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南充浩 オフィシャルブログ

素人化が激しく進む洋服ブランドとその買い手

2021年11月18日 トレンド 4

糸、織り、編み、染色加工、二次加工、縫製、と繊維・衣料品の各工程は奥深く、全てに通暁している人間を当方は知らない。ある程度の全工程を知っている人間はいるが、全ての工程を極めているという人は知らない。

あと、ここに撚糸や洗い加工、型紙や裁断なども入ってくるが、これもまた奥深く、当方などその入り口の知識すらもない。

とはいえ、衣料品という物は全員が毎日欠かさず着る物なので、素人にも極めて親しみやすい物となっている。

例えて言うなら、多くの人は肉の美味い不味いについては論ずることができるが、畜産業務や屠殺業務に詳しいかというとそんなことはないというのと同じだろうと思う。

 

1990年代後半から増えてきたのが、非アパレルの新規参入である。そのうちにタレントブランド、読モブランド、モデルブランドなどが立ち上がるようになったが、2010年ごろからSNSが普及し始めると、いわゆるインフルエンサーと呼ばれる「素人」がオリジナルで衣料品ブランドを立ち上げることが容易になった。

容易になった最大の理由は、OEM・ODMを請け負う業者の増加だろう。因果関係はどちらが先かはわからない。卵と鶏の関係である。

業界の先輩方によると、90年代半ばにはすでにOEM業者の増加の萌芽があったという。おりしもバブル崩壊によって人員削減を始めていた大手アパレル各社はそれを取り入れ始めた。

そして、大手アパレル各社をリストラされた人たちが次々とOEM会社を立ち上げたり、商社のOEM事業部に入ったりして、OEM・ODM業者は増加の一途をたどることとなる。

その後、大手セレクトショップ各社や新興SPA企業などが成長し始め、デザイン・企画機能を持たない各社はOEM・ODM業者によってオリジナル商品を作ることが容易にできるようになった。

アパレル企業各社も人件費抑制を目的に企画職を雇うことをやめ、OEM・ODM業者へ業務委託することを選んだ。

 

その結果、どうなったかというと、アパレルブランド側の素人化である。

先日、某OEM業者から連絡があった。ブランド側の企画担当者を連れて、商談に赴いたのだが、そのブランド側の企画担当者は顔料染めと製品染めの違いがわからなかったそうである。

顔料染めというのは、顔料で染めているということ。

製品染めというのは、白い生地で製品(Tシャツとかスエットとかパンツなど)を完成させてから染色するということ。

である。要するに「何で染めるか?」と「どの状態で染めるか?」の違いであり、詳細な工程など知らなくても、その違いさえ知っていれば、工場との話はスムーズに進むが、この言葉の意味さえ知らないという状態では話は通じないから、畢竟OEM業者の介在は不可欠になる。

アパレルの素人化は甚だしいというほかない。

 

他方、消費者はもとより素人だが、それでも素人化がこちらも進んでいると感じる。

そろそろ気温が低下してセーターを着る日も出てきたが、ユニクロやジーユー、その他通販サイトのセーターレビューには決まって「毛玉ができた」と書き込まれてある。

一部の糸を除いて、セーターに毛玉ができるのは当たり前で、それが嫌なら「毛玉防止加工」と書かれたセーターを選ぶしかない。

そんな当たり前のことさえ知らない消費者は増えた。

昔、40年くらい前まではファッション雑誌の付録は「型紙」だった。当方の亡母はその型紙を使って自分の服をたまに縫っていた。

80年代半ば以降、既製服を買う方が安いということで洋裁なんてクソめんどくさいことは一切しなくなったが、その洋裁経験から、業界経験者でない割には生地のことについては経験則で詳しかった。

しかし、今の消費者は既製服で当たり前、何なら高機能低価格に慣れきっていて、魚の刺身の工程を知らないように、洋服がミシンで縫われているということさえ知らないほど素人化が進んでいる。

 

一昨日くらいからSNSの一部で話題となっていたこの事件などは、双方の素人化の激化と、SNSという誰でも発信ツールの弊害が混然一体となって起きたといえるだろう。

 

中村麻美のアニュアンス、コートの生地騒動で謝罪 指摘に対するお知らせにも批判 (fashionsnap.com)

 

自分の最初の感想は「中村麻美って誰?」である。

それはさておき。

 

アニュアンスを運営するDOT ONEは、11月10日から配送を開始したウールロングトレンチコートについて、SNSで「サンプルと手元に届いた製品で異なっている」といった内容の情報が拡散されたことに対し、「8月上旬に製造元へサンプルと同一生地での発注を完了させており、製造完了後に国外検品所、国内検品所の二重検品の元で弊社物流倉庫に納品しております」と説明。

SNSで生地が異なるとの指摘が拡散されたことを受けて、再度製造元へ製品の品質に関する確認を行った結果、拡散された情報は事実とは一切関係なく購入者に配送した製品とサンプルは同一生地であることの確認が取れたという。

アニュアンスのインスタグラムには11月16日に、コートの生地がサンプルと同一生地であることのお知らせに加え、事実とは異なる情報が拡散されたことによって多くの購入者の混乱を招き、カスタマーセンターへの問い合わせが集中していることから、今後は「詐欺」といった表現での情報拡散など連続的に事実と異なる内容の拡散が確認された際に然るべき手段として法的手順を取る場合があると投稿された。

 

一応、当方もさかのぼって双方の発信をざっと眺めたが、双方の素人化が最大の原因だと感じた。

まず、買った側のサンプル生地への記憶が正確なのかどうかという問題がある。

人間の記憶は曖昧で、ともすれば改変もされやすい。そういう可能性はないだろうか?

 

一方、ブランド側も「同じであることが確認できました」という説明文のみである。

サンプル生地と今回の製品生地の両方の画像を並べれば素人にも分かりやすいと思われるのになぜしないのか不思議でならない。

また、生地については一概に「同じである」と言ったところで、素材組成が同じでも使用している糸の太さや撚りの回数によって出来上がる生地は全く異なることが多い。

さらにいうと、全く同じ生地でも染色する色によっては、風合いが異なることも多い。

どうしてそう説明しないのだろうか?

 

ここからは当方の推測になるが、ブランド側もOEM・ODM業者に丸投げだったから生地についてまったく知識がないのではないだろうか。

ましてや、同じ組成でも糸の太さや撚りの回数によって生地の厚さや表面感が変わったり、全く同じ生地でも染める色によって風合いが異なるということまで知らないのではないだろうか。

 

あと、この商品は消費者もブランド側もメディアもそろって「ウールロングトレンチコート」と連呼しているのだが、アニュアンスのサイトにはそのような商品は掲載されておらず、デザインから見ると、リバーロングコートのことではないかと思う。

 

リバーロングコート(F BLACK): アウターanuans

 

恐らく「ベルト」があることから全員が「トレンチ」と思い込んでいるのだろうが、前を閉じるボタンがないからトレンチではない。その他もろもろのトレンチ特有のディテールもない。しいて言うならボタンレスタイロッケンコートというのが正しいだろう。

じゃあ、この「リバー」とは何だろう?川か?

これはリバー縫製のことだとサイトの説明文には書かれてあるが、当方が読んだ限り、サイト側もリバー縫製が何なのかは理解していないように見える。

リバー縫製でお作りしておりますので、着心地が柔らかく軽やかに着用して頂けます。

リバー縫製だとどうして着心地が柔らかく軽やかなのか、この一文では理解できないし、これを書いた人も恐らくは理解していないだろう。

とはいえ、当方も縫製には詳しくないのでこちらのサイトから説明文をお借りする。

サービス | 株式会社新田 – 奈良県広陵町の縫製工場 (nitta-fam.co.jp)

同じ奈良県育ちの当方としては面識はないが親しみを感じてしまう。

 

一般的にリバーシブルというと「裏も表も着られる服」の呼称とすることが多いですが、リバー仕立てによる製品の「リバー」は、そういった服のことではありません。二重織りをつなぐ糸(接結糸)にディバイダーという機械で裂け目を入れ、2枚に剥がした生地の端を内側に織り込んで手まつりで仕立てる「毛抜き合わせ」の製法で作られる“一枚仕立ての服”を指します。

 

とのことで、二重織りをわざわざ一度裂いて再度手まつりで仕上げるのなら、めんどくさいので、これは相当に工賃が高くなるだろう。

アニュアンスのリバーロングコートの生産国はサイトには表記されていないが、アジアの工場でやるにしても相当に工賃は高いと考えられる。

 

この製品に対して違和感を持った消費者は、この生地では48000円には見えないというようなことも書いておられたが、本当にリバー縫製なら、48000円でも不思議はないと当方は思う。

逆にブランド側も本当にリバー縫製であるなら、これくらいの説明はできた方が良いだろうが、多分丸投げなのでできないのだろう。

 

誰でもオリジナル品が生産できるという参入障壁の低さはアパレルビジネスの魅力の一つだが、生産の業界インフラが整い過ぎた結果、ブランド側も素人化してしまうというデメリットを露呈してしまったのが、今回の一連の騒動だろう。

 

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 comment
  • 細野 より: 2021/11/18(木) 3:44 PM

    私も流行りに乗って去年、ここに載っているのとは別のリバーロングコート買いました。リバー仕立て、よく分かってなくて、リバーシブルの略とばかり思ってました。リバー仕立ての作り方も調べてみたら、本当に手間の掛かる服なのだと知りました。

    OEM業者の人はあまり教えてくれないのでしょうか。依頼主も分からなかったら、調べるとか、聞くとかそういうことをする人がいないのが不思議です。

  • BOCONON より: 2021/11/18(木) 8:44 PM

    主に買う側について言えば,このコメント欄見ていると,実際のところもうユニクロも無印良品もブルックスブラザーズも大した違いはないと思っているような人ばかりであるかのようです。たぶん僕が「ユニクロはシャツはいいのもあるけど,アウターは発色がどうにも安っぽくてダメだなあ」「GU のセーターは “高見え” なんてしないよ。むしろヒジョーに安っぽいね」「安くていいスーツなんて基本ないよ」などと言っても皆「何言ってんの,この人?」でありましょう。これではもう「売る側が頑張っても意味なし」「無印良品はもうオワコン」といった気さえする。

    こういう時代にあって洋服売りたければ,一部の「見る目のある」客を相手にするのでなければ,くだんのリバーコートのように「流行っているしユニクロでも売ってるけど,どうせならユニクロにはない色柄・素材で高くはないものを」と云った客相手のコバンザメ商法ならアリかも知れない。あるいは「ユニクロよりもっと安くてまあまあいい感じの服を」といった客相手のドン・キホーテ的に雑多な服を売るやり方。実店舗で言えば,うちの近所のパシオスみた様な。earth music&ecology もこれに近いかもしれない。あるいはカシミヤやイタリアの生地のような「実態はとも角高級なものと思われているものを売る」とか(何だかだんだんなさけなくなってきたなw)・・・とシロウトとしては思うのでした。

    とは言え「サンプルと実際の商品の生地が違う上にそれが事後キチンと検証できない」なんてのは確かにいくら何でもオソマツ過ぎる。しかし一般論としては「こういうトラブルってこの先増える一方かも知れないな…」ってイヤな予感しか僕はしませんね。

  • あい より: 2021/11/27(土) 12:01 AM

    該当のウールロングトレンチコートはWebでは予約販売のみで通常販売がなかったので、現在はホームページに掲載されていません。
    リバーロングコートは別の商品で、9月16日にanuansのInstagramに投稿されているものがウールロングトレンチコートです。本日、インスタライブで改めてこちらについて説明されており、サンプルと販売商品を比べてライブされていました。

  • こっこ より: 2021/11/27(土) 12:21 AM

    製品名はウールロングトレンチコートであっていますよ。公式Instagramに詳細が出ています。

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