
シルクがマス向けの衣料品用生地として需要拡大できにくい理由
2025年6月23日 素材 0
先日、小規模なセミナーを拝聴した。
ミノムシ繊維「ミノロン」についてのもので、農研機構の方のセミナーだった。
ミノロンは興和が現在ビジネス展開を開始したが、実際は農研機構との共同研究開発である。代表的な商品化事例はヨネックスがテニスラケットのフレームの一部に素材を採用したことだろう。
ヨネックス社から農研機構へ、ミノムシシルク素材を搭載した新製品テニスラケットが寄贈されました | 農研機構
2025年2月4日、ヨネックス株式会社から「MINOLON(ミノロン)」という新素材を使用したテニスラケット 新「EZONEシリーズ」が、農研機構に寄贈されました。
「MINOLON」は、農研機構との共同研究成果を活用して興和株式会社が製品化したミノムシシルク新素材です。今回、新型テニスラケットのシャフトの部分に、「MINOLON」を複合した素材が使用されました。
ミノムシシルクの実用素材としての可能性を最初に発見した農研機構に敬意を示していただき、ヨネックス株式会社 生産・技術本部 環境対策推進室 千葉慎一郎室長と中西悠子課長が、つくば市大わしの生物機能利用研究部門(生物研)に来訪されました。ミノムシシルクの研究を担当している生物研 絹糸昆虫高度利用研究領域 新素材開発グループの研究者が見守る中、千葉慎一郎室長から生物研 立石剣所長にテニスラケットが手渡されました。
とのことで、今年2月の記事である。
今回の小規模セミナーで印象的だったことは、いくつかあるが、その中の一つに「シルク=蚕」ではないということである。
生物が生成するたんぱく質を原料とした糸がシルクと定義されているので、蚕以外の虫が作り出すたんぱく質の糸でもすべてシルクになる。ちなみに蜘蛛の糸もシルクで、蜘蛛はご存知の通り昆虫ではない。なので「生物」という言い方になる。あと、サソリの一種や貝の一種もシルクを生成するとのことである。
蜘蛛の糸にせよ、ミノロンにせよ、引っ張りに対しては相当の耐性があって破れにくいという特質がある。そのため、ミノロンは現在シート状にしてテニスラケットフレームの一部に「衝撃吸収材」として使用されているわけである。
「繊維」というと、ともすると「衣料品用生地」への活用を期待する業界人、業界メディア人が多いが、当方は残念ながらマス向けの衣料品用生地には適さないと見ている。
というか、ミノロンに限らず、通常の蚕シルクも衣料品用生地としてマス層に復活することは難しいと個人的に考えている。
蚕シルクに限らず、シルクの欠点としては
・黄変する
・摩擦に弱く表面が毛羽立ちやすい
ということがある。もちろんミノロンも同様だと農研機構の方は明言する。
この2点以外では
・通常洗濯しにくい(しにくいと思われている)
・虫食いされやすい
ということも当方は大きな欠点だと思っている。
この4つの欠点があるため、シルク生地はマス層に広がりにくいと考えられる。
その代表的事例がユニクロのシルク服だといえる。
2013年7月30日の発表で、2013年秋からシルク服を開始した。
ユニクロは2013年秋冬シーズン、シルクとカシミヤ商品を世界各国で順次発売する。本格的な世界展開が初めてになる「シルクプロジェクト」スタートと同日の7月30日、ユニクロ銀座店12階で「ユニクロ 2013FW シルク・カシミヤプロジェクト説明会」を実施。
ユニクロならではの日常に取り入れやすいカジュアルな印象に仕上げた。手洗い可能な全18型、90色柄のデザインバリエーションで展開し、価格は1,990円〜5,990円。
というのが、2013年7月30日時点での発表だった。
これに対して、当時、和装界隈を中心とした層からは大きな反発や懸念が相次いだ。
だが、2013年秋冬以降、ユニクロはシルク服を継続していない。ここで同時に採りあげられたカシミヤは現在まで継続しているにもかかわらず、だ。
カシミヤも全店舗展開かどうかはわからないが、少なくとも2024年秋冬まで主要店舗では展開継続されている。
ということは、シルク服は売れなかったと考えられる。
一定数量が売れているなら、よほどの事情が無い限り、ユニクロは複数年の展開を継続しただろう。それが無かったということは売れ行きがユニクロの想定を下回ったということに他ならない。
では1990~5990円という低価格にもかかわらず、シルク服が売れなかったのはなぜだろうか。
当方は、先に挙げた4つの欠点のために、マス層からは敬遠されたと見ている。シルクに高級素材が多いことは多くの人が知っている。だが「高級であることを知っている」のと、それが「欲しい」ということは必ずしも結びつかない。
高級であることを知っているが、めんどくさそうなのであまり欲しくないというのが、シルク服に対するマス層の判断だったと考えられる。
これは近年、ウール製品の供給と需要が減少し続けていることと同じ理由ではないかと思われる。
いくら高級でも洗濯や保管に手間がかかる生地を今のマス層は望んでいないのではないか。少なくとも当方はそうだ。一人暮らしゆえに洗濯と保管を自分でやっていると、なるべくめんどくさくない生地で作られた服を選ぶ。
農研機構サイドとしては、研究機関なので衣料品用生地にこだわる考えはさらさらないとのことで、衝撃吸収材のほか、メディカル用品や化粧品などへの供給をメインに考えているそうで、その選択は全く正解だといえる。タンパク質なのでメディカル用品や化粧品などへの供給は非常に適正だと思われるし、何なら、サプリメントへの転用も有効ではないかと思えてくる。
二次加工を施すことで、ウォッシャブル性を付与することはできるが、シルクそのものが元々高額だろうし、二次加工を施すことでさらに価格は上乗せされる。そこまでしてシルク製の服が欲しい人がどれほど存在するのかと考えるとかなりの少数派ではないだろうか。
そんなわけで、メディカル用品・化粧品・衝撃吸収材としてミノロンが販路を広げることに期待したいと思う。