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南充浩 オフィシャルブログ

そごう西武のSPA事業「リミテッドエディション」の失敗は「悲劇」ではなく当然だったのではないか

2024年7月18日 企業研究 2

成功すれば高い営業利益率が期待できるが、売れ残る危険性も高いとされているのが、アパレルSPAである。

生地雅之さんは「根本的な商品の差別化を目指すなら百貨店も一部分はSPA化すべきではないか」と常々主張されており、当方も「根本的な差別化」を前提とするなら、百貨店が一部商品をSPA化するのが最も得策だと思っている。

ただ、実際には百貨店の一部分をSPA化するという主張には反対の声も多い。伊勢丹の自主企画商品も廃止・縮小されているし、そごう西武のリミテッドエディションの失敗もあった。

百貨店のSPA型商品、自主企画商品は現在まで継続できているものが無い。

その原因は様々あるのだろうが、商品の企画内容(デザイン等)よりも商品計画(マーチャンダイジング)や見切りに問題があるのではないかと感じられることが多々あった。

そごう西武のリミテッドエディションの失敗について振り返っている記事があるのだが、これに書かれていることが全て事実だと仮定すると、リミテッドエディションの失敗は商品内容ではなく、マーチャンダイジング(MD)と損切りの失敗だといえる。

 

 

数十億円の赤字、大量の在庫廃棄を招いたリミテッドエディションの悲劇【そごう・西武ストライキ】(寺岡 泰博) | +αオンライン | 講談社(1/2) (gendai.media)

職場復帰した翌年の2009年、ある新事業がスタートする。

田山淳朗、島田順子、高(※高は“はしご高”)田賢三、カール・ラガーフェルド、ジャン=ポール・ゴルチエなど有名デザイナーを次々起用したそごう・西武の企画商品「リミテッドエディション」シリーズである。自ら商品を企画し、生地をグループで共通化することなどによって価格を抑えたプライベートブランド(PB)だった。

百貨店にユニクロ、ニトリのようなSPA(製造小売業)の発想を持ち込んだPB商品は他社との差別化や収益力改善の目的で拡大を続けた。

当初はアパレルブランドだけで展開していたが、婦人雑貨、インテリアなどの領域でもリミテッドエディションシリーズが企画、製造された。

とある。

当方くらいの老人になると2009年のことなんて昨日のことのように覚えている。このリミテッドエディションは2018年に終了している。

2009年の開始当初はメディアでも話題になったが、2015年くらいからはほとんど話題にならなくなった。

 

当初はそごう・西武の店舗だけでの販売だったが、セブン&アイHDの鈴木会長の指示でイトーヨーカドーの大型店内などにつくったそごう・西武のサテライト店舗(仙台泉、上尾、鷲宮、葛西、拝島、立場、橋本、大和鶴間、上田、松本、柏、武蔵小杉、三島の各店)でも販売するようになり、さらにはイトーヨーカドーの店頭にもリミテッドエディションシリーズを並べるようになった。しかし、このあたりから発注ロット数が増え、在庫過多が目立ちはじめた。原価が下がるという意味では良いのだが、在庫が売れ残り、値下げをして原価割れとなれば本末転倒である。イトーヨーカドー内の小型サテライト店舗ではデパートのような値付けは難しく、ずっと「◯割引」の表示を出したまま、年中セールのような状態になった。

さらに、リミテッドエディション名でブランドの種類を多くつくりすぎてしまったため、ブランドごとの差別化が難しくなり、同じような雰囲気のリミテッドエディションがあちこちに置かれて、互いに食い合うような非効率も目立ちはじめた。

 

とあるが、これは明らかにMDの失敗である。

まず、イトーヨーカドーにも同じ商品を並べることが間違っていた。恐らく、当時のブログにも当方はそう書いているはずである。

理由は顧客層があまり重なっていないからである。一部分は重なるにしても他の多くは重ならない。イトーヨーカドーと百貨店では価格帯が全く異なる。同じ人が両方で買っているということはあるだろうが、買う物自体が異なる場合が多い。さらにいうなら、両方で買わない人、イトーヨーカドーでしか買わない人は、価格的にリミテッドエディションを定価で買うことはまずあり得ない。

ヨーカドーにも並べるようになったのは生産ロット数を増やすことでの製造原価引き下げを狙ってのことだと考えられるが、これは明らかに生産側の理屈に過ぎず、消費者を全く考慮していない。

蛇足になるが、かつてイトーヨーカドーが伊勢丹から独立した故・藤巻幸雄氏を招へいしたことがあったが、失敗に終わっている。その理由の1つとして「百貨店価格の商品をヨーカドーの売り場に並べたこと」が挙げられている。いくら物が良いのかもしれないが、百貨店価格ではイトーヨーカドーの衣料品売り場では売れない。その失敗をまた繰り返したことになる。

 

 

次に「ブランドごとの差別化が難しくなった」とあるが、これなんて典型的なMDの失敗でしかない。どのような商品をどの時期にどのブランドで展開するのかはMDの根幹である。そごう西武にはこのノウハウが無かったということを自白している。

現代のアパレルブランドに関してはデザイン業務もさることながら、浮沈のカギをMDの成否が握っている。MDのノウハウが無いなら、いくら一流デザイナーとコラボしたところでリミテッドエディションは失敗に終わって当然である。

 

 

リミテッドエディションシリーズは悪戦苦闘の末、9年後の2018年2月に「店じまい」することになった。報道によると累計で数十億円の赤字を計上したという。この決定は、とくに婦人服売り場の社員にとって大きな衝撃だった。イトーヨーカドーなどのそごう・西武サテライト店舗も2017年に一気に10店舗もの営業を終了していた。

とくに辛かったのが、店頭や倉庫にある大量の在庫をすべて廃棄したことである。経営陣は、「在庫を廃棄しないと、会計上損失処理できない。在庫で持っているわけにはいかない」と主張した。そのため、信じがたいほどの量の在庫を、期末までにすべて処分するという。

池袋本店のバックヤードには、リミテッドエディションの商品が文字通り山積みになっていた。在庫はそれぞれのブランドごとに与えられたスペースで、ラックにかけられている。時には隣のブランドのスペースまで侵食し、溢れたパッキンが山積みになっていた。倉庫内に入ると右を見ても左を見てもリミテッドエディションだった。

それをすべて、廃棄したのである。

2メートル四方くらいの大きなカゴ台車に、在庫をぎゅうぎゅうに押し込んで、検品所に持ち込みパッカー車(ごみ収集車)に詰め込む。

大きなコンテナ台車が、何台も何台も倉庫から運び出されていった。

昨日まで自分たちが企画し、製造し、販売していた商品が次々廃棄され、焼却されていく。その光景を、涙を流しながら見ていた社員もいた。この年の組合中央大会で発言した池袋本店の代議員は経営陣に対し、「当社には商品が好きで、商品に愛着を持って働いているメンバーが多くいます。モノを好きな人がモノを捨てるという行為は、本当に屈辱的で悔しい気持ちです」と痛切に訴えていた。

委託販売の商品であれば売れ残りの在庫はそれぞれの取引先さまが引き取っていくことになるが、こうした自社企画商品の場合は自社で処理するしかない。

 

とあるが、これも当たり前の話でしかない。

展開期間は9年間。この記事だけでは何年間分の在庫が山積みになっていたのかわからないが、これは明らかに「損切り」の失敗である。

売れ残った商品をいくら倉庫で寝かせていても定価で売れることは無い。以前にも書いたが20年間くらい寝かせば「ビンテージ」とか「デッドストック」と銘打って売ることは可能だろうが、そごう西武に20年間在庫を寝かし続けられるほどの金銭的ゆとりはない。

となると、期末に投げ売ってでも換金するという「損切り」が必要不可欠になるが、それができなかったという時点で失敗である。

記事には「委託販売なら取引先様が引き取っていく」とあるが、この商慣習に慣れきった百貨店には「損切り」のノウハウがなかったというのが実態だろう。

 

 

 

それにしても解せないのが以下の一節である。

震災で困っている方や途上国にお送りしたり、子ども靴であればいまでもアフリカのザンビアに寄付するケースもあるが、会社側は「本意ではないが、会計上、廃棄して全商品を抹消するほかない」と主張していた。

とあるが、なぜ頑なに廃棄に経営陣はこだわるのだろうか。書かれているように寄付という手もあるし、ゲオあたりのオフプライス販売店に安値で引き取ってもらってもいい。何ならショーイチに代表される在庫処分屋に安値で引き取ってもらっても構わない。そちらの方がまだいくらか換金できる。

もちろんデザイナーとの契約上難しいという背景はあったのかもしれないが、その辺りのことは記事にはないので、オフプライスや在庫処分屋に引き取ってもらわなかった経営陣の考え方には理解に苦しむ。

 

このほか、気になったのは「商品を好きで愛着を持っているメンバー」という箇所である。好きであることは良いことだが、企画すること・作ることに喜びを感じているだけなら、百貨店スタッフというよりメーカーや工場のスタッフに適している。いや、最近では業界もシビアなのでメーカーや工場のスタッフですら、売ることの重要性をもっと認識している。

1、MDのノウハウの欠如

2、損切りができない体質

3、企画、製造に適したメンタリティのスタッフ

と揃っているのだから、リミテッドエディションの失敗は当然の帰結といえる。

見出しでは「悲劇」となっているが、記事を読んだ限りにおいては「悲劇」というより「当たり前」という感想にしかならない。

繰り返すが、「この記事が全て事実だと仮定するなら」、これまで断続的にSPA化に挑戦してきた百貨店がいまだにSPA化に成功していない理由がすべて説明されているといえる。そんな記事として読めば得るところは大きいと感じる。

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 comment
  • 服好きのブルース より: 2024/07/18(木) 11:37 AM

    トレファクスタイルでリミテッドエディションの小花柄半袖リネンシャツの未使用品を500円で買ったことを思い出しました。

    売れ残りが廃棄されたとなると古着屋で売られていたらある意味レア物ですね。少し得した気分になりました(笑)

    買った当時は百貨店のSPAかと思っていましたが、リネン100%で大手SPAにはあまり見られない明るい配色(白地にオレンジの小花柄)だったので値下げされていたら買っていたかもしれません。まあ、500円ってことはないでしょうが…

  • とおりすがりのオッサン より: 2024/07/18(木) 1:05 PM

    引用記事読んでみましたが、そごう・西武の労働組合の委員長の寺岡泰博という方のストライキの顛末?の本の内容なんですね。
    写真見て60過ぎかと思ったら今年54歳みたいなので南さんと同い年?
    今年52歳の私なんかは鉄道、バスのストはちょっと経験はあっても、デパートのストなんて思いも付かない感じですが、この寺岡さんという方は何を思ってストなんかしようとしたのかについては、ちょっと気になりました。
    ま、デパートのストなんか、ニュースになるだけで特に効果は無かったと思いますがw

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