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南充浩 オフィシャルブログ

心斎橋オーパが回復できずに撤退に追い込まれた理由を考えてみた

2026年1月26日 売り場探訪 1

先日、心斎橋オーパが閉店した。

「心斎橋オーパ」31年の歴史に幕 平成ギャル文化の発信地を惜しむ声

 

もちろん、突然閉店したわけではなく、以前から告知されている通りに閉店した。理由としてはいろいろとあるが、晩年はめっきり来館者数が減って存在感を無くし、売上高が減少したことが最大の要因だろう。売れて儲かっていれば、企業は営業を続行する。

 

大阪の商業施設「心斎橋オーパ」を閉館した。1990年代には「関西のギャルファッションの聖地」と呼ばれた名所が、31年の歴史に幕を閉じた。

スマホで最後の姿をとどめようと撮影する数百人の客が別れを惜しんだ。

 

 

人の数に応じて好き嫌いはあるが、個人的には不振で閉店する店に対してセンチメンタリズムを煽るような、この手の「惜しむ」報道は好きではない。無意味だからだ。そんなに惜しまれているなら、そもそも来館者数が激減して売上高が低下することがないからだ。客が来なくなったということは、支持されていなかったということになる。

心斎橋オーパは大阪・ミナミを代表するファッションビルとして1994年に本館、98年にきれい館がオープンした。売り場面積は約1万3600平方メートル。御堂筋沿いに立地し、大阪メトロ御堂筋線・長堀鶴見緑地線心斎橋駅に地下通路で直結するアクセスの良さもあり一世を風靡した。ギャル文化が盛り上がっていた2005年~08年ごろのピーク時には現在の倍以上の100ブランド以上が出店。元日の初売りには長蛇の列をなし、約6000個の福袋が完売するなど「東のマルキュー(渋谷109)、西のオーパ」として関西のファッション発信地として名を馳せた。

10代から20代前半の女性を中心にギャル文化の聖地として支持されていたが、「HMV心斎橋」(2018年に書籍と音楽を融合させた複合業態「HMV&BOOKS SHINSAIBASHI」として再出店)や、地下2階のフードコート(店舗面積は約1324平方メートル、席数は303席)などファミリーや男性の利用も多かった。

 

とあるように、たしかに90年代後半から2000年代半ば頃までのギャルファッションブームの集積地としては東京の109と心斎橋オーパが東西の双璧だった。これは紛れもない事実である。
しかし、現実問題として109は持ち直したが、心斎橋オーパは沈んで閉店してしまった。この違いはどこにあるのだろうか。もちろん、渋谷と心斎橋の流入人口の違いはある。それを考慮しても、西日本では屈指の人口流入がある心斎橋地区で、商況を立て直すことは不可能ではなかっただろう。
細かい財務内容とか各種の契約などは当方の立場としてわからないから、外野から眺めた施策の違いについて考えてみたい。

 

どちらも2010年ごろから、ギャルファッションが廃れて、商況は苦戦し始めたことは共通している。先日、掲載した当方のインタビュー記事では、109が2014年ごろから飲食とエンタメを強化したことが語られている。一方、心斎橋オーパは当方が外野から眺めている限りにおいて、飲食は多少強化していたがエンタメはさっぱり強化していなかった。

 

 

心斎橋オーパはいつの時代でもファッション衣料テナントを入れ替えることで売れ行き、来館者数を向上させようとしているようにしか映らなかった。
個人的には、心斎橋オーパはファッションブランドの入れ替えで何とかしようとしていたとしか思えない。衣料品業界人からすれば至極真っ当な発想ではないかと思うが、現在の消費者の購買行動を見ていると、衣料品への支出優先順位が明らかに低下していて、飲食、エンタメへの優先順位が上位を占めている。

 

そうなると、109の施策が正解で、ファッションブランドに終始したオーパの商況が上向かなかったことは極めて当然の結果といえる。一方、109は東京・渋谷にしかない(あべのキューズモール2階フロアの一画にもコーナーがあるが)が、オーパは日本各地に何店舗かある。
そうなると単館と複数館の施策は自ずと変わらざるを得ないので、もう少し違った視点も必要になる。

 

個人的に、オーパと近しいニオイがする施設はマルイではないかと思っている。マルイはオーパと同じく日本国内に複数館ある。かつてはオニイ系ファッションの集積地だったが、オニイ系が衰退するとともにモデルチェンジをして生き残った。
心斎橋の近隣に難波マルイがある。この難波マルイも心斎橋オーパと同様に2010年代半ばからは来館者数の減少が顕著だった。しかし、2010年代後半、2020年代になってからモデルチェンジをしてそれなりの来館者数を回復している。

難波マルイと心斎橋オーパの差はどこにあったのか。これも施策だけを考えてみる。難波マルイの回復が顕著になったのは、かつてのファッションブランドをほぼ一掃して、低価格店の集積地になってからである。ユニクロ、ジーユーはそれ以前からあったが、百均のセリア、オフプライスストアなどを各フロアに集積した。はっきり言って「安物の集積地」である。

 

しかし、これが好評だったようでセリアには平日昼間でもそこそこ客がいる。オフプライスストアにはインバウンド外国人客がそこそこいるし、ジーユー、ユニクロの集客力は相変わらず強い。これらの「安物の集積」に加えて、フロアで埋まらなかったスペースをエンタメ向けにした点も大きかったのではないかと思っている。定期的にゲームやアニメなどエンタメのポップアップストアが入れ替わるようになっており、集客装置としては一定の役割を果たしていると思われる。

 

結論から言えば、心斎橋オーパもアニメ・ゲーム・アイドルなどのエンタメを強化し、飲食を強化するか安物を集積するか、すれば一定の回復はあったのではないかと、結果論ではあるがそう思えてくる。

ギャルファッションの「次のファッション」という視点にコダワリすぎたため、心斎橋オーパの閑散化には歯止めが効かなくなったのではないだろうか。

ファッション一本鎗の施策の危険性を心斎橋オーパの凋落は教えてくれているのではないだろうか。

 

 

 

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 comment
  • 偽ずんだもん より: 2026/01/27(火) 2:43 AM

    最近のデニムブームはどうなんでしょうね?

    どこも同じような商品の小規模ブランドが増えて、タグやステッチくらいでしか見分けがつかない感じですが・・・

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