月別: 5月 2015 (1ページ / 2ページ)

選択肢は増えれば増えるほど不便になる

 今日はちょっと気分を変えて。

先日、5月21日に日本マクドナルドは新戦略として1000通りが選べるメニューを発表した。

このニュースを見て驚いた。
どういう内容の1000通りになるのかはまだわからないので、一概に決めつけることはできないが、これは相当の悪手であると感じる。

選択肢が少なすぎるのもお客を逃がす原因になるが、選択肢が多すぎるのもお客を逃がす原因になる。
なぜなら選択肢が多ければ多いほどお客は選びにくくなるからだ。

これについてはジャムの法則が有名である。

選択肢が多いときは、少ないときよりも判断を下しづらくなるというもの。
6種類のジャムを並べたテーブルと24種類のジャムを並べたテーブルの2つを用意したところ、どちらのテーブルでも試食をした人の人数は変わりませんでした。
しかし、最終的にジャムを購入した人の割合を見ると、6種類揃えたテーブルの場合は30%、24種類のテーブルではなんと3%、と非常に大きな差が開いてしまった結果から導き出した。
選択肢を少なくすることで、顧客のストレスを減らす販売戦略の根拠となっている。

とある。

まさか日本マクドナルドの首脳陣はこれを知らないはずがない。
もしかしたら知らないのか?

消費者が選択する限界点がどこなのかはわからないが、マクドナルドでいうなら、その限界点は20~30種類のメニューだろう。
30種類を越えると間違いなく選びにくい。

それが1000通りである。失笑を禁じ得ない。

外野から見ていると苦し紛れの施策で如何にも手詰まりだと感じてしまう。

おそらくこの1000通りメニューは失敗してマクドナルドの傷口をさらに広げてしまうだろう。
マクドナルドの断末魔が聴こえてきそうである。

さて、衣料品業界でも同じことがいえる。

売れ行きに陰りが出ると、選択肢を増やすブランドやショップが多い。
しかし、選択肢を増やしすぎてもお客は離れてしまう。
どれを選んで良いのかがわからないからだ。

本来、洋服専門店が支持された理由は「なんでもあるから」ではなくて、店主なりバイヤーなりが選んだ商品が欲しいからである。
それを突き詰めると初期のセレクトショップということになる。

ユナイテッドアローズのようにチェーン化して株式公開をしてしまえば、そういう味は薄れざるを得ない。
薄れて当然である。

ジーンズ業界でも同じだ。
かつてのナショナルブランド各社はやたらと品番を増やした。
いわゆる全包囲体制である。
細いのから太いのまで、ベーシックからデザイン物まで。

しかし、その施策に効果があっただろうか。
現状の各社の状況を見れば一目瞭然であろう。

工業製品と嘲られるユニクロだが、ジーンズの販売数量は年間1000万本を越える。
かつてのナショナルブランド各社が束になっても敵わない量だ。

もちろん、3990円という販売価格が支持されている側面がある。
しかし、選択肢の絞り方もある程度の効果を発揮しているのではないか。
ユニクロのジーンズはシルエットは4つほどしかない。
以前のリーバイスだと8種類くらいシルエットがあった。

どちらが選びやすいか。それはユニクロである。
販売結果で証明されている。

さて、そんなわけでジャムの法則に著しく反するマクドナルドの行く末を生温かく見守りたいと思う。




日本製衣料品のハイエンドモデル化に疑問

 日本製を売りにしたブランドに以前よりは注目が集まっていると感じる。
実際のところ、日本製にどれほどの価値があるのかわからないが、販促的には現時点では効果的と考えられているようだ。

そうすると、さまざまな方面から日本製をクローズアップしたブランドやプロジェクトが打ち出されるようになってきた。

そういう取り組みの多くに共通していると感じることが、日本製製品のハイエンドモデル化である。
価格帯は世界的なラグジュアリーブランドに並ぶ程度に設定されている。
しかし、個人的にはその価格設定に疑問を感じる。

例えば1着20万円のニット、20万円のスーツ、20万円のコートetc・・・・。
そんなものを誰が買うのだろうか。

世界的なラグジュアリーブランドと並べて、わざわざ無名の日本製ブランドを買うという人がどれだけいるのか。
ほとんどいないだろう。

アクアスキュータムに20万円のコートがある。
無名の日本製産地ブランドに20万円のコートがある。

多くの人はブランドステイタスの高いアクアスキュータムのコートを買うだろう。

「外国人の富裕層なら買うんじゃないのか」とおっしゃる産地企業の経営者やこの手のプランナーがいるが、外国人の富裕層ほどラグジュアリーブランドを買う。
ラグジュアリーブランドの主要顧客は海外の富裕層である。

どうしてこんなことをわざわざ書いたかというと、先日来、ある異業種の大手のプロジェクトの相談にチラホラと乗っているのだが、どうにも話が噛み合わない。
異業種大手は、超高価格な日本製を打ち出したいらしい。
その事例が気仙沼ニットだそうだが、気仙沼ニットが年間何枚の生産をしているというのか。

気仙沼ニットに限らず、この手の人々が「成功」と目す超高価格日本製プロジェクトの多くは、生産枚数が少ない。
その極小の生産枚数で、たとえば国内産地の振興ができるのだろうか。
(彼らのお題目には入っている)
到底、産地振興なんてできない。
産地はある程度の大量生産が前提に成り立っている。

極小枚数を作るのであればそれは工芸品である。
工芸品のごとく、少量を細々と生産し続けたいのであればそれはそれで良いが、それではお題目にある産地振興とか地域復興は不可能である。
ほそぼそとした伝統工芸のおかげで活気あふれている地域なんて国内のどこにあるのか。

日本製で近年、企業規模的にも取り組み的にも注目を集めている多くは、中価格帯である。

例えば、日本製シャツの代名詞ともなりつつある鎌倉シャツだが、価格は4900円である。
鎌倉シャツの物作りが云々という報道がなされているが、鎌倉シャツが売れた最大の理由は価格にあると思っている。
東京シャツのアジア製品でも2900~3900円する。
そこに1000円か2000円プラスするだけで上質な日本製シャツが買えるから鎌倉シャツが圧倒的に支持されたのであり、これが1着1万何千円とか2万円とかしていたらそこまで話題にはならなかっただろう。
もし2万円もするならイタリア製のシャツを買う人がほとんどではないか。

経営危機で一躍注目を浴びたエドウインだが、強いのは日本製ジーンズを7000~9000円程度で販売しているからである。
ジーンズというとバカみたいに何万円もする商品にばかり目を向けるが、そういうブランドが1社あたり何千本売れているのだろうか。

また生地でも同じだ。
国内最大手のデニム生地工場カイハラが15年くらい前に一躍注目されたのは、価格である。
もちろん、物作りの精密さ、品質の高さは評価されたが、それに加えて価格訴求力があったからである。
定番デニム生地だと1メートルあたりだいたい700円前後である。

国内2位のデニム生地工場クロキも同様だ。
定番デニム生地だと1メートル700円内外で販売している。

もちろん両社とももっと高い価格のデニム生地も作っているが、定番デニム生地だとこれくらいの価格であり、このくらいの価格なら中価格帯のブランドなら十分に生地を使用できる。

国内生産をするにあたって、低価格品は不可能である。
なら中価格帯を目指すべきだろう。
ハイエンドモデルでラグジュアリーブランドと争うという意気込みは結構だが、世界的ラグジュアリーブランドがどれほどの宣伝広告費・販促費を使っていると思っているのか。

そこにどうやって太刀打ちするつもりなのか。
「良い物なら売れる」と言いたいのだろうが、いくら「良い物」でもその情報が適切に消費者に伝わらなければまったく売れない。
その商品の存在が知られなければ、その商品は存在しないのも同じである。

地域振興、需要創造をお題目に純国産Tシャツを作ろうというプロジェクトがあったとする。
プロジェクト発案者が10億円とか50億円の売上高を最終目標に掲げていたとする。
ならば、価格設定は2900~5900円が適切だろう。

逆に年間売上高1億円をピークとして考えるなら1万何千円のTシャツを少量生産すれば良い。

しかしある程度の販売数量と売上高を目指すなら多くの人に買ってもらわなくてはならない。
鎌倉シャツを参考にするべきだろう。

Tシャツの価格は1000円前後が普通である。
筆者はユニクロで990円か790円か500円に値下がったTシャツしか買わない。
そしてそれに不満を覚えていない。なぜなら生地も色柄もそれなりに良いからだ。

単に「日本製というだけ」の商品がハイエンド価格で通用するはずがない。
デザイン、色柄、品質、広告宣伝、販促企画、すべてが噛み合って初めてハイエンドでブランド化できるのである。

電化製品と衣料品ではいささか事情が異なることは承知しているが、液晶テレビでハイエンドモデルに特化したシャープはどうなっているだろうか。
シャープの惨状を見ればハイエンドモデルへの特化がいかに危険なのか理解できるのではないか。

もちろん、ハイエンドモデルを目指すのは悪いことではない。
それは開発をすれば良い。
しかし、それに特化するような物作りはすべきではないと考えている。

もし、日本製衣料品がすべからく超高価格ハイエンドモデルになったらどうだろうか?
おそらく、一部の富裕層がその中の一部商品を買うだけにとどまるだろう。
あとは特別な日にちょこっと買うくらいで、多くの国民は買わない・買えないだろう。

きっと今の着物みたいな位置づけになると想像するのだが、そういう未来がお望みなのだろうか。

鎌倉シャツ 魂のものづくり
丸木 伊参
日本経済新聞出版社
2014-06-21



産地企業が思っているほどデザイナーは多機能ではない

 国内産地の製造加工業が自社オリジナル製品を開発する事例が増えている。
賃加工の下請け仕事だけに依存しているのは危険であるから、自社である程度コントロールが可能な自社オリジナル製品を開発することは自衛策としても当然といえる。

しかし、あまり上手く行かないことの方が多い。

なぜか。

デザイナーの使用方法が間違っている場合が多いからだ。
というよりも「ブランド事業」の組み立てが根本から間違っているからだ。

デザイナーに依頼せずに、その企業の社長やその親族、社内の有力者が担当することがある。
その人たちにデザイン業務の経験があれば良いのだが、そうではない場合も数多くある。
そうするとそれはド素人であるということで、そこらへんのオッサンがデザインするのと何ら変わらない。

そんなことは以前にも書いたことがある。

社長が「デザイナーは俺。俺の熱い思いを形にする」
なんて言ってるところはだいたいがダメである。

しかし、中には例外的に試行錯誤を繰り返して成功するド素人もいる。
要はビジネスの結果をどれだけ謙虚に見つめなおして軌道修正できるかである。

次に失敗が多い事例は、何でもかんでもデザイナー頼みという場合であろう。

製品を開発する場合、製品自体のデザイン以外に価格設定、販路開拓、ブランドコンセプトなどが必要となる。
製品自体のデザインができたらお終いではない。

そしてデザイナーの仕事は、あくまでも「製品のデザインをすること」であり、基本的にはそれ以外の業務はできないと考えた方が良い。
それは物理的にも能力的にもだ。

中にはそういうことまでやってくれてそれなりの実績を作っているデザイナーもいるが、それは例外だと考えるべきである。
そして通常ならばその業務に対しては、当然ながら別料金が発生する。

商品をデザインする前に、そのブランドのコンセプト作りが必要である。
そして、その商品を「どれだけ、だれに、どれくらいの価格で、どのような販路で売るのか」という設定も必要になる。

そして商品ができた後は、販路の開拓が必要となるし、今後の追加補充体制、物流の取り決めも必要になる。在庫は誰がどのように抱えるのか、ということも考えなくてはならない。

で、結論から言ってしまうと、これだけのことをすべて実行できるデザイナーはほとんど存在しない。

これを総合的に包括的に決められる能力があるのはプロデューサーと呼ばれる人である。
また、「どれだけ、だれに、どれくらいの価格で、どのような販路で売るのか」を決める人はマーチャンダイザーである。
販路開拓は営業の仕事である。

となると、本来はデザイナー以外に少なくとも2~3人が必要になる。
(どれかを兼務することは可能だし、そういう複数の能力を持った人もいる)

もしデザイナーがこれらの業務を兼ねて推進できるなら、そこには別料金が発生するのが当たり前である。

このあたりの料金をケチっていては成功することは難しい。
無事に出来上がったらそのあとには広報宣伝と販促活動も必要となり、そこにも別の費用が発生する。

多くの場合の製造加工業者は、逆境にあるからこそ自社製品開発に乗り出すわけで、資金的には潤沢ではない。
しかし、潤沢ではないからと言ってそれらをケチっていては絶対に成功しないと筆者は考える。

もちろん、実際の能力以上のことを自己喧伝し、高額な料金をふっかける輩も多数存在するから見極めは重要であるが、よく産地企業が言うような「タダ(もしくはタダ同然の料金)でしてもらえないかな?」というようなことはあり得ないし、その考え方は間違っている。

これらのことを理解した上で、自社製品の開発を進めてもらい、1社でも2社でも成功してもらいたいと願ってやまない。




着物の需要が伸びないのは業界側に問題がある

 筆者は日本の繊維製造業は洋装向け・和装向けを問わず、全企業を生き残らせる必要はないと考えているし、現実的に全企業を生き残らせることは不可能だと考えている。

生き残りたいと強く願う企業、変革したいと願う企業、生き残る力をすでに身に着けた企業、以外は淘汰されても仕方がないと思っているし、淘汰されるべきだとも思っている。

それを前提にこのニュースについての感想を述べたい。

スーツの代わりに着物を 経産省が「きものの日」導入検討 職員に和装出勤を促す
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20150524-00000003-biz_fsi-nb

経済産業省が、職員に和装出勤を促す「きものの日」の導入を検討していることが24日、分かった。国内和装産業の振興を図るため、スーツの代わりに着物で出勤できる雰囲気をつくるのが狙い。和装文化を学ぶセミナーや、イベントも開催し、着物を日常生活に取り込むことを目指す。

経産省幹部は「着物をもう一度、日常着にするのが最終的な目標だ。手始めに外務省や文部科学省など他省庁にも働きかけ、着物で出勤できる日を広めていきたい」と意気込んでいる。

とある。

筆者のフェイスブックにはなぜだか和装関係のお友達が数多くいて、彼らの半数近くはこの取り組みに賛成している。
立場上それはわからないではないが、個人的には、この取り組みは消費者が和装から離れた根本原因を何も解決せずに、鎮痛剤だけを打つような延命治療に過ぎないと感じている。

消費者が着物離れを起こした理由は過去にも何度か述べたが改めて列記してみる。

1、現在の着物の形状が日常生活を送る上において機能的ではない
2、着付けが難しく自分一人で着用できない
3、コーディネイトや着こなしに細かな約束事が多く面倒に感じる
4、高価格すぎる
5、洗濯も含めてメンテナンスが面倒すぎる

以上の5点である。

まず、1についてだが、この経産省のプランで行くと、日常業務にも着物を着ることが目的とされているが、現在の形状の着物は機能的でないので日常業務で着用するには不向きである。
例えば自転車だって乗りにくい。
着慣れた人からは「わたしは着物を着て自転車も乗れますよ」という声を聴くが、そこまで着慣れるまでどれほどの我慢が必要なのだろうか。
着物ファンならその我慢も甘んじて受け入れるだろうが、ファンでもなんでもない一般消費者がどうしてそこまでの我慢を受け入れなくてはならないのか。

そもそも着物が機能的であるなら、どうして幕末の戊辰戦争で、薩長軍は洋装になったのだろうか。
筒袖・ズボンという形状の方がはるかに動きやすいからである。

次に2についてだが、自分一人で着られない物が日常衣服になりえるはずがない。
ましてや着付け代はそれなりに高額である。
毎回それを支払って着るような面倒な衣服を数多く着用したいと思うのはよほどの金持ちだろう。

3については、本来は洋服も同じである。
フォーマルや男性のビジネスウェアに関しては面倒な決まりが今でもある。
しかし、カジュアル化が進んだおかげで、カジュアルに関して言えばほぼ無法地帯である。
例えばジーンズとTシャツに、プレーントゥの革靴を履いている人がいる。
トップスとズボンはカジュアルなのに、靴だけがフォーマルであり、由来を考えるとかなりチグハグなコーディネイトだが、今では普通のコーディネイトである。

着物のコーディネイトも幾分昔よりは自由化しているが、いまだに原理主義者のような人も多くいる。

そんな面倒な規範に縛られた衣服を日常的に着用したいと思う人間はかなり少ないだろう。

4については価格の見直しが必要である。
着物業界において「10万円の着物は安物」という考えが主流だが、洋服を着慣れた人間からすると10万円の洋服は超高額である。
ポールスミスのスーツだって10万円以下で買えてしまう。
同じ10万円を使うならブランドステイタスの高いポールスミスのスーツを欲しいという消費者の方が多数派だろう。

そもそも「日常着」だった着物が昔もそんなに高かったはずがない。
そんなに高い衣服を庶民までがあまねく着用していたなら、日本はそれこそ黄金の国である。

今、着物が超高価格になったのは、売れ行き枚数の減少を単価増でカバーしたいという業界側の思惑である。業界都合の価格をどうして消費者が受け入れなくてはならないのか。

価格の話になると「今でも安い着物はあるけどそんなに売れていない」という反論が業界人からはあるが、じゃあ、その低価格着物とやらをどれほど本気で売り込んでいるのか?どれほど本気で消費者に告知しているのか?
とりあえず作って、とりあえず並べましたでは売れるはずもない。
そんな売り方ではユニクロだって売れない。

低価格品のユニクロがどれほどの広告宣伝費・販促活動費を投下しているのか。着物業界はユニクロほど広告宣伝・販促活動に力と金を使っているのか。

ポールスミスほど広告宣伝・販促活動に金を使っているのか?
ブランドステイタスを高める活動をしているのか?

筆者には甘えとしか聞こえない。

5については洗濯や保管が面倒である。
良い悪いは別にして、スーツだって「洗えるスーツ」が登場しているご時世である。
ホワイトジーンズだって防汚・撥水加工が施された商品が登場している。

果たして着物がそこまで利便性を考慮した商品を開発しているのだろうか。

そして着物業界衰退の一端はこの記事の文中でも指摘されている。

消費者の「着物離れ」が進み、事業者が高額商品に軸足を移したことで、着物は「特別な日に着るもの」として日常生活から遠ざかった実情がある。

とある。

販売枚数の減少を単価アップで補おうとして今に至っているのである。
そんな業界都合なんて消費者からしたら「知らんがな」である。

もちろん、こういう取り組みから始まって徐々に業界構造と展開商品を変えるという生き残りの手法はある。
そうなれば良いが、筆者の目には、現在の着物の形状と業界構造を維持したいだけの取り組みと見える。これは筆者の先入観もあるのだろうけど。

和装・洋装ともに最近「国内の製造業を守れ」みたいな風潮があるが、なぜ守らなくてはならないのか。
過去ずっと助成金だ補助金だで守られてきた業界ではないか。
まださらに守られねばならないのか?
それこそ既得権益ではないのか。

経済界や政界の既得権益をぶっ壊せと叫んでいる輩が、なぜ製造加工業の既得権益だけは守ろうとするのか。
それこそ自己矛盾も甚だしい。

現在、洋装・和装とも国内の製造加工業はあと何年続けられるのかわからない状態にある。
その原因の一つとして後継者難がある。
給与は伸びないから若い人が集まらない。
だからと言って若い人を非難するのは筋違いである。だれしも給与の高い企業で働きたいし、将来性のある分野で働きたい。
現に、中国だってある程度の経済成長を果たすと、繊維製造業で働きたいという若い人が減少している。
現在は工員を集めるのに一苦労である。
過去の欧米だってそうだ。

最終的には和装も洋装も国内製造加工業は一握りが生き残り、日本全体が一つの産地とならざるを得ない。

そこに向けてどうソフトランディングさせるのかがこれからの課題である。
物作りノスタルジーを振りかざすだけではどうにもならない。

最後に、着物業界は販売店側にも問題がある。
ポールスミスやバーバリーを越えるほどの超高価格品を扱っているにもかかわらずブランディングが下手くそである。下手をするとそんなことを意識したこともない店も多いように感じる。

最近、知り合って2度ほどお会いした呉服店みさ和の2代目社長、大塚直人さんのブログにそのあたりのことが断続的に記されている。

http://tsukachan330.hatenablog.com/

以前に中川政七さんにコンサルタントを受けられたそうで、叱られない程度に過去のいきさつをブログで書かれてある。

例えば

「着物屋さんの悪いところはターゲットにするお客さまや取り扱いの商品を

 全方位でやろうとしているところなんです。

 多分、お客さまのニーズにすべて答えようと思っていたりそうしないと

 他店との差別化が図れない、売上が成り立たないって不安なんでしょうけど。

 それって今の時代、今からも絶対やっちゃいけない事だと思いますよ。」

 それはそれは外の業界から見た着物の世界の異質な部分をバンバン言って頂いて

 終日フルボッコにされました。

 もうヘコみまくりでしたが確かにおっしゃる通り。

 では、この打合せ中にすんごいたくさん問題点が出たんですが、

 新ブランド立ち上げに際して組み立てを行なう事が決定したものを

 箇条書きで纏めてみます。

①ターゲットとするお客さまはトコトンまで細かく設定をしてそのお客さまが

 喜ぶ商品構成、お店作りをする事。それ以外のお客さまは考慮に入れない考えない。

②価格、取り扱い商品のセレクトに制限をつけてお店のテイストが維持出来る

 ルール作りをしっかりと行なう。それを守る事が出来る責任者を作る。

③お客さまがお店に触れる、知る事為のタッチポイント

(HP、web、DM、チラシ、店頭、買物袋、名刺、スタッフ、イベント)は

デザインや運営方針を統一させる。

④取り扱いをしている商品を「着物」って考えてこれまでの業界の慣例や

常識に囚われないようにする事。

あくまで「ファッション」として考える事。

⑤商品についているパッケージ(ナイロン袋や下げ札、箱など)が

 まるっきり統一されていないので見せ方を考える。

「あとですね。 着物のお店の人達、とりわけその経営者はもっと勉強して下さい。

 ファッションについてやお店の見せ方、着物を楽しんで頂く方法や伝え方。

 他の業界、例えば他のアパレルブランドも景気がよくないって悩んでいる

 ところも多いですけど彼らは日々勉強をして自分たちのターゲットのお客さまに

 どうすれば楽しんでお店に来てもらえるか必死で考えてますよ。」

「短くしか分析出来てませんが、それが着物業界には足りない。

人や環境や政治のせいにしてたってしょうがないですよ。

周りみんな条件は一緒なんですから。

昔は良かったとか日本人は着物を着なきゃいけないとか言ってる時点でおかしい」

とある。

まさしくその通りで、超高級品を扱っているわりには見せ方・並べ方がダサい店が多い。
またパッケージや下げ札、ショッパーなどがダサい。下手をしたらシモジマあたりで適当に購入している場合もある。
何万円もするような商品をシモジマの紙袋に入れられて満足する消費者が存在するのだろうか。
それこそアパレルブランドはショッパーのデザイン一つにしてもブランドイメージを統一している。

そしてこれは洋装の産地企業も同じである。
昨今は産地の製造加工業者が自社製品を開発しているが、パッケージや下げ札、ショッパーのデザインには無頓着である。
それこそ平気でシモジマで買ってきた紙袋を使っている。
産地企業が作る製品だからそれなりに高価格である。その高価格品をシモジマの紙袋に入れていては消費者の支持は得られないし、リピーターも獲得できない。

横道にそれてしまったが、和装の問題点は製造側だけでなく販売店側にも大いにある。

そこを放置したままでは、経産省がいくらお仕着せしたところで着物の需要が圧倒的に回復することはありえないだろう。
着物は今の「コアなファンだけが着る」という状態で構わないと思うのだが。

補足:着物に関してどう考えているかというと、無理に需要を伸ばす必要はなく、現在のままの「愛好者」「コアなファン」が着る伝統衣装という立場を維持すれば良いと考えている。
製造業者は徐々に減るだろうが、いかにしてそれをソフトランディングさせるかが課題といえる。

ただ、業界関係者や経産省が「着物需要を増やそう」と本気で考えているなら、お仕着せ制度は無意味で先に述べた点を抜本的に改革するほかないと考える次第だ。




POSとQRへの盲信が同質化を招いた

 先日、ワールドが10~15ブランドの廃止を発表した。
これに伴い、店舗も400~500閉鎖する。

これについての感想は先日も書いた。似たようなブランドばかり100もあるならある程度の廃止は当然だと考える。それでもまだ85も残るのだからさらなるブランド廃止も必要だろう。
しかし、400~500店の廃止で雇用がどうなるのかは気がかりである。全員雇用というわけには行かないだろうから・・・・。

さて、現在100もブランドがあるワールドだが、存在感のあるブランドはその中でどれくらいあるだろう。
個人的な体感でいうな20くらいだろうか。30を大きく越えることはないと感じる。

筆者が業界紙記者になった97年当時、ワールドのブランドは存在感を発揮していた。
当時はオゾックが絶好調だった。今は見る影もないが。

ワールドが各ブランドの売上高を大きく拡大させた手法としてPOSレジデータによるQRシステムが挙げられるだろう。
レジでバーコードを読み取ってそのデータを集積するのがPOSレジである。

そのデータを基に、売れ筋商品の補充追加を素早く行うのがQRシステムである。
QRには諸説あるが、クイックレスポンスの意味だとされている説が有力である。

しかしこれが各ブランドの同質化の遠因であるともいえる。
ワールドだけではなく、POSレジとQRを組み合わせたシステムは大手各社が取り入れた。
これによってワールドのブランド間が同質化しただけではなく、アパレル各社のブランドがすべて同質化することにつながったといえる。

同質化のもう一つの理由はOEM/ODMを多用しすぎたことである。
もちろんワールドもその例外ではない。

OEM/ODMの多用による同質化は前回に書いたので繰り返さない。

今回はPOSとQRについて考えてみたい。

値札のバーコードにはさまざまなデータが書き込まれている。
色柄・サイズ・デザイン・商品区分などだ。

例えば「黒無地のMサイズの半袖クルーネックカットソー」なんてデータが書き込まれてあり、それをレジが読み取ってデータを蓄積する。
蓄積されたデータは売れ筋情報となっている。

「黒無地のMサイズの半袖クルーネックカットソー」が100枚くらい売れていれば、それが売れ筋ということになる。

衣料品は毎シーズン、トレンドカラーがある。
また商品の中にはアクセントになるカラーがある。

そういうカラーは注目を集めるが、実はあまりたくさん売れるわけではない。
多くの場合、もっとも売れるのはベーシックカラーである。
黒、グレー、紺、白、ベージュあたりである。

そうなると、売れ筋はベーシックカラー商品のみということになり、それらだけが追加生産されることになる。
データを素直に読み解くと、ベーシックカラーの商品のみあれば良いということになる。

そして、そういう商品のみが常に追加補充されて店頭はどんどんと面白みを失う。
売れていなくてもアクセントカラーやトレンドカラー商品は必要なのである。

しかし、そういうデータをPOSは読み取れない。
読み取れるのは実際に販売された商品のみで、これから売れる商品のデータは読み取れない。

また在庫を持たずになるべく早くというやり方で追加品を生産するQRシステムだが、やはり限界はある。
アパレル側が製品在庫を持たなくても、生地在庫はどこかが持たねばならないのである。
アパレルが生地在庫を持てば良いが、そうでない場合は生地メーカーや縫製工場がその生地在庫を持たされるのである。
それが生地メーカーや縫製工場の財務を圧迫する。
アパレル側がリスク回避をすればするほど、そのリスクはどこかに回されているということになる。

QRで売れ筋商品を再生産することでベーシックな店へと変わってしまう。
しかし、ベーシックな店ならユニクロや無印良品で十分であり、そこと勝負をして価格面でも品質でも勝てるアパレルブランドはほとんどない。

POSデータによる自社の売れ筋商品の再生産に終始しているなら、ベーシック店に成り果てようとまだマシである。

QRによって他社の売れ筋商品を手早く生産するようになり、業界全体の同質化も極まったといえる。
他社の売れ筋商品情報をつかむのはそれほど難しいことではない。
商業施設のテナント同士ならその情報はある程度回ってくる。また製造を手掛ける商社やOEM/ODM屋に尋ねてもわかる。

それを似たような生地(組成や品質は別として)で似たようなデザインで製造すれば良い。
納期はQRシステムを活用して2週間前後。

かくして同じような見た目の商品が各社の店頭に並ぶことになる。
同じような見た目の商品なら、よほどのブランドステイタスがない限りは価格競争に陥るだけである。

POSとQRの多用によってワールド内のブランド同士が同質化してしまったし、ひいては業界内のブランドが同質化してしまった。

POSでデータを吸い上げるということは科学的経営を目指すなら必要なことである。
しかし、それを分析する側に見識が求められる。
見識のない人が分析をし、それを承認すれば、ベーシック商品しか店頭になくなることになる。
現に各社ともそういう危機に何度も陥っているから、各社とも、分析をしそれを承認する責任ある立場の人の見識が低いといえる。

QRシステムも同じである。
それが有効なシステムであることは今でも変わらないが、あまりに盲信してしまうと業界内がすべて同質化してしまう。なんといっても他社の売れ筋商品のパクリが短期間で製造できてしまうのだから。

ワールドの社内ブランドの同質化、業界全体の同質化の一因はPOSとQRへの盲信にあるといえる。




同質化して埋没しているならブランドの統廃合は当然

 ワールドが大規模なブランドの廃止と店舗の閉鎖を発表した。
平成27年度中に全約3千店のうち400~500店を閉鎖し、全約100ブランドの1割強にあたる10~15の不採算ブランドを廃止するというもので、これほど大規模なブランドの廃止はワールドとしては初めてのことになる。

個人的にはこの方針には賛成である。

ワールドは元々ブランド数が多いアパレルだったが、近年はさらにブランド数が増えている。
増えすぎといっても言い過ぎではない。
現に15ブランドを廃止したところで85も残る。

85ブランドという数だけ見ればまだ多すぎるくらいである。

店舗数を減らすことに関しては雇用の問題が生じるのでどうなるのかが気になるが、基本的に不採算店なら撤退すべきであることは言うまでもない。

近年、ワールドの各ブランドを店頭で見ていて気になったのはその同質化であり、没個性だった。

筆者が業界紙記者になった18年前を思い返してみる。

コルディアというミセス向けの基幹ブランドがあった。
ヤング層に向けたブランドではオゾックが絶大な人気を集めていた。
オゾックの上の年代に向けたインディヴィが立ち上がった。

当然のことながら、コルディアとオゾックとインディヴィの見え方は大きく違った。

とくにオゾックはデザイナーの田山淳朗氏のプロデュースによるブランドということで、ターゲットを同じくする他社ブランドとは圧倒的に違って見えた。

インディヴィもブランド草創期はなかなか個性的な商品が多かった。

ところが今はどうだろうか。
オゾックもインディヴィもいわゆる「トガった」ところがなくなり、ワールド内の他ブランドとの差がなくなってしまった。
ブランドも成熟してくるといつまでもトガってはいられないからある程度丸まってしまうのは仕方がない。
しかし、往年のオゾックを知っている者としては残念な気持ちになる。

そして、社内の他ブランドとの同質化もさることながら、他社ブランドとも同質化してしまい、埋没してしまっている。

今、100あるブランドの中で存在感を放っているブランドがどれだけあるだろうか?

同質化して埋没しているならブランドの存在価値はない。
類似ブランド同士は統合してしまえば良いのである。

ワールドは2005年にMBOによって上場を廃止している。
これにはさまざまな理由や目的があったといわれているが、金融面に疎い筆者にはちょっとよくわからない部分が多い。
ただ、気になるのは「非上場にすることで短期的な利益にとらわれない施策を打つため」というような意味合いの発言が会見でなされたことだ。

会見での発言なので建前という部分が多分に含まれていることは承知している。
しかし、まことに理にかなった説明でもある。

それから10年が経過した。

外野から見ている立場からすると、短期的な利益にとらわれない施策が実現しただろうかと疑問に感じる。
新規ブランドはいくつも立ち上がった。
業界に存在感を発揮するようなブランドにそれらが育っただろうか。

筆者にはそうは見えない。
反対に各ブランドの存在感は小さくなったし、いわゆるトガった部分は減った。

金融的な理由はさておき、現状を顧みるとブランド施策としては上場廃止する必要はなかったのではないか。

閑話休題

先日、某経済誌の依頼でいくつかの商業施設を取材した。
面白いことに各商業施設とも「ブランド同士の同質化、商業施設同士の同質化が問題だ」と指摘しているのである。
先ほどワールドを例にとったが、ワールド以外の大手アパレルのブランドもすべからく同質化している。そしてそれらをテナント誘致する商業施設も必然的にすべからく同質化している。
それがわかっていて止められないというのが現在のアパレル、ファッション業界の現状である。

OEM/ODMの業界インフラが極度に整いすぎていることもその同質化の拍車をかけている。

もともとファッショントレンド自体は、ソースが同じだから同質化せざるを得ない。
ブーツカットのジーンズが流行れば猫も杓子もブーツカットを発売する。
これは昔からそうである。

しかし、かつてならそこにブランドならではのディテールとかアレンジが加えられた。

現在、OEM/ODMへ丸投げするブランドは珍しくない。
資金さえ出せばだれでもオリジナルブランドを作ることができる。
しかし、請け負う側はいくつものブランドを扱っているから、必然的にそのブランド同士は似てしまう。
何せ企画デザインしている人が同じなのである。
中には生産ロットがまとまらないから複数のブランドが相乗りしてタグと織りネームだけを変えるという場合もある。
これで同質化しない方がおかしいだろう。

先日、某デザイナーが「20年ほど前までは同じトレンドソースに対してどうアレンジするかがブランドとしての誇りでした。OEM/ODMの業界インフラが整備されたことでその誇りもなくなりました」と過去を振り返ったことがある。

ここを解決しない限りは、ワールドに限らず今後もブランドの統廃合はさらに進むだろう、というか進めるべきである。同質化しているくせにブランド数があまりにも増えすぎたのが今のアパレル業界である。




廃業できる企業は廃業した方が良いのではないか

 倒産と廃業は異なる。
倒産は負債を抱えるが、廃業は負債を抱えない。
経営者の資産は保全される。

国内の繊維製造加工業者は、縫製業も含めて倒産・廃業が毎年相次いでいる。

痛ましいことではあるが、最近は、「廃業できる企業は廃業した方が良いのではないか」と思うようになった。

ファッション業界には「日本の製造業を守れ」という声があるが、製造加工業全般を維持することは不可能である。
個々の企業努力に頼るほかなく、それを目的に行政が丸抱えにするのはまたおかしな話である。

となると、変革できない、変革する意思がない、という企業は資産があるうちに廃業した方が良いだろう。

製造加工業の中には意外にカネを持っている企業がある。
過去の蓄積された内部留保だとか、事業縮小する際に売却した工場跡地の土地代金だったり、工場跡地をショッピングセンターに貸した賃貸料だったり、である。

現在の事業が好調ではなく、さらに新規事業の構想もないなら、そういう企業は廃業した方が良いのではないかと思う。

産地企業の中にはファッション・インテリア用途をあきらめ、産業資材に活路を見出すところが少なくない。
産業資材は単価は安いが量がすごい。
何万メートルという量を生産できる。

ただし、コスト競争はシビアだし、契約はドラスティックだ。
次年度も契約が更新されるとは限らない。
それこそ中国をはじめとするアジア企業と熾烈なコスト競争を強いられる。

あと、商材として意匠はほとんどないから面白みにも欠ける。

この企業が大きな負債を抱えているなら、何としてでも負債をなくすために努力して存続すべきだと思う。
しかし、もしこの企業に莫大な内部留保や不動産収入があり、負債がないなら話は別だ。
廃業した方が良いのではないかと思う。

そもそもその企業の経営者にとって産業資材は「やりたかったこと」なのだろうか?
いろいろと理不尽でどうしようもない部分がある業界だが、意匠を含んだファッション用途・インテリア用途をやりたいのではないだろうか。
負債もなく、資産もあるのに企業存続のためだけに産業資材に特化するというのは、どうにも本末転倒な気がしてならない。

また、「産地を守れ」なんて言っているファッション業界人にとっても、残った企業が産業資材に特化しているなら、実はとくにメリットもない。
可能性があるとするなら、産業資材の端切れを使って何か雑貨を作れるくらいだろう。

となると、やみくもに継続を願うのは単なるセンチメンタリズムと言うほかない。

それよりも廃業をして、保全された資産を元手に元経営者が本当に「やりたかったこと」に挑戦する方が建設的ではないだろうか。

今後、日本の繊維製造加工業がすべて保全されることはありえない。

やる気のある企業
変革する意思のある企業
生き残りたいと強く願う企業

これらが各産地の中で数社ずつ残るというのが現実的な将来像ではないか。
そこに向けたサポートが必要とされていると感じる。

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スペックはセールスポイントではなく裏付けにすぎない

 製造工場が自社オリジナル製品を開発した場合、必ずと言って良いほど「スペック」を売りにする。
「日本製」は標準装備として、〇〇綿を使った〇〇糸だとか、力織機で織り上げた〇〇生地だとか、伝統の〇〇の技法を使ったとか、まあそんなことである。

しかし、いくら日本製だろうが、伝統の〇〇だろうが、消費者が物を購入する場合に重視するところはそこではない。
日本製で伝統の〇〇でも、モサっとしたデザインの製品は不要である。
しかもその価格が高額ならさらに不要である。

価値と価格が見合ってこそ物は売れるのであり、価値とはブランド力だったりデザインだったり、機能性だったりする。

製造業が立ち上げた自社オリジナル製品の価値はどこにあるのか?
そしてその価値は原価積み上げ方式ではじき出した価格に見合っているのか?

そこがはっきりしないと、いくらスペックを高くしても売れないものは売れない。
スペックがあるから売れるのではなく、売れた物をより安心させるためにスペックが存在するのである。
スペックは商品の裏付けである。

先日、レザーバッグ製造工場を営む福江さんに偶然に会った。
福江さんにはテキスタイル・マルシェでも何度もお世話になった。

大阪府和泉市に拠点を置くレザーバッグ製造工場でありながら、数年前からオリジナル製品の企画開発販売にも着手しており、少しずつではあるが着実に実績を積み重ねている。

とくにロングセラー商品となりつつあるのは、国内2位のデニム生地製造メーカー、クロキとのコラボレーションバッグシリーズだろう。
クロキの製造した28オンスの超ヘビーオンスデニムバッグで持ち手や各部にレザーをあしらっている。

オリジナル製品の販売することで、従来の製造業以外での立場が少しずつ理解できるようになってきたという。
そんな中で「一流と言われているブランドを見ていると、スペックを前面に打ち出していない。あくまでもデザインとかブランド力を打ち出している。職人がナンタラとか創業100何十年がナンタラというスペックは買った人を安心させるための材料にすぎないと思うようになってきました」ともおっしゃった。

これは非常に慧眼であるといえる。

製造業者のオリジナルブランドの多くが上手く行かない原因の一つに、デザインやブランド力を軽視して、製造スペックのみを強烈に推す。
しかし、そんなものを強烈に推されたところで要らない物は要らない。
ましてや価格は割高である。

さて、ちょっとここで、「Keisuke Okunoya」というブランドのTシャツを見てみよう。
たしか価格は6000円強だったはずである。
無地のVネックで白、グレー、紺の3色展開である。

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ユニクロのTシャツがだいたい定価1500円くらいで、値引きされて990円か790円か500円になる。
筆者の所有しているユニクロのTシャツは1枚も定価で買ったものではない。990円か790円か500円に下がってから買っている。

特定のデザインや色柄にさえこだわらなかったら1000円以下でTシャツは買える。
ユニクロや無印良品なら定価で買っても1500円とか1900円とかである。

そういう状況で6000円超えのTシャツは誰が何と言おうと割高である。

このブランドは短パン社長として有名(?)な奥ノ谷圭祐社長が企画したオリジナルブランドである。

フェイスブックやツイッターなどのSNSでのみ注文を受け付けるという変わった売り方をしている。
でも発送も手作業なら、そこに同封する手紙も手書きである。
デジタルなのかアナログなのかよくわからないブランドといえる。

で、このTシャツが900枚近くも売れた。

スペックだけでいうと、このブランドは今のところすべての製品が国産である。
原価率もだいたい40%は越えている。
しかし、それを全面に打ち出して販売しているのではない。

奥ノ谷社長が自身を全面的にアピールする。
そして奥ノ谷社長のファンがそれを買う。
奥ノ谷社長は「どうやったらかっこよく着こなせるか」「どういうコーディネイトができるか」を写真入りでいろいろと解説してくれる。

彼らはそれを評価して購入するわけである。

おそらく、製品が中国製だろうがベトナム製だろうが、ミャンマー製だろうが購入したのではないかと考えられる。

しかし、日本製であること、原価率が40%前後もあることなどの「スペック」は購入者をさらに安心させる材料となる。
「買って間違いなかった」と思わせる裏付けとなる。

製品販売におけるスペックの使い方というのはこうあるべきだろう。
とくに、製造業者がオリジナル製品を立ち上げる際には、このやり方を参考にすると良いだろう。




4年ぶりに東京でテキスタイル・マルシェを開催

 今週の21日から23日まで、4年ぶりに東京でテキスタイル・マルシェを開催する。

産地の生地メーカーや産元などが一般消費者に向けて生地を1メートルから切売り販売することを目的にスタートしたイベントだが、同時に小規模アパレルや独立系デザイナーへの販売も目的としていた。

知っている人は知っているし、知らない人はまったくしらないだろうけれど、第1回目は2010年12月に東京で開催した。
2011年6月の第2回目も東京で開催したが、それ以降は筆者も含む事務局員が全員関西在住ということもあり、関西での開催を続けてきた。

一般消費者向けとしては、2013年から年に4回ペースで阪急百貨店うめだ本店10階で開催しているが、1週間で300万円という売上高がコンスタントに作れるようになった。
そこで、今回は久しぶりに再び東京での開催に挑戦することになった。
さてさてどうなることやら。

開期:日時:5月21日(木)~5月23日(土)
     営業時間:21日(プレオープン)15:00~18:00
          (交流会)18:00~20:00 ご招待客様のみ
            22日 11:00~18:00         
           23日 11:00~16:00

各日入場無料

開催地: ふくい南青山291
      (東京都 港区南青山5-4-41 グラッセリア青山内)

出展者: 宮眞(丹後)、YS企画(京都)、林与(滋賀)、 松尾捺染(大阪)、細川毛織(大阪)、
      島田製織(兵庫)、 宏和産業(大阪)、バイストン(岡山)、藤原織布(大阪)、 荒井(福井)、
      福田織物(静岡)、昇苑くみひも(京都)

出展物: プリント生地、コットン、麻、シルク、帆布、ガーゼ、ワッフル、プリーツ加工生地、プリーツ雑貨、
      各種端切れ、綿薄地、ウール、カシミヤ、丹後ちりめん、ポリエステルちりめん、 先染め生地、
      正絹くみひも、各種アクセサリ―パーツなど

ぜひともご来場いただきたい。

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(第1回目の東京会場の様子)

ザ・テキスタイル
梶原 加奈子
日本ヴォーグ社
2015-05-08


SOU・SOUの名物裂 -テキスタイルデザイン手帖-
SOU・SOU
パイインターナショナル
2015-05-25



次の新しい芽は80年代ジーンズか?

 今春のデニム微増について、「目新しさがない」ことを指摘した。

そして90年代前半から何度か起きたジーンズブームは常に「目新しさ」があった。

93年からのレーヨン、テンセル素材によるソフトジーンズブーム

96年ごろからのビンテージジーンズブーム

99年ごろからのローライズジーンズブーム

2004年からの高額インポートジーンズブーム

2008年からのスキニージーンズブーム

を順番に見ると、常に「目新しさ」があった。

レーヨン・テンセルという新素材による柔らかいジーンズがあり、
その反動として綿100%のヘビーオンスデニムを使ったビンテージジーンズブーム、
股上を浅くするというシルエットの一大変化をもたらしたローライズジーンズブーム、
高額インポートジーンズブームはその延長線上だったが、スキニージーンズは貼り付くような新しいシルエットを提案した。

で、今春のデニム復調にはこれらの「目新しさ」が一つとしてない。

先日、某ブランドの展示会で「現在、もっとも目新しいジーンズは何か?」という内容でデザイナーと雑談をした。

このデザイナーによると、10代後半~20代の若い層にとって80年代のジーンズが目新しく映っているという。
そういう層は古着屋で80年代ジーンズを購入しているとも。

古着屋を取材したわけではないからこれが事実かどうかはわからない。
仮に事実だったとすると、たしかに現状もっとも目新しいのは80年代ジーンズだという意見には納得できる。

80年代ジーンズの最大の特徴は、まずハイウエストである点だ。

ハイウエストに関して言えば、ローライズが登場するまでそれが標準だった。
しかし、一昨年あたりから徐々に新シルエットとしてハイウエストが登場しているから、それを見慣れ始めた若者にとっては、80年代のハイウエストジーンズは「目新しく」映るのだろう。

そして何よりも現在のジーンズと異なるのは、その使われているデニム生地である。

現在のジーンズはビンテージジーンズブームのころの流れを受けている。
太さが一定しない綿のムラ糸を使い、それを織って表面に凹凸感のあるデニム生地に仕上げる。
製品を穿きこんでいくと、ムラ糸であるため不均一に色が落ちる。
それを通常「タテ落ち」と呼ぶ。

ところが、80年代のジーンズに使われているデニム生地はタテ落ちしない。
なぜなら、使われている綿糸は均一であり、デニム生地の表面は凹凸感が少なく滑らかだからだ。

また、現在みられるような「ヒゲ」が濃く入った洗い加工もない。
ヒゲ加工が考案されたのもビンテージジーンズブームからであり、その前にはヒゲ加工なるものは存在していなかった。

均一で滑らかな表面感のデニムを全体的に均等に色落ちさせるのが80年代の洗い加工である。

ヒゲ加工ばかり見て育ってきた若い層にそれが新鮮に映るのも当然だといえる。

手持ちの商品画像がないので、1990円7月のブルータスのページから抜粋していくつか写真を掲載する。
ヒゲ加工のないハイウエストジーンズがどんな物なのかが、幾分イメージしやすくなるだろう。
ただ、このカラーページは少し変色しているので、そのあたりは割り引いてもらわねばならないが。

90年ということで、80年代後半の商品とそう大きくは変わらない。

写真 11
写真 22

(ヒゲのない洗い加工)

写真 33

(ヘソの真下まである股上の深さ)

しかし、この号が発売されたのはちょうど25年前である。
四半世紀前である。

筆者は当時20歳だった。

25年前の商品を今の30代前半以下の層は見たことがない。
もちろん20代後半~30代前半の層は90年の商品を見ているが、0歳~10歳という幼さであるから、ほとんど記憶には残っていない。

筆者らオッサン世代にとっては、90年の商品なんて古臭くていくら流行しようと二度と着用したくないが、30代前半以下の層にとっては、初めて見る目新しい商品だといえる。

90年ですらこうなのだから80年代の商品ならなおさらである。
80年代の商品なら30代後半でも目新しく映るだろう。

もし、ブームを起こせるほど目新しいジーンズということになると、現時点では80年代ジーンズではないだろうか。
これを現代風にシルエットや素材をアレンジしてみてはどうか。

とくに素材はストレッチ混にすべきだろう。それによって可動域が広がるからシルエットも変化させられる。

素材の表面感にしても凹凸感をなくしてみてはどうか?
およそ20年ぶりにムラ糸とタテ落ち、ヒゲ加工の呪縛から逃れてみてはどうだろうか?

上手く行くと、今後20年先までのエポックメイキングになるかもしれない。

ジーンズ専業メーカーに期待したいところだが、現状を見るとそれは無理だろう。
これに取り組む先があるとすると、それはジーンズ専業メーカーではないだろう。




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