低価格衣料品の存在自体が「悪」なのではない
2016年1月5日 考察 0
年末にOEMを手掛ける友人と会った。
ジーンズカジュアルパンツ類を手掛けているが、もともとは中国工場を使っていたが2010年ごろから国内工場も使い始めた。
円安・人件費高騰で国内工場を使うことが増え、現在は中国工場と国内工場の比率は半々程度か下手をすると国内工場の方が多い状態になっている。
これまで国内工場が減り続けていたところに、3年くらい前から各ブランドのオーダーが国内に戻ってきたから、彼が関係している工場はどこも生産ラインが満杯である。
しかし、今後も工場数が増えたり、工場が設備投資をして生産キャパを増やすことはあり得ないだろうという見方で一致した。
3年ほど前から活況を呈している国内工場だが、この活況が10年後・20年後まで続く保証はない。
いずれ、ベーシックで大量生産できる商品はアセアン諸国へ製造拠点を移すだろう。
かつては移転先が中国だった。
それが目に見えているから、工場は設備投資を今以上は増やさない。
また、縫製工場を新たに国内で立ち上げようという人は少ない。
よほどのチャレンジャーでビジネスセンスが特段に優れた人か、ちょっと考えが足りない人かのどちらかである。
ベーシックで大量生産ができる衣料品は好むと好まざるとにかかわらず、人件費の安い外国が担当することは間違いない。
世界的にも低価格SPAブランドが隆盛を極めており、それに対して警鐘を鳴らすケースも増えた。
警鐘の鳴らし方として最も多いのが、「低価格衣料品を作るために発展途上国の工員は劣悪な環境で働かされている」というものである。
まず、奴隷的な労働は絶対に根絶させねばならない。
これは大前提である。
しかし、そういう論調を読むと、ファストファッションや低価格衣料そのものを否定している論者も多く、これには疑問を呈さざるを得ない。
年末に読んだ欧米人の論者の記事は「だから、自分は低価格衣料を買わずに、少ない収入の中から高額なブランド品を買っている」と結んでおり、その部分についてはまったく共感できなかった。
個人的には、東南アジア諸国やバングラディシュなどの衣料品製造工場で働く人が、その国の平均賃金、平均的な就業環境が守られていればそれで良いのではないかと思う。
もちろん、過度な奴隷労働は厳しく糾弾されるべきだ。
平均的な工場までもやり玉に挙げることは、却ってその国の経済発展を阻害するのではないか。
衣料品の製造工場があったおかげで就業機会を得ることができた人だって少なからず存在するし、工場経営者もそれで家族や親族を扶養できている。
それに我が国の国民だって低価格衣料品があるおかげで、恩恵を受けている人も多数存在する。
先の外国人論者のように、日本国民全員が少ない給料の中から毎シーズン数枚の高額ブランド品だけを買うような生活をしていたら、国内の繊維・アパレル・小売り業は壊滅する。
そういうライフスタイルの人が存在したって構わないが、それが大多数になれば困るのは逆に業界関係者である。
「そうなればうちのブランドの服ももう少し売れるかもしれない」と皮算用している個人ブランド展開者も存在するだろうが、それは大きな間違いで、そうなっても彼らの売上高は増えないし、むしろ減る可能性の方が高い。
繊維・アパレル・小売り業が壊滅的になれば、景気にもある程度は悪影響を及ぼすだろうし、景気が悪化すれば高額衣料品なんて売れ行きは鈍る。
中には増えるブランドもあるかもしれないが、それは少数派で大多数のブランドの売上高は減る。
過去の不況期にも経済誌やら業界紙が「ン十万円もする〇〇が飛ぶように売れた」なんて記事を掲載しているが、あれはごく限られたブランドに当てはまることであり、その他大勢には当てはまらない。
業界人には考えの足りない人も多いから、そういう記事を読んで「ン十万円のアレが売れてるらしいな。うちもアレに類した商品を仕入れようと思う」と言って、本当に仕入れてしまい、大変な損害を被った人も多数見てきた。
率直な感想を言うと「あほちゃうか」である。
ン十万円のアレが売れているのは、その特定のブランドなりショップだけなのである。
その他大勢のブランドやショップがいくら同じ価格帯の商品を発売したところで一朝一夕にそんな商品は売れない。ましてや類似品が売れるはずがない。
少し考えればわかると思うのだが、そうでない人の方が業界には多い。
話を元に戻すと、低価格衣料品が存在しなくなると、国内の繊維・アパレル・小売業は壊滅的打撃を受ける。
例えば国内の紡績や合繊メーカーは海外で糸・生地を生産しているし、それを大ロットで消費してくれる低価格SPAや量販店向けブランドに販売している。
アパレルだって97%は海外製造品になっているわけであり、その半数が中価格帯以上の商品だとしても、残りの半分は低価格衣料品である。
当然、大小にかかわらず小売店も打撃を受ける。
こうなると国内経済全体へも悪影響を及ぼす。
そうなれば高額ブランドは逆に売れなくなる。
また、発展途上国にしても、繊維産業という成長エンジンがなくなるわけだから、打撃を受ける。
経済発展する機会は遠のく。
元来、国が経済発展するステップとして第一段階は軽工業の育成である。
重化学工業やハイテク産業、金融業、サービス業が発達するのはその次のステップである。
第一段階を飛ばしていきなり重化学工業やハイテク産業が発達することはあり得ない。
我が国も殖産興業の第一段階として繊維産業が発展した。
好評の朝の連ドラ「あさが来た」のモデルとなった加島屋だって、石炭発掘事業と同時に尼崎紡績(現ユニチカ)を設立している。
当時の日本としては紡績が最先端産業だった。
敗戦後の日本だって最初に経済的に活躍したのは1ドルワイシャツだ。
鉄鋼だの造船だのはそのあとに興隆している。
中国だって同じだ。
水増し発表しているから正確なGDPはわからないが、経済成長する第一段階は繊維を含む軽工業だった。
経済発展した現在では、繊維の製造加工業の工員になりたがる人は減っていると聞いている。
なぜ、いきなり重化学工業が発達しないかというと、繊維産業に比べて設備投資が莫大で、しかもその設備の構造が複雑だからである。
貧しい国がそんな莫大な投資をいきなりはできないし、国民の教育水準が低いとそれを扱えない。
また、軽工業が発達する前にもインフラを整えなくてはならない。
いわゆる土木や発電である。
とくに電力事情は重要だ。電気の「質」が重要で、そのことはあまり理解されていない。
24時間・365日、安定した電気を発電できることが必要である。
電圧が一定しないような電力では家庭用に使えても工業用には使えない。
作業途中で一瞬電力が止まったりすると、たとえば織機や編み機だって止まるから、そこが織り瑕、編み瑕になってしまうことがある。
軽工業の生地だと織り瑕程度で済むがこれが重化学工業やハイテク産業ならもっと重大な事故につながる恐れがある。
こういう段階を踏まないと国は経済成長できない。
発展途上国の奴隷労働ではなく、低価格衣料品やファストファッションそのものを「悪玉視」するファッション論者が時々いるが、その論点は正しくないと思うし、仮にもし、それが何かの間違いで広く受け入れられて低価格衣料品そのものがなくなったら、返って発展途上国の経済発展の機会とそこに住む人々の職業を奪うことになる。
繰り返すが奴隷労働は厳しく糾弾されるべきだが、低価格衣料品やファストファッション自体を「悪」だと見なす考え方の方が「悪」だと筆者は思う。