生地工場だけでは生地製造は成り立たないという話
2024年9月27日 産地 6
甚だ付き合いの狭い当方だが、それでも交流のある数少ないOEM業者や個人デザイナーなどが、近年、いわゆるインフルエンサーブランドの外注生産や外注企画を請け負っているケースが増えた。
むしろ、既存のアパレル企業からの受注は先細るばかりなので、各インフルエンサーブランド無しでは業務が成り立たないという先も珍しくない。
ただ、有象無象のインフルエンサーブランドも大きく分けて2つあると感じる。
1つは、自らの物作りの知識の無さを自覚して全面的に製造側の提言を受け入れるタイプ、もう1つは製造の知識が無いにもかかわらず、イージーに考え続けてそのうちにブランドという作業に飽きて止めるタイプ、である。
前者と組めば仕事は非常にやりやすいばかりでなく、だいたい金払いも良いから業者としてはありがたいお得意様である。後者はまあ、めんどくさい先なので業者側も短期間付き合って離れてしまう。業者からすれば一時金稼ぎとでも捉えれば十分だろう。
以前から何度も書いているように、衣料品という分野だけでも自分が携わっている業務以外のことはわかりにくい。どの工程も専門性が高く知識は深い。もちろん、衣料品に限らずどの分野でも同様である。法律、医療、政治、スポーツすべてそうである。
そんな中、たまにメディアが国内の繊維製造業を取り上げることがある。もちろん取り上げないよりは取り上げた方がずっと良いということは言うまでもない。
衣料品の国産比率が2%を割り込んだり、国内の繊維産地の企業数が減少し続けていたり、ということでメディアも危機感を持っているということは理解できる。
特に、ウェブ掲載を主体とした新しいタイプの業界メディアもそういう記事掲載がときどきある。
それはそれで喜ばしいことではあるが、多分、今の記事掲載パターンでは国内の繊維産地の現状や製造加工の工程はほぼ正しく伝わらないだろうと思って眺めている。
理由は、織り工場・編み工場への偏重報道が過ぎるからだ。当方が認識している範囲内では体感的に8割くらいが生地製造工場のことである。
なるほど、生地製造というものは奥が深いし、衣料品の多くを構成する物であるから、最重要パーツであることも理解できる。
しかしながら、生地というものは織り工場・編み工場だけがあれば製造できるというものではない。
染色工場、整理加工場が無ければ、多くの人が想像するような生地は完成しないのである。
例えば、今年6月に新潟の見附染工が倒産した。
見附染工 株式会社 – 信用交換所 (sinyo.co.jp)
合繊複合織物を主体にした染色整理工場で、国内ではトップクラスの技術力を持ち、大手繊維商社に営業基盤を形成し、ピーク時の1993/5期には年商32億186万円を計上していた。
しかし、市況低迷の影響などから以降は減収基調に陥り、利益面も多額の赤字が続いていた。こうしたところ、2002年9月には紺藤整染㈱が破たんしたことで信用不安が高まり、2003/5期には2億1700万円の赤字を計上して債務超過に転落。人員削減や賃金カットを実践して収益の改善に努めるも、2004年7月には水害で工場の機械が浸水、また同年10月には中越地震で工場が半壊するなど、災害により甚大な損害を被っていた。
その後、主要取引先などの協力もあり復旧していったが、債務超過は解消されず、金融機関などからの支援も得るも、厳しい経営を余儀なくされていた。近時は、エネルギー価格の高騰や、多額の金利負担で低収益から抜け出すことができず、遂に資金繰りは限界を迎え、今回の措置となった模様。
とのことだ。直近の売上高は8億円、従業員数は80人となっている。
従業員が80人もいるから、国内の染色整理加工場としては比較的規模は大きめだといえる。
これについて、たしかに破産報道自体は業界メディアに掲載されたが、それでおしまいである。しかし、生地関係者からするとかなりのビッグニュース(悪い意味で)で、某合繊メーカーのベテラン社員は「北陸産地の染色が困難になる」という危機感を当方に投げかけてきた。
この見附染工が無くなるだけで、北陸産地(主に合繊)全体の染色加工が難しくなってしまうというのである。生地工場だけが残っていたところで、真っ白の生地ばかり量産することになるし、織り上がったり編み上がったりした生地は必ず整理加工が施されなければ衣料品にすることはできない。
それゆえに大手合繊メーカーの社員は慌てるわけである。
現在のところ、目立って大きなトラブルは当方の耳には聞こえてこない。恐らく、同じ北陸産地内の残存する他の染工場への発注を増やして対応していたり、他の産地の染工場への発注で凌いでいるのではないかと推察される。だが、他の染工場もいつまでも残っているとは限らない。
メディアが報じているように工員・経営者の後継者難をどの工場も抱えている。後継経営者が見つからない場合は、残存する染工場も順次廃業することになる。整理加工場も同様である。
最終的に生地工場だけが残ったとて、衣料品として使える生地を製造することはできなくなる。
生地工場を「日本の匠」とか「匠の技」とか持ち上げることも結構だが、染工場や整理加工場、ひいては撚糸工場、リンキング工場など他の工程の工場についても、認知向上にメディアは務める必要があるだろう。今の生地工場ばかりをクローズアップした報道では繊維産地の現状も危機感も伝わらない。
染色や整理加工、撚糸、リンキングなどを文字として伝えることは難しいことは当方とてよく理解しているが、それら無しで生地製造は成り立たないということが広く認知されないと「滅びゆく生地工場の匠の美しさ」みたいな物語として消費されるだけになってしまうのではないか。
comment
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バブルを生きました より: 2024/09/27(金) 11:49 AM
お久しぶりのコメントです
まさしく、とおりすがり殿のご指摘の通りです
特に糸偏関係では「指値」が契約の基本です
原燃料費や人件費、適正な利益…を乗せて
「見積り=積算」というのがあるべき姿と思いますが
当業界では「この値段でやって!じゃなきゃ他所へ出す」
というのが、昔からの商習慣でしたそれでも、儲かっているうちは良かったんですけどね
糸染を含み染色整理業界は「装置&人海産業」ですから
以前から1人当たり売上高の低さが課題になっていました
過去の蓄財を食いつぶしながら何とか「持たせて」いたものが
ここへ来てついに綻び始めたということでしょう南さんの仰る通り?
行き場の無くなった仕事は、北陸や尾州に流れていますが
受ける側の彼らとて、決してラクな経営状態ではないので
(コストの転嫁が進まないので増収&営業赤字的な決算が散見されます)
「残り福」と素直には喜べないと思われます利益分配を含めSCMの再構築が必要ですが
「繊維(工業)って本当に国内に要るかい?」
の議論の方が先に結論が出そうですねぇ… -
とおりすがりのオッサン より: 2024/09/27(金) 12:56 PM
「この値段でやって!じゃなきゃ他所へ出す」
なるほど、私のテキトー分析よりももっとヤバめだったんすね(^_^;)
私は金属加工業の工場で見積りとかもやってますが、今まで作ってた工場が廃業とか倒産とかして、作る所が無くなった古い製品の図面が指値付きで送られてくることがあります。で、たいていそういう製品の指値はビックリするくらい安くて、「そりゃこんな値段で作ってたら廃業するでしょ」と思っちゃいますw
染色整理加工工場なくなって困るという会社も、結局「安くなけりゃ仕事出さねぇよ」という感じだったんでしょう。あぁ、日本の製造業の未来やいかに・・・w
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忍者猫 より: 2024/09/28(土) 6:37 AM
他業種で下請けしてます。
元請は価格を切り下げるために、パートナーシップであっても、入札があり、最安の企業へ発注します。名前だけのパートナーシップです。
そして途中で要件定義の変更、中間工程での事故があっても、最終期日の変更はなく、私の工程で吸収させます。
仕事を発注する側の強すぎる要求に交渉出来ない悪習慣があるように思えます。日本の下請けは合併してもいますが、外資参入もあり、混沌としています。AIにとって変わられる業界からのお便りです。
下請けにせず、全部社内でやればいいんです。 -
お気楽ニャンコ より: 2024/09/30(月) 8:35 AM
リンキング…確かに文字で表現するのは難しいかも知れません…(笑)
某服飾専門学校卒の当方ですが、布帛の知識がある人はまだまだある程度いるとは思いますがニットに強い方は大変少ないように感じます
しかし実際の衣料品におけるニットの割合は多くなっていると思います
いわゆる誰でもイメージ出来るセーターなどは減少傾向ですが
肌着やカットソー、伸縮性のあるスポーツウエア
スニーカーなども最近はニット製品が増えました
布帛のように経糸をかけなくて良いのは大きなメリットですが斜行やピリングの問題もあります
リンキングは14G以上なんてもう老眼が進行中の当方には黒色なんて想像するだけでゾッといたします(汗)
東南アジアの若い人材が大量に雇用できる事が前提じゃないと今後は絶滅しそうです
以前ユニクロの安いニット製品がリンキング仕上げされているものがあって、本当に驚きました
また、ユニクロのホールガーメントワンピースを見て
あーーーやっちまったなぁ…とも思いました
上半身だけやたらフィット(体型を拾う)するニット製品は売れない…
しかしこれも説明が非常に難しい…です -
ミナミミツヒロ的節約主義者 より: 2024/10/02(水) 7:57 PM
たいへん有意義なコメントが続きますが、
このコメントが一番必要な人に届いてくれればいいけど>繊維(工業)って本当に国内に要るかい?
素材作りでは、もうどこにも合理化する余地が
ないと思います。となると切り込むは人件費だけ合繊化繊ではMade in JAPANとイキったところで
プレミアムは1円も取れないでしょう・・・ニッケカネボウは土地の切り売り+リースで
延命したり生き残れましたが
いわゆる産地の立地では、不可能どう畳むんでしょうね?
くれぐれもタヒ人だけは出ないでほしいけど・・・
石田ゆり子主演で
メリヤス専業売春の縫製工場潰したおっさんが
末期ガンの奥さん連れて旅に出た映画があったけど
ああいう悲劇がまたどこかで起きるのかな・・・>上半身だけやたら体型を拾うニット製品
延びづらいメリヤス・割りと乾きが早いメリヤスが
主流になって、従来の服造りでは禁忌なものが
ふつうに流通するようになったけど
大丈夫なんでしょうか?低価格化のおかげで、割りと凝ったサマーニットを
着ている女の子をよく見るようになりました消費者としては、良い時代だろうなと思います
でも作る側売る側には絶対回りたくない時代です
完全に門外漢の私が知ったかぶりで分析すると、80人で売上80億じゃそもそものビジネスモデルが破綻してたんじゃないんですかね?一人当たりの売上が1000万じゃ、多分、年収300~400万くらいにしかなってなかったでしょう。
人数多すぎなのか、受注金額が安すぎなのか分かりませんが、ずっと赤字体質だったなら単純に経営者が無能だったんでしょうねぇ。おそらく原価計算とかドンブリ勘定で、対して利益出ないのに受注できたら喜んでるような企業だったのでしょう。南無南無・・・