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南充浩 オフィシャルブログ

大手アパレルの国内増産計画は「画に描いた餅」ではないのか?

2021年12月15日 トレンド 2

衣料品の海外生産については、現地を視察したこともなく、報道や現地での生産に携わっている人から逐次いただく情報で判断するのみだが、新型コロナ禍によって、東南アジア諸国の工場のロックダウンや、中国の電力不足などで、今年11月ごろまで生産の目途が全く立たなかった。

衣料品だけではなく、様々な製品の生産が滞っており、電気給湯器なども大幅に入荷が遅れている。

中国については、電力不足も緩和されながらも継続しているほか、旧正月の休暇や冬季オリンピックの開催などで生産の混乱は来年春まで続くだろう。

そんな中、すでに今年夏ぐらいから、生産の国内回帰が起きている。海外で作れないなら国内で作るしかないから当然といえば当然だが、国内の縫製工場からは結構冷ややかな声が聞こえてくる。

 

90年代から海外への生産移転が始まったが、この30年間ずっと順風満帆だったわけではなく、さまざまなアクシデントが起き、その都度、生産は国内へ一時的に戻ることがあった。

しかし、喉元過ぎれば熱さを忘れるという言葉がピッタリなほど、すぐさま海外生産へ戻って行った。

これを何度も繰り返されると、さすがの縫製工場も2021年の国内回帰については端から信用しなくなるのも当たり前の話である。

知人に生産工場の状況について尋ねてみると

 

「これまでずっと発注してくれていた先を優先しており、大手アパレルや有名ブランドでも一見さんや久しぶりの先は後回しにしている」

 

とのことだった。

極めて当たり前の対応と言える。

この何年間か苦戦しながらも安定的に発注してくれていたアパレルやブランドを優先するのは極めて理にかなっている。その安定的な発注がなければ縫製工場はとっくに潰れている。

 

さて、こんな記事が出ていたが、当方は今後の計画について疑問視している。

 

新型コロナ: アパレル、国内生産回帰 ワールドなど人件費増や円安で: 日本経済新聞 (nikkei.com)

ワールドやTSIホールディングスなどアパレル大手が国内への生産回帰を進める。円安や現地の人件費上昇で海外コスト負担が増している。新型コロナウイルス禍で物流混乱も収束が見えず、国内生産を増やし安定的に商品を調達できるようにする。中国や東南アジア中心のアパレル調達網に変化が出てきた。

 

とのことで、この部分は事実だろう。

しかし、この2社の中期計画には疑問しかない。もちろん、飛ばし記事という可能性もあるが、記事が事実だとしても当方はその実現性はかなり低いと見ている。

まず、ワールドである。

 

ワールドは百貨店などで販売する高価格帯商品で約4割を国内で生産しているが、3~5年で大半を国内生産にする。ジャケットやワンピース、ニットを中心に中国やベトナムから順次、国内に移している。ワールド全体の国内生産比率は足元の2割から3割以上に高まる見通しだ。

 

とのことだが、短い文章だが結構事実誤認しやすいと感じる。

まず、ワールドの高価格帯商品の約4割が国内生産としているが、高価格帯の生産数量はワールド全体からすると多くないと考えられる。なぜなら、ワールド全体の国内生産比率は現在2割だからだ。

それを全体では3割に、高価格帯では大半ということだから5割以上にするということになる。

ワールド全体では国内生産比率を1割増やして、現状の2割を3割にするということである。

続いてTSIである。

TSIは山形県米沢市や宮崎県都城市の自社工場で生産拡大を検討。自動化設備を活用し、ジャケットやコート、ブラウスなどを生産する。短納期で少量生産する実証実験などに取り組み、10%程度の国内生産比率を「将来は3~5割に高めたい」(下地毅社長)。

こちらは、現在の国内生産比率10%を将来的に3割~5割に高めたいという考えだ。

 

現在、国内の縫製工場の数は減り続けている。もちろん、新規参入者もいるが、倒産・廃業する工場の数の方が多い。

そして、現在でも国内縫製工場の生産キャパは国内回帰ムードでほぼ満杯状態にある。

今後何年間かは、縫製工場の数は良くて現状維持、普通に考えれば減り続ける。そんな状況下でワールドの1割増産はまだしも、TSIの「最大5割」への増産は到底実現不可能ではないか。

また、現在の工場経営者や工員も老齢化しているが、それを継ぐ若い世代が少ない。ゼロではないが、大半の若い人は別の仕事をしている。その方が生活が楽だったり儲け易かったりするからだ。

となると、人間の老化は1ミリも止まらずにいずれみんな絶対に死ぬから、数年後には今の老齢経営者・老齢工員は間違いなく減っている。

そして、若い後継者志望はゼロではないが数少ない、となると、工場の経営も生産ラインも維持できず、廃業か倒産することになる。

そんな状況で、TSIのような大手の生産量を最大4割も増産させることは不可能に近いのではないかと思う。

 

じゃあ、今から3年後・5年後に備えて若い人を大勢雇えるかというと、それも難しいだろう。今の若い人で「縫製工場で働きたい」という人が何人いるのか。

決してゼロではないが、圧倒的に少ない。

さらに言うと、今後、縫製工場への就職希望者が爆発的に増えるとも到底思えない。

 

たしかに電力不足や政情不安、人件費高騰などの要因で脱海外生産・国内回帰という機運は今後も続くかもしれないが、ワールドの1割増はまだしもTSIが描く圧倒的な国内増産は画に描いた餅に終わる可能性が高い。

それと、大手アパレルのリップサービスに踊る国内工場はこの30年間で格段に減っている。今回のリップサービスもどれほどの国内工場が躍るのだろうか。ほとんどの国内工場は懐疑的にしか見ていないだろう。

 

 

そんなTSIのパーリーゲイツのイージーパンツをどうぞ~

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 comment
  • kkk より: 2021/12/15(水) 12:06 PM

    そんなら大手の企業が、工場を傘下に収めて人員募集と若手育成するくらいしてほしいですよね。
    後輩がコロナ以前、縫製工場に新卒で勤め始めた子がいました。コロナを理由に解雇されて今は水商売してます。
    望んでもやっていける環境にない。薄給も就業体系も含めて。販売だって女の子なら半分は水商売に流れます。ずっとずっと人出に対して全くエシカルじゃないんですよ、この業界は。

  • サクサク より: 2021/12/16(木) 9:17 AM

    岐阜でアパレル勤務です。
    非常によくわかります。
    日経1面でインパクトありますが冷静に考えると
    どう実現できるのか見えてきませんね。
    創業から日本製に特化して日本製を世界へ広げることを
    ミッションにしている東京ベースでさえもどう実現するのか
    懐疑的になりますね。

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