
低価格オーダースーツにはメディアが煽ったほどの需要がもともと無かったという話
2024年7月2日 トレンド 0
人の噂も75日と昔から言う。
噂話ではないが、日々の日常生活の中で忘却してしまうことも多々ある。そういえば、つい先日まである特定の事象のことばかり考えていたのに、気が付いてみるとすっかり忘れていたなんてことも珍しくない。
噂話とか個人の関心事以外にも、一時期はメディアで盛んに報じられていたのに、気が付くとさっぱり忘れ去られている事象も多々ある。
そんな事象の一つに「低価格オーダースーツ」があると当方は思っている。
2010年代後半に盛んに経済メディア・業界メディアで低価格オーダースーツが取り上げられたが、2023年にはほとんど報じられなくなったし、24年になってからはさらに報じられなくなった。
メディアは総じてマッチポンプ気質で飽きっぽいから飽きたのかもしれない。
ただ、2010年代の報じられ方には強い違和感があった。これは当方の受け取り方が性格同様にねじれているからかもしれないが、概して
既製品メンズスーツの落ち込みを低価格オーダースーツの需要増がカバーする
という論調だったと当方は受け取っている。
この論調に対しては当時から賛同しかねていた。
理由は、
1、スーツ需要そのものが減少しているのに、オーダースーツ需要だけが激増することはあり得ない
2、スーツ着用人口(生産者人口も)が減っているのに、オーダースーツ着用者数だけが増えることはあり得ない
という2点からである。
そもそも、スーツを仕事以外の場で着用したいという人間はそう多くない。ゼロではないだろうが、かなりの少数派の変態的マニアだと考えて差し支えないだろう。
スーツは仕事着、もしくは冠婚葬祭用の正装としてほとんどの人が認識している。
百歩譲って休日に合コンなり、イキった飲み会なりがあってわざわざスーツを着用するという人はいるだろうが、「今日は何も予定がないなあ。ごろ寝して動画配信を見たり、漫画を読んだりしようかな」と言う人がわざわざスーツを着ることは絶対にない。
そうなるとスーツ需要というのは仕事用か冠婚葬祭用に限られるわけで、その仕事用ですら、最近はカジュアル化が進んでいて従来型のスーツはさして必要なくなっているというのは、他の記事でも何度か紹介しているし、職場で実感されている人も多いことだろう。
さらに団塊世代がほぼリタイアして、その下の世代の人口は団塊世代に及ばない。ということはスーツを仕事で着用する生産者人口そのものが減少している。
着用者人口自体が減って、着用機会も減っている既製スーツの代わりに低価格オーダースーツをたくさん注文するという人はほとんどいないだろう。
今まで年に1着買っていた既製スーツ分を低価格オーダーに振り替える程度の需要だろう。最大規模で相殺である。
それ以上にスーツ着用の縛りが緩くなったため、購買回数を2年に1着とか3年に1着に減らすという人の方が格段に多いのではないかと思う。
そんな中この記事が掲載されたのだが、当方はこの論調に賛成である。
ただし、オーダースーツがコロナ禍をきっかけとしてトレンド化したわけではない。インターネットの検索需要を調査するGoogleトレンドで「オーダースーツ」を調べると、2019年10月に検索数の天井を迎えている。
つまり、オーダースーツサービスが多数登場したことで競争が激化。手頃な価格になっていたために、すでに人気化していたのだ。そこにコロナ禍が加わって既製品の需要が減退し、相対的にオーダースーツが目立つようになったというのが正しいだろう。
Googleトレンドを見る限り、オーダースーツの需要は全盛期の7割程度で推移している。需要が右肩上がりで旺盛に伸びているわけではない点は、青山とAOKIの行く末を占う上で極めて重要だ。
とある。
Googleトレンドが全て正しいとは言わないが、2019年ごろのウェブ上での盛り上がりが最高潮で20年以降は沈静化しているというのは、ほぼそのまま購買動向でも同じなのではないかと思う。
当方自身の言葉で言うなら「既製スーツの落ち込みを低価格オーダースーツで何割かは補完できるだろうが、落ち込み全てをカバーすることは難しい」という具合になる。
カシヤマのスマートテーラーの資料がこの記事中で提示されている。
これは2022年8月末のものである。
これによると、2019年と2022年を比較して、新規購入者数が1・3倍増、既存購入者数が1・4倍増とプレゼンしているのだが、実数そのものはそんなに増えていない。
2019年の新規購入者数は7577人、既存購入者数は4858人 合計で12435人
2022年の新規購入者数は9847人、既存購入者数は7147人 合計16994人
となっており、ザックリと合計で4600人、新規購入者数は2300人、既存購入者数は2300人増えたということになる。増えていることは喜ばしいことだが、オンワード樫山の屋台骨を支えるほどの大きな伸びではない。
これが低価格オーダースーツ需要の実態だといえる。
また決算資料でも2023年2月期までは対前年同期比14・4%増と明示されていたが、24年2月期の決算資料からは記述が無くなっていることから、当方は伸び率がかなり鈍化しているのではないかと推測している。
低価格オーダー最大手は恐らく、タンゴヤのグローバルスタイルだと思われるがここも長い間売上高100億円手前で足踏みしていたが、23年7月期にやっと前年同期比14・4%増の売上高104億700万円と100億円を突破できた。24年7月期は売上高121億8300万円(17・1%増)を見込んでいる。
22年7月期売上高が90億9300万円だったから23年7月期では約13億円の増収を達成し、24年7月期はさらに17億円弱の増収を見込んでいるということになるが、伸び率に反して実額の伸びはそれほど大きくない。
これも低価格オーダースーツの需要の小ささを示しているものだといえるだろう。
このほかにもSADA、ツキムラなどの小規模チェーン店が低価格オーダースーツに力を入れているが、売上高が急拡大して100億円規模に到達するような状態にはない。
選択肢の一つとしての低価格オーダースーツは存在意義はあるが、大手の屋台骨を支えるような何百億円規模に育つことは着用機会、着用人口の両面から見てもあり得ないだろう。
メンズスーツ市場は既製スーツのほか、アクティブワークスーツ&パジャマスーツなどのカジュアルセットアップ、そして低価格オーダースーツ、ジャケット単品+パンツ単品という4つのセグメントに細分化され、それぞれが少しずつの需要を取り込むというかなり成長率の低い市場になっているというのが現状といえるだろう。