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南充浩 オフィシャルブログ

今以上に「できるだけ引き付けて服を作る」ことは物理的に不可能だという話

2022年9月14日 企業研究 1

2020年のコロナ禍以前から、衣料品の生産リードタイムのこれ以上の短縮はほぼ不可能だった。そして、コロナ禍による海外工場のロックダウンや停電の頻発、ロシアによるウクライナ侵略によって物流の混乱や燃料不足なども起き、2022年現在ではさらに生産リードタイムは伸びざるを得ない状況にある。

 

当方が独立して早12年も経過しているのだが、大した業績・実績が無いことは読者の方々はよくご存じのことだろう。当方のだらしなさは置いておいて、その12年前には「3Dプリンターの普及によって縫製が不要となって生産リードタイムが飛躍的に短縮できる」という楽観論があった。しかし、12年後の現在も3Dプリンターは確かに存在はするが普及はしておらず、相変わらず縫製工場は必要不可欠となっている。

この手の「技術革新への楽観論」は実現した試しがないので当方は信用していない。

 

で、そんな状況下で話題となったのがこの記事である。

【ファッションとサステイナビリティー】ワールドの「サスティナビリティプラン」 衣料品廃棄をゼロ化、他社商品の「循環」も進める | 繊研新聞 (senken.co.jp)

特に話題となったのが、次の一節である。

「当たり前だが作り過ぎない。余計なものを仕入れない。できるだけ引き付けて物を作るのが一丁目一番地」とサスティナビリティプランをまとめた高橋啓介グループ執行役員SDGs推進室室長。

である。

これについては月に一度寄稿してくれているUS君が今月言及してくれていた。

アパレルが生産発注時期を過剰に引き付けすぎると工場にはデメリットしか生じない

こちらは、生地検査という見地から、過剰な引き付け発注は実現不可能であること、実現したとして却って生地不良によるロスなどが多発する可能性を示唆してくれている。

ぜひご一読いただきたい。

 

生地検査については専門ではない当方にとっても、この発言は「正気なのか?」と疑わざるを得ない。ワールドの首脳陣の認識は大丈夫なのだろうか?甚だ心もとない。

歴史的な話をすると、ワールドは90年代後半にSPA化戦略を掲げ、それまでの卸売り主体から直営店主体(一部地域では販売代行を使用)に切り替えることに成功した。そのSPA化のキモの一つが「クイックレスポンス対応(QR対応)」だった。

これは、生産から商品投入までのリードタイムを2~3週間くらいに短縮するという取り組みである。これによって、好調品番が売り切れても2~3週間後には店頭にその商品が補充されていることになる。

発注から生産、投入までのリードタイムが2~3週間に短縮されるというのは、それまでのアパレルからすると画期的に短くなっており、それまでは最低でも1か月で、2~3カ月が普通だった。

このQR対応を実施する上でネックとなるのが、生地の在庫確保状況である。

あらかじめ追加生産を見越して多めに確保すればよいが、もし売れなければその生地は無駄になるから、多めに確保することよりも、その時に確保できる生地に変更して商品を生産するという解決策が提案された。

 

当時は「なるほど」と感心したが、生地を変更してしまうと同じデザイン・型紙の服でも、仕上がり具合は変わってしまう場合が多々ある。似たような生地なら出来上がりは近似値となるが、全然違う組成の生地だと大きく異なってしまう。この辺りの裁量はどうなっていたのか、現場を見ることができない当方にとっては大きな懸念材料でしかない。

それはさておき。

このQR対応に各アパレルは追随し、ほとんどのSPA型の大手総合アパレルは取り入れた。

だが、その結果当初の構想に掲げていたような売れ行きが実現できたかというと、コロナ禍というイレギュラー要因を除いたとしてもワールド、オンワード、TSI、三陽商会などのコロナ禍以前の凋落ぶりを見ると、明らかだろう。

業界全体の生産リードタイムを見ても、90年代後半以降大幅に短縮されたわけではなく、だいたい最短で3週間から1ヶ月ぐらいのまま2020年まで推移してきた。

恐らくは、3Dプリンターのような画期的な新しい機械装置が開発され普及しなければ、これ以上生産リードタイムは短縮できないと考えた方が正解だろう。

 

そして冒頭でも述べたようにコロナ禍によるロックダウンと停電、ロシア侵略による燃料不足や物流の混乱である。中国のロックダウンは今も続いている。最近また深圳と大連がロックダウンしている。

生産リードタイムが2019年時よりも短縮できる要素が一つもない。むしろ生産リードタイムは伸びざるを得ないというのが今の現状である。

 

それにもかかわらず「できるだけ引き付けて」という構想を口走ってしまうのが今のワールド首脳陣ということである。

2019年当時でさえ、生産リードタイムは3週間内外よりも短縮することは不可能だった。2020年以降は3週間前後を維持することすら不可能に近くなっている。

果たしてどのような手法によってさらに引き付けるつもりなのだろうか?

手法なんて想定しておらず、「単なるお気持ち」を口走っただけなのだろうか?

想定している手法があるならすべてではないにせよ、一端は明かしてOEM屋や工場を安心させるべきだろうし、単なるお気持ち表明なら全く何の意味もない。却って有害でしかない。

 

ゼロコロナを掲げる中国のロックダウンと停電は今後も頻発するし、ロシアの侵略も未だに結末を迎えていない。この状況下では、伸びざるを得ない生産リードタイムに対して、どれほど「売れる商品」を企画立案できるか、という能力が必要となってくる。25年前から掲げてきたQR対応の総括もせずにまだ引き付けてというのは業界の大手としてはいかがなものかと思う。

 

 

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 comment
  • とおりすがりのオッサン より: 2022/09/14(水) 1:23 PM

    「一丁目一番地」なんて言う奴は信用できねぇわ~と、高橋啓介氏をググってみたら、大学出てすぐにローランド・ベルガーってコンサルティング屋に入った口だけの人みたいですね(個人の感想です)。
    ITメディアで高橋氏の記事があって著者プロフィールには【顧客の「腹に落ちる戦略」の実現を信条に「地に足が着いた」コンサルティングを志向】とか書いてありましたが、「腹に落ちる」とかいう人も個人的に信用出来ないんすよね。うちの会社の二代目元バカ社長がよく「腹に落ちる」って言っていたのでw
    しかし、ちまちま汗水垂らして、たまに血も流して物を作るより、口だけの人のほうが桁違いに金稼いでるんでしょうねぇ(´Д`)

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