
いつの間にか消え去った「クイックレスポンス対応」という概念
2025年1月28日 製造加工業 1
一時期は盛んに言われながらも、いつの間にか忘れ去られてしまっている事物というのが世の中にはある。
繊維・衣料品業界にもさまざまあるが、QR対応もその一つだろう。
現在、QRというとほとんどの人がQRコードを思い浮かべる。しかし、QRコードが世間に普及する前はQRと言えば、繊維業界人なら「クイックレスポンス」と答えるのが一般的だった。
90年代後半くらいに唱えられ、その後、10年間強も国内アパレル業界ではこのQR対応を推し進めてきた。
クイックレスポンス対応とは、そのままの意味で「素早く反応する」という意味で、これは90年代前半にバブル景気が崩壊し、衣料品販売の勢いに陰りが出始めたためにそれに対応するために考えだされたアイデアだった。
70年代の高度経済成長、80年代後半のバブル景気によって、国内の衣料品市場は勢いよく売れていた。中にはVANのように経営破綻したアパレル企業もあったが、総じて好調さを維持し続け、全般的な売上高は伸び続けていた。
この時代のアパレル企業の多くは、かなりのどんぶり勘定で運営されており、商品を少々作りすぎても値下げすれば売り切れてしまう可能性が高かったので、そういう緩いやり方で良しとされてきた。
ところがバブル景気が崩壊して販売に陰りが出始めると、そんなどんぶり勘定では許されなくなり、決算も徐々に厳格化され始めてきた。
そうなると、この頃からマーチャンダイジングの精度向上が求められるようになり、在庫管理はもちろんのこと、発注数量も厳格になって行き始めた。
要するになるべく在庫を残さないように売り切ることが必要不可欠になったし、売り切れるくらいの発注数量、製造数量が求められるようになり始めた。
ちょっと多めに発注して、余ったら値下げをして売り切るというこれまでの手法が良しとされなくなり始めた。
とはいえ、毎回必ず必要数量だけを発注・製造するなんて神業を実現できる人などいない。そうなると、少なめに製造・仕入れしておいて、売れ行きが良ければ素早く作って・仕入れて店頭に補充するというやり方が効率的だと考えられるようになる。これがクイックレスポンス対応だった。
たしかに、原理的には最も効率的で理にかなっている。
この頃にQR対応を大々的に主張したのが、新ブランド「オゾック」の大ヒットでSPA型に転換したワールドだった。
90年代後半から2000年代前半のワールドの記者会見ではSPA化とQR対応が必ず語られていた。この頃のワールドが語るQR対応は、だいたい追加補充をかけてから2週間から3週間程度で商品を製造または仕入れて店頭に並べることが理想とされていた。
好調品番が使用している生地が手に入らなければ、似寄りの別生地を使って同じデザインの商品を製造して店頭に並べることも良しとされた。
この頃には国内生地産地、国内縫製工場もまだ多く残っていたのでそれが可能だったという側面はあっただろう。だが、90年代後半から国内アパレルは、人件費の安い(当時)中国の縫製工場で製造することを選び、中国工場でもQRに対応させていた。
今から考えると、輸送に時間のかかる海外製造でよくもQR対応を続けられたものだと感心するほかない。恐らく毎回の神がかり的なタイミングの良さ、中国工場の神対応、中国工場とやり取りを担当した製造関連関係者の努力の賜物だっただろう。
しかし、そんなQR対応も2000年代後半から徐々に陰りが出始める。
中国工場の変貌も大きな理由の1つだろうし、国内縫製工場が現在に至るまで減少の一途をたどっていることも理由の1つだろう。
2010年代に入ると、補充をかけてから2~3週間で店頭に並べるのはほぼ不可能という状態が当たり前となり、いつの間にかQR対応という言葉すら業界内で聞こえなくなり始めた。
完全にとどめを刺したのは2020年から始まったコロナ禍だろう。世界中がロックダウンすることでサプライチェーン、物流網も乱れた。
また2022年から始まったウクライナ戦争による物流網の乱れはそれに一層拍車をかけて今に至っている。
先日、低価格レディースアパレル向けの生産を担当しているOEM業者にお会いする機会があった。
もちろんこのOEM業者は中国や韓国、ASEANなどのアジア地区の海外工場を使ってOEM生産しているのだが、現在のところは「最速で45日」かかるそうである。そして「普通に製造すれば60日くらいが平均的」とのことだった。
当然、OEM業者によってはもう少し短縮化できることもあるだろうし、逆にもっと長期化することもあるだろう。しかし、いくら短縮化できたとしても2000年代前半のような2週間(14日間)~3週間(21日間)まで短縮できるOEM業者は現在のところ国内には知る範囲においては存在しない。
じゃあ今後、2000年代前半くらいに生産リードタイムを短縮できるかというと、それはほぼ不可能だろうと思う。よくて現状維持、悪ければもっとリードタイムは伸びるのではないだろうか。
世間的に良く知られているコンサルタント諸氏は「DXによって短縮化は可能」というが、当方はそうは思わない。理由は、いくらDXを進めたところで、情報伝達速度が速くなるだけに過ぎない場合が多い。それによって幾分かの短縮は可能だろうが、例えば現在最速で45日間かかる物が半分の22日間には短縮できないだろう。
昨年末に開催されたアパレル関連機器の総合展示会「JIAM」で拝見したが、多くのミシンやプリンターは進歩しており、加工時間や整備時間の短縮化が実現されていた。だが、例えば縫っている時間を半分までには短縮できていないし、プリント加工時間を半分に短縮できてはいなかった。とすると、生産リードタイムを現時点の技術では半減させられないということになる。
逆に根拠も無く「DXによって生産リードタイムは大幅に短縮できる」というコンサルタントがいるなら、そのコンサルタントと契約することは少し注意した方が良いだろうと思う。
そんなわけで、QR対応が忘れ去られた現在、商品の製造・仕入れ量の決定にはこれまで以上の細心さが求められることとなった。もう、マーチャンダイジングをド素人ができる時代ではなくなったというのが、繊維・衣料品業界の実情だろう。
ワイ、下げ札とか洗濯ラベルとか作っとりますが、「うへー超QRやん」、と思います。
特にコロナ以降。業者さんによるかと思いますが、超QRに磨きがかかった気がします。
地球に優しいのかご自分の会社に優しいのか知らんけど、無駄なものは作らん、とのことで、同じものを少しずつ何度も作る。
現場がしんどくなった気がする。気がするのではなく確実に。DXか何か知らんが、最後、「人力」ですからね。
すいません、もっと頑張ります。