「高くても売れる商品」はあるが「高いから売れる」わけではない
2016年1月6日 考察 0
一昨年から、バーバリーなきあとの三陽商会は持ちこたえられるのかという話題で持ちきりだが、ビッグブランドをなくした後、復活できた象徴としてデサントが参考事例に挙げられる。
ビッグブランドをなくした後そのまま消えた事例としてカネボウが挙げられる。
デサントはアディダス、カネボウはディオールである。
どちらも売上高の4割~半数を占めていたビッグブランドである。
アディダスなきデサント、16年越しの復活劇
旗艦ブランドの穴をどうやって埋めたのか
http://toyokeizai.net/articles/-/98852
新年早々に掲載された記事で、16年ぶりに売上高が1000億を越えたことが紹介されている。
アディダスを失ってから16年でその当時の売上高にまで回復した。
この記事はその要因を海外販売の成長に求めている。
これはこれで正しい。それ以外の要因ももちろんあり、もっとも重要なのは伊藤忠の手厚い支援があったことだろう。
しかし、掲載できる字数には限りがあるから、全要因を詳細に掲載することはできない。
今回は海外販売に的を絞ったと考えられる。
三陽商会がデサントになるのか、カネボウになるのかはまだわからない。
5年後や10年後にその答えは出るだろう。
さて、同じ東洋経済の、同じ記者がもう一つデサントの記事を掲載している。
新年早々にデサントの記事が2連発である。
8万円超の「水沢ダウン」がバカ売れする理由
カナダグース相手に気を吐く国産ジャケット
http://toyokeizai.net/articles/-/98997
デサントの復活に、この国産高級ダウン「水沢ダウン」が心理的に寄与した側面はあるのではないかと思う。
まったくのオリジナル開発商品で、それが市場に受け入れられ、高額であるにもかかわらずそれなりに売れたのだから、デサントの社員・スタッフに心理的に良い影響を及ぼしたのではないかと推察される。
ただ、売上金額や販売枚数はそこまで寄与していないのではないか。
見出しは少し持ち上げすぎで、業界をミスリードするのではないかと危惧を覚える。
スポーツメーカーのデサントが作る「水沢ダウン」が今、ファッション業界で注目を集めている。価格はいちばん安いモデルで8万円強、最も高いモデルだと12万円台と、スポーツ系のアウターとしては高価な部類だ。
にもかかわらず、販売店舗は増える一方。セレクトショップでの取扱量は2014年比で3倍になった。
直営店でも反響は大きい。原宿駅前の「デサント ショップ 東京」での10~12月期の売り上げは、2013年から2014年が2倍弱、2014年から2015年が1.5倍と年々拡大。「売上金額の半分を水沢ダウンが占める」(小俣寛人店長)という。
とある。
好調さを示す根拠となる数字はわかった。
しかし、3倍、2倍、1・5倍という伸び率はわかるものの具体的な販売枚数や売上金額はわからない。
極端な話、1枚だった販売枚数が2枚に増えるだけで、「販売枚数は2倍」である。
経済誌や業界でよく登場する「何%増」というのも同じであり、伸び率は理解できるが、販売枚数や売上金額はわからない。
筆者はこれを「数字のマジック」と認識している。
原宿店の3か月間の売上高の半分を「水沢ダウン」が占めているとのことだが、原宿店の具体的な売上高もわからない。
例えば、原宿店の年間売上高が1億2千万円だったと仮定しよう。
1か月の平均売上高は1000万円である。
3か月間だと3000万円。その半分だから1500万円となる。
3か月間で1500万円だから1か月に500万円分の水沢ダウンが売れたと考えられる。
水沢ダウンの平均販売価格は10万円だから、1か月に50枚販売したことになる。
3か月で150枚。
たしかに好調アイテムといえるが、「バカ売れ」という表現はどうだろうか。
水沢ダウンが不調だと言いたいのではない。
「8万円の商品がバカ売れ」というセンセーショナルな見出しに違和感を覚えるのである。
アパレル業界の人はあまり深く考えない人も多いから、それこそ「今は8万円のダウンがバカ売れらしいな。ならうちも10万円のダウンを拡充強化しよう」なんて真面目に言いだす人が少なくない。
過去に何度も同じことがあった。
水沢ダウンの事例は「条件さえ整えば、高額商品でも売れる」ということであり、「高額商品は売れる、高額商品だから売れる」ということではない。
この手の記事を読むと「高額商品だから売れる」と勘違いする業界人は驚くほど多い。
なんと身勝手なと呆れるがこれが人間の性質である。
ところで水沢ダウンの成功の理由はなんだろうか。
まず、一朝一夕に売れたのではなく、5年間かけてじっくりと販売したことだろう。
2010年のオリンピック時に開発したと記事にも書かれてある。
次に、機能性の高さが評価されやすかったダウンジャケットという商材が適していたということもある。
保温性抜群で水分にも強い、その分、国産工場で手をかけて縫製しているから価格も高い。
これがダウンジャケットという商材なら説得材料になる。
単なるジャケットとかジーンズとか機能性があまり追求されない商材なら説得材料にはなりにくい。
「国産の最高級生地を使って、熟練の職人が縫製したからこのジーンズは1本5万円になります」と言われてそれがすぐに市場に受け入れられるとは考えにくい。
エドウインの1万円の国産ジーンズとどう違うのかを説明するのは非常に労力がかかるし、勢い、わかりにくい「ブランドステイタス」とか「ファッション性」の話にならざるを得ない。
まちがっても「8万円の水沢ダウンが売れたのだから、他のアイテムでも超高級品は売れる」なんて安易に考えるのは避けた方が賢明だろう。
心理的象徴としての「水沢ダウン」の開発に成功し、アディダスショックを乗り越えたデサントはやはり賞賛されるべきであることは変わりない。