く前のテクノカットはそれらよりもまだ古い流行であり、復活するには十分な時間が経過しているともいえる。

もし復活したとしても、これもまたオッサン世代は取り入れにくい流行になるだろう。

筆者も取り入れるつもりはまったくないが、復活を少しだけ楽しみに待ってみたい。

スペックの打ち出しのみでは価格競争に巻き込まれる

 同じ物が売っていたら人は必ず安い方で買う。
とくに店舗同士が近隣なら。

最近、このスニーカーを買った。

写真

(税込3800円で買ったプーマのスニーカー)

税込3800円である。
買った店舗では手書きで「元値8500円」と書かれていた。
手書きなので事実かどうかはわからないが、事実だとして話を進める。
(事実でなければ二重価格で景表法違反である)

その店を出て御堂筋を北上すると、15分ほど歩いたところに別会社のスニーカー店がある。
同じ商品がそこでは以前、6900円で販売されていた。
その後、4900円に値下がりしていた。

「8500円」の手書きPOPがどうして事実だと考えるかというと、他店で6900円で販売していたからだ。
割引で6900円と提示されていたから、おそらく8500円くらいはしたのだろうと考えられる。

実はこの2店舗の前をしょっちゅう通りかかるので、両方の値段を見比べて安い方で買った次第である。
いまどき、よほどの超人気商品でもない限り即日完売なんてするものではない。
スニーカーに限らず洋服だって半月くらい店頭に残っている品番はザラにある。
ゆっくり何日かかけて値段を見比べれば良い。

この店舗の場合、筆者が歩いて行ける距離にあったから見比べることができた。
インターネット通販に手慣れている人がこれをウェブ上でやったらショールーミングということになるのだろう。

さて、こういう状況はリアル店舗でもウェブ上でもよくある。
とくにメーカーからのナショナルブランドを仕入れている店では多発する。
A店だとあのブランドは9800円なのに、B店だと同じブランドが7900円に値下がりしているという状況である。

でも世の中には、B店よりも同じ商品が少し高いけど、A店で買うという場合もある。
それはそのA店が商品の値段以上の「何か」を提供できている場合だろう。
それは販売員の接客なのかもしれないし、店舗の雰囲気なのかもしれない。
また店長なりオーナーなりのカリスマ性や人間性かもしれない。
もしかしたらPOPや販促物の出来栄えや面白さかもしれない。

商品のみをアピールした売り方ではどうしても価格勝負になる。
どうせ同じ物は他店にも入っている。

そういう意味では店の価値づくりをさまざまに工夫すべきだろう。
しかし、実際に店頭で販売をしてみると、日々の業務の多さに店の価値づくりなんてそうそう考えている暇もない。
そういえば、17年前に量販店テナントの店頭で販売しているときは、毎日、大きな段ボールが何箱も届いて、その移動や品出し、ストックルームへの格納作業にけっこうな時間と労力を取られていたことを思い出す。

ま、言うは易し行うは難しということなのだろう。

しかし、これはメーカー側も同じで、物のスペックのみを伝えていると価格競争になってしまう。
例えば国産デニムを使って国内縫製、国内加工で作った純国産ジーンズなるものがあったとして、それのみをアピールすると、いずれ価格競争にならざるを得ない。

ユニクロが7900円で発売したこともある。
ライトオンのバックナンバーも9800円くらいで販売したことがある。

今なら無印良品が9800円で販売している。
今後はもしかしたらもっと安い日本製ジーンズが現れるかもしれない。

そういうことになってしまう。
だからスペック以外の価値を付ける必要があり、それに成功したものが「ブランド」なのだろう。

決して名前を付けてラベルを付けるだけがブランドではない。

ジーンズ需要を支える層

 昨日に続いてジーンズについて考えてみたい。

現在、ジーンズには二つの消費者層があるのではないか。

一つはトレンド層
もう一つは非トレンド層

である。

ジーンズ不振と言われて5年以上が経過しているが、都心でジーンズを穿いている人は毎日見かける。
別にジーンズを穿いているからと言って「プッ。ダセえ。ジーンズなんて穿いてやがるww」なんてことは思われないわけである。

トレンド層はスキニーやスリムテイパードという細身シルエットのジーンズを着用している。
色はワンウォッシュやノンウォッシュの濃紺が多い。
このトレンド層は都心にも郊外にも田舎にも存在する。

一方、非トレンド層は男性なら少し太目のストレートシルエット、女性ならブーツカットを穿いていることが多い。
ズボンの背面は装飾でコテコテというのも珍しくない。
この非トレンド層も都心にも郊外にも存在する。

トレンド層はおそらく都心型セレクトショップで買い物をする層だろう。

非トレンド層は、おそらく今流行りのマイルドヤンキーか、それに近いマインドを持っていると感じる。

なぜ、こんなことを言い出すかというと、昨日も書いたブルーウェイの展示会での話である。

「太目ストレートとかブーツカットジーンズの要望がいまだに郊外店からはあるのです」

とのことである。
そして担当者は「トレンド層とは異なる要望が確実にあり、これは無視できない」という。

いろいろなことが考えられるのだが、トレンド層はトレンドにある程度敏感なので、トレンドがデニムトップスへと移行すればジーンズを捨ててデニムシャツを着用する。デニムシャツを着用したら、ジーンズでは色合わせが難しいのでチノパンやカラーパンツ類を着用する。
トレンド層もたまにはジーンズを穿くが、それはカラーパンツのバリエーションの一種としてジーンズをとらえているといえる。

一方、マイルドヤンキーテイストの非トレンド層は間違いなくジーンズの愛好家である。
彼らは根強くジーンズを支持する。ちょうど40代・50代と同じくらいの熱烈なジーンズ支持層である。

最近、筆者はこのトレンド層と非トレンド層が着用するジーンズが同じアイテムだとは思えなくなってきている。

トレンド層の考えるジーンズと、非トレンド層が考えるそれはまったく異なるのではないか。

現在、ジーンズナショナルブランド各社もすっかり縮小してしまった。
売上規模はおそらく、20億円未満となっているだろう。
そうなると、マスに向けた商品提案は不可能である。どこかのテイストに絞り込まなくてはならない。
逆にいうと、トレンド層と非トレンド層でまったくジーンズの嗜好が異なってしまったために、ナショナルブランド各社は売上縮小を余儀なくされたという側面もあるのかもしれない。

ジーンズ業界の年配者はエライさんと話すと、いまだにマスに通じるジーンズがあると認識されているように感じてしまうのだが、それは幻想にすぎないのではないかと思う。
ここまで嗜好が別れてしまうとマス化は難しいだろう。

そんな中で両方に向けた商品を供給するのがエドウインである。
さすがに200億円規模の売上高を維持する国内最大手である。

例えば、トレンド層に向けては、色落ちしにくいデニム生地を使った細身シルエットの「キープブルー」を、
コテコテ装飾が好きな非トレンド層には「XVシリーズ」を提案する。

これをやれているから最大手なのか、最大手だからこれをやらないと維持をできないのか、因果関係は判然としない。

さて、個人的な好みでいうと筆者はコテコテ装飾系のジーンズブランドはあまり好きではない。
しかし、ジーンズというアイテムを厚く支持しているのはコテコテ系を好む非トレンド層ではないかと思えてくる。

コテコテ系の流れを独断を交えてざっとまとめてみる。
まずは2007年ごろで終焉を迎えた高額インポートブランドブームのころに盛り上がった「トゥルーレリジョン」だろう。
ジーンズのバックポケットに太目の糸で大きなステッチが施されており、この2~3年、着用者を見かけることがめっきりと減ったと感じるブランドである。

刺繍やらなんやらでまさしくコテコテ装飾は、韓国のジーンズブランド「レッドペッパー」だろう。
関西だと今でも着用者をごくまれに見かけるが、まさしくマイルドヤンキー的な雰囲気の方が多い。
学生時代は元ヤンキーだったような方も多い。

ついでながら、現在の「エヴィス」の着用者もこの匂いがする方が多いように感じる。

エドウインのXVシリーズもこの流れにある商品群だといえるし、これの着用者はマイルドヤンキーに分類される方が多いように見える。(統計を取ったわけではなく、あくまでも筆者が見かけた体感による)

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(エドウインのXVシリーズ)

この手の商品はトレンドからも外れているし、筆者は好みではないのだが、底堅い需要があるのではないだろうか。不振の影響を被っているジーンズ専業メーカーはこの層に向けた商品を開発することで、大きく伸びることもないが大崩れもしない顧客層を手に入れることができるのではないだろうか。

男女ともジーンズへのこだわりが厚い40代・50代に向けた商品と、マイルドヤンキー的な非トレンド層に向けた商品を2本柱とすればジーンズブランドは小なりといえども安定した売上高が見込めるのではないかと考えている。

ただし、そうなった場合は、安定した売上高と引き換えにブランドイメージがあまり良くなくなるというデメリットもある。

けれども、従来通りにマスを狙った商品を模索しながら「ジーンズが売れない」と嘆いていても仕方がないわけであるから、思い切った手段を取ることも必要なのではないだろうか。

色あせても破れても着用できる

 先日、イタリアのジーンズカジュアルブランド「GAS」の来春夏展示会にお邪魔した。

そこでこんな記事にまとめさせていただいた。

http://a-mp.jp/article.php?id=1172

欧州ではブリーチジーンズとリペア加工ジーンズが最注目されているのだという。
シルエットは相変わらずスキニーとスリムテイパードで、こちらはここ数年変わらない。
シルエットが変わらないから色や加工での変化に注目が集まるのだろう。

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(ブリーチとリペア加工を施したGASのレディースジーンズ)

同じ時期に日本の老舗ジーンズ・カジュアルパンツブランド「ブルーウェイ」の今冬展示会にもお邪魔した。

トレンドのソースは全世界共通なのでこちらでもリペア加工風のものが提案されていた。
ブリーチについてはあまり注目していないようだが、かなり薄ブルーになるまで洗い加工を施したジーンズは提案されていた。

そこで印象的だったのが、ブルーウェイの担当者の言葉である。

「色落ちしても破れても着用できるというのはデニム生地アイテムだけです。他の生地やアイテムにない特殊性というのはその部分に尽きるような気がします」。

本来はジーンズというアイテムで考えたいところだが、デニム生地を使ったアイテム全般に敷衍してみるのが実情に即しているだろう。
デニムブルゾン、デニムシャツ、デニムワンピース、デニムスカートなども含める。

ワンウォッシュなりノンウォッシュなりの濃紺から使い込んで色が薄くなっていく。
変なシワができたりして、そのシワに沿って色が剥げ落ちていったりする。
それがデニムの味であり楽しさであるとされている。好き嫌いは別として。

で、いずれどこかの部分の生地が薄くなって破れる。

普通のアイテムならその時点で着用は無理である。
着用しても構わないが明らかに変だと周囲に思われる。

例えば、スーツ。
色あせたスーツ、ひざに穴が開いたスーツ、袖口が擦り切れたスーツ。
これは着用不能だろう。

スーツはフォーマルでありドレスであるからカジュアルアイテムで考えてみる。

例えばスエット。
色あせたくらいはOK。加工によっては細かく穴の開いた商品もある。
しかし、個人的にはそれはジーンズほど市民権を得ていないと感じる。

カジュアルなコート。
例えばメルトン素材のダッフルコートやPコート。

これだって色あせていたら変だし、穴が開いたら買い替えろということになるし、袖口が擦り切れていたらやっぱり見た目は良くない。

最近ではジーンズの考え方を取り入れて加工を施したTシャツやワークパンツも現れているが、発想の原点はデニム素材の経年変化からである。

さて、そういう意味では、欧州でブリーチ加工・リペア加工が最注目されているというのは、デニムという生地の特性に最注目した結果ではないかという気がする。
後付けだけど。

洗い加工を施されたジーンズに果たして目新しさがあるかというと疑問だ。
というのは、多くの消費者は2007年で終了した高額インポートジーンズブームの際に、いやというほど洗い加工の商品を見ているからだ。
あれから7年が経過している。
10代・20代の若者にとっての7年は長いが、オッサン世代にとっての7年なんてつい昨日のことのようなものである。
だから、加工への目新しさがマスで共有できるかという点においては疑問を感じてしまう。

デニム本来の特性を生かした打ち出しとしては洗い加工であるという分析・判断は適切なものだろう。
でも、かつての洗い加工への過度のこだわりが若者たちにとって「ジーンズはダサい」というイメージを抱かせた(トレンドがデニムボトムスからデニムトップスへ移行したことは承知しているが)ことも事実であると感じる。
やたらと「職人のこだわり」的な打ち出しが目立ち、「ジーンズは擦ってなんぼ」みたいな風潮が蔓延したことも、若者のジーンズ離れの一環であったのではないか。

これらは同じ要因の表と裏なので仕方がないとはいえ、物事のバランスを取ることはつくづく難しいと改めて感じさせられてしまう。

製造の多層構造こそが問題

 例年なら夏のバーゲンを8月末まで断続的に各商業施設をくまなく見て歩くのだが、今年は欲しい物がそれほどないことと、大手通販の在庫を格安販売している店舗の販売応援で忙しいのと相まって、7月上旬に一回りしたほかはほとんど売り場を見ていない。
だから売り場の雰囲気をつかめてはいないのだが、7月上旬に見て歩いた限りでは、毎年のことながら夏のバーゲンは盛り上がっていないと感じる。

正直なところ、日常セール(週末値引きやタイムセール)の延長線上にしか感じられない。

さて、筆者にとっては夏のセールとはその程度のものだが、畏友の釼英雄さんによると福岡・天神の「セオリー」はたった30%オフの割引率しかないにもかかわらず、バーゲンが大盛況なのだそうだ。

30%オフ程度だと日常セールとほとんど変わらない。
バーゲンだと50%オフは当たり前、70%オフも珍しくないご時世である。

30%OFFがお客を惹き付ける理由
http://blog.goo.ne.jp/souhaits225/e/74558a7b4d43d281a94108fab76a546a

さて、釼さんは、キャリア女性の心理やライフスタイルを事細かに書かれているが、女性心理や女性のライフスタイルに興味がない上に、理解する気もさっぱりない筆者にとっては、それが事実なのかどうなのかもわからない。
おそらくそうなのだろうということで話を進めさせていただく。

セオリーの商品定価は決して安くない。
ジャケットは4万円代、ボトムは2万円代、ドレスが2万円~7万円代である。
これが30%オフされたところで、昨今の低価格品を買い慣れている人間からすれば驚くほどの高値といえる。

それでも売れるのは、
1つには「セオリー」がブランドステイタスを確立できたことにあるだろう。
いくら「物」が良くてもそれが消費者に認知されていなければ、単なるマスターベーションの物作りである。
長年かけた広報・販促活動によって、消費者にブランドステイタスを浸透させることができたと見るべきだろう。
70%オフにしても売れないということは、それができていないブランドが世にいかに多いかということである。

もう一つの理由として釼さんは「セオリー」の商品の品質の高さを挙げておられる。
その上で、

ただ、「原価率を上げて、価格はブリッジラインを保つ」。そんな難しい課題を克服できるか。そのためにはもう一つのキーワード。「コストダウン」がカギになる。売価を押し上げている様々な中間コストにメスを入れなければならないということだ。

と提案されている。

一般的に「中間コスト」というと、問屋に代表される流通の多段階構造を指す場合が多い。
たしかに問屋だけならまだしも一次卸、二次卸、仲間卸など流通はこれまで多層構造で成り立っていた。
しかし、SPAブランド「ユニクロ」の隆盛によって、すべてとはいわないまでも、流通はある程度までシンプル化されている。問屋は絶滅させて良い業種ではない。在庫を抱えられない小規模小売店にとって問屋は必要不可欠な業態でもある。

現在、繊維・アパレル業界がメスを入れなくてはならないのは製造の多層構造である。

OEM/ODM企業が大小・零細を合わせて無数に国内には存在する。
それゆえ、資金さえ用意すればド素人だってオリジナル商品を作ることができる。
ODM企業に任せればデザイン画を書く必要すらない。自分の好みの商品の写真を見せて「こんな風にしてください」と伝えれば済む。

通常だと、OEM/ODM企業はそれぞれ単独で自社のスタッフないしは協力者によって、企画製造を進めると思われているがこれがそうではない。
ODM企業からOEM企業へ製造受注をする場合もある。
ODMのOEMとか、OEMのOEMのOEMなんていうマトリョーシカみたいな受注も実は珍しくない。

さらに言うなら、生地メーカーに代わって営業を行う生地ブローカーが存在するが、その生地ブローカーの営業をさらに代行する業者とか、工場とブローカーを結びつけるアドバイザーとかコーディネイターなんていう業者も存在する。

そして当然のことながら、それぞれにマージンが発生し、製品の原価率を上昇させる一因となっている。
ブランド側が原価率の上昇を飲まない場合は、その分、製造工場が工賃を値切られているということである。

釼さんの提示するように、原価率を多少上げつつ、商品のクオリティを格段に向上させるためには製造の多層構造をある程度までシンプル化する必要がある。
OEM/ODMがまったく必要ないとも、ブローカー、コーディネイター、アドバイザーをすべて排除すべきだとも思わないが、今よりは整理する必要はあるだろう。

果たして業界の抜本的改革が可能なのかどうか。
筆者は至難の業だと見ているが、これをやらねば製造工場は工賃をいつまで経っても上げることができないままだろう。

「〇〇産」だけでは価値にはならない

 今日は売り方について考えてみたい。

販促コンサルタントの藤村正宏さんのブログでこんな事例が紹介されている。

売れる商品があるというのは幻想。「編集力」を鍛えることが肝要。
http://www.ex-ma.com/blog/archives/909

タイトルはちょっと厳めしいが、内容は、アンティークのカギが1本5000円という高額な価格で売られているというもの。

単にカギとして売るのではなく、ちょっとしたストーリーを付加して売っている。
本文を読んでもらえればわかるが、これは「カギ」単体で売られている。錠前とセットではない。
カギ単体なんて所有していてもほとんどなんの使い道もない。
本文中に紹介されているPOPのように、せいぜいがキーホルダーかストラップとして使えるくらいだろう。

その前にこんな一文が付けられている。

Vintage Key
古い鍵・・・・この鍵で世界の何処かの扉が開くかもしれません。

この一文で使い道のない「カギ単体」に物語性を与えている。
記事によると、このカギは羽田空港の「南青山Shosaikan」という店で売られているそうだ。

これに対して、記事中では、

でも、この仕入れ値はたぶんかなり安いはずです。
ヨーロッパのフリーマーケットなどで、たくさん買ってきた感じです。

「世界の何処かの扉が開くかもしれません」という物語を付加することによって、その編集力で売っている。

物語性がありますよね。
商品そのものの意味を変えて、価値を創出した例です。

商品っていうのは「売れる商品」があるのではなくて、「売れる売り方」があるだけなんです。

とあり、まさしくその通りである。
これを「編集力」と呼ぶのが良いかどうかは筆者にはちょっとためらいがあるのだが、言わんとする内容はその通りだろう。

これに続いて、リンゴという果物の売り方についても示唆されている。

そのへんのスーパーで売っている98円の普通のリンゴにどういう価値をつけて売るか? ということを、グループの皆で考えるんです。
どういう価値をつけるか、という研修。

例えば「アップル」という言葉に引っかけてパソコンと関係させたり、聖書のアダムとイブの話を持ってきたり、栄養価からアプローチしてダイエットにいいとか、リンゴジュース、アップルパイ……。
リンゴ一つだけでも、売り方がものすごくたくさんある。

ただ、みんなそういうことを考えるのが面倒くさいから、「青森県産リンゴ98円」として売るだけ。

とある。

洋服業界は「青森県産リンゴ98円」という売り方を決して笑えない。
同じような売り方をしているではないか。
「Tシャツ1900円」「ダウンジャケット5900円」なんていう売り方は日常茶飯事だし、少し差別化を図る際には「日本製カットソー3900円」とか「岡山県産デニム12800円」という売り方をしている。

見てお分かりのように「青森県産リンゴ98円」と同じ売り方である。

で、とくにそういう傾向が顕著なのが、産地ブランドである。
産地なのだからそれを前面に訴えるのは当然だが、産地ブランドにも各社がある。
例えば、児島で洗い加工を施しているジーンズブランドはいくつもあるわけだから、単に「児島で洗ったジーンズ」だけの打ち出しだと、AブランドもBブランドもCブランドも消費者にとっては同じであり、それぞれにデザイン変化はあるものの、最終的には価格競争に陥りやすい。

「高野口産フェイクファー」とか「西脇産先染め織物」というだけでは付加価値にはなりにくい。
高野口でフェイクファーを製造している会社は何社もあるし、西脇で先染め織物を織っている会社は何社もある。
それぞれどういう特徴があるのかまでを説明しないと、外部から見た場合、甲社の生地も乙社の生地も丙社の生地も同じにしか見えない。

昨今、産地企業が自社オリジナルの製品ブランドを開始するケースが増えている。
産地企業だからこそ、「〇〇産」だけに頼らない売り方を模索するべきだと考えている。

光なくして影は存在できない

 大量生産・大量販売へのアンチテーゼとしてほとんど一点物に近い独立系デザイナーズブランドが静かに注目を集めているという。
デザインのテイストはおよそマスには受け入れられない。
大量生産・大量販売というとすぐに「ユニクロ」と名指しする人は多いが、何のことはない。
普通のアパレルはすべからく大量生産・大量販売である。
オンワード樫山、ワールド、エドウイン、すべて大量生産・大量販売が基本である。

誤解しないでもらいたいが、筆者は決して一点物に近いようなブランドに存在価値がないと言っているわけではない。存在価値はある。

そういう一点物に近い小規模デザイナーと国内生地メーカーがもっと密に組むのはどうか?という議論が先日あった。

これも反対はしない。
話題作りとしてはデザイナー側、生地メーカー側ともにプラスになることが多い。

しかし、生地工場の生産ラインをそういうデザイナーズブランドが支えきれるかというとこれは疑問を呈さざるをえない。
生地工場はある程度の大量生産が基本である。
最近では「1反からでも別注生地を織る」という機屋もチラホラとあらわれているが、そういう機屋でも1反の別注生地ばかりの注文だとあえなく会社は破綻してしまう。

どこかからある程度まとまった量の受注を得る必要があり、量産なしに機屋を経営することはほとんど不可能だろう。

1反別注を受けても良いが、それは量産があってこそできる取り組みである。

これは仮定の話だが、そういう一点物に近い小規模デザイナーズブランドにブームが訪れたとして、小規模デザイナーズブランドの数が今の何倍にも増えれば生地メーカーは潤うのだろうか?
筆者は到底潤うとは思えない。

なぜなら、彼らの1ブランドあたりの生産規模はどんなにブームになろうともそれほど増えないと考えられるからである。

OEM生産では1型100枚がだいたいどのアイテムも目安になるミニマムロットだが、100枚製造したところで必要となる生地はどれほどかというと、洋服1枚当たりの用尺が平均2メートルとすると、100枚だと200メートルの生地が必要となる。
生地1反の長さは50メートルだから200メートルだと4反である。

1反でだいたい25枚の洋服が製造できる。

生地1反での別注を欲しがるブランドが多いということは、彼らは25枚しか販売能力がないということになる。
で、一点物に近いブランドというのは1型25枚以下の生産しかしていないということにもなる。

そういう彼らのみで織布工場が支えられるとは到底思えない。
彼らに対する販売のみで生計を織布工場が生計を立てるとなると、個人が手織りするような生産体制でないと無理だろう。
手織りだから価格は高くなる。たとえば1メートル1万円くらいの生地になってしまうだろう。
2メートルで2万円の生地を使って縫製した洋服は最低でも販売価格は5万円を越える。
そんな洋服がブームを呼ぶだろうか?

現実的に1点物に近い小規模デザイナーが生地メーカーと組めるような状況になるためには、生地メーカーにそれなりの量産オーダーが入り続けていることが前提にならざるを得ない。
そうなると、大量生産・大量販売の通常のアパレルブランドがある程度の好調を持続し続けなくてはならない。

小規模デザイナーが自由にモノづくりをするためには、大量生産アパレルの好調が必要なのではないか。
生地の量産ができるからこそ、生地メーカーにもゆとりができ、そういうデザイナーズブランドとの取り組みが可能になるのではないだろうか。

いささか逆説的だが、量産アパレルの存在なくしては小規模デザイナーズブランドは成り立たないのではないかと感じるが、みなさんはどうお考えだろうか?

アウトレット店のみでは・・・・・

 連休前にこんな記事を発見した。

「クリア」今秋復活、関西に4出店
http://www.senken.co.jp/news/clear-kstyle/

クリアというと、エレガンス系のレディースブランドとして関西圏では名高かった。
好調時には関西圏以外にも出店しており、ピーク時には10店舗強を展開していたと記憶している。
クリアはヴイクという会社が経営していたが、昨年秋でアウトレットを含む直営全店を閉鎖した。

新生クリアはどうなるのかというと、

エレガンスブランド「クリア」がアラサー向けとして今秋、復活する。婦人服のOEM(相手先ブランドによる生産)を主な事業とするケイスタイル(大阪市、梶田修平社長)がクリアの直営店、ネット販売事業を始める。9月に4店を新設する計画で、1号店は9月12日クリスタ長堀にオープンする。

同社は今年1月、クリアの商標権を取得した。クリアはもともとヴイクが開発、00年代のエレガンスブームをリードしてきた。

とある。

ヴイクは今年1月にケイスタイルへ「クリア」の商標権を売却したということである。

2000年代のエレガンスブームをけん引したブランドの一つであるが、2000年代後半には失速しており、直営店舗数を減らし始めている。
2000年代後半以降に多数の古株スタッフも退職している。

元々はセレクトショップとしてスタートしたが、店頭を断続的に眺めていた限りにおいては、自社製品比率が上昇するとともに勢いを失った印象がある。
とくに2000年代後半は構成比率で半数以上が自社製品だったのではないかと見える。

どこのセレクトショップにも付き物の悩みである。
店舗構成と利益確保においては自社製品の差し込みは必要不可欠だが、自社製品比率が高まりすぎるとショップの味が薄まってコアなファンが離れるというジレンマがある。

2000年代後半からはアウトレットモールへの出店を強化している。
関係者によると、アウトレットモールの売れ行きは好調にスタートしたという。

正規直営店の売れ行きがやや鈍化しても、ブランドステイタスはあったということだ。
値ごろ感のあるアウトレット商品なら欲しいという消費者が多かったわけである。

退職した古株スタッフに2010年代に何度かお会いしたことがある。
彼らによると「収益が悪化した正規直営店を減らして、好調なアウトレットとネット通販を強化する方針になった。正規直営店は全店閉鎖もありうる」とのことで、驚かされたことを覚えている。

実際に彼らの言葉通り、アウトレット店よりも先に正規直営店は全店閉鎖となっている。
昨年秋に「直営全店閉店」と書いたが、昨年秋に閉店したのはすべてアウトレット店であり、正規直営店はそれよりも前に全店閉店となっている。
ちなみにオンライン通販サイトもアウトレット以前に閉店となっていたようだ。

筆者は、不調な正規直営店を全店閉鎖して、好調なアウトレット店を拡大するという経営者判断に驚かされた。
不採算店舗を廃止して好調店を拡大するというのは定石といえるが、正規店を廃止してアウトレット店のみにするというのはブランドビジネスとしてはおよそ定石とは言えない。

正規直営店のないブランドのアウトレット品に価値があるかというと、それはありえない。

正規品はブランドステイタスがあるが高くて手が出ない。だから、値ごろ感のあるアウトレットを買いたい(それがたとえアウトレット専用に格安で製造されていたとしても)わけである。

正規品がなくなったブランドのアウトレットに対して消費者が価値を見出すはずがない。
正規品がなくなってしばらくの間はそれでも以前のイメージが残っているので、アウトレットもそれなりに動くだろう。
しかし、何年か経過すると正規品のイメージは消費者から消える。
そうなるとアウトレットも動かなくなる。

長年ブランドビジネスをやってきた会社がどうしてこんな基本的なことに気が付かないのかと不思議でならない。

多少利益面が悪くても正規直営店は1~2店舗で継続すべきだったのではないか。
効率のみを追及した経営は早晩行き詰るのだろう。
とくにブランドビジネスにおいては効率のみでは立ち行かなくなる。

旧クリアの消失はそれを証明しているように思える。

さて、9月から立ち上がる新生クリアだが、どうなるのだろうか。
一先ず期待しつつ見守りたい。

告知

 今日は祭日なのでチラっと告知のみに。

6月から、Ampというサイトに寄稿することになった。

http://a-mp.jp/

何を書くかは自由裁量なのだが、一応、招待された展示会や内覧会の紹介をメインにしようかと思っている。
今月はこんな記事を3本アップした。

http://a-mp.jp/article.php?id=991

http://a-mp.jp/article.php?id=845

http://a-mp.jp/article.php?id=638

もし、取材をご希望されるメーカーやブランドがあるならご連絡ください。
時間の許す限りお邪魔させていただきます。

今後は決算発表や業界まとめみたいなこともアップしていきたいと考えているが、いつになることやら。
( ̄ー ̄)ニヤリッ

それではまた明日(・ω・)ノ

日暮れて道遠し

 最近すっかり年を取ったと感じる。
今年で44歳なのだから、世間的に見れば立派なくたびれたおっさんである。

以前、アウトドアブランドの展示会で「最近はフリース人気が復活しています」と聴いたときには驚いた。
なぜなら、フリースジャケットはユニクロのかつての爆発的なブームのおかげで、「安物イメージ」が定着したアイテムだったからだ。

ところがブランドの企画マンから「ユニクロのフリースブームは98年ごろなのであれから現在まで15年以上が経過しています。あのとき10歳だった子が今、25歳になっているわけです。彼らにはユニクロのフリースブームの記憶がありません」との説明されたときに、衝撃が走った。
筆者にとっては昨日のことのように鮮明に記憶されているユニクロのフリースブームが、もう15年も前のことで、その当時の10歳だった子らが、もう25歳を超えている。

いやはや、年を取るわけである。

ちなみにユニクロの影響で苦戦が始まっているのが、軽量ダウンジャケットであるそうだ。
現代の若き消費者にとって軽量ダウンジャケットはどうもウルトラライトジャケットとダブって見えるらしい。
これはこれで面白い現象といえる。

先日、日経ビジネスオンラインでハイウエストボトムスのことを書いた。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/report/20140707/268232/

今年4月に行われた「リー」の今秋冬向け展示会でハイウエストスキニーパンツが出展されていたが、白シャツと合わせたマネキンボディはどうみても全盛時代のW浅野にしか見えない。
セーターのプロデューサー巻きも加わっているから余計にそう見えて仕方がない。

リーの「ハイウエストスキニー」

記事中にも書いたが、ボトムスの標準がローライズになったのは、2000年ごろである。
96年ごろに買ったボブソン「04ジーンズ」の股上も深かったし、98年ごろに所有していたビンテージレプリカジーンズの股上も深かった。
2000年ごろにローライズ化したのはレディース先行だったので、メンズのローライズ化はさらにそのあとということになる。
体感だがメンズのローライズが完全に移行したのは2004年とか2005年ごろではなかっただろうか。

だから筆者のようなオッサンにとってはローライズ化したのは昨日のことのような気がするのだが、それでもレディースで14年、メンズで10年強が経過していることになり、今の若い人たちがハイウエスト時代を知らなくても不思議ではない。

当時10歳だった子が20~24歳になっており、その前後の年代の人がハイウエストボトムスに斬新さを感じても当然であろう。

ただ、今後、ハイウエストのトレンドが加速したと仮定しても筆者は穿かないだろうと思う。
やっぱり10年強前までのイメージが強すぎる。

そして新しいトレンドに新鮮さを感じずに、むしろ、昔っぽいと感じるようになったということは筆者は確実にオッサン化しているといえる。

そういえば、亡き母も筆者と同じ年齢のころ(25年前)によく「今の流行りの服装は、ン年前の〇〇の焼き直しみたい」とぼやいていたが、今の筆者のような心境だったのだろう。

さてさて、いよいよ「日暮れて道遠し」である。
まさに伍子胥の心境である。

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