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南充浩 オフィシャルブログ

着物の需要が伸びないのは業界側に問題がある

2015年5月26日 未分類 0

 筆者は日本の繊維製造業は洋装向け・和装向けを問わず、全企業を生き残らせる必要はないと考えているし、現実的に全企業を生き残らせることは不可能だと考えている。

生き残りたいと強く願う企業、変革したいと願う企業、生き残る力をすでに身に着けた企業、以外は淘汰されても仕方がないと思っているし、淘汰されるべきだとも思っている。

それを前提にこのニュースについての感想を述べたい。

スーツの代わりに着物を 経産省が「きものの日」導入検討 職員に和装出勤を促す
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20150524-00000003-biz_fsi-nb

経済産業省が、職員に和装出勤を促す「きものの日」の導入を検討していることが24日、分かった。国内和装産業の振興を図るため、スーツの代わりに着物で出勤できる雰囲気をつくるのが狙い。和装文化を学ぶセミナーや、イベントも開催し、着物を日常生活に取り込むことを目指す。

経産省幹部は「着物をもう一度、日常着にするのが最終的な目標だ。手始めに外務省や文部科学省など他省庁にも働きかけ、着物で出勤できる日を広めていきたい」と意気込んでいる。

とある。

筆者のフェイスブックにはなぜだか和装関係のお友達が数多くいて、彼らの半数近くはこの取り組みに賛成している。
立場上それはわからないではないが、個人的には、この取り組みは消費者が和装から離れた根本原因を何も解決せずに、鎮痛剤だけを打つような延命治療に過ぎないと感じている。

消費者が着物離れを起こした理由は過去にも何度か述べたが改めて列記してみる。

1、現在の着物の形状が日常生活を送る上において機能的ではない
2、着付けが難しく自分一人で着用できない
3、コーディネイトや着こなしに細かな約束事が多く面倒に感じる
4、高価格すぎる
5、洗濯も含めてメンテナンスが面倒すぎる

以上の5点である。

まず、1についてだが、この経産省のプランで行くと、日常業務にも着物を着ることが目的とされているが、現在の形状の着物は機能的でないので日常業務で着用するには不向きである。
例えば自転車だって乗りにくい。
着慣れた人からは「わたしは着物を着て自転車も乗れますよ」という声を聴くが、そこまで着慣れるまでどれほどの我慢が必要なのだろうか。
着物ファンならその我慢も甘んじて受け入れるだろうが、ファンでもなんでもない一般消費者がどうしてそこまでの我慢を受け入れなくてはならないのか。

そもそも着物が機能的であるなら、どうして幕末の戊辰戦争で、薩長軍は洋装になったのだろうか。
筒袖・ズボンという形状の方がはるかに動きやすいからである。

次に2についてだが、自分一人で着られない物が日常衣服になりえるはずがない。
ましてや着付け代はそれなりに高額である。
毎回それを支払って着るような面倒な衣服を数多く着用したいと思うのはよほどの金持ちだろう。

3については、本来は洋服も同じである。
フォーマルや男性のビジネスウェアに関しては面倒な決まりが今でもある。
しかし、カジュアル化が進んだおかげで、カジュアルに関して言えばほぼ無法地帯である。
例えばジーンズとTシャツに、プレーントゥの革靴を履いている人がいる。
トップスとズボンはカジュアルなのに、靴だけがフォーマルであり、由来を考えるとかなりチグハグなコーディネイトだが、今では普通のコーディネイトである。

着物のコーディネイトも幾分昔よりは自由化しているが、いまだに原理主義者のような人も多くいる。

そんな面倒な規範に縛られた衣服を日常的に着用したいと思う人間はかなり少ないだろう。

4については価格の見直しが必要である。
着物業界において「10万円の着物は安物」という考えが主流だが、洋服を着慣れた人間からすると10万円の洋服は超高額である。
ポールスミスのスーツだって10万円以下で買えてしまう。
同じ10万円を使うならブランドステイタスの高いポールスミスのスーツを欲しいという消費者の方が多数派だろう。

そもそも「日常着」だった着物が昔もそんなに高かったはずがない。
そんなに高い衣服を庶民までがあまねく着用していたなら、日本はそれこそ黄金の国である。

今、着物が超高価格になったのは、売れ行き枚数の減少を単価増でカバーしたいという業界側の思惑である。業界都合の価格をどうして消費者が受け入れなくてはならないのか。

価格の話になると「今でも安い着物はあるけどそんなに売れていない」という反論が業界人からはあるが、じゃあ、その低価格着物とやらをどれほど本気で売り込んでいるのか?どれほど本気で消費者に告知しているのか?
とりあえず作って、とりあえず並べましたでは売れるはずもない。
そんな売り方ではユニクロだって売れない。

低価格品のユニクロがどれほどの広告宣伝費・販促活動費を投下しているのか。着物業界はユニクロほど広告宣伝・販促活動に力と金を使っているのか。

ポールスミスほど広告宣伝・販促活動に金を使っているのか?
ブランドステイタスを高める活動をしているのか?

筆者には甘えとしか聞こえない。

5については洗濯や保管が面倒である。
良い悪いは別にして、スーツだって「洗えるスーツ」が登場しているご時世である。
ホワイトジーンズだって防汚・撥水加工が施された商品が登場している。

果たして着物がそこまで利便性を考慮した商品を開発しているのだろうか。

そして着物業界衰退の一端はこの記事の文中でも指摘されている。

消費者の「着物離れ」が進み、事業者が高額商品に軸足を移したことで、着物は「特別な日に着るもの」として日常生活から遠ざかった実情がある。

とある。

販売枚数の減少を単価アップで補おうとして今に至っているのである。
そんな業界都合なんて消費者からしたら「知らんがな」である。

もちろん、こういう取り組みから始まって徐々に業界構造と展開商品を変えるという生き残りの手法はある。
そうなれば良いが、筆者の目には、現在の着物の形状と業界構造を維持したいだけの取り組みと見える。これは筆者の先入観もあるのだろうけど。

和装・洋装ともに最近「国内の製造業を守れ」みたいな風潮があるが、なぜ守らなくてはならないのか。
過去ずっと助成金だ補助金だで守られてきた業界ではないか。
まださらに守られねばならないのか?
それこそ既得権益ではないのか。

経済界や政界の既得権益をぶっ壊せと叫んでいる輩が、なぜ製造加工業の既得権益だけは守ろうとするのか。
それこそ自己矛盾も甚だしい。

現在、洋装・和装とも国内の製造加工業はあと何年続けられるのかわからない状態にある。
その原因の一つとして後継者難がある。
給与は伸びないから若い人が集まらない。
だからと言って若い人を非難するのは筋違いである。だれしも給与の高い企業で働きたいし、将来性のある分野で働きたい。
現に、中国だってある程度の経済成長を果たすと、繊維製造業で働きたいという若い人が減少している。
現在は工員を集めるのに一苦労である。
過去の欧米だってそうだ。

最終的には和装も洋装も国内製造加工業は一握りが生き残り、日本全体が一つの産地とならざるを得ない。

そこに向けてどうソフトランディングさせるのかがこれからの課題である。
物作りノスタルジーを振りかざすだけではどうにもならない。

最後に、着物業界は販売店側にも問題がある。
ポールスミスやバーバリーを越えるほどの超高価格品を扱っているにもかかわらずブランディングが下手くそである。下手をするとそんなことを意識したこともない店も多いように感じる。

最近、知り合って2度ほどお会いした呉服店みさ和の2代目社長、大塚直人さんのブログにそのあたりのことが断続的に記されている。

http://tsukachan330.hatenablog.com/

以前に中川政七さんにコンサルタントを受けられたそうで、叱られない程度に過去のいきさつをブログで書かれてある。

例えば

「着物屋さんの悪いところはターゲットにするお客さまや取り扱いの商品を

 全方位でやろうとしているところなんです。

 多分、お客さまのニーズにすべて答えようと思っていたりそうしないと

 他店との差別化が図れない、売上が成り立たないって不安なんでしょうけど。

 それって今の時代、今からも絶対やっちゃいけない事だと思いますよ。」

 それはそれは外の業界から見た着物の世界の異質な部分をバンバン言って頂いて

 終日フルボッコにされました。

 もうヘコみまくりでしたが確かにおっしゃる通り。

 では、この打合せ中にすんごいたくさん問題点が出たんですが、

 新ブランド立ち上げに際して組み立てを行なう事が決定したものを

 箇条書きで纏めてみます。

①ターゲットとするお客さまはトコトンまで細かく設定をしてそのお客さまが

 喜ぶ商品構成、お店作りをする事。それ以外のお客さまは考慮に入れない考えない。

②価格、取り扱い商品のセレクトに制限をつけてお店のテイストが維持出来る

 ルール作りをしっかりと行なう。それを守る事が出来る責任者を作る。

③お客さまがお店に触れる、知る事為のタッチポイント

(HP、web、DM、チラシ、店頭、買物袋、名刺、スタッフ、イベント)は

デザインや運営方針を統一させる。

④取り扱いをしている商品を「着物」って考えてこれまでの業界の慣例や

常識に囚われないようにする事。

あくまで「ファッション」として考える事。

⑤商品についているパッケージ(ナイロン袋や下げ札、箱など)が

 まるっきり統一されていないので見せ方を考える。

「あとですね。 着物のお店の人達、とりわけその経営者はもっと勉強して下さい。

 ファッションについてやお店の見せ方、着物を楽しんで頂く方法や伝え方。

 他の業界、例えば他のアパレルブランドも景気がよくないって悩んでいる

 ところも多いですけど彼らは日々勉強をして自分たちのターゲットのお客さまに

 どうすれば楽しんでお店に来てもらえるか必死で考えてますよ。」

「短くしか分析出来てませんが、それが着物業界には足りない。

人や環境や政治のせいにしてたってしょうがないですよ。

周りみんな条件は一緒なんですから。

昔は良かったとか日本人は着物を着なきゃいけないとか言ってる時点でおかしい」

とある。

まさしくその通りで、超高級品を扱っているわりには見せ方・並べ方がダサい店が多い。
またパッケージや下げ札、ショッパーなどがダサい。下手をしたらシモジマあたりで適当に購入している場合もある。
何万円もするような商品をシモジマの紙袋に入れられて満足する消費者が存在するのだろうか。
それこそアパレルブランドはショッパーのデザイン一つにしてもブランドイメージを統一している。

そしてこれは洋装の産地企業も同じである。
昨今は産地の製造加工業者が自社製品を開発しているが、パッケージや下げ札、ショッパーのデザインには無頓着である。
それこそ平気でシモジマで買ってきた紙袋を使っている。
産地企業が作る製品だからそれなりに高価格である。その高価格品をシモジマの紙袋に入れていては消費者の支持は得られないし、リピーターも獲得できない。

横道にそれてしまったが、和装の問題点は製造側だけでなく販売店側にも大いにある。

そこを放置したままでは、経産省がいくらお仕着せしたところで着物の需要が圧倒的に回復することはありえないだろう。
着物は今の「コアなファンだけが着る」という状態で構わないと思うのだが。

補足:着物に関してどう考えているかというと、無理に需要を伸ばす必要はなく、現在のままの「愛好者」「コアなファン」が着る伝統衣装という立場を維持すれば良いと考えている。
製造業者は徐々に減るだろうが、いかにしてそれをソフトランディングさせるかが課題といえる。

ただ、業界関係者や経産省が「着物需要を増やそう」と本気で考えているなら、お仕着せ制度は無意味で先に述べた点を抜本的に改革するほかないと考える次第だ。




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