「大量生産の否定」と「雇用の確保」は両立不可能
2021年5月20日 製造加工業 0
国内のデニム生地生産最大手といえばカイハラだが、カイハラのデニム生地生産数量を把握している人は川下には少ない。
ちなみに、過去記事をさかのぼって調べると、カイハラのデニム生地生産量は近年、年々減少していることがわかる。
この2014年11月の記事では
日本では紡績からロープ染色、織布までの一貫生産体制を持つ企業はカイハラのみ。年間3600万mの生産能力を持つカイハラは、日本製のデニム生地では圧倒的なシェアを占めていると見られている。
とあるが、
2019年放送のカンブリア宮殿では
こうして生まれるカイハラデニムは年間2400万メートル
と報道されている。
ということは、5年間で1200万メートルが減産しているということになる。これが違うというのであれば、どちらかの報じている数量が嘘だということになる。
ちなみにカンブリア宮殿では、2400万メートルのデニム生地で2100万本のジーンズが生産されると報道している。
ジーンズの用尺は平均すると2メートルだから、もっと少ない本数が生産されそうだが、意外に多くなっているのは、恐らくは廃棄する生地の切れ端まで含めて換算しているからではないかと思う。
生地の廃棄する部分を極力減らしたいなら、着物を着るしかない。
長方形の生地の中から、直線と曲線の組み合わさったパーツを裁断するから、当然、捨てる部分が出てくる。
着物はほどくと真四角なので生地を捨てる部分がほとんどない。
半月型に何十センチか残った生地を使って小物雑貨を作るというビジネスを考えられなくもないが、製造するということは工賃が発生し、それをペイするためにはどこかで販売しなくてはならなくなる。
そして物を販売するためには輸送コスト、発信コスト、販売コストなどが生じるだけでなく、必ず売り切れるという保証はないから、在庫を抱えるリスクも生じる。
机上の空論家たちからすれば、理想的なビジネスに映るのかもしれないが、生地の切れ端ならはっきり言うと捨ててしまった方がリスクもコストも削減できる。
当方が事業主なら躊躇なく捨てる。もちろん、趣味程度に個人や仲間たちだけで楽しむための小物雑貨製作は否定しないが、ビジネス化するにはリスクとコストの方がかかってしまうという事実は認識しておくべきである。
さて、減産しているとはいえ、年間2400万メートルの生産量というと1個人から考えると途方もない数量である。しかし、トルコの最大手のデニム生地工場であるISKOは年間3億メートルである。
年間3億メートル(地球を約7.5回ラッピングでき、約2億本のジーンズの製作)の生産規模を誇っています。
とある。
最近のメディアの報道では、やたらとオーダー生産が称揚されていて、売れ残り在庫を作らない理想的なビジネスかのように伝えられている。
当方はデニム業界が長かったので、一例としてデニム生地について挙げてみたが、デニムに限らず短納期のオーダーブランドが成立する理由は生地、副資材(芯地、ファスナー、ボタン、タグなど)が大量生産されているためである。
そして、全ブランドをオーダー化するのはやってみればできなくはないだろうが、そうすると、例えばカイハラやISKOの雇用はほとんど失われてしまうことになる。
人間というのは当方も含めて自分がかかわっている分野以外にはまるで想像力が働かないから、川下の人間や衣料品に関係のない人間からすれば、カイハラやISKOが大量の雇用を生んでいることなど全く想像もできないのだろう。だから「全ブランドオーダー化でクリーン」とかそんな寝言を言っていられるのだろうと思う。
カイハラは広島県福山市、ISKOはトルコという地域での雇用を生んで、地域貢献しているということは東京都心やニューヨーク都心での雇用を生むよりもある意味で得難い存在であると言わねばならない。
その一方で、昨年春からのコロナ禍において、世界各国で衣料品や繊維の減産が行われることに対して
発展途上国の雇用を守れ
アジアの雇用を守れ
と叫ぶ人が少なくない。
そしてこれを叫ぶ人はかなり高い確率で、「衣料品の大量生産は悪だ」とも叫んでいるわけである。
常々書いてるように大量生産と過剰生産は別物で分けて考えないと衣料品に限らず産業は成り立たない。
まあ、しかし、五百歩くらい譲ってイコールだとしても、大勢の雇用を守りながら大量生産の廃止なんていうのが成立しないということは誰でも少し考えればわかるだろう。
大量生産をやめて減産すればするほど工場の雇用は減る。
工場の雇用を守るためにはある程度の大量生産が必要となる。
超高額品にすればいいという議論も聞こえてきそうだが、気仙沼ニッティングは年間何枚売れているのか?また気仙沼ニッティングが使用している毛糸は大量生産品ではないのか。
どちらにせよ、江戸時代や産業革命以前のような家内制手工業の時代には戻ることはできないし、当方は戻りたいとは思わない。
両立不可能な理想を追求するよりは、現実的な施策を考えた方が企業の業績も良くなるし、国益にも沿う。
カイハラデニムのクッションカバーをどうぞ~