国内生産が0%になることの危険性
2020年7月7日 製造加工業 3
先日、某工場の方お二人と酒を飲んだのだが、いろいろと勉強になった。
洋服の縫製工場は国内でどんどん減少しているし、生地工場も減っている。糸を作る紡績の工場や合繊メーカーの工場も減っている。
どうでもいい話だが、綿・ウール・麻は原料を紡いで糸にする。この工程を紡績と呼んでいて、それぞれ綿・ウール・麻を得意とする紡績がある。綿紡(綿棒ではない)、毛紡、麻紡なんていう呼び方で区別されている。
ポリエステルやナイロン、レーヨンなどの合成繊維を作っているメーカーを合繊メーカーと呼ぶが、紡績の場合は紡績メーカーとか紡績会社とは呼ばず「紡績」と呼ぶ。
まあ、最初に業界新聞に入社したときの記事の書き方で注意されたことである。
基本的に紡績や合繊メーカーは、縫製工場や生地工場に比べて大資本である場合が多い。特に合繊メーカーは、繊維のみならずメディカル分野とかケミカル分野なんかにも進出していて、異業種の売上高も多いから巨大資本となっている。
紡績はそれに比べると小さいがそれでも、上位企業は千億円単位の売上高がある。
例えば、東洋紡の2020年3月期連結は、売上高が3396億700万円もある。
そんな大資本である合繊メーカー、紡績ですら、ほとんど国内工場は稼働していない。どんどん縮小する方向にあり、紡績でいえば、国内工場の9割は無くなったといわれているし、合繊だって、原糸はほとんどが台湾や中国からの輸入に代わっている。
先日、国産レーヨン2社のうちの1社、オーミケンシの繊維事業撤退が報道され、国産レーヨンはダイワボウレーヨン1社になってしまうことが明らかになったが、その後、業界で聞いてみると、国産レーヨンの価格は上がる気配がないという。このままではダイワボウレーヨンですら国産レーヨンから撤退する可能性すらあるのではないかとの意見さえある。
国産レーヨンの需要が減るのに価格が上がらないのは、安価な中国産や海外産のレーヨンがどんどん輸入されているからである。
紡績の国内工場、合繊メーカーの国内工場が減り続けているのも同様の理由だし、縫製工場や生地工場、染色加工場が国内で減り続けているのも同様の理由である。
さらにいえば、紡績・合繊メーカーの工場も含めて、国内工場は儲からないから工員の後継者が現れない。縫製工場や生地工場はもっとそうである。
中国も含めて海外産の方が安価だからそれを使えばいいじゃないかという意見がある。当方も全面的にではないが、ある程度は賛成する。経済合理性の面から考えれば仕方のない側面もある。
グローバリストはこの論法をよく使う。ちなみに当方はグローバリズムは部分的には賛成だが全面的には賛成しない。特に行き過ぎたグローバリズムにはまったく反対である。
だが、今回の新型コロナショックによるマスク騒動はどうか。
4月末から急速にマスクの供給量が増え、流通量が増えたために急激に値下がりし、現在ではコロナ前よりも安いくらいにまで落ち着いているが、3月・4月のマスク不足はどうだったか。
結局のところ、コロナ以前のマスクというのはほとんどが中国をはじめとする海外生産に頼っていたため、コロナによって輸出入がストップすれば、たちどころに不足してしまうということになった。
供給が少なく需要が増えれば値上がりするのは当然の成り行きで、サンマが不漁なら値上がりするのと理屈は同じである。
で、冒頭の酒を飲んだお二人に戻るのだが、お二人とも「経済合理性のみで国内生産を全部無くすのはどうか?今回のコロナ騒動で強く疑問を感じた」と言う。
当方も同様である。
マスクや衣料品、ファッション雑貨に限らず、どのジャンルにおいても「国産0%」というのは危険である。
外国に生殺与奪件を完全に掌握されるし、安全保障上も懸念が強まる。
国が支援しつつ国内工場を一定数残すという取り組みが必要なのではないかと思う。お二人も何かそういう風にお考えだった。
しかし、過去から現在まで生地産地や縫製工場などを見ていると、手厚い補助金や助成金がある場合、往々にして安住してしまい企業努力を怠ることが珍しくない。
利益を出すか出さないかというそういう話ではない。資金繰りが上手いか下手かという話でもない。
経験的に見てきたのは、安住してしまい新商材開発や新しい売り方にまったくチャレンジしなくなるという工場の姿である。
例えば、手厚い保護を受けてきた某製品業者(一部問屋も含む)が開催する合同展示会に、当方が2005年頃を中心に何度か訪れたことがあった。
合同展示会の本来の目的とは、新しい販路を探すことである。
新しい店、新しいブランドが来場してくれて、そこで話をして新たな取引を成立させるために行うのである。
ちなみにこの合同展示会の開催費用はほとんどが助成金・補助金だった。
しかし、どのブースで話を伺ってもほとんどやる気がない。挙句の果てに「うちは決まった数社と取引してれば十分食えるから新しい取引先は要らんねん」という返事まであった。
実際、当時そこそこ売れていた某セレクトショップのバイヤーが各ブースを訪れたがほとんど話も聞かずに追い返されていて、「ああ、本当に新しい取引先は要らないんだな。ある意味で幸せな人たちだな」と妙に感心したのを覚えている。
国が保護をすると、こういうことにならないのかどうかが極めて不安であり、当方はそういう風になってしまうのではないかと懸念している。なぜなら当方は人間の性善説を信じていないからである。人間は長期間に渡って自律し続けられない生き物だと思っている。
そうならないような仕組み作りで一定の保護はできないのかと考えてはみたものの、これと言った名案も思い浮かばない。とはいえ、そういう保護も必要だとは思う。まあ、歯切れは悪いが、騙し騙しそれなりの保護を国がするしかないのかなと思うがどうだろうか。
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Hana父 より: 2020/07/08(水) 4:33 PM
はじめまして.いつも有意義な情報をありがとうございます.
ある産業を,安全保障上必要だから,として残したいのであれば,ある特定の用途に限って,国内生産に限定すること,を条件に調達するようにすれば不可能ではない.たとえば,**省が採用する衣服については,”国内産の材料を用い,国内の工場で生産したもの”,と限定すれば,それを調達するための産業は守られる.たとえば,同省が採用している装備品(航空機,戦車など)のように.ただし,そうすることで,税金を高価なものに費やすことになる.
ただ,考えておかねばならないのは,国産の材料だから,といって,すべて日本国内で賄えるものではない,ということ.例えば,国産の綿花を作るための肥料(必要ならば),農機具の燃料,輸送用の燃料などは輸入に頼る必要がある.したがってリスクを0にすることは,ほぼ不可能である.ちなみに
全てを国産に頼って日本が成り立つか を行った壮大な実験は,過去行われている.太平洋戦争,という形で.ご存知のように,輸入をほぼ絶たれたら,どのようにして燃料を確保し,資材を賄うことができるか(できないか..),は結果が示している.したがって,総合的に考えて,どのようにすることが国策として有利であるか,を考えておく必要があろう.ノスタルジー,**は残さねばならない,で残るものは,伝統工芸,工芸品,のように,少々コストを度外視しても価値を認められるもの,付加価値を付けられるもの だけではないか.衣食住に関わるものは,国家安全保障上,国産で賄えるようにしておく必要がある,という意見は,上述のように この日本では成立させることはほぼ不可能であろう. -
とおりすがりのオッサン より: 2020/07/09(木) 2:51 PM
あんま関係ないけど防衛産業だと、自衛隊で使ってる小銃(歩兵用ライフル、ほぼ全員が装備する軍隊で最も基本的な銃器)は、随意契約で豊和工業っていう工作機械メーカーがずっと造ってますね。本業は金属加工の工作機械の製造なので、自衛隊向けのライフルを年に数千挺(と、他にも迫撃砲とかも造ってますが)造ったところで大した利益にならないのに、もう半世紀はやってますね。最初の64式(1964年制式)という銃はクソでしたが、89式、今年の20式(?)と50数年かけてようやく世界と比肩できる銃になってきました。
歩兵用の機関銃の方は1962年制式の62式機関銃というのを日特金属工業が造りましたが、これは64式小銃よりもダメダメのクソ銃で、日特金属工業は住友重工に買収され国産機関銃は開発されなくなって、今はベルギー製の機関銃をライセンス生産してます。拳銃もミネベアがスイス製をライセンス生産です。ま、全然関係ないですねw
はじめまして、いつも貴重なお話で、勉強させて頂いています。
今回の補助金付きの業界ですが、仰る通りだと思います。ただ、潰すわけにも参りません。
そのような状況では、補助金を毎回、手にするのではなく、補助金の無い期間を設け、
安住する事が出来ないようにする他、無いように思います。
例えば、関係無いように見えますが、西脇の某女子さんのストールなどのように、
新しい血を入れなければ、そこで絶えていくだけです。
補助金が常にあるおかげで、絶えることなく、ただ、あるだけになり、活性化とは程遠い現状が生まれていくのだろうと思います。