月別: 10月 2015 (1ページ / 3ページ)

国内繊維産地企業は手工業者ではない

 繊維産地の活性化の一環として、小規模な独立系ファッションデザイナーとの取り組みが挙げられることが増えた。
上手く行けば、両者ともにメリットがある。

小規模な独立系ファッションデザイナーとは何ぞやというと、自分一人とか仲間数人でデザイナーズブランドを展開しているような人たちで、東京コレクションに出展しているデザイナーを思い浮かべてもらうとわかりやすいのではないか。

産地側はデザイナーの作る図柄や意匠を取り入れて生地開発に活かせる。
デザイナー側は産地から比較的小ロットで生地を作ってもらいやすい。

これが理想形である。

昨今はアパレルブランドの企画担当者ですら知らないことが増えているが、織物の場合、「10メートルだけ織ってくれ」なんてことはできない。
なぜなら短すぎるからだ。
通常の生地は1反50メートル内外の長さがある。

織物の場合は、経糸と緯糸があり、緯糸というのはすなわち生地の幅の分の長さしかない。
狭幅だと75センチとか60センチ、広幅だと120センチとか140センチとか。
一方で、生地は1反50メートルの長さがあるから、経糸は最低でも50メートルの長さが必要となる。

だから10メートルだけ生地を織るなんてことはできないし、できたとしてもとてつもなく高い値段になる。
規格外の生地を作るわけだから手間賃も含めて割高になるのは当たり前である。

ちなみに経糸は長ければ長いほど効率化できるからその分、1メートルあたりの生地値は安くなる。
緯糸はそれこそ10メートルおきに違う色を打ち込むことも可能なのである。

まあそれはさておき。

そういうわけでいくら小ロットで作れると言っても、織布工場側からすると1反が最小限度なのである。
昔なら、別注生地を作るなら最低でも10反とか言われたこともめずらしくないが、昨今なら2,3反くらいから作ってくれる織布工場も珍しくなくなった。

ついでにいうと、1反だけのオーダーだと織布工場には利益はあまり残らない。
下手をすると赤字になる。

こういう状況があるから独立系ファッションデザイナーもずいぶんと別注生地を作ってもらいやすくなった。

ただ、これまでいくつかの産地を見てきた経験からいうと、この取り組みがすごく上手く行っているケースは少ないと感じる。
定例行事化している産地はあるが、デザインソースを活用しないことも多く、本当に定例行事化しているだけというのも珍しくない。

産地とデザイナー側両方に意志疎通があまりできていない場合もあるし、産地側がデザイナーという存在そのものに価値を見出していない場合もある。
またデザイナー側も産地の製造構造を理解していない場合もある。

上に述べたように1反だけの別注生地作りなんてことは、工場側からすればほとんどメリットにはならない。
メリットになるとすれば、その生地で使った図柄を他の生地に転用できることぐらいだろうか。

しかし、織布工場の多くはオリジナルの生地を製造することは少なく、ほとんどが商社やコンバーター、アパレル、ブランドの指示によって生地を製造する。当然、図柄も発注先から支給される。
それゆえ、オリジナルの図柄の生地をわざわざ開発する必要性はあまり高くないということになる。

産地側がデザイナーの存在に価値を見出さない理由としてはもう一つ、生産ロットが少ないということもある。

例えば、ある独立系デザイナーズブランドがあったとして、シーズンごとに発表する型数が50だったとする。
各アイテムで3反ずつのオリジナル生地を製造したとして、全部で150反だ。
独立系デザイナーズブランドからすると150反の発注というのはかなり大ロットに映るかもしれないが、工場側からすればそれほど大ロットではない。

しかもブランドの多くは、シャツありジーンズありセーターありコートあり、というようにフルアイテム化している。
それぞれのアイテム用の生地を得意とする産地はそれぞれ異なるから、1産地の1工場あたりへの生地発注量はそれこそ平均すると5~6反に終わる。
各産地の生地工場側からすると、「1シーズンに5~6反増えたところで・・・orz」、ということになる。

ここの部分の根本理解がないと、今後、いくら独立系ファッションデザイナーと産地がコラボレーションしても、これまで通りに定例行事化してお終いということになるだろう。

そして産地×デザイナーという取り組みは今に始まったことではなく、すでに20年前にはあったし、もしかしたらそれ以前もあったのかもしれない。(20年以上前の業界については筆者はわからない)

すくなくとも20年前から続いているものの、現在に至るまであまり大きな成果に結びついていない原因は、お互いの相互理解が浅かったためと言えるのではないか。

日本製が見直されているといわれる割には、各産地で企業の倒産・廃業が相次いでいる。
これを見て「産地を救おう」みたいな使命感を覚える独立系ファッションデザイナーもいるようだ。

ただ、彼らの製造ロットでは上で見てきたように、とてもじゃないが産地が潤うほどではない。

本気で「産地を救おう」と思うなら、製造ロットがまとまるビジネスモデルを構築するほかはない。

ビームスのメイドインジャパン特集ブランドだとか、クロスカンパニーのメイドインジャパンにフォーカスした自社メディアだとか、「これまで、さんざん中国生産してきたのに今更かよwwww」と思わないではないが、上手く行けば独立系デザイナーズブランドと取り組むよりは製造ロットがまとまる可能性はある。
楽観視はできないが可能性はゼロではない。

多くのファッション業界人・メディア業界人と話してみて驚くのは、産地企業を伝統手工業者のように捉えている場合が多いことである。
漆の手塗り職人か何かと完全に間違えている人が存在する。

一部の例外はあるにせよ、織布にしろ染色にしろ編立にしろ、工業製品なのである。
1メートルとか1枚とかそういう単位で製造することはむしろ割高になる。
「昔ながらの力織機を使って云々」という工場があり、それを業界人はこぞって取り上げるが、その力織機というのは手動機織り機ではなく、量産向けの自動織機なのである。
だからいくら力織機といえどもある程度の製造ロットがまとまらなければ動かすことで逆に赤字が発生する。

ここを踏まえて論議をしないと、間違った結論が導き出される。

そういう意味ではデザイナー側も「工業製品」に対する勉強をすべきだし、産地側はデザインや意匠ということにもっと注目すべきだろう。メディア側はとりあえず、意味の分からない雰囲気を盛り上げるだけの報道は止めるべきだろう。

日本の製造業よ、強くなれ (文藝春秋企画出版)
鈴木 德太郎
文藝春秋企画出版部
2015-08-28


製造業が日本を滅ぼす
野口 悠紀雄
ダイヤモンド社
2012-04-06


日本型インダストリー4.0
長島 聡
日本経済新聞出版社
2015-10-15


商品開発のために各工程の知識を共有化しよう

 先週の金曜日、台東デザイナーズビレッジのご依頼で2時間の講演を行った。
出席者80人前後、そのあとの懇親会の出席者は30人前後と、けっこうな数の聴衆にお集まりいただき、驚くばかりであった。
どうでも良いことだが、これが筆者にとっての東京での初講演である。(笑)

これもひとえに台東デザイナーズビレッジの集客力ではないかと思う。
筆者が個人で講演会を主催したところで一体どれほどの聴衆に集まってもらえるかどうか。

2時間(実質1時間半、残り30分は質疑応答)かけて取り留めのない内容を散漫的に語らせてもらったのだが、その中で、価格競争に巻き込まれないためには2つの方法があることを話した。

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(こんな感じの集まり具合。筆者が腕まくりをしているのは熱意があふれ出たからではなく気温が暑かったから)

1つは、原料から小売りまでの連合体を作ること
もう1つは、それぞれの企業が見せ方、伝え方、売り方を工夫すること

である。

前者は、企業同士の連合チームを組むことになるので、各社の利害得失や企業間のさや当てもあることなので実現するのはなかなか難しいのが現実である。

それを踏まえて、実現可能なことを言えば、原料から小売りまでの各段階から熱意のある有志を募り、知識の共有化を図ることは可能なのではないかと思う。

繊維業界の各段階での知識というのは驚くほど共有化されていない。
もちろん、業界には「物知り博士」みたいな人が何人かいる。各段階のことにある程度の知識を持っている人がおられるがそれはあくまでも少数派である。

例えば、ウール・アクリル・レーヨン混の混紡糸があったとする。
この糸を3色使ってマダラに染めることは原理上可能である。
ウールとアクリルとレーヨンが染まる温度はそれぞれ異なるから、それぞれが染まる温度で各色を染めれば3色がマダラになった糸が出来上がる。

別に綿とポリエステルでも同じことができる。
染まる温度が異なるだけである。

少し染色の知識をかじったことがある人ならだれでもわかる。

しかし、このことを知らない小売店関係者はけっこう存在する。
彼らが不熱心だと言いたいのではない。
逆に彼らがそれを勉強する機会がこれまであまりなかったのではないかということである。

反対に、染色関係者で小売店のことを知っている人はかなり少ないだろう。
これもそういう機会が少なかったからではないかと思う。

もし、こうした知識が共有化できれば、小売店側から「こんな風に染められないか?」という提案が出てくるのではないか。
染色関係者が作り手として考え付かないような案が、小売店側からは出てくるかもしれない。

今、現在もそういう案は出てきているだろうが、基本的な知識がないから、小売店側の描く妄想や思いつきの域を出ない。
実現できた確率はかなり低いのではないか。

業界には「他工程のことは知りすぎるな。知れば無茶を言いにくくなる」というありがたい教え?があるが、それが通用したのはバブル期までである。
今は通用しなくなったのに、それを通用させようとしているに過ぎない。

そこそこに高い売価で大量に売れた時代なら、無茶も押し通せた。
発注数量で黙らせることもできた。
しかし、今は低価格な代替品の登場によって、中価格帯以上の商品が大量に売れる環境ではなくなっている。
おまけに工賃は上がらない。

数量も少なくて工賃も上がらないのに、製造工程に対して無茶を言って、それを製造工程が受け入れるのだろうか?
時々、受け入れてもらえなくなったという泣き言を聴くことがあるが、それはブランドや小売店側の自業自得である。
知らんがな。

商品開発を円滑に進めるためにも各工程の知識はある程度共有化できた方が良いのではないかと思う。

理想論ではあるが、各工程の有志を集めてフォーラムとか勉強会とかサークルとかが作れれば良いのではないかと思う。
かなり迂遠だが、こういう地道な積み重ねをするほか、繊維業界を変革することはできないのではないかと思う。
一足飛びに変わる方法なんてどの業界にもないのだから。




産地のブランド化事業が成功しにくい理由

 近年、「ブランド化」を目指す国内産地が増えてきた。
もちろん、古くから取り組んできた国内産地もある。

いずれの場合も成功しているのはほんの一握りである。

近年取り組んだところも何らかの成果がでるのは一握りだし、古くから取り組んでいるわりにはちっとも成果の出ない産地も多い。

その原因をいくつか考えてみたい。

まず、最大の原因は、ブランド化する目的がはっきりしていないことである。
消費者に向けてなのか、業界に向けてなのか、その両方なのかがはっきりしない。
どっちつかずの対策を練っている場合が多い。

目的がはっきりしないから有効な手段を採れない。

また旗振り役の人が明らかに間違った目的や手法に固執している場合も多い。
リーダーが選択した目的や手法が間違っているから正しい結果には絶対に結び付かない。

次に「組合」が枷になる場合も多い。
組合自体の存在意義は確実にある。
しかし、「組合」としてブランド化に取り組んだ場合、何かを決める際に組合員全員の総意に近いものが求められる。このため、意思決定が遅れるし、総花的でどっちつかずの毒にも薬にもならない決定がなされることが多い。

人間というのは人数が集まれば集まるだけそれぞれの利害得失と意見が異なる。
2,3人なら意思統一は可能だ。
しかし10人を越えるとかなり難しくなる。
組合員の総意ということになれば10人どころの話ではなくなる。
それだけ多くの人間だれしもがある程度反対しにくい内容にするなら、その内容は必然的に総花的な内容にならざるを得ない。

総花的な内容は、概してインパクトとかパンチに欠けており、内部の人間には満足かもしれないが、それを受け取った外部の人間に対しては何の共感も反発も期待感も与えない。
いわゆる、お役所仕事的な印象しか与えられない。

そして、ある事柄を「ブランドだ」と認識するのは、内部の人間ではなく外部の人間なのである。
外部の人間が「あれはブランドだ」と認識してその事柄は初めてブランドになる。
内部の人間がいくら「俺らはブランドだ」と叫んだところで、外部の人間に「ブランド」として認識されていなかったら、それは単なる自己満足なのである。

知られていないのは存在しないのも同じなのだ。

知られていない産地はブランドでもなんでもない。
「自称ブランド」と言ったところか。

さらに言うなら、産地全体、個々の産地企業の助成金・補助金依存体質もブランド化の成功を阻害している。

超有名デザイナーとか超有名ブランドとのコラボとか超有名タレントの起用とか、そういう非常手段を使わなければ「ブランド化事業」なんて一朝一夕にできるものではない。
非常手段なしでのブランド化は時間がかかると思った方が間違いがない。

行政からの助成金・補助金は大概が3年でひとまず打ち切られることが多い。
永遠に続けることはできないから、どこかで線引きをしなくてはならない。
3年で線引きされても仕方がない。

しかし、3年でブランド化が成功した例はあまりない。

3年では短すぎるのである。
初年度は手探り状態、次年度は昨年を踏まえての修正、3年目で修正した成果が出る。

しかし、3年目の成果といえどもそれほど大きな成果ではない。
さらに4年目、5年目、10年目という取り組みが求められる。

多くの産地企業、産地組合は助成金が打ち切られた後の4年目、5年目を続けない。
金の切れ目が縁の切れ目よとばかりに活動を止めてしまう。
なぜなら4年目以降の活動資金は自腹になるからだ。
結局、活動は助成金頼りに終始してしまう産地企業、産地組合が多いし、過去も多かった。

3年で目を瞠るような成果が得られることは稀であるにもかかわらずだ。

現在、ある程度の成功を収めているオリジナルブランドは、ほとんどの場合、個別の産地企業ががむしゃらに独自に活動したものである。
「組合で全員仲良く」なんて姿勢でブランド化に成功した事例はよほどの幸運に恵まれた数少ない例しかない。

このほか、産地企業各社は過去のガチャマン時代の恩恵を受けて資産持ちである場合が多く、それ故にハングリーさ、必死さが足りず、むしろ資産を保全するためにリスクを冒さないという傾向もある。

個人的な意見としては、産地や産地企業がブランド化するためには、どこか1社か2社がすさまじいパワーで独走、暴走、独断で牽引せねば不可能だと考えている。

しかし、その際にもブランド化する目的をしっかりと設定し、有効に資金投下しないことには単なる暴走で終わってしまう。

1社でも2社でもそういう企業が現れてもらうことを願っている。



地方は消滅しない!
上念 司
宝島社
2015-10-09


「オシャレは我慢」ではなくなった

 現在のファッショントレンドの移り変わりにはある程度、便利さとか機能性も関係しているような気がする。

今年6月に倒産した「ブルーウェイ」ブランドのブルーワークスカンパニーだが、以前、ここの古参の部長がこんなことをおっしゃった。
「もうブーツカットジーンズには戻らないんじゃないかな。なぜなら裾がバサバサして邪魔だから。当分はスキニーのままですよ」と。

この部長は倒産する前に定年を迎えておられ、今は悠々自適ではないかと思う。

ジーンズのトレンドの移り変わりを振り返ってみる。

2005年はブーツカットジーンズがトレンドだった。
その傾向は2007年末まで続き、2008年からスキニージーンズがブームとなる。

2008年からはスキニージーンズを基調としながらも、その流れがタイツやレギンスにまで派生し、ジーンズ離れも引き起こした。
ジーンズにとって金城湯池だったメンズもスキニーに始まり、チノパンやワーク、ミリタリーパンツへとシフトし、すっかり細身シルエットが定着した。

この2008年以降で変わったことはシルエットだけではない。
丈の長さも変わった。

基本的にそれまでは、足首に少したまるくらいの長さが主流だった。
ストレートだとワンクッションあるくらい、ブーツカットだと靴を脱げば引きずるくらい、が主流だった。
ブーツカットパンツを穿いた女性は靴を脱いで座敷へ上がると、まるで江戸時代の長袴のようにズボンの裾を引きずっていた。
男性にもそういう人が少なくなかった。

ところが、2008年のスキニーブーム以降、現在まで、ズボンの丈はくるぶしが見えるくらいの短めが主流である。
足元がすっきりと見える。
また、履いている靴がむき出しになる。
これは、コーディネイトの主役が靴に移ったともいえるかもしれない。
それまでのワンクッションの長さだと靴は先端しか見えない。
先端しか見えないからメンズもレディースも恐ろしいばかりにつま先が延長され、尖って反り返っていたのである。

そうでないとズボンの裾に隠れて靴が見えないからだ。

ズボンの丈が短くなるとそんな靴は売れなくなる。
普通の靴でも十分に見えるからだ。

そして、靴は全体がむき出しとなる。
スニーカーならブランドロゴもはっきりと見えるようになる。
だからスニーカーブームが起きたのかもしれない。

アディダス、ナイキ、ニューバランス、プーマ、アシックス、とくるぶし丈のパンツならブランドロゴがバッチリとむき出しになって他者からも認識されやすい。
今までみたいにつま先だけしか見えないなら、靴流通センターあたりで買ってきた謎ブランドの安いスニーカーでも良かったかもしれないが、全体がむき出しになるならブランドスニーカーを穿いていた方がカッコイイ。

そんな理由もあったのかもしれない。

閑話休題

丈の短いズボンと、ワンクッションあるほど丈の長いズボンを穿き比べてみると、丈の短いズボンの方が穿きやすい。
動きやすいと言った方が正確だろうか。

裾がバタバタしない。
自転車に乗っても裾がチェーンにひっかかりにくい。
便利である。

また座敷に上がっても長袴のように裾を引きずることもない。
便利である。

来年春以降、どこかの時期に再びフレアシルエットがトレンドになるのではないかと言われている。
いわゆるブーツカットという商品だ。
場合によってはもっと裾幅の広いベルボトムを指す場合もあるようだ。

じゃあ、2005年当時に逆戻りかというとそうではない。

それらのフレアは丈が短いのだ。
ちょうど今のトレンドと同じくるぶし丈だと言われている。

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ワイドシルエットのガウチョパンツが今春夏流行した理由の一つには、丈が短かったからということもあるのではないかと思っている。

ワイドのロングパンツはバランスがとりにくいからコーディネイトしにくい。
ところがガウチョパンツはだいたいがふくらはぎの真ん中あたりまでしか丈がない。
ワイドロングよりもコーディネイトしやすく、また裾が短いからあまり不便でもない。
少なくともワイドロングよりも裾は邪魔にはならない。

来年以降、フレアが復活してもくるぶし丈が中心になると見られている。
ワンクッションが復活しない理由はおそらく不便だからということもあるのではないだろうか。

以前だと「オシャレは我慢だ」と言われたが、今はそうではなくなっている。
素材面で見てもこれだけ機能性素材が開発されると、重くて硬くて動きづらい素材は敬遠される。
タイトシルエットの洋服にはストレッチ機能が必須だ。

よくマニアの人(業界内外問わず)は「本物のツイードはもっと硬くて重くないと」とか「ストレッチ混は邪道。綿100%のヘビーオンスデニムが王道」みたいなことを言うが、そんな不便な生地を着たがるのは一部のマニア層だけである。
その一部のマニア層に向けて売るブランドならそういう本物追求志向でも良いが、ある程度のマスに売りたいのなら、便利さとか機能性、快適さは無視すべきではない。
むしろ便利さとか機能性、快適さを重視すべきだろう。

まあそんなわけで、シルエットの変化はその時々によってあるだろうが、ズボン丈は当分の間、短め(くるぶし丈周辺)が主流であり続けるだろう。


 



東コレがお客様と繋がる可能性は今のままでは低い

 THE FLAGからのお題として「東コレはお客様と繋がっていくのか」というものが来た。

出題側の「お客様」の定義がはっきりわからないが、仮にこの「お客様」を消費者だと定義する。

これについての私見は、つながっていく可能性はゼロではないというものである。
ただし、今のままではつながる可能性は低いとも思う。

現在、東京コレクション真っ最中である。
ファッションスナップドットコムでも連日、いくつものブランドのコレクションショーが掲載されている。

以前から知っているブランドもあれば初めて見たブランドもある。
改めて「国内にはなんと数多くのブランドがあるものか」と驚かされる。
アパレル業界はそれだけ参入障壁が低いということである。

まず、起業するにも開店するにもデザインするにも資格は要らない。
デザイナーは国家免許制ではないし、開店するに当たっても資格は要らない。
同じブラックと参入障壁の低さということで対比される飲食業でさえ、店を開くためには資格を持った人が一人は必要となる。

その飲食業よりも参入障壁が低い。

飲食店もこの世の中無数にあるが、ファッションブランドも負けず劣らず無数にある。

その無数の中から消費者に認知してもらわねば事業継続は不可能である。
東京コレクション自体も出品ブランドも認知してもらう必要がある。
これができればお客様とつながることは可能だろうし、できなければつながることは不可能である。

知られていないのは存在しないのも同じである。
別に店に限ったことではない。卸売りブランドでも変わらない。

業界内では東京コレクションもその出品ブランドも一定のステイタスとして評価されている。

しかし、実際のところ業界外ではその認知度、知名度は低いし、
下手をするとファッション専門学校生の間でも認知度、知名度はあまり高くない。
実際に、筆者も何度か専門学校での講義の際に、どれくらい東京コレクション出展ブランドについて知っているかを尋ねてみたが、「知らない」と答えた学生は想像するよりも多かった。

これはかなり深刻な事態ではないかと感じる。
動機は別として業界に入りたいと思っている専門学校生があまり注目、認識していないのだから、業界に興味のない人ならばどれほど注目度は低いのかということになる。

理由はさまざまあるだろう。
それは業界内外で活発な議論をすべきだと思う。

個人的にはその理由の一つとして、東コレブランドの販売先が少ないことにあると考えている。

例えばブランド直営店が全国にたくさんあるわけではない。
また仕入れて販売する取扱店もあまり多くない。

東京コレクション常連ブランドでさえも卸売り先店舗が数店舗とか10店舗未満という例が少なくない。

ブランドの洋服そのものを見かけること自体が少ない。
見かけることが少ないと親しみはわかない。

なんだかんだ批判はされてもユニクロがそれなりに売れているのは店舗数の多さによる親しみもあるのではないか。

直営店出店や卸売り先の拡大など、ビジネス面を強化する必要があるのではないか。
しかし、直営店出店なんてデザイナー単独の資金では不可能であり、ある程度の規模の企業か金融のバックアップが必要となる。

ではそれを取り込むための手法、ノウハウ、プレゼンスタイル、ビジネスモデルの構築が東京コレクションブランドに備わっているのかというと答えはノーだ。
一部の例外を除いてはそういう方面に各ブランドとも極端に弱い。

デザイナーには基本的にそういうノウハウはないし、ビジネスに強いパートナーも多くの場合には存在しない。
感性と度胸と愛嬌とで勝負しているデザイナーが多いのが現実である。

プロモーションに力を入れると言ったところで、ファッション雑誌の影響力は衰えているし、「デザイナー物」を扱いたいというファッション雑誌は数少ない。ファッション雑誌の多くは欧米の著名ブランドか国内の大手ブランドの取り扱いに終始している。

ウェブを使ったプロモーションという手もあるが、それとても不十分なブランドが多い。
もちろんウェブサイトは完備しているし、ブログやSNSでの発信もしているだろう。
しかし、それが通り一編の内容の発信ならどうだろうか。情報の海の中に埋没してしまう。

例えば「コレクションショーを〇月〇日〇時からどこそこホールで開催します」みたいな発信だと多くの人の記憶に残らず流れてしまう。

ブログなら特にそういう内容だとわざわざ読みに来てはもらえない。
もっと自身の考えてることや業界への提言やビジネスへの取り組みを裸に近い状態で晒す必要があるのではないか。

別に「売上高が〇〇%減で苦戦中」なんて情報を晒す必要はないが、「国内のファッション業界はこうあるべきではないか」とか「売上高を拡大するためにこんな取り組みを構想しています」ということを発信してみてはどうか。
逆に「売上高〇〇%減少中」なんて情報を裸で流せたなら注目度は一気に高まるかもしれない。

ほかにもやりようはあるだろうが、筆者が考えるには上記のことを改善できれば、お客様とつながる可能性はゼロではないと考えている。

しかし、言うのは簡単だがどれも一朝一夕にできることではないから、改善しお客様とつながる可能性はかなり低いのではないかという気がしている。




OEM屋の存在が悪いのではなく、その使い方に問題がある

 昨今、国内縫製工場とブランドやセレクトショップをダイレクトにつなごうというサービスが増えてきた。
ファクトリエ、シタテル、ヌッテなどであるが、各社ともその狙いと運用形態は少しずつ異なる。
その詳細はここでは触れないが、これらのサービスを報道する際に「OEM屋を中抜きすることで、製造コストが下がる」と説明されることがある。

SPAが盛り上がった当時の「問屋不要論」と似たような印象を感じるのは筆者だけだろうか。

問屋はすべて不要かというとそうではない。
大きな在庫を資金的に抱えにくい小規模店舗は問屋があった方が商品の追加補充がスムーズにできる。
メーカーは卸しっぱなしだし、小規模店舗は在庫を抱えにくい。
その間に立つのが本来の問屋である。
問屋が在庫をある程度備蓄するからメーカーは在庫を抱えずに済むし、小規模店舗は在庫を抱えずに追加補充が可能となる。

もちろん、SPA以前の時代のように問屋が多数乱立して成り立つ業界ではなくなったが、問屋をゼロにするのが正しいのかというとそうではない。

OEM(ODM)屋に対しても同じではないかと思う。

国内縫製工場の多くは、最新鋭設備が整っていて大規模な中国工場やアセアン工場よりも融通が利きにくい。

ジーンズを例にとる。

ジーンズを縫製する際には、生地を裁断して、リベットやファスナー、ボタン、革パッチなどの副資材を集める。
裁断した生地を縫製し副資材を取り付ける。
その際にボタンホールもかがらなくてはならない。

中国工場の場合、裁断と縫製以外の副資材を集める手配、ボタンホールをかがる作業なども一貫でできることが多い。
Aという工場に頼めば、指定した副資材を数量分集めて取り付けてくれ、さらにボタンホールも自社内でかがってくれる。

ところが、国内縫製工場の場合、副資材を集める機能もないし、ボタンホールのかがりも外部の専用工場へ出す。一部を除いて自社内で一貫生産はできないことが多い。

リベットはコレ、ファスナーはYKKのアレ、ネオバはアレ、革パッチはソレとブランド側が指定するとする。
そしてブランドは100本のジーンズの縫製を工場に依頼するとする。
副資材を100本分集めるのもそれらを工場に送付するのもブランド側の作業になるし、下手をするとボタンホール工場への移送指示もブランド側が送らねばならないこともある。

さらにいえば、洗い加工場もまた別に存在するからそこへの移送指示も必要になる。

1シーズンに50型とか100型も作るようなブランドがすべての商品を工場と直接取引したとするなら、ブランドのスタッフは疲弊してしまうだろう。

OEM(ODM)屋に任せた場合、こういう手配はすべてOEM屋が担ってくれる。
ブランド側の労力は軽減される。

国内生産をする場合の方がOEM(ODM)屋を噛ませることがブランド側にとってメリットとなる。

たしかにOEM(ODM)屋とブローカーが二重、三重、四重、五重に挟まって製造コストが割高になっている事例は山ほどある。
中にはODM屋のためのOEMとかOEM屋のためのOEMとかわけのわからないことになっている場合もある。

もう少しシンプルな形にする必要はあるとは思うが、OEM(ODM)屋の存在が悪なのではない。
むしろ、その存在がなくなるとブランド側も生産できなくなる。
そんな面倒なことをできるようなスタッフがどれほど現在のアパレル業界に存在するのだろうか。
おそらく早々に音を上げるだろう。

現在問題視されている根本的な理由は、人件費・経費削減によって企画力が低下したブランド側が安易にOEM(ODM)屋に企画を丸投げして同質化を招いていることにある。

ここを放置したままでOEM(ODM)屋を業界から追放(現実問題としてそんなことは不可能)したところで、製品の国内製造はさらに困難な状況に陥るだろう。

要はその存在が問題なのではなく、ブランド側の使い方に問題があるということである。

物事をシンプル化・ワンイシュー化して示すことは広く理解を得やすい。
しかし、物事は必ず多面的なので、何かをすれば必ず別の副作用が生じる。

工場とブランドとの取り組みはもう少し多面的に考えるべきではないか。
そうでないと「角を矯めて牛を殺す」ことにもなりかねない。





「待ちぼうけ」の童謡そのままな国内縫製工場もある

 「高品質な日本製を打ち出すことでブランドイメージを向上させる」

どこかの大手アパレルが好みそうなキャッチフレーズである。
散々海外生産を増やしておきながら今更どの口が言うのかと呆れ果てる。

しかし、実際のところ日本製は必ずしも高品質ではない。
すべてがそうではないが、ブランド側からすると「使いづらい」縫製工場も多々ある。
もちろん、高品質な工場も存在することはいうまでもないが、マスコミが煽るほど日本製衣料品はすべてが高品質ではないということである。

長らく中国生産のエキスパートだった友人のOEM屋が、国内生産を取り入れ始めたのは5年ほど前のことである。
それまでは中国生産一辺倒だった。

その友人の当時の第一声は「国内縫製工場は使いづらいところがある」というものだ。
理由を尋ねてみると、「当初予想よりも仕様が複雑な衣料品があったとすると、中国工場はよほどの困難が無い限り、契約した数量は製造してくれるが、国内工場は着手し始めてから『こんな仕様では工賃を上げてもらわないとできない』とか『納期に間に合わせることは無理』と平気で言ってくる。これでは中国工場の方が使いやすい」というものだった。

友人の使っている中国工場は、追加生産になった場合には「仕様が難しいので工賃を上げてほしい」とか「納期を長く見てほしい」と言うが、着手し始めて「あれができない」「これもできない」とは言わないそうである。

もちろん中国工場も日本工場もピンキリだが、複数の業者の声を聴いても日本工場の方が「後出しじゃんけん」が多い印象がある。

先日、小規模なカジュアルブランドの展示会にお邪魔した。
以前から一部は国産だったが、近年の情勢(円安、人件費高騰)から来春夏商品はほとんどが国産品に切り替わっていた。

ところが、そのブランド担当者によると「国産が増えたために工場とのトラブルも増えた」という。

以前の中国工場だと簡単にできていたデザイン商品が「こんな面倒な物は縫えない」と言われる。
デザイン商品と言ってもさまざまである。
パッチワークでつなぎ合わせたような見るからにめんどくさい縫製仕様の物から、ベーシックに少しプラスアルファする程度の物まである。

このブランドの商品は、ベーシック商品に少し切り替えを入れた程度の物である。

これを「こんな面倒な物はできない」と言ってくるのが国内工場で、わけもなくできるのが中国工場というのが一方の現実である。

国内縫製工場の中にはこの期に及んでいまだに「定番商品をできるだけたくさん縫いたい」という要望を堂々と言ってのけるところが少なくない。

たくさんの定番商品を縫いたければユニクロか無印良品の注文でも取るほかない。
工賃が合うかどうかは知ったことではない。

定番品を大量に製造する国内ブランドなんて限られている。
それもほぼ低価格ゾーンに集中している。
そういう仕事がしたいのだろうか?
なら工賃をアセアン並みに切り下げて、製造キャパも中国工場並みに増やしてはどうか?

ということになる。
どちらも不可能だろう。

現在の国内縫製工場が置かれている状況は厳しい。
それにはこれまでの国内ブランドからの仕打ちがあることは間違いない。
工賃の引き下げ、不当返品、未引き取りなどなどだ。

しかし、いつまでもその当時のままでもどうしようもない。
現実世界でタイムスリップはできない。

中には小ロットのデザイン物も引き受けるというふうに姿勢の変わった縫製工場もある。
定番品の大量生産にこだわっていても中国工場と勝負すれば負けるし、これからはアセアンとの勝負にも負けるだろう。

資本力のない国内工場が莫大な投資をして製造キャパを広げるのは自殺行為だろうし、よしんば広げたところで中国工場、アセアン工場の規模には足元にも及ばない。

小規模なままで業務を継続するなら、工賃アップは交渉すべきだろうが、体制として小ロットのデザイン物も受け入れるメンタリティは必要になる。

「投資できないから小規模なままだけど、工賃は上げてほしい、でもデザイン物はやりたくない。できれば定番品を大量にやりたい。でも生産キャパないけどね」

こんな工場にどんなブランドがオーダーをするというのだろうか。

こういう姿勢が国内縫製工場を衰退させた理由の一つではないかと思う。

このところメディアやブランドが喧しい「日本製ブーム」というのは本当なのだろうか?

昨日こんな発表があった。9月単月の物だが、

9月の貿易統、衣類輸入が大幅増
http://www.senken.co.jp/ne…/management/foreign-trade-151022/

財務省が21日発表した9月の貿易統計(速報、通関統計)によると、衣類・同付属品輸入額は3903億3800万円(前年同月比4・2%増)で4カ月連続増となった。主力の中国が前年並みにとどまったが、ASEAN(東南アジア諸国連合)が大幅増となった。

中国からの衣類・同付属品輸入額は、2765億5400万円(0・1%増)となった。一方、ASEANは前年を大幅に上回る786億8100万円(20・4%増)。総輸入額に対する構成比率は20・2%。前月に700億円を初めて超えたが、800億円の大台も目の前に迫ってきた。このほか、米国は17億8100万円(3・3%減)、EU(欧州連合)は150億4500万円(1・8%減)、アジアNIES(新興工業経済地域)は12カ月連続減の18億5500万円(23・6%減)だった。

とある。

衰退しつつあるといわれる中国生産が微増でほぼ現状維持、アセアン生産は大幅増である。
米国とEUは減少している。

個人的には今後は中国生産が悪くて微減、基本的には現状維持、アセアン生産は今後大幅に伸びると考えている。
日本製は見かけのブームに反して良くて現状維持、悪くて減少するのではないか。
今後、生産はさらにアセアンに流れると見た方が確実だろう。

とはいえ、これでも筆者は国内生産をそれなりに応援している部分もある。
せっかくの追い風(見せかけのブームにすぎなくても)があるのに、40年前のメンタリティのまま「定番品をたくさん縫いたい」なんてことを言っていてはもったいないと思うのである。
もうそんな美味しいオーダーはどこからも来ないのだから。

「待ちぼうけ」という童謡がある。

これは韓非子の守株待兔(しゅしゅたいと)を下敷きとしている。

ある日、農夫が野良仕事をしていると、突然走ってきたウサギがキリカブに頭をぶつけて死んでしまった。
農夫は労せずウサギの肉を手に入れることができた。
そこで翌日から農夫は野良仕事を止めて、ひたすらウサギがぶつかるのを待ったが、そんな幸運なことは二度と起こらず、野良仕事をさぼった農夫は損害を被った。

という説話である。

40年前の「定番品を大量に」という美味しいオーダーをいまだに待ち続けている縫製工場はこの農夫と同じである。

韓非子 (第1冊) (岩波文庫)
韓 非
岩波書店
1994-04-18


韓非子解題
小柳 司気太
2013-10-21



廃業できる企業はある意味では幸せなのかもしれない

 その昔、「千円札は拾うな」という本を読んだ。
経営破綻したワイキューブの元社長・安田佳生さんが書いた本で、発行当時ビジネス書としてはかなりのベストセラーになった。

参考になる部分と、まるで参考にならない部分があったというのが感想である。

2011年にワイキューブは経営破綻するのだが、この本はそれ以前に書かれている。
社員専用バーを作ったとか、将来的には電車通勤を廃止してタクシー通勤にしたいとか、社員のモチベーションを上げるための支出構想が書かれていたのだが、バブリーな生活とは無縁の筆者からすると恐ろしい無駄遣いに思えた。
倒産の一報を聞いたときにも当然だろうと思った。

その後のインタビューでは社員バーは何度も報道され、それによって知名度が上がり成約が増えたそうなので結果的には成功したといえるだろう。まあ、こういう金の使い方もあるということだが、狙ってできるものではないから、付け焼刃で真似ることは危険だろう。

この本の中で同意できた箇所があった。

どういう内容かを要約する。

先祖代々の個人商店を経営している友人が不眠不休で働いていて、アドバイスを求められた。
この友人の店の経営状態は悪い。
そのときは「さっさと廃業するなり、商売替えをしたらどうか」と勧めた。
当然、その友人は「先祖に申し訳ない」と怒ったが、安田氏によると、先祖が仮に死後も意識を持っていたとして、自分の子孫が不眠不休で働いて苦しんでいるのを良しとするだろうか。
先祖なら苦しんでいる自分の子孫が廃業なり商売替えなりすることに対して、それを怒らないのではないか。
だからさっさと廃業か商売替えしろ。

という内容である。

少し冷たいとも感じるし、その友人が先祖に申し訳ないと思う気持ちも理解できるが、どうしても自分の手に負えなければ廃業するか商売替えをした方が良いのではないかと思う。

繊維業界にはそれこそ先祖代々とは言わないまでも何代か続いた製造・加工業者が多くいる。
その経営を上向かせるために奮闘するのは理解できるが、どうしようもなくなった場合は廃業なり倒産なりさせるのが正しいのではないかと思う。
年金暮らしができない年齢なら商売替えするのも正しいやり方だろう。

創業が古い中小企業は我が国には多いが、だからといってすべての企業が未来永劫続くわけではない。
どこかで市場から退場している。そうでなかったら、巷にはもっと中小企業が溢れている。
歯を食いしばってやり抜くことも必要だが、限界だと感じたらあきらめることも必要だろう。

先日、浜松産地の山文の廃業が報道された。

セルビッジ生地大手の山文が高齢化を理由に廃業、シャトル織機120台は海外に
https://www.wwdjapan.com/business/2015/10/09/00018287.html

静岡県浜松市のテキスタイルメーカーの山文が来年3月で廃業する。同社は耳付きのセルビッジテキスタイルを織るためのシャトル織機120台を所有しており、デニム以外のシャツ地やジャケット地向けのテキスタイルでは日本で最大級のセルビッジのテキスタイルメーカーだった。船野泰弘・社長は廃業の理由を「本当は10年前に廃業する予定だったが、従業員や取引先の要請で続けてきた。私も78歳だし、従業員が60歳を超えたので廃業を決めた」と語る。

「われわれのような中小企業にとって繊維で生き続けることは容易ではない。60年間シャトルに特化したことで、なんとかやっては来れた。だが正直言ってそれほど儲かる仕事でもなく、後継者を育てるのは無理だった」という。120台のシャトル織機はすでに売り先が決まっており、業者を通して東南アジアの繊維メーカーへの売却が決まっている。「織機の処理は一括して業者にお願いしたが、聞くところによると日本よりも海外の企業の方が、引き合いが強かったようだ。海外の企業からは技術指導もセットでと言われたが、もう年なのでさすがにそれは無理。最後まで迷惑をかけず、ここまで事業をやってこられたのは奇跡。取引先や従業員に感謝したい」と語った。

とある。

これに対してはさびしいとか悔しいという感想があちこちで聞かれる。
筆者にもそういう思いはある。ただし山文さんとは面識はないので一般論の域を出ないのだが。

しかし、それだけではなんの解決法にもならないし、それを言い続けることは単に感傷をぶつけ合うに過ぎないので何の意味もないと感じる。

じゃあどうしてシャトル織機を譲り受けたいと申し出る国内企業がいなかったのか。
じゃあどうして若手従業員が入社しない、もしくは在籍し続けなかったのか。
じゃあどうして山文に事業譲渡を依頼する国内企業がいなかったのか。

若年層も他の国内企業も繊維製造業が儲からない、魅力がないと感じているからではないか。
まあ、実際のところまさしくその通りなのだが、そういう業種は市場から退場させられても不思議ではない。

逆に「廃業したいけど金がないから廃業できない。倒産させることになる」という産地企業は多い。
言ってみれば、山文は廃業できるだけまだ幸せである。
それだけの資金が手元に残っていたということだから。

業界内からは「国内の繊維製造・加工業を守れ」という声がけっこう大きく聞こえる。
その意図は理解できなくはないが、自立できなくなった企業を国や行政が手厚く保護する必要があるとは個人的には思えない。
繊維業界だけがなぜそういう手厚い保護を受ける必要があるのかも理解できない。
国益という点から考えれば、もっと手厚く保護しなくてはならない業界・業種はほかにもっとある。

ダーウィンの進化論ではないが、時代に適応できなくなった種は滅びるしかないのである。
もし事業に行き詰ってしまったなら先祖代々であろうと、すっぱり手放すのも立派な一つの選択肢ではないか。

千円札は拾うな。
安田 佳生
サンマーク出版
2012-07-01


千円札は拾うな。 (サンマーク文庫 B- 112)
安田 佳生
サンマーク出版
2008-08-05



私、社長ではなくなりました。 ― ワイキューブとの7435日
安田 佳生(やすだ よしお)
プレジデント社
2012-02-28


安い商品が集客しやすいことは不変の事実

 基本的に安売りは集客しやすい。
これはいくらモノヅクリガーの人たちがわけのわからん屁理屈をこねくり回したり、偽善クサイ物語をでっち上げたところで、変えることができない事実である。

今日もその実例が報道されている。

 
マックハウス、12年ぶりに客数が増えたワケ

「3ケタ商品」と「店舗改革」が奏功
http://toyokeizai.net/articles/-/88689

集客の目玉は、「低価格プロジェクト」と銘打って3ケタ商材(1000円未満)にこだわった、低価格商品の大量投入だ。白土社長は「SPA、ファストファッションの競合店に負けない価格設定の商品を、大量投入できた」と自信を示す。「リアルスタンダード」や「フリーネイチャー」などのPB(プライベート・ブランド)商品を中心に、290円(税別)のキッズTシャツやメンズ、レディスの低価格シャツが売れた。採算度外視の単なる安売りではなく、低価格プロジェクト全体で粗利率50%を確保できているという。

990円(税別)で限定発売したストレッチジーンズは、価格訴求だけでなく価値訴求も徹底。

とある。

まあ、ここでは生産体制に対するあれこれは議論の対象とはしない。
この価格で粗利率50%を確保しているのだからどれほど工賃が安いかは少し想像するだけで容易にわかる。

990円でそこそこに品質の良いストレッチジーンズがあって、それを周知拡散できれば、それなりの集客はできる。当たり前のことだ。
990円とバカにするが、100人に売れれば10万円の売上高になる。
1店舗で平日10万円を売れる洋服店がいまどきどれくらいあるか。
そして上手く集客できれば1日100人に販売することは不可能ではない。

品質が良くて価格の安い商品を集めるというのは、店舗としては有効な手法であることはマックハウスの例を見ても異論の余地はない。

自店をそういう風に割り切って品揃えするのも一つの経営手法である。
そういうやり方が好きか嫌いかは別として。

じゃあ、高く売るためにはどうしたらよいのか。

筆者は個人的に、某有名デザイナーが言うように「安い物は誰かが泣いている」という情緒に訴える手法は嫌いである。そういう某有名デザイナー自身が外資系低価格SPAとコラボをしているのだから、何を言っているのかと思う。
それにその低価格商品を生産することで生計が成り立っている人だって存在する。

じゃあ、国内工場を使っている中価格帯の国内ブランドは人道的な取引をしているかというとそんなことはない。
1枚200円とか150円でカットソーを縫ってくれと依頼するブランドなんて掃いて捨てるほどある。
全1500枚で利益が1枚当たり50円しかないオーダーをしてくるブランドもある。

グローバル低価格SPAブランドのやり方を非難できる資格がどこにあるのだろうか。

それはさておき。

高くても買ってもらえるようなブランド、店にするにはどうすれば良いのかということを業界こぞって考え始めているのが、この15年間ではないだろうか。

90年代後半ならそれはタレントとのタイアップ、ドラマへの衣装提供だった。
あのタレントが着ているから(実際の私服ではないから今から考えるとお笑い草だ)という理由で茶色いレザーダウンジャケットとか水色のリュックが飛ぶように売れた。

2005年以降この手法はあまり効果的ではなくなった。
多くの消費者がタイアップでの着用はプライベートの着用とは異なるということを理解したからではないかと思う。

メイドインジャパンを全面に打ち出すことか?
今、これを多くのブランドがやろうとしている。
産地企業もやろうとしている。

たしかにメイドインジャパンは価値の一つではあるが、メイドインジャパンなら何でも売れるかというとそんなことはない。
デザインが不細工で価格が高くて品質が悪ければいくらメイドインジャパンでも売れない。
わざわざそんな商品を買いたい消費者なんていない。
筆者ならこんなメイドインジャパン商品は絶対に買わない。

逆にデザインが良くて品質も高くて価格が安ければ中国製だろうとアフリカ製だろうと売れる。

トレンドを素早く取り入れることだろうか?
その手法を多用して同質化を招き、パクリ合戦を激化させたのが現在ではないか。
それに外資系グローバルSPAにその勝負で勝てるのか?

機能性だろうか?
たしかにこれはある程度有効かもしれない。
機能性繊維は高機能になればなるほど高価格になるから必然的にこれを使った洋服の価格も高くなる。
しかし、よほどの数量を生産しない限り、高機能繊維とモノポリーを結ぶことはできない。
モノポリーを結べないということは、機能的には同質化が起きやすいということである。
あちこちのブランドからほぼ同じ価格で同じ機能の洋服が発売されるということになる。

これらを越えた取り組みが必要だということは多くの人が気が付いている。
そのやり方を模索している段階だといえるだろう。

もしそのやり方を見つけたブランドやショップが増えたときに、もしかしたら国内のアパレル産業は次の段階へ登れるのかもしれない。まあ、これは甘い夢想かもしれないが。

ただし、見つけられない場合は、国内のアパレル産業はますます沈むだろう。
現在の業界はそんな瀬戸際にあるように感じるのだが、いささか杞憂が過ぎるだろうか。




 


今後も残れる国内の製造・加工業者は一部にすぎない

 先日、繊研新聞にこんなコラムが掲載された。

国内縫製工場とアパレル側との立場が端的に示されている。

客寄せパンダ
http://www.senken.co.jp/column/eye/panda1014/

取材先の国内縫製工場を大手量販店のバイヤーが久しぶりに訪れ、「服を作って欲しい」と言ってきた。しかし、その縫製工場は量販店が要求する大ロットを生産する能力はない。それでも「何とか縫ってくれ」と懇願された。

 理由は「店頭で国産を打ち出したい」から。どうやらオーダーに継続性はなく、いわゆる〝客寄せパンダ〟の発想で国産フェアをやろうというものだった。海外生産に目を向けていたのに、円安になって急に戻ってきて、しかもスポットの仕事。その経営者ははっきりと断った。気持ちは痛いほど分かる。

 ただし、継続的なオーダーがあれば仕事を請けていいのか、疑問が残る。最初は少ない仕事から始まり、徐々にその量販店からのオーダーの比重が増え、最終的に専属になる可能性もある。そうなると次第に工賃抑制の圧力が強まる。コストが合わずに断ると仕事を減らされる。最悪、全て切られる可能性もある。

 国産を守る意識を前提に、適正工賃で継続的に仕事を出す気があるか。そこを見極めないといいように使われるだけになってしまう。

とのことで、短文なので全文を引用した。

ここでいう量販店とは、イオンやイトーヨーカドーなどのGMSなのか、ユニクロや青山のような専門量販店なのかはっきりわからない。
しかし、どちらにしてもあの店頭単価と生産数量を国内縫製工場が受けられるはずがない。
スポットならなおさら断るべきだし、継続的なオーダーでも断るべきだろう。
もし受けるなら「うちの生産キャパはこれだけ。これ以上の枚数は受けられない」と宣言して数量限定で受けるのがベストである。

それにしても安易な国産衣料で客寄せができると考えている量販店も相当におめでたい。(笑)
もしこれがGMSだとするとそんな安直な発想しかできないから業績が悪化するのである。

さて、記者の指摘はもっともであるが、「国産を守る意識」なんて量販店にあるはずがない。
それを期待する方が間違いである。

じゃあ、中価格帯以上のアパレルブランド、百貨店はどうかというとこれも極一部を除いて「国産を守る意識」なんてないだろう。

多くのアパレル、流通業者にとって洋服の縫製地なんてどこでも良くて、品質が良くて工賃が安い国が最適だと考えているのが実情である。

そういえば、いわゆる中価格帯のドメスティックブランドのOEMを手掛けたことのある業者は、商品未引き取りや不当返品、不当値引きなんて普通にされたというし、1500枚のオーダーで1枚当たりの利益が50円しかなかったということもあった。

工場へのこういう仕打ちはつい最近始まったのではなく、20年も30年も前から何も変わっていない。

だから縫製に限らず、国内の製造加工業者は自衛するほかない。
十分な工賃が見込める中価格帯以上のブランドと組むか、自社オリジナル製品を開発してそちらで利益を得るかである。
もちろんどちらの道も一朝一夕にはいかない。

また運良くそういう取り組みが成功をおさめたとしても10年後~20年後には後継者問題が浮上する。
後継者が得られなければその時点で良くて廃業、悪くすれば倒産になる。
まあ、こちらはまた別の問題になるのだが。

さてこのコラムを書いた記者の懸念、指摘はまさしくその通りなのだが、工場側はこんなことを今更新聞社から言われねばならないほど、現状を把握していないのかと疑問を感じてしまう。

最初は少ない仕事から始まり、徐々にその量販店からのオーダーの比重が増え、最終的に専属になる可能性もある。そうなると次第に工賃抑制の圧力が強まる。コストが合わずに断ると仕事を減らされる。最悪、全て切られる可能性もある。

こんな状況は今に始まったことではなく、何十年も前から続いている。

少なくとも業界紙記者になった18年前にも掃いて捨てるほどあった。
80年代、70年代のことは見聞きしていないが、おそらくあっただろう。

仮に18年前から始まったとすると、各工場はこの18年間で何を学んだのだろうか。
同じ目にあって潰れた同業他社も多数見聞きしてきたはずだが、その時に何も感じなかったのだろうか。
なぜ、18年も時間があったのに自衛に乗り出すなり、廃業するなりを選ばなかったのだろうか。
時間も研究事例もたっぷりあったはずである。

またメディア側も工場を被害者的にいつまでも扱い続けるのが良いのだろうか。
20年近く何の対策もしていないのは自己責任ではないのか。

以前、地方で製造加工業に携わっている人から「地方には金も知恵もない」と言われた。
まあ、個人的な感想をおっしゃったのだと思うが、そんなメンタリティが主流であるなら、今後、地方の製造加工業者が生き延びることは不可能だろう。

知恵がないなんて開き直られても「じゃあどうぞ廃業か倒産してください」としか言えない。
ましてや「金もない」んだから、さまざまな業者に対策を練ってもらうことすらできない。
「ご自分で何とか考え付いてください。ぼくらは知りませんよ」と言うほかない。

将来的には、一部の意欲ある製造加工業者だけが残って、他はなくなる。
これがもっとも現実的な未来像だと確信している。



製造業が日本を滅ぼす
野口 悠紀雄
ダイヤモンド社
2012-04-06


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