
イトーヨーカドーに見る「己を知る」ことの難しさ
2025年4月2日 企業研究 1
彼を知り己を知らば百選危うからず。
孫子の有名な一節である。だが、実際のところは「彼を知る」ことは比較的容易である。
相手のことを虚心坦懐に観察し、なるべく希望的観測を排除して分析すればだいたいのところは正確に理解できる。ただし希望的観測が過剰に含まれていればダメである。
しかし、彼を知ること以上に己を知ることはかなり難しい。己を正確に極めて客観的に観察できる人間はあまりいない。当方とて全くできていないだろう。
イトーヨーカドーとアダストリアのコラボブランドの「ファウンドグッド」が始まったが、業績はどうなのだろうか。業界メディアや経済メディアは概して好調と伝えている。
一例を挙げるとこの記事。
モデル店舗である木場店の滑り出しの実績では、アパレル平場の客数が1.4倍に上昇し、新規顧客の割合が12.4%だった。ヨーカ堂が重視している食品との買い回りも1.4倍に増え、アパレルと食品を買い回る客の客単価は2倍になった。来店顧客に占める30〜40代の女性の割合は、導入前の40.7%に対し、導入後は49.4%に増えた。
ヨーカ堂の梅津尚宏・執行役員専門店事業部長は「アパレルにとどまらず、食品を含めた売り場全体に30〜40代の女性のお客さまを呼び込んでくれた」「アダストリアは(ヨーカ堂の)販売員の接客研修にも力を入れており、現場のモチベーションも上がっている」と高く評価する。
とある。
この記事は24年4月に掲載されているから、オープンから2か月後の木場店の状況を伝えているという点に注意が必要である。
オープン2カ月後くらいなら正直なところまだ開店景気はあるからそれこそ「冷やかし客」「見物客」も多い。1年後の現在どうなっているのか知りたいところである。
半年後、1年後の店頭の状況こそが、そのブランドへの消費者の評価といえる。
意地の悪い言い方をするなら、この記事は「オープン後2カ月間の出足は好調」という指標にしかなりえない。おちろん、現在絶賛上映中の「ディズニー実写版白雪姫」のように出足からダダ滑りするよりはよほどマシではあるが。
以前にもこのブログで書いたが、辺境の地である我が関西にも昨年夏以降にイトーヨーカドー内にファウンドグッドのオープンが続いている。
ただ、イトーヨーカドーそのものが関西には少ないため、当方行きつけの「あべのキューズモール」と同体のイトーヨーカドーの定点観測をするほかない。
当方が昨年の秋からたまーに定点観察をしている限りにおいては、ファウンドグッドはそれほど活況とは感じられない。全然売れていないとも思えないが、めちゃくちゃ好調とも思えない。
まあ、言ってみれば以前のイトーヨーカドーの平場とさして変わらない売れ行きなのではないかと感じられる。
あくまでも店頭を定期的に観察した感想である。
では実際のところのアダストリア側の公式発表はどうなのかというとあまり見えてこないが、今年1月の日経新聞にこんな記事が掲載されている。
アダストリア木村治社長「もうアパレル企業とは思わない」 – 日本経済新聞
これは登録会員だけが全文を読めるという仕組みで、無料公開の範囲では一切ファウンドグッドについては語られていないのだが、会員エリアにはこんな一節がある。
――イトーヨーカ堂の衣料品売り場向けブランド「FOUND GOOD(ファウンドグッド)」を始めたことも話題です。成果は。
「思っていた数字までには届いていない。予想以上にヨーカ堂の退店が進んでいることもあり、スケジュール通りの展開はできていない。ヨーカ堂の食品売り場に来ている30〜40代の層をとりたいと思っていたが、実際には60〜80代がメインだった。これまでは基本的にヨーカ堂が要望したMDを組んできたが、多少幅を広げた方がいいと思っている。来期からアダストリアの得意な『修正力』が効いてくる」
とのことである。
ファウンドグッドについてはこれだけしか語られていないのだが、短い一節ながらも極めて重要な事柄が語られている。
まず「ブランド全体では思っていた数字にまでは届いていない」のである。説明されているようにイトーヨーカドーが急ピッチで全国各地の店舗を閉鎖しているから、昨年2月時点で計画していたほどの出店はできなかったということもあるだろう。
ただ、この文章だけではいかようにも読めてしまうが、個人的には阿倍野店の店頭の様子を合わせて考慮すると、出店した各店でも計画未達の店舗があるのではないかと考えられる。
そして、商品MDについてはイトーヨーカドーの要望したMDを組んで来たという。当初の報道では商品MDの主導権はアダストリアの比重が大きかったはずだが、実際は異なっていたということになる。
ファウンドグッドの商品の現在の印象は「ラベルを貼りかえたグローバルワーク」という感じである。あの商品テイストはアダストリア側ではなくイトーヨーカドー側の要望だったということになる。
そして、なぜ、イトーヨーカドーがあのテイストを望んだかというと「30~40代の層を取りたかった」からだということがわかる。30~40代の子持ち夫婦となればグローバルワーク的な商品が好まれやすい。
だが、イトーヨーカドーは「己を知らなかった」といえる。イトーヨーカドーで服を買おうという人は「60~80代の老人層」だったということを理解していなかった。
外野の消費者として見れば、60~80代の消費者はファウンドグッドのテイストの商品よりもユニクロのテイストを好む。マスファッションのエイジレス化が進む現在においては、ファウンドグッドもユニクロもさして変わらないアイテムを展開しているが、ユニクロの方がわずかに「落ち着いて見える」物が多い。
実際にユニクロでは老人層も多く買い物をしている。
開始後1年が経過したからアダストリア側が今後、修正するのは当然の対応だろう。
しかし、イトーヨーカドーが各地で撤退に追い込まれているのはファウンドグッドのMD要望と同じで「己を知らなかった」からではないのか。現状の客層を正確に把握せずに、頭の中に思い描いた空想の客層に合わせて洋服も食品も日用雑貨も提案していたのではないのか。
イトーヨーカドーの失敗を他山の石として、他のブランドや小売店には「己を正確に知る」ことを切に願っている。
今の30~40代って、子供の頃からユニクロとかしまむらとかで服を買ってる世代だろうから、スーパーで服とかそもそも買ったことも無いんでしょう。私は50過ぎですが、中高生の頃は地元のヨーカドーの服売り場とかで服買ってましたが、そういう場所で最後に買ったのは20数年前ですね。下着とか靴下くらいはちょっと買ったことありますが、それももう10数年前で、今は下着とかも通販ですわ。