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南充浩 オフィシャルブログ

生地の知識がほとんど無くても商品の企画・生産が可能な繊維アパレル業界

2022年3月17日 素材 0

我々は基本的に数限りない工業製品に囲まれて日常生活を送っている。

で、多くの工業製品は、その作り手・売り手が、材質や内部の仕組みなどについてある程度の専門知識(浅い・深いは個人差があるが)を持ち合わせていて、消費者に対してそれなりの説明が可能である。

しかし、同じ工業製品でも衣料品の場合はこれはほとんど当てはまらない。すべての生地の説明を的確にしかも正確にできる人は業界内でもほとんどいない。

まず、生地には織物と編み物の2種類が大きく分けて存在することさえ知らない業界人も多い。そして、その区別ができる人でも織物か編み物どちらかしか詳しくないという人がほとんどである。

織物に詳しい人は編み物の知識があまりない。編み物に詳しい人は織物の知識があまりない。

かく言う自分も生地の知識はあまりにも低い。織物のことはある程度入り口ぐらいはわかるが、編み物のことは本当に基本的な名称程度しか知らない。

 

衣料品に限らず工業製品の販売員の場合は、そこまで材質や内部構造に詳しくなくても仕方がないが、作り手は異様に詳しい。工場はもちろんのこと、企画メーカーも詳しい。

いや、そうでなければ、適切な商品など企画できない。

一方、アパレルの場合、糸や生地の知識がほとんど無いという企画担当者は珍しくない。消費者からすれば恐ろしいということになるが、それでも商品が企画生産できてしまうところが、アパレル業界の摩訶不思議な部分であり、アパレル業界の製造インフラが極度に整っていることの証明であるともいえる。

で、その結果、どうなるかというと、生地や糸についての知識がど素人同然の企画担当者が企画した商品の説明には意味不明なネーミングや素材説明文が付与されてしまい、それがさらに消費者と業界内の混乱を引き起こしてしまうという悪循環スパイラルがもうかれこれ30年くらい繰り返されている。

そして、巷には謎のクレームが横行するとともに、意味不明の「ウソの物作り神話」が跳梁跋扈してしまうこととなってしまう。

 

編み組織の定義。 | ulcloworks

 

「天竺」という編み生地がある。平編みである。世の中のTシャツという商品の8割くらいは生地の厚さに関わりなくこの「天竺」という生地が使われている。Tシャツを見たら天竺だと思っても過言ではない。そして「天竺」とは最も定義が確立された編み生地で、異論解釈の余地は存在しない。

(代表的な天竺)

 

にもかかわらず、「天竺」ではない生地に「天竺」という名称が使われていて困ったという話である。

 

組織定義がしっかりあるにもかかわらず、それが無視された商品名も多く見掛けられた。特に困ったなと思ったのは丸編みシングルではダントツに明確な定義を持つ『天竺』において、その定義が崩れている商品をたくさん見てしまったのだ。

天竺とは、別名平編みで、オールニット、つまり全て編む片面の編み組織である。全て編むのである。

一個でもタック(つまむ)やウェルト(編まない)を経ればそれは天竺ではない。

 

ここで画像付きで紹介されている生地は、実は昔から存在する生地でブロックインレーとかブロックリップルと呼ばれていたらしい。(記事中より)

たしかに表面感は凹凸感があって面白いのかもしれないが、破裂強度が弱いというデメリットももともと抱える編み組織である。(記事中より)

昔はベビー服なんかに使われることが多かったが、この破裂強度の弱さから徐々に使われなくなっていったという歴史と経緯もある。

 

これは想像と推測だが、この生地の企画担当者は、ブロックインレーの存在を知らなくて、たまたま昔の生地見本なんかを見ていて表面感の面白さに飛びついてしまったのではないかと思う。

存在そのものを知らないのだから、当然、そのデメリットと廃れた経緯も知らないのだろう。

この生地を使った洋服が市販されると、「〇回着用したら裂けた」という消費者からのクレームが頻発することになるだろう。しかし、生地の企画担当者はなぜそうなるのかがわからず、工場へクレームを投げることになるだろう。生地工場側は「そんなん、昔からそういう性質の生地やで。今更何を言うてるんや?」という返事をすることは目に見えている。かくして業者と工場間で揉め始めるのである。

 

企画担当者が生地に詳しくないor知識が全くないおかげで、現在の店頭には意味不明の名称を付けられた商品が山のようにある。

意外なところだと「ホワイトデニム」だろう。「ホワイトジーンズ」ならまだ分かる。多くの人は区別していないが「デニム」と「ジーンズ」は意味が異なる。デニムは生地名で、ジーンズは洋服の名称である。

デニム生地というのは、経糸2~3本に対して、緯糸1本が組み合わせる綾織りの1種で、経糸には必ず染色された色糸を用いる。元々は芯白に染められたインディゴブルーの糸という定義だったが、ブラックデニムを始めとするカラーデニムの登場で経糸には色糸というところまで範疇は広がった。

しかし、ホワイトデニムの場合は、経糸も白、緯糸も白なわけで、いくら綾織りとはいえ「デニム」とは呼べない。実際のところは白のカツラギである。

白のカツラギを使って5ポケット型のズボンを製造した物を「ホワイトジーンズ」と呼ぶのはネーミングの工夫の範囲内だと当方は思っているが、ホワイトデニムになると最早意味不明だ。

 

そのほか、ジーユーでも「スエットライクニット」とか「ニットコーデュロイ」とか最早意味不明な素材名兼商品名が店頭に溢れている。

スエットというのは基本的に裏毛と呼ばれる編み生地が使われるので、元々から「ニット」製品なのである。スエットライクニットとなると「馬から落ちて落馬した」的な意味になってしまう。

「コーデュロイ」というのは畝と溝が交互に並んだ「織物」である。別珍(べっちん)の仲間の生地である。なので「ニット」で畝を再現してもそれは「コーデュロイ」ではない。

 

もちろん、消費者にイメージをわかりやすく伝えるためのネーミングの工夫とも取れるが、あまりに安易にこの手の「工夫」を連発してしまうと、コーデュロイとは本来何なのか、ニットとは何なのかということがわかりにくくなってしまう。定義自体が崩壊する。

 

しかし、以前にこのブログで「スエットライクニット」という名称は意味がわからないと書いたら、「Tシャツやスエットが編み物だという認識はない」という返事が業界関係者から来て、これにはさすがに頭を抱えてしまったとともに、消費者よりも業界関係者への素材や製造工程の啓蒙が必要ではないかと強く思うようになった次第だ。

 

 

東京卍リベンジャーズの天竺総長のコスプレ服をどうぞ~

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