「スニーカーブーム」報道に感じる違和感
2025年10月16日 トレンド 0
先日、地元で昔ながらの秋祭りがあった。
そんなに著名ではないから観光客が押し寄せるわけではないが、地元民がそれなりに見に来ていた。
そんな地元民をぼんやり眺めていたが、それなりに高齢者の比率が高かった。そしてその高齢者は体感的にほぼ100%の確率で男女とも何らかのスポーツブランドのスニーカーを着用していた。
昔ながらの年寄り向けのギョウザ靴とかBBAパンプスなんて履いている年寄りは一人も見かけなかった。
足腰が弱っている年寄りにこそスニーカーは適している。
高齢者にまで浸透しているスニーカーはすっかり全世代の必需品として定着したといえるということはこのブログで何度も書いてきた。
しかし、メディアや一部業界人はいまだに「スニーカーブーム」にこだわっている節が見受けられ、違和感がある。「定着した必需品」という視点を欠かすと、スニーカーの販売方針を誤るのではないかと当方は思っている。「定着した必需品」でその上でどう売るのかが重要なのではないだろうか。
そんなわけで、この「スニーカーブーム云々」という見方は個人的に評価していない。
例えばこの記事。
- 「スニーカーブーム終焉」と言われるなかでも、主要ブランドが再びスニーカーを重視している。
- プラダやプーマなどがランウェイやコラボで新モデルを発表し、文化的、経済的価値を再定義している。
- 価格戦略やコラボ拡大により、スニーカーがハイブランドの新たな顧客接点として機能している。
まとめを記事から引用すると上のようになる。
ハイブランドのコレクションショーでスニーカーが復活しているから「スニーカーブームの終焉」ではないという記事なのだが、この「スニーカーブームの終焉」という見方が根本的に間違っていると当方は考えている。
2,3年前に突如として「スニーカーブーム」が終焉したと言われており、そういう記事が多数掲載されたし、今も掲載されている。
しかし、メディアがいう「スニーカーブーム」とは一部のブランドのレア商品だったり、復刻版商品に限定されていた。しかもそれは投機的転売目的で、高額で取引されていた。その転売市場が過熱ブームだっただけのことで、普通の人は普通の価格帯のスニーカーを老若男女が着用していた。
「スニーカーブームの終焉」というのは、この「投機的転売ブームの終焉」に他ならない。
「ブーム終焉」と報道された以降もスニーカーを着用している人は相変わらず多い。一部のトレンドとしてトラディショナルなワークブーツやローファーが復権したくらいで、着用人口比率で言えば今でも圧倒的にスニーカーが多い。
レア物スニーカー愛好層と通常のスニーカー着用層は全く異なる人種で消費行動は交わらないと考えた方がわかりやすい。
子供から老人層までのマス層にはすでにスニーカーは「必需品」として定着している。別に終焉してもいないし、今後も確実に日常的な必需品として生き残るだろう。
当方はレア物スニーカーにさっぱり興味が無い。また転売にも全く興味が無い。だから、レア物スニーカーの投機的転売ブームを全く評価していないし、復活してほしいとも全く思わない。
ガンプラファンだから「レア物」に対するファンの需要ということ自体は理解できるが、メディアや一部の業界関係者がポジショントーク交じりに投機的転売ブームを煽ったり持ち上げたりすることは害悪ではないかとすら思っているほどである。
またファッション的にもスニーカーは投機的転売ブームとは関係なく常に選択肢の一つとして残り続けている。特にメンズにおいては、スニーカーは欠かせない靴である。
メンズだとビジネスシューズか、トラッド系のワークブーツ・ローファー類か、スニーカー、夏のサンダルくらいしか選択肢が無い。その選択肢の一つが完全に無くなることは普通に考えてあり得ない。
国内市場においてはスニーカー店は圧倒的にABCマート一強になっているが、あんなに隣接して同一エリアに複数店舗を出店して成り立っているのだから、ABCマートへのスニーカー需要そのものが多いと伺い知れる。
もちろん、投機的転売市場やハイブランドではスニーカーの捉え方が異なるのだろうが、マス層からすれば定期的にABCマートで割引販売されているナイキ、アディダス、ニューバランス、リーボックあたりのスニーカーを購入しているわけだから、「ブーム」だと煽られたり「ブームが終焉した」と下げられたり、「実はブームは終焉していませんでした」と謎の復活宣言をされても、さっぱり実感が涌かない。
市場自体がマス層とは異なることは承知しているが、あまりにも業界関係者とメディアはマス層から乖離しているのではないだろうか。
最近、世論調査でいわゆる「オールドメディア」と呼ばれる「マスコミ」の調査が日本だけでなく、海外でも的中しなくなってきている。その要因は様々あるだろうが、こういうマス層との乖離の大きさも要因の一つではないか。「スニーカーブーム云々」の報道はそれに類した事例だと個人的には感じられてならない。