「善意の美談」が行う経済システムの破壊
2021年9月8日 トレンド 1
和装・洋装を問わず国内の工場の工員は高齢化している。
若い人が入ってこないという理由ももちろんある。なぜ若い人が入ってこないのかというと様々な理由があって、①求人が出ていることがわからない②工賃が安い、という二つが大きいのではないかと思っている。
工場の経営が苦しいから工賃が安いままという要因はあるにしても、実はこの「工賃が安い」という問題と「工員の高齢化」は密接に絡まり合っていて、卵と鶏の関係にあるといえる。
凄まじい大ナタを振るってバッサリ強引にやらないと解決できない。
工賃が安いから若い人が入ってこないというのはもちろんである。しかし、その一方で、だから高齢者に頼らざるを得ないとはいうものの、高齢者は年金支給されているから、小遣い稼ぎになればいいので安い工賃でも構わないという構図もある。
もう10年くらい前のことになるが、和装の技術を洋服に取り入れたブランドの取材に出向いたことがある。
担当している和装の職人はそれぞれ60代後半以降だというのだが、年金受給者なので結構な安値で受けてくれるのだという。
で、この道何十年の老齢工員が安い工賃で受けていると、若い人は工賃の値上げを要望しにくい。長くやっていれば必ず名人になっているとは言えないが、入門5年くらいの職人と、30年間のベテランとではほとんどの場合、30年のベテランの方が技術は上だろう。
そうなると「この道〇十年の大ベテランがこの工賃なのに、若く未熟なお前はそれ以上を要求するのか」という具合にやり込められてしまう。
安いから高齢化するのか、高齢化しているから安いままなのか、は本当に卵と鶏の関係で難しい問題である。
他の分野でもこんなことは日常茶飯事にある。
元教員の方が恵まれた退職金と年金を受給しながら、それをもとに儲け度外視して地元の団子屋単価をダンピングし続けるのはなかなか痺れる…。┃儲けは度外視…みたらし団子“1本30円” 教員退職した店主が未経験で開業「地域の人ふれあえる場所を」https://t.co/OZLP4mRqXr
— 木下斉/Hitoshi Kinoshita (@shoutengai) August 27, 2021
どんなニュースかというと、定年退職した元教師の女性が1本30円でみたらし団子を販売して、地域で名物となっているという内容である。
「ふれあえるナンタラ」でお分かりいただけるように「美談」として報道されている。
事実として伝えるのは構わないと思うが、美談調に伝えるのはいかがなものかと思う。理由はツイートしておられる通りである。
公立か私立か知らないが、教員が定年まで勤めると少なからぬ退職金が出て、年金も支給される。教員時代の給料はさほど高くなくとも、退職金と年金支給額は民間の小規模零細企業よりははるかに多い。
父方の祖父母が公立の教師だったので、年金の厚さはだいたい実感がある。
ツイートが指摘するように厚めの退職金と年金があるから、採算度外視で30円のみたらし団子を販売できるわけである。
となると、近隣のみたらし団子屋(いくつあるのか知らないが)はよほどの「何か」がないと30円以上では売れにくいということになる。それが「味」なのか「店構え」なのか「インスタ映え」なのかはわからないが、価格以外の部分で圧倒的な価値がないとほとんどの人は30円のみたらし団子を買う。
みかけいいことに見えるけど、非経済的な資金のモデルをもとにやり甲斐で良かれと思ってやって、別の経済を破壊していくという仕掛けは誰も指摘しにくいから怖いのですよね。テレビ系はこういう何か採算度外視の年金などで生活している高齢者の格安デカ盛り店が好きよね。。。
— 木下斉/Hitoshi Kinoshita (@shoutengai) August 27, 2021
他の飲食店やみたらし団子屋からすればそういうことになり、経済を破壊することになる。
工員高齢化問題と同じである。
この記事も同じである。
オリラジ中田敦彦に聞く 原価率65%のサステナブル・アパレルブランド「カール・フォン・リンネ」の本気度 | WWDJAPAN
先に言ってしまうと、元々この芸人に対しては全く良い感情を持っていない。政治経済の思想については全く評価していない。
せっかくシンガポールに移住なさったのだから、移住先の国に従って義務を果たしてそこに骨を埋めるべきだと思っている。
ブランド開始については、それこそ多様性だから、好きにすればいいと思うし、自分は絶対に買わないが欲しい人は買えばいいと思う。
トウキョウベースから始まって「原価率〇〇%押し」は見飽きた感があるから、いまだに言ってるのかとしか思わないが、それで事業が回るのであればそれはそれで正解だと思っている。
だから全然興味がなかったのだが、読んでみて引っかかったのはこの部分である。
僕は上場していないし、お金はユーチューブで稼いでいる。
ということは、年金があるから安い工賃で構わないという老工員、厚めの退職金と年金受給があるから採算度外視で売っている元教師の30円のみたらし団子、と同じ原理だということである。
本人も「それをこの資本主義の権化みたいな男が手がける遊びです」というように文字通りの「遊び」であり「趣味の活動」ということになる。
極端な言い方をすれば、「低賃金だけどがんばって2万円のガンダムのプラモデルを買いました」というのと同じである。
それこそ多様性の時代だから、YouTubeで稼いだお金で服を作って販売するという「遊び」があっても構わないが、これが美談のように報道されるのはいかがなものかと思うし、製造加工業にとっては何のプラスにもならない。まあ、発注を受けた工場は少しの収益になったのだろが。
要するに「アパレル専業では儲けられない」「アパレル専業では事業構築できない」ということを認めてしまうことになり、製造加工業の育成・保護とは逆の結果を導いてしまう。
また、資本はないけどブランドを立ち上げたいという若者、新規参入者に対して「食うには困らない資産がないと洋服ブランドは作れない」ということを如実に示すことになっている。
もちろん、個人の自由で「遊び・趣味の活動」だから好きなようにすればいいのだが、最大の問題はこれを美談調に採りあげる業界メディアの姿勢ではないかと思う。
中田くん、私を訴えてきていた某有名経営コンサルタントの本を前後篇に分けてまでエラソーにYouTubeで紹介していたので、クソ野郎確定ですw
しかし、公務員の退職金は多いっすよねぇ。自衛隊の先輩とかは、高卒下っ端入隊でも53~54歳で定年退官すると最低でも2000万くらいはもらえていました。自衛官って定年早いから、だいたいは退官後には民間企業で働く(部隊内に就職斡旋する部署もある)んですが、「同僚には退職金のこと言うなよ」と釘を差されましたw