月別: 2月 2017 (1ページ / 2ページ)

行き過ぎた前年実績主義でますます衣料品は売れなくなる

 洋服が売れない理由はさまざまあるが、その一つに「前年実績主義」がある。

これはPOSの発達による部分も大きいとは思うが、前年売れた物を再度投入するというやり方だ。
もちろん、洋服には「定番」と「シーズン物」「トレンド物」があり、「定番」は文字通りの定番品なので何シーズンにも渡って販売されるのは当然といえるが、昨今の不振ブランド、不振店の多くは「シーズン物」「トレンド品」までを前年実績主義で品揃えしてしまう。

これには、各社の「失敗したくない」というチビった姿勢が表れているのだが、結局、上層部を説得する材料が「前年実績」しかないからだろう。

意見を押し通せない現場もだらしないし、単純に前年実績でしか判断できない上層部も情けない。
上も下もそうだからブランド全体、社全体が低迷するのは当然の結果といえる。

定番品とシーズン物、トレンド物の構成比率は当たり前だが工夫する必要がある。
ブランドや店ごとにコンセプトや売り上げ目標に対してその構成比率は変わる。
このあたりの計数管理はマーチャンダイザーの仕事であり、その職務経験のない筆者に教える能力はない。

佐藤正臣さんあたりに習われた方が良いだろう。
http://www.apalog.com/fashion_soroban/

それはさておき。

チビってブルっている各社は過度に前年実績主義にすがるから、何年間も同じ物が売り続けられることになる。
そういう商品が1型とか2型とか程度で展開されるなら何の問題もないが、定番品でもないのに何年間も同じ物が数多く売られ過ぎていることが問題なのである。

先日、アクセサリー・ファッション雑貨向けのある部材メーカーにお邪魔した。

さまざまな百貨店向けアパレルとの付き合いがある会社なのだが、チビってブルっている百貨店向けアパレルは、もう何年間も同じ商品を発注し続けてくるのだという。
デザインを買えるわけでもなく、アレンジのやり方を変更するわけでもなく、形は同じでせいぜい色柄を変えるだけの発注をもう10年間も続けているブランドもある。

メーカー側としては、デザイン変更も提案したし、アレンジ変更も提案したが、ブランド側が「前年実績通りで」という返事しか出さないため、10年間同じ商品を作り続けている。
メーカー側は「10年も同じ商品を投入し続ければ売れなくなるのは当たり前」と吐き捨てるが、まさにその通りである。

また別の衣料品メーカーでは、3年前にそこそこのヒットを出した商品を、ほとんど変えることなく投入し続けているが、やはり売上高が鈍ってきているとのこと。
商品のプランニング担当者は「同じ商品を3年も投入し続けたら飽きられるのは確実。初年度は新規性で売れる。二年目は昨年買えなかった人が買うから売れる。でも3年目は行き渡っているし、飽きられているから売れなくなるのは当然」と指摘するが、上層部が「前年実績」に固執した結果、そういう商品政策となってしまっている。

これで4年目も変わらなければ、この衣料品メーカーの業績はさらに低下するだけだろう。

どんなにバカ売れした商品だって何年間も同じ物を投入し続ければ、売れなくなるのは当たり前で、かつてのユニクロのフリースだって、大ヒットの反動で大ブレーキとなり、売上高が激減した時期がある。
2002年あたりのことだ。

今でもフリースは売られているが、店頭での展開数量は2000年ごろと比べると圧倒的に少ない。
2016年秋冬シーズンなんてフリースの存在感はほとんどない。
根強いファンがいるので、店頭には並んでいるが、数量は全盛期の何分の1という程度である。

考えてみれば当たり前のことで、いくら何百万枚売ろうが、複数年に渡って展開し続ければ多くの人は所有するようになっているし飽きている。
新色・新柄投入といったって根本的には何も変わっていないのだから、買われなくなるのは何の不思議もない。

毎年秋冬にユニクロのフリースを複数枚買い続ける人間なんて存在しない。

需要はゼロにはならない。買い替え需要もあるだろうし、今まで持ってなかった人が買ってみたいという場合もある。しかし、その枚数は全盛期とはケタ違いに少ない。
需要と供給とはそういうもので、服に限らずiPhoneでも自動車でも液晶テレビでも永遠に同じ数量だけ売れ続ける商品なんてものはこの世にはない。

定番品は別として前年継続品があるのはかまわない。
問題の本質は、前年継続品番があまりにも多すぎることである。

これによって店頭は新鮮味がなくなるし、各社から類似品も出回り店頭が一挙に同質化してしまう。
同じようなものなら、値段の安いところで買おうと思う人が増えるのは自然な流れである。

前にもこのブログで書いたが、3年位前まで、秋冬の大型スーパーの肌着売り場には「保温ステテコ」「発熱ステテコ」なる珍妙な商品が数多く並んでいた。

そもそもステテコというのは、春夏向けのズボン下(ズボンの下に穿く肌着。汗でズボンの裏地が肌に貼り付くことを防ぐ)であり、秋冬にはパッチ・股引と呼ばれる保温肌着が古くから存在する。

はっきりといえば、パッチ・股引・タイツがあるから、秋冬向けの保温ステテコなんていう商品は存在意義がない。

じゃあ、どうしてこんな珍妙な商品が数多く並んでいたのかというと、アホみたいな「前年実績主義」の賜物である。

2010年くらいから春夏の部屋着として、色柄を工夫したステテコが注目を集めた。
2011年の電力不足からそのステテコブームが拡大して、各社とも相当な売れ行きとなった。

2012年もその人気はある程度続く。2013年になると人気は陰り始める。
2014年には終わった。

しかし、前年実績主義でやると肌着売り場には「ステテコ」という商品の前年実績がある。
この「ステテコの前年実績」を守るためには春夏で落ち込んだ分を、秋冬で稼がないといけない。
かくして秋冬向けの「保温ステテコ」なんていう意味の分からない商品が作られて並べられた。

2016年秋冬の売り場では見たことがないので、各社とも大爆死で終わったのだろう。

当たり前だ。こんなに存在意義のない商品が売れるほど世の中は甘くない。

「ステテコの前年実績をキープせよ」と命じた大型スーパーの経営陣が一番のアホで、それに従った現場、メーカーも結果的にはアホだった。

これが「過度な前年実績主義」であり、百貨店も大型スーパーもその病に根元まで冒されている。
そして「保温ステテコ」みたいな意味の分からない商品を作っている。
そりゃ、衣料品・ファッション雑貨が売れなくなるわけである。




理想を実現できなかった我が国のSPAアパレル

 ちょっと様々なご意見をいただきたいのだが、現在の国内アパレル業界におけるSPA(製造小売り)というのは、その昔に提唱された理想形態とはずいぶんと異なっているのではないかと思う。

米国でのGAPの成功を受けて、国内でもSPAという業態に強い関心が集まったのは90年代からである。

とくにバブル崩壊後は新しい売り方としてさらに期待が集まった。
97年から2003年まで出席していたワールドの決算会見では、当時の寺井秀蔵社長が、毎回嬉々として誇らしげに「今期は卸売り業態の構成比率を〇〇%縮小しました」と報告していたことを記憶している。

ワールドに限らず、オンワード樫山、ファイブフォックス、三陽商会、TSI(当時はサンエーインターと東京スタイル)、イトキンなどの大手アパレル各社は卸売りから急速に直営店を軸としたSPA化にシフトして、今に至っている。

その結果が今の大苦戦である。

また2000年以降はこれら大手以外の中規模・小規模アパレルもSPA化に舵を切って、SPAブランドなんて特に大資本でなくても実現できるようになって現在に至っている。

その昔、SPAが提唱されたころは、企画製造業者が直営販売を行うことで、中間業者を排除でき、その中間業者に支払うマージンがカットできることから、良い品を割安で販売することができると説かれていた。
また、中間業者を排除することで、企画製造業者は高い利益を手にすることができると説かれていた。

しかるに現在の業界の情勢はどうだろうか。
高い利益を手に出来ているSPA業者などほんの一握りだろう。

誇らしげに卸売り業態を圧縮し続けてきたワールドだってあの体たらくであり、旧大手各社も同様であり、SPA化による高い利益率というのはどうやら幻想に終わったといえるのではないだろうか。

たしかに店頭の商品価格は平均的に90年代よりは下がっていると感じられるが、その一方で、髙い利益率は実現できていない。

これはなぜだろうか。

業界に詳しい方々はよくご存知だろうが、業界に詳しくない方々は収益が高くないこと自体をご存知ないのではないかと思う。

SPA化が進んでから急速にOEM(製造のみ請負)・ODM(デザイン作業から製造までの請負)業者が増えた。

SPA化が進んだから業者が増えたのか、業者が増えたからSPA化が高まったのかそのあたりの前後関係は判然としない。

最近では、ブランドの設計・商品デザイン・製造までを請け負うOBMなんていう業者も出現し、アパレルの丸投げはここに極まったともいえる。

例えば、SPAで知られているブランドがあるとする。
このブランドは、OEM・ODM業者に商品づくりを丸投げしている。
デザインから丸投げなんていうブランドはまったく珍しくない。

で、業者の方は、このSPAブランドに対して「卸している」という表現を使う。
SPAブランドは「業者から仕入れている」という。
この言葉の使い方は業界では日常茶飯事である。

ということは、多くのSPAブランドは単なる小売業者であり、旧卸売り型アパレルの機能は、OEM・ODM業者が引き継いでいるということになる。

昔のアパレルが、小売店に対して卸売りをしていた構図と何も変わらないのである。
昔のアパレルは、中間に「問屋」と呼ばれる業者を挟んで、小売店へ卸すことが多かった。
当然、問屋のマージンが乗せられて、小売店へ卸される。
この問屋が何重にも重なっている場合もあり、一次問屋・二次問屋なんていう形もあった。

当然、それぞれの段階で少しずつマージンが上乗せされるから、小売店の店頭価格は高くなった。

だから、SPA化が説かれたときには、問屋不要論が過剰に注目され、中間マージンの排除によって店頭価格が安くなり、業者は高利益を得ることができるとされた。

ところが現実は何も変わっていない。
安売り競争の蔓延によって、店頭価格が抑制されている分だけ、製造業者の得る利益は減少した。

これが今のアパレル業界である。

その理由の一つに、OEM・ODM業者の介在が挙げられるが、企画製造機能を放棄したアパレルや、もとより企画製造機能そのものがない大手セレクトショップが、OEM・ODM業者なしで商品の企画製造はできないのが実態である。

OEM・ODM業者を完全に排除しては最早、多くのブランド、セレクトショップは商品の企画製造ができないのである。

問題は業者の存在ではなく、業者の使い方がおかしい点にある。

ブランドやアパレルがOEM・ODM業者を介在させるのは当然として、かつての何重もの問屋のように、OEM/ODM業者を何重にも介在させることが今では珍しくなくなっている。
当然、そのたびに少しずつマージンは上乗せされるが、店頭価格を大幅に上げることはできないので、結果的に利益を削るということになるし、業者も少ないマージンで使われるという事態に陥っている。

例えば

ブランド⇒ODM業者⇒コーディネイター⇒OEM業者

なんていう多重構造で商品を企画製造していることは珍しくない。

どうしてこんな多重構造になるかというと、上の事例で説明すると、ブランドがいつも使っているODM業者に依頼する。しかし、この業者の不得意なアイテムが含まれている。

そうするとこのODM業者はそのアイテムを得意とする別の業者に依頼するのである。

別の業者に直接心当たりがあれば別だが、なければ、「〇〇の得意な業者を紹介してよ」とコーディネイターやブローカーのような人に依頼する。当然ここにも何らかの報酬が発生する。

この企画製造業者の多重構造こそが、国内SPAブランドが高い収益性を実現できなかった要因の一つといえる。

これを放置したままで、価格競争をしても業界は疲弊してしまい、もうすでにその疲弊度合いはかなり高まっているといえる。

逆にあれほど嫌われていた卸売り業態が、現在のワールドでは再び評価を受けているし、別の某アパレルでも小規模ながら卸売り業態は高収益を確保して評価を受けている。

SPAブランドは製造の多重構造と低価格化によって収益をすり減らしており、評価は低い。

この状況を打破するためには、今の時点では実現が不可能に近いかもしれないが、

1、アパレル各社が企画製造機能を再度強める
2、OEM/ODM業者の多重構造をやめる(完全排除ではない)

の2点の取り組みが必要だと考える。

ただし、実現できる可能性は非常に低い。
生き残りたいアパレル、ブランド、セレクトショップ、製造加工業者はどのようにして新しい構造を作るのかを考える必要がある。




自社・自ブランド・自店に対する希望的観測は捨てよう

 毎朝、顔を洗う時に多くの人は鏡を見る。
髪の毛をセットするときにも鏡を見る。

たしか、遠藤周作のエッセイだったと記憶しているが、「自分も含めてどんなブサイクな男女でも鏡で自分の顔を見ると、まんざらでもないと思ってしまう」というようなことが書かれてあって、確かに言いえて妙だと感じる。

で、自分が撮影された写真やら動画やらを見ると、その根拠のない自信は脆くも崩れ去ってしまう。(筆者の体験)
第三者の視点でとらえられた写真やら動画は、世間から見られている己の姿で、容姿が残念な人は筆者も含めてそれは事実として映し出される。

だから筆者は自分の画像や動画が嫌いであり、なるべく写真を撮らないようにしている。

遠藤周作のエッセイは個人の容貌の問題をとらえたものだが、実は会社、企業、組織、ブランドも他人から見る視点と自分たちが思っている立場は乖離している場合が多い。
どうしても自社、自ブランドについては希望的観測・楽観的視点を多く盛り込んでしまいがちで、その楽観的視点で練られた方針・作戦は、事実に立脚していないため失敗に終わる。

先日、こんな話を聞いた。

某百貨店がレディースの靴売り場で2万円未満の商品を全廃し、最低価格を2万円にしたいと靴メーカーに打診があったそうだ。

その理由は「阪急百貨店うめだ本店がそういう売り場構成をして好評だから」だという。

ちょっと冷静に考えてもらいたい。

阪急百貨店うめだ本店と自店の客層はまったく同じなのか?
客単価はまったく同じなのか?
立地条件はまったく同じなのか?
ステイタス性はまったく同じなのか?

これらの要素がまったく同じならば、そういう商品構成に変化させてもそれなりに売上高が取れるだろう。
しかし、それらの要素が異なるなら、売上高は稼げずにさらに売り上げ不振に陥る。

なぜなら、その売り方は「阪急百貨店うめだ本店に適したやり方」だからだ。
他の百貨店に適したやり方ではないからだ。

こういう話は本当に業界には掃いて捨てるほどある。

いわく「伊勢丹新宿店がやっているから当社も」
いわく「ロンハーマンが好調だから当社も」
いわく「エルメスのあの商品が好調だから当社も」

などなどだ。

アホかと。

エルメスと同じステイタス性、ブランド力があるのだろうか。
ロンハーマンと同じ(以下同文)
新宿伊勢丹と同じ(以下同文)

第三者から見ればこれほど簡単なことがなぜ当事者にはわからないのだろうと不思議でならない。

おそらく、その心理は「鏡で自分の顔を見て『まんざらでもない』と思ってしまうブサイクな男女」と同じなのではないかと考えられる。

当事者はどうしても自分のことは甘めに、希望的観測をふんだんに盛り込んで考えてしまいがちだ。

しかし、そんな甘い考え方では正しいやり方にはならないし、やり方が正しくないなら導き出される結果も正しくない。

心を鬼にして、不細工な自ら写真や動画を見続けるほかない。
そこに立脚してさまざまな施策を考えるべきだろう。

「自分で思っていたよりも太っているからダイエットする必要がある」とか「思っていたよりハゲかけているから髪型を工夫しなくてはならない」とか、残酷な現実を受け止めることで初めて効果的な施策を考え付くことができる。

以前にも書いたが、某大手アパレルの部長が素材メーカーに「ユニクロでバカ売れしたのと同じ素材を売ってほしい」と飛び込んできたことがあるが、この部長も「鏡を見てまんざらでもない」と思うタイプの人間だろう。

商品そのもののデザインも、価格設定も、店舗数も、客層もすべてがユニクロと異なるのに、素材だけ同じ物を使っても同じくらいの数量が売れるはずもない。

昨今流行りの産地ブランドも同じだ。

「欧米のラグジュアリーブランドと同じ生地を使っているから、値段も同じくらいに設定したい」なんていう妄言は何度も耳にしたことがある。

まずは「鏡を見てまんざらでもない」と思わなくなる訓練をする必要があるのではないか。



ぐうたら社会学 (集英社文庫)
遠藤周作
集英社
2014-03-07




「カッコイイ」と「ダサい」の判断基準があいまい過ぎてよく分からない

 筆者も含めた一般消費者がオサレなファッソニスタを別世界の人間のように感じる理由の一つに、彼らのいう「オシャレ」の判断基準があいまい過ぎて理解不能だという点があるからだ。

一般人からすると明らかに「変」「奇抜過ぎる」「ダサい」と感じるアイテムや着こなしを「オシャレ」「クール」「抜け感がある」などと言って評価する。その評価基準があまりにもわかりにくい。
ファッソニスタの多くはほとんど非理論的で感覚的な人が多いから、その判断基準も極めて曖昧模糊とした感覚的なものだと考えられるが、そんな曖昧模糊とした判断基準を一般人が包括的に理解し、それをわが身に取り込むことは至難の業だし、そんな異様にめんどくさい作業をしてまで「オシャレ」になる必要性もまったく感じられない。

かくして一般人は、ファッソニスタを別世界の住人だとして関知しないようにする。当然の結果だろう。
それによってさらにファッショニスタたちは「オタク度」を高めてゆくという好循環を繰り返すわけである。

数日前からYEEZYというアディダスとカニエ・ウエストのコラボスニーカーが話題になっている。
「かっこいい」という話題ではなく、「ダンロップのスニーカーに似てないか?」という話題である。

これを上手くまとめているのがたびたび紹介している山田耕史さんのブログだ。

カニエ・ウエストブランドの人気スニーカーの元ネタ、ダンロップ説。
http://t-f-n.blogspot.jp/2017/02/yeezy-runner.html

各商品の画像をふんだんに取り込んで比較させているので、非常にわかりやすい。
ぜひ、全文をお読みいただきたい。

このスニーカーを単品で見ると、正直なところカッコイイとは到底思えない。
各氏が指摘するようにダンロップのスニーカーにそっくりである。

ダンロップのスニーカーというのは世間的にどういう位置づけかというと、「安くてダサい」である。
そこら辺のイケてない初老のオッサンが靴流通センターあたりで1900円くらいで買ってきて普段履きしているダサいスニーカーというのが、一般人が抱くダンロップのスニーカーに対する普遍的なイメージである。

61-220-1

(我らがダンロップの代表的モデル)
http://item.rakuten.co.jp/mode-shoes/61-220/

おそらく、このスニーカーを激褒めしているファッソニスタたちに質問しても「ダンロップのスニーカーは安くてダサい」と答えるだろう。

しかし、よく似たデザインの蟹江敬三 カニエ・ウエストモデルは「カッコイイ」「オシャレ」だと評価する。

一般人からするとその判断基準が全く理解できないし、単なるダブルスタンダードだとしか思えないわけである。筆者もその判断基準は理解できない。

まあ、せいぜい、「アディダスだからだろうな」とか「蟹江・ウエストだからだろうな」という理由しか思い当たらず、似たようなデザインでも発売元が違えばOKなのかという根本的な疑問は残ったままである。

スニーカーに限らず、こういうことは多くある。
その判断基準がもう少し論理的・非感覚的にならなければ、ファッショニスタはますます一般人から隔離されたオタク化を深めることになるだけだろう。

それはさておき。

今までイケていたものがダサいとなり、ダサかったものがカッコイイとなることは、ファッションにおいてはよくある。

80年代にはイケてたケミカルウォッシュジーンズが、90年代半ばには「超ダサい」アイテムの代名詞になってしまった。
逆に今後、ダンロップのスニーカーがイケてると見られるようになる可能性もゼロではない。

2012年のまとめ記事だが、これが今現状のダンロップのスニーカーに対する大衆の評価である。

【徹底討論】 なぜお前らは自分の意思でダンロップの靴を選ぶのか
http://mudainodqnment.ldblog.jp/archives/1713810.html

ここではダンロップの愛好者はダンロッパーと総称されている。

今回のように予期せぬ形でダンロップのスニーカーが注目されると、同じ「安いダサい」カテゴリーの横並びブランドとして知られるブリヂストンとスポルディングのスニーカーにも脚光が浴びることがあるのかどうかが気になる。

愛好者数の多さと「安いダサい」度合の髙さでいくと、ダンロップに並ぶのがスポルディングとブリヂストンだと考えられる。

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(ブリヂストンはこんな感じ)

実は筆者も大学生のころ、近所の靴流通センターで1900円くらいで買った白のブリヂストンのスニーカーを愛用していた時期がある。

このブログの読者ならご存知だと思うが、筆者は大学を卒業するまでまるでファッションには興味がなく、母親に買い与えられたジャスコとイズミヤの1900円くらいの洋服で常に過ごしていた。
靴については今まで触れる機会がなかったが、靴ももちろん同じレベルだった。

買う場所はだいたいジャスコかイズミヤ、あとは近所にあった靴流通センターだった。

あと、そこら辺のモサっとした親爺が普段履きしているスポルディングのスニーカーもなかなか捨てがたい味わいがある。

ダンロップに続いてスポルディングやらブリヂストンやらのスニーカーが注目を集めるような驚天動地の事態が起きるかどうかに期待したい。




今春のワイドパンツは昔のように裾を引きずる長さはNG

 今日は柄にもなくトレンドのことでも書いてみようかと思う。

自分のオサレ度に自信を持っている人は男女を問わずちょっとめんどくさいと感じる。
なんだろうか、その自信に満ちた表情を何らかの形で踏みにじってやりたいなんて思うのはたぶん筆者の人間性が歪んでいるせいだろう。(笑)

それはさておき。

これまで細身のスキニーシルエット一辺倒だったパンツだが、一昨年くらいからワイドシルエットがトレンドに浮上してきた。
今年の春夏はそのワイドパンツ類の着用者がさらに増えそうな気配があり、各社ともワイドパンツの提案が増えている。

逆にスキニー人気もそこそこに根強く、先端ファッションブランドはどうだかしらないが、筆者が利用するマス層向けの店なら、スキニーがベースで、そこにワイドがプラスされる感じである。

こういうトレンドの話になると、太いか細いかに注目する人が業界内でも多いのだが、現在のトレンド傾向は、実は太くても細くても一つだけ変わらない部分がある。

それは「丈」である。
ジョーではない。カタカナにするとレングスである。
英語のスペルだとlength。

要するに丈の長さである。

スキニーシルエットが08年に主流となって以降、ズボンの丈は少し短めが主流になった。
真冬でもくるぶしが見えるくらいの丈が男女ともに主流になった。それは今も変わらない。

昔、といっても10年ほど前までは長らく「ズボンの丈は靴の上にワンクッション乗るくらいが最適」とされてきたが、スキニー全盛になり、その後、アンクル丈や7分丈ズボンが発売されたことによって、「靴の上ギリギリくらいのノンクッション丈」が新しいスタンダードになった。

筆者の親世代(70代)なら、「丈が短すぎる」と感じるだろうが、これが新しい標準になってすでに7年くらいが経過している。

元来、股下が短く、腰の位置が下についている人が多い日本人にとって、ワイドパンツは似合いにくいとされてきたし、筆者もそう感じる。
要するに短足にワイドパンツは似合わないことが多く、さらにいえば、ワイドパンツでワンクッションの丈の長さにしてしまえば、地面に裾を引きずるようになって見た目にもだらしなくなる。

だからという部分も含めて2008年以前のワイドパンツブームはどれもこれも業界が煽るほどには広がらずに、いつも一部の人たちだけのトレンドで終息してきた。

同じ着こなしなら、今回のワイドパンツブームもあまり広がらないと考えていたが、今回のワイドパンツは丈がノンクッションで短いのが主流である。
スキニーと丈の長さは同じなのである。
さらにいえば、裾が少し細くなったテイパードシルエットのほうがどんな人にも似あいやすい。

要するに、太さには違いがあるが、丈の長さは同じであり、同じ靴が着用できるということになる。

かつての丈長めのワイドパンツなら履く靴を変えなくてはならなかったが、今回のワイドパンツは履く靴は変えなくても良いということになる。

スキニーは丈が短いので靴底がフラットなスニーカーを合わせられるが、もし、丈の長いワイドパンツを穿くとスニーカーなら裾を引きずってしまう。
必然的に、男性ならかかとがついたワークブーツ類、女性ならかかとのあるヒールやパンプス類を合わせることになる。

しかし、今回のワイドパンツはくるぶしくらいまでの丈なのでスキニーと同じスニーカーを合わせることができる。

極論をいえば、今回のワイドパンツはスキニーの亜流・変型版ともいえるだろう。

先日、お邪魔したジョンブルの今春夏向け展示会でも、ゆとりのあるシルエットのパンツをくるぶし丈で提案しており、2005年当時の引きずるような丈の長さとは全く異なる。今後はこれが主流になると考えられる。

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(今春夏のジョンブルのワイドパンツ)

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(2005年の裾を引きずるようなジーンズ)
http://www.rakuten.co.jp/joy/757113/767120/

ついでにいうと、春夏シーズンというのは体形が残念な男女にとって、ワイドパンツを合わせやすい季節でもある。

呼び名は様々あるが、大概の人がそれなりにカッコよく見える着こなしに3つのシルエットがある。

1、トップスがタイトでボトムスがワイド (Aライン)
2、トップスがタイトでボトムスもタイト (Iライン)
3、トップスがワイドでボトムスがタイト (YラインまたはVライン)

である。

逆によほど顔も体形も整っていないと難しいのが、上下ともにワイドなシルエットでそろえることである。
そこら辺の人間がやってしまえば、90年代のイケてないヒップホッパーみたいになってしまうことは間違いない。

で、ワイドパンツを合わせるには、トップスをタイトにするのがコツだが、秋冬だとダウンジャケットやら分厚いウールのコートやらで、トップスはもれなく膨れるのでワイドパンツを合わせることは容姿の残念な人は避けたほうが良い。

春夏だとトップスはカットソーやシャツ1枚になるので自然とコンパクトになるからワイドパンツを合わせてAラインを作りやすい。
容姿の残念な人は、トップスのシャツやカットソーをタイトなシルエットにすれば、少しはマシに見えるだろう。

そんなわけで容姿も頭髪も残念な筆者は、できるだけ無難な着こなしを心掛けたいと思う。




新参ブランドこそマージンミックスの考え方で商品構成を考えてみては?

 すでにある程度の知名度を得て、ステイタス性を得たブランドは別として、新しく立ち上がるブランドはどこかに「お得感」がなくてはならないのではないかと思う。

激安品を作れということではなく、どこかのキャッチフレーズではないが「お!値段以上」みたいな商品やサービスが一つや二つは必要ではないか。

産地の製造加工業者がオリジナル製品を作ることは最早、当たり前となっているが、知名度もステイタス性もない商品を高値で売ることは相当に難しい。

そういう業者でよく見かけるのが、「全品で利益を確保したい」という姿勢である。
もちろん、企業として利益を追求する姿勢は正しいのだが、知名度もステイタス性もないブランドがすべての商品を高値で売るのは至難の業だ。
売れなければ利益確保もクソもない。

ブランドトータルで利益を得ることは当然としても、品目の中には「客寄せ」目的で儲け無しとか、下手をすると少し赤字になるくらいの「お得感」のある商品が必要ではないだろうか。

先日、東洋経済オンラインで居酒屋チェーン店の鳥貴族の大型連載があった。
なかなか読み応えのある連載だった。
鳥貴族はついに500店舗の出店を達成したことからこのような連載があったのだろうと推察される。

そんな連載記事の中でこんな箇所がある。

http://toyokeizai.net/articles/-/157686

1985年、大倉は25歳のとき、150円、250円、350円の3本立て均一料金の焼き鳥専門店「鳥貴族 俊徳道店」(約9坪、27席)を個人創業した。立地は近鉄大阪線の乗降客数の非常に少ない、俊徳道駅前商店街で、鳥貴族の第1号店である。

最初は全品250円均一にしようとしたが、ビールの原価が200円程度もして250円均一では赤字になると判断、350円均一メニューを加えた。

中略

夢は大きかったが「150円、250円、350円の3本立ての均一価格」には損をしたくないという思いがにじみ出ていた。その結果、顧客吸引力が弱く、閑古鳥が鳴く日が続いた。開業から1年数カ月間は倒産と隣り合わせの切迫した状態が続いたのである。

とある。

飲食と衣料品・繊維製品という違いはあるが、どこかの産地ブランドと似てはいないだろうか?
全品で利益を出そうとして「お得感」が全くない価格設定になってしまっているブランドをよく見かける。

とくに知名度もステイタス性もない新参ブランドでそういう売り方はかなり受け入れられにくい。

そんなときに「村さ来」創業者の本を読んだのだそうだ。

原価率の高いビールを原価で売って損を出しても、原価率の安い酎ハイを売って儲けるやり方を編み出した。「それで利益が出なくなったらビールは値上げせずにお通しで100円取れ!」というのが清宮の考え方だった。
清宮は飲料・フードメニューのトータルで利益を出すという当時としては画期的なマージンミックスの方法を実践した。こうして「村さ来」は「イッキ飲み」に代表される酎ハイブームをつくった。

そしてこれに触発されて、鳥貴族は

大倉は清宮の著書に触発され粗利益率の高い商品と低い商品とを組み合わせて販売し、一定の粗利益率と客単価の確保を狙うマージンミックスの考え方を導入した。

ビールも含め「全品250円(税抜)均一」に業態転換、勝負を懸けた。大倉は飲料・フードメニューすべてのマージンミックスで少しでも利益を確保すればよいと、腹をくくった。結果的に大倉のこの決断が倒産寸前の鳥貴族を救ったのである。

とのことである。

30年前のことだからビールの原価などは今は少し違ってきているのかもしれないが、飲食業以外の業態でも参考になる考え方ではないだろうか。

繊維製品においてハンドメイド、オーダーメイド、オートクチュールの分野以外は、原料段階から店頭までのあらゆるシステム・機械類は大量生産を前提として組み立てられている。

「おばちゃんが手編みして月に何枚も編めないから、セーターが1枚15万円する」というような売り方は、通常の繊維製品ではほぼ不可能だ。
できなくはないしやっても良いが、よほどの巧妙にストーリーを作ってメディアを使わないと絶対に売れない。

自社サイト(俗にいうホームページ)すら満足に所有していない製造加工業者がそんなに巧妙にストーリーを組み立て、ウェブも含めたメディアを使いこなせるとは到底思えない。

じゃあ、大量生産を前提とした中で、マージンミックスの考え方を取り入れて「お得感」を出して販売量を増やし、さらなる大量生産につなげる方が理論的ではないか。

「うちの〇〇は本物にこだわっているから」といって名も知らぬ新参ブランドが高価格設定していて、本物かどうかちょっと怪しい部分はあるが著名ブランドがそれよりも安くて同じカテゴリーの商品を売っていたら、間違いなく多くの消費者は著名ブランドを支持する。

じゃあ、「損して得とれ」ではないが、新参ブランドは何か1品か2品くらいはマージンミックスの考え方を採用して、赤字覚悟の客寄せ商品が必要ではないか。

資金繰りや生活費に切羽詰まっていたとしてもだ。

もし、自分が繊維業界の人間ではなく、まったくの一消費者だとして「知名度があって割安なブランド」と「知名度がなくて高いブランド」のどちらを選ぶか考えてみれば良い。

そんなわけで売り方や値段設定を、とくに知名度のない新参ブランドはもう一度見つめ直してもらいたい。




続、2点抱き合わせると1点で買うより安くなったぞ!

 今日は考えもそんなにまとまらないので、お気楽に。

1月いっぱいはまだしも、2月に入るとセールも中だるみする。
店頭に残っているのはかなりの不人気商品が多いし、春物もまだ本格的には動かない。

そんな状況だが、上手く探すとときどき破格値の掘り出し物がある。

以前、2点買った方が1点買うよりも安く買えたことを書いたが、先日も同じことがあった。

無印良品でのことだ。

無印良品は2点買うと20%オフセールを開催していた。
各店舗で開催していたが、品ぞろえは店ごとに異なる。

無印良品の難波店で、ウィングチップの合皮スニーカーが値下げして売られていた。
これは今秋冬物ではなく、記憶では2015年秋冬商品であり、その在庫を格安値引きして販売しているのだろう。
定価は6980円で、3000円に値下がりしているから半額以下である。

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まあ、これで買っても良いのだけど、ちょっと考えて店員さんに尋ねてみると、そのスニーカーも2点割引対象だという。同じ物なら安く買うに越したことはない。

例によって、最安値に近い物を探してみた。

ところで、年を取ってから革靴を履くのがつらくなってきた。
クッション性が高くて歩きやすいスニーカー類に慣れてしまうと、足が疲れる。
年を取っているのでそんなに回復も早くない。
そして腰や背中に痛みが出てしまう。

だからなるべく革靴は履きたくない。
冠婚葬祭は別として、それ以外は何とか革靴を履かずに済ませたい。

昔あったエアクッション入りのコールハーンだとかそういう革靴を買えばよいのかもしれないが、そこまで革靴に対しての情熱もない。

ぶっちゃけていえば、革靴っぽく見えるスニーカーがあれば個人的にはありがたい。

このスニーカーは理想形に割合に近しい。

だから2016年の年始に値下がりしたときに買おうかどうしようか迷っていたので、それが在庫処分とはいえ、さらに値下げされているのだから買いたくなったわけである。

で、探すと273円に値下がりした靴下を発見した。
3足よりどりマークがついているので1足は定価で330円とか400円とかするのだろう。

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靴下は消耗品なので何足ストックがあっても良い。
とはいえ、靴下のストックもかなり自宅にたまっているのだが。

3000円と273円を合わせると3273円。
3273円の2割引きで、3273×0・8=2618円である。
税込み2618円でウィングチップスニーカーと靴下が買えてしまった。

厳密にいえばMD的には失敗なのだろうが、2015年秋冬物であることを考えると、こういう売り方で処分するのもありなのではないかと思う。

そんなわけで在庫処分品と筆者のニーズが一致してしまったということだと思う。

1月の成人の日の3連休を過ぎると、めぼしいセール商品がなくなってしまうというのが、定説だがあながちそうでもない場合も多い。

たしかに「あの〇〇のグレーのMサイズ」みたいなピンポイントの商品は1月の3連休を過ぎるとほぼなくなってしまうが、もう少し漠然とした感じで探してみると意外な掘り出し物がある。

そのためには、自分の手持ちにどんな服があるのかを把握して記憶しておく必要があるが、これができる人とできない人がいるらしい。
筆者は幸いにして8割がたの手持ちの服を記憶できているので、こういう買い方をするが、元嫁はその記憶ができなかったので、ピンポイントの買い方が中心になっていた。

そのあたりは記憶できる・できないという個体差もあるようだ。

だから、筆者は意外に2月に破格値で投げ売り品を買うことが多い。
買ってから後悔する可能性がゼロとは言わないが、あまりない。

逆に年末や年始に買った商品のほうが後悔することが多い。
「ああ、雰囲気に流されて買ってしまった割にはあまり着用しなかったなあ」とそういう後悔である。

そのあたりの心理というのは我ながらなんとも面白いものだと感じる。




ワールドの持株会社の新社名を見て感じること

 かねてより4月1日から持ち株会社に移行すると発表されていたワールドだが、その各社の新社名が発表された。

数が多すぎて覚えきれないので以下を参照してもらいたい。

http://www.senken.co.jp/news/corporation/world-170214/

さて、一覧表でみてもらってもわかるように「ワールド」の冠が付く会社と、そうでない会社がある。

ここからは個人的な意見になるが、「ワールド」の冠が付かない会社は基本的に今後売却される方向になるのではないかと見ている。

そもそも「持ち株会社」にするメリットとは一般的に

企業買収や事業売却などがスムーズに行いやすい事です。

他の会社を買収する際、吸収合併するには時間も手間もかかります。買収される側の企業には、クライアントや顧客への社名変更の告知、あるいは看板やら社員の名刺やら、色んなものを変更する必要があり、膨大なコストが掛かります。社名変更に伴い、手違いなど大小様々なトラブルも起こるでしょう。

ところが、持株会社を設けていて、その傘下に入る形式にすれば、買収される企業はそのままの社名で事業を継続でき、コストやトラブルはほとんど発生しません。同様に、事業の一部を売却する場合も、持株会社にしていれば様々な手間やコストを省略できます。

http://www.777money.com/tameru/column/motikabu_riyuu.html

と説明されている。

だから、ワールドが持ち株会社制にするのは、企業買収もさることながら、不振ブランドの売却が目的ではないかと個人的には見ている。

そして「ワールド」の冠が付かない新会社はその対象ではないかと思う。

先程の繊研プラスの一覧表を見ると、ワールドの冠が付く会社はいわゆる管理、開発会社がほとんどで、それ以外のメンズ、レディース、セレクトなどの業態はすべてワールドの冠が付かないので、今後ワールドは管理・開発関係の会社のみ残して、メンズやレディースなどは条件次第で売却することがあり得るのではないかと思う。

一つだけ奇異に感じるのは、卸売り事業だけが「ワールド」の冠を付けた社名を与えられており、ここは手放すつもりはないようだ。

アパレル業界は90年代後半から狂ったようにSPA化を推進してきたが、近年、そのSPA事業が行き詰まる企業が増えた。
ワールドしかりイトキンしかり三陽商会しかりである。

逆にここ2~3年は卸売り事業が見直される会社も出てきた。
ワールドもその一つである。
売上高は大きく伸びないものの、ある程度の利益率は確保できるからだ。

ワールドは寺井秀蔵社長のもと、97年から猛烈な勢いで卸売り事業を毎年縮小し続けてきた。
2003年ごろまで筆者は決算会見に出席していたが、「今年は卸売り事業を〇〇%縮小しました」とむしろ誇らしげに発表されていたことを覚えている。

しかし、猛烈なSPA化は近年の業界を見ていれば諸刃の剣だったことがわかる。

SPAはたしかに成功すれば高収益が見込めるが、売り上げ不振に陥れば立て直すことが難しい。
なぜなら、企画から販売までを一貫で手掛けているため、店頭の売れ行きを修正しにくいからだ。
売れないということはその店自体、ブランド自体が支持されにくくなっているため、店舗内装も含めてよほど大幅な軌道修正でもしない限りは、消費者に振り向いてもらうことができない。

極端な話、ブランド名は同じでも丸っきりすべてを変えてしまうくらいのことが要求される。

一方、卸売りは、売り上げ規模を大きくするのは難しいが、売り先を変えることができる。
なぜなら、売り先は自社店舗ではなく他社店舗だからだ。

A店から売り先をC店に変える。

そんなことが可能になる。

結果的に、C店に変えたおかげでブランド自体の消費者イメージが変わることもある。

だから卸売り業態が見直されつつあり、ワールドもその例外ではないといわれており、卸売り事業だけがワールドの冠を残すようになったと業界ではみられている。

ワールドに限らず、業界には売りに出されているブランドが数多くあるが、不振SPAブランドは総じて評価が低く買い手がつかない状況にある。

さて、今後は、ワールドも含めて様々なかつての著名ブランドが売却や廃止の憂き目を見ると考えられており、ブランド勢力図は大きく変化することになるだろう。

5年後、10年後はどのようになっているのか、なかなか想像もできない。



三陽商会のV字回復はありえない

 三陽商会が遅れてきた中期計画を発表したのだが、無難な感じにまとめられており、新鮮さ斬新さはなかったと感じた。

長らく百貨店にほぼ特化してきた同社だが、ショッピングセンターへ進出し、ファッションビルとネット通販を強化するという内容で、常識の範囲内でまとまったという印象が強い。

即効性はほぼ期待できず、どれだけ地道に気長に根気よく取り組めるかにかかっていると思う。
この内容で、V字回復できると思っている人がいるなら、ちょっとその見識を疑う。

三陽商会、直営店とECに投資 新中計を策定
https://www.wwdjapan.com/381482

この記事が過不足なく公平にまとめていると思う。

同社にとって売上高の7割を占める百貨店の市場縮小を見据え、ECやショッピングセンター(SC)での事業拡大に乗り出す。

とあるが、残念ながらショッピングセンターも市場規模は縮小しているし、ECは市場の拡大ペースが鈍化しており、優勝劣敗が鮮明になりつつある。
とても後発の企業が一朝一夕で業績を拡大できる状況ではない。

ちょっと脱線するが、同じ事柄でも書き方一つで大きく変わる。
このWWDの記事や繊研新聞の記事なら、「新鮮味はないがまあ、それしかやりようがないよな」という感想を持つが、正式発表の前に書かれた日経新聞の記事なら「今さら何を言ってるの?三陽商会の首脳陣はちょっとおかしいんじゃないの?」と感じられる。

記事の切り抜き画像を貼っておく。

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見出しは「三陽商会、SCや駅ビルに活路 百貨店苦戦で 低価格の新ブランド」となっており、現在のSCや駅ビルの状況を知っている人間にとっては「そこに活路なんてないわ」としか感じられず、そこに「活路がある」と思っている経営陣はおかしいのではないかと感じられてしまう。

日経新聞としては、新機軸をより集中的に書くことで、記事への注目度を高めたかっただけだと思うが、この書き方では注目は集まるかもしれないが、三陽商会の首脳陣の見識が疑われる方が可能性が高いのではないかと思う。

自戒も込めて気を付けなくてはならないと改めて思う。

それはさておき。

識者の方々は置いておくとして、SCももう青天井の状態ではない。
単なる体感で語ってるわけではなく、数字がそれを示している。

2016年(暦年)の既存SC売上高対前年比は▲1.1%と2013年以来3年ぶりに下回った。
http://www.jcsc.or.jp/cat_sales/p_20170209_6586

日本ショッピングセンター協会の正式発表である。
既存店ベースでは前年割れを起こしているのであり、個人的には来年以降もこれが続くのではないかと考えている。

ちなみに新店も含めた業績は

SC年間総売上高(全SC 3,212ベース・推計)は、速報値で31兆1,241億円で前年比+0.1%となった。テナント総合は▲0.9%、キーテナント総合は▲1.4%となった。

とあり、▲はマイナスという意味で、新店を合わせてすら0・1%増にしかなっていない。
新店効果はほぼなかったということである。

ショッピングセンターにこれから新規参入する三陽商会は並大抵ではない苦戦を強いられるであろうことは容易に想像できる。
さらにいえば同じ大手の一社であるイトキンはショッピングセンターを大幅縮小しており、そこに三陽商会が新規参入するというのはよほどキチンとした構想を持って当たらないと確実に失敗するだろう。
どのような構想を描くのか注目したい。

また駅ビル(いわゆる駅近隣のファッションビル)だが、これもすでに成長分野ではなくなっている。
しかし、定期的に不振テナントを入れ替えるため、最初のチャンスくらいはもらえるだろう。
問題はそこで出店した後、実績を残し続けられるかどうかである。
売り上げ不振が続けばテナントを入れ替えられるだけである。

業界紙の中には、小規模ながら実績を残した同社のギルドプライムに期待する声もあるが、ギルドプライムはかなりニッチな層に特化しており、大規模に成長する見込みはほぼない。
テイストを薄めるとそれは可能かもしれないが、おそらく「ブランドらしさ」がなくなって逆に大苦戦に陥るのではないか。

WWDの記事中にもあるように新ブランドを立ち上げて対応するしかないが、マンパワーが低下した三陽商会にヒットを飛ばせる新ブランドを立ち上げられるような人材が残っているのかどうか疑問を感じる。

EC(いわゆるネット通販)に関しても同じで、成長分野と目されているものの、アパレルに関してはなかなか厳しい状況になっている。
先日、ここでも書いたが、先行していた通販のスクロールがアパレルECの撤退を決定した。
年商600億円規模の通販会社ですらアパレルECは成功できなかった。

これまでEC分野では、ほぼ鳴かず飛ばずだった三陽商会がすんなりと業績を拡大させてもらえるとは到底考えにくい。

今回中期経営計画で打ち出されたいずれの項目も、苦戦が予想されるので、三陽商会は引き続きイバラの道を歩むことになると思う。

記事中では、駅ビルに関して

それでも岩田社長は「失敗の経験も生かせるはず。モノ作り、MD、価格設定などうまくいかなかった理由を分析し、一つ一つつぶしていく」と再チャレンジに意欲を見せる。

という抱負が述べられているが、駅ビル以外のSC、EC、その他全分野に対してこの姿勢で臨む必要がある。

そうすればもしかすると将来的には展望が開ける可能性がわずかながら残っている。
どの分野に対してもイージーには考えておられないとは思うのだが。

くどいようだが、今回打ち出されたどの販路もすでにレッドオーシャンになりつつあり、V字回復できることは考えにくいので、その部分を加味して取り組んでもらいたいと思っている。


「正しいファッション」と「正しいビジネス」はイコールではない

 ほかのこと(ワールドやら三陽商会のことやら)を書こうかと思っていたが、ちょっと予定を変更して、今日はこのブログをご紹介したい。

アウターからスーツの裾が出ているのを見て思うこと
http://www.apalog.com/fashion_soroban/archive/139

要するに、スーツの上に羽織ったコート(ブルゾンも含む)の丈が短くて、ジャケットの方が丈が長い人を良く見かけるという話である。

ひどい場合は、スーツの上にショート丈のブルゾンを羽織っているサラリーマンも少なくない。
かっこいいかかっこ悪いかというと、かっこ悪い。特にブルゾンはダサい。強烈にダサいと思う。

それについての佐藤正臣さんの考察を見てみよう。

通勤時に見かけるサラリーマンのコート・アウターからスーツの裾がはみ出ていることです。それもここ数年はかなりの確立でこれを見かけます。(ときに50%超えてるのではとも思えます。TVドラマでもよく見かける。)

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しかしながら、ファッション好きの常識からすると、このありえないことも、私なりに違う視点で見てみると、このようなことを考えます。以下箇条書きすると。

・そもそも、そんなこと気にしない。
・通勤用・プライベート用のアウターを使いわけるほどお金がない。
・長いコートはおっさんくさい。ダサい。(昔の刑事スタイル)
・防寒できれば、なんでも良い。

他にも色々ありますが、こんな推測が成り立つのではないでしょうか?

とのことであり、非常に賛同できる。
一つ付け加えるとすると、ロング丈コートは日常生活において「不便」だという点である。
例えば自転車に乗りにくいし、電車で座席に座るときには尻の下に裾を敷くことになって、シワになりやすい。
階段を上る際には、上の段に裾が擦らないかどうかも気を付けないといけない。

ショート丈、ハーフ丈に比べてめんどくさいことが多い。

だからロングコートは敬遠されるのである。

また、お金のあるなしにかかわらず、通勤用とカジュアル用のコートを分けることに興味を持たない人も多い。
コートとはいささか異なるが、息子がまだ保育園に通っていた時分だから、もう15年ほど前である。

ほかの児童の保護者と顔を合わせることも多かったが、その中に、パジャマと会社の制服しか持っていないというお父さんもいた。
たしかに、朝8時とか9時に出勤して、9時ごろに帰宅してあとは寝るだけという生活を続けるなら、カジュアルウェアはほとんど必要ない。
効率的に過ごすなら、肌着とホームウェア代わりのパジャマ類(スエット上下を含む)、それと会社の制服があれば十分だ。通勤は制服を着ればよい。

週1回か2回の休日を過ごすための服をわざわざ買う必要もない。

良い悪いではなく、こう考えるサラリーマン男性がそれなりの人数で存在するのは事実である。
下手をするとそれがサイレントマジョリティではないかとも思う。

そこで佐藤さんは次のようなブランド側への解決策を提案する。

もしも、私がどこかの紳士服のMD・バイヤーなら、上記の推測を基にこんな手を打ちます。

・長いコートは大幅に商品数を減らす。なくす。
・アウター自体の構成比を減らす。スーツ専用のアウターは作らない。
・着丈はあまり気にしない(MA-1ほどの短丈は作らないが)
・単純にサイズは大きくしないが、パターン・アームホールの調整等でスーツの上に着られるようにする。
・女性の意見を聞きまくる。


とのことで、これにも賛同する。

要するにオンオフ兼用のコートを作るということである。
そしてロングコートの品ぞろえを減らすということである。

ビジネスという観点からするとこれはまことに正しい選択だといえる。

しかし、こういう考えに対しては、オシャレを自認する業界人wwwは反発するだろうと予想される。
そんな反発なんぞは何の意味もないから無視するだけだが。

彼らは「正しいオシャレが否定された」と思うのだろう。
別に誤解されたままでも何の痛痒もないが、否定はしていないということを明言しておく。

本来はロングコートがもっとも格調高いし、筆者個人もロングコートが好きである。
正しく着用すれば、かなり細身に高身長に見える。
かっこよく見えやすくなる。
おまけに尻も暖かい。

だからそういう着こなしがあるということは伝え続けるべきだと思うが、ビジネスという観点から見ると、そういう物を好む層は少数派でニッチである。
じゃあ、ロングコートはニッチ向けに作って採算を確保すれば良いことであり、その売上高は1億円とか5億円程度で満足するべきなのである。

オシャレを自認する業界人wwwwの思考が圧倒的に間違っているのは、ニッチ層しか好まない「正しいオシャレ」を大衆向けに売りたいと考えている点である。
ロングコートで言えば、大衆にとってメリットよりデメリットが大きいから大衆はロングコートを敬遠するのである。
それに対しての啓蒙活動は必要だろうが、要らない物は要らないのである。

だったら、マジョリティが必要と感じるような商材を作って提供するのが「正しいビジネスの姿勢」だろう。

もし、何十億円とか何百億円という売上高を作りたければ、マジョリティが必要と感じる商品を発売すべきであり、防寒アウターでいうなら、世のサラリーマンは圧倒的にオンオフ兼用のショート丈・ハーフ丈を求めている。

フランス革命前まで貴族と平民では服装が異なっていた。
大雑把にいうと貴族はキュロットと呼ばれる半ズボンをズボンの上から重ね穿きしていた。
平民はキュロットを穿かずにズボンのみで、サン・キュロット(半ズボンなし)と呼ばれていた。

フランス革命で貴族が没落し、フランスはあまねくサン・キュロットになったのだが、それを指して「サン・キュロットは文化として正しくない。おしゃれではない。キュロットを穿く文化を継承すべきだ」などと批判しても意味がない。今更その当時には戻れないし、物事・文化というのはそういう風にして変化をしていくものだからだ。

サイレントマジョリティがオンオフ兼用のショート丈コートを求めているなら、それを提供するのがビジネスである。

オシャレな業界人wwwwが「正しいファッション」と「正しいビジネス」を混同し続けているから、アパレル業界は混迷しており、不振を極めているのではないか。
己の好みであるロングコートを無理やりに押し付けてもそれは大衆からは支持されない。そういう商品は仲間内のニッチ向けに作って満足しておけば良いのである。





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