メディアによる「安易なアパレルEC礼賛論」は危険
2021年2月26日 ネット通販 0
のっけから結論を書いてしまうと、メディアによるアパレルEコマース礼賛の論調のほとんどは百害あって一利なしではないかと感じる。
その最たる例がこの産経新聞の記事だ。
ワールドは1年でリストラ2度 EC出遅れ響く老舗アパレル(1/3ページ) – 産経ニュース (sankei.com)
もう、見出しからして酷い。
政治的イデオロギーでは賛成することも多い産経新聞だが、このアパレルビジネス記事はロジックも構成も無茶苦茶で、素人が読むと、ECに出遅れなければ大手アパレルは業績悪化をしなかったかの印象を受けてしまいかねない。
ハッキリ言えば、EC(いわゆるネット通販)で、メディアやテック系の有象無象、チャラけたアパレル川下人が思うほど洋服は売れない。
昨日のフルカイテン主催のウェブセミナーでも語らせてもらったが、アパレルの平均EC化率は2019年で14%弱しかない。2020年はそれが伸びることは間違いないが、理由はコロナによる長期間の店舗休業、休業明け以降の人出の減少によるものである。それによって、店舗売上高は自動的に下がるし、店舗休業中は自動的にネット通販売上高が増えた。2020年の平均EC化率は20%を越えるのではないかと思うが、逆に言えば所詮はその程度である。
では件の記事を見て行こう。
旧態依然としたビジネスモデルも自らの首を絞める形となっている。
とあるが、では期待できるような「新型ビジネスモデル」とは何だろう?業界に跳梁跋扈するアホみたいなD2Cの有象無象だろうか?
無策のままで我も我もとやって失敗しているクラウドファンディングだろうか?
笑
この記事はワールドを例に出し「旧態依然のビジネスモデル」を批判する目的のようだが、
ワールドの経営危機は今回が初めてではない。平成17年には当時の寺井秀蔵社長のもと、長期的な構造改革に取り組むことを目的にMBO(経営陣による自社買収)で上場を廃止。
という前提も間違っている。この時のMBOは口先では構造改革を唱えていたが、企業買収から逃れるためだった。そして、ワールドの経営危機はこのMBOのために1000億円規模の莫大な有利子負債を抱えたためだった。売れ行き云々が原因ではない。
構造改革の効果で利益は改善する半面、「ユニクロ」などのファストファッションや「ZOZO」などインターネット通販の台頭で売り上げの伸び悩みは続いた。
というZOZOを持ち上げたい気持ちの文節も論拠がおかしい。ZOZOTOWNは基本的には各ブランドが出店するというモール形式を取っている。そしてワールドもそのZOZOに出店しているわけで、ZOZOとワールドを対比する意味が全く理解できない。
この記事の最大の間違いはこの部分だろう。
変化する消費者ニーズへの対応の遅れもコロナ禍で露呈した課題のひとつだ。最も遅れているのがデジタル化で、通販サイトやアプリを通じて購入する若者が増えているにも関わらず、百貨店やショッピングセンターなど実店舗依存の販売手法が主流になっている。
若者の服の平均購買単価を知っているのだろうか。ZOZOですら平均購買単価は4000円を割り込んでいる。大手アパレルがここを取り込もうとするなら低価格ブランドの開発しかない。そしてワールドやイトキンなどの大手アパレルは基本的に低価格ブランドをやって失敗に終わっている。そして、何よりも事実誤認が甚だしいのが「実店舗依存の販売手法」である。
冒頭にも述べたようにアパレルのEC化率は20%に届かない。各社の月次売上速報を見ても、2020年は実店舗売上高は当然下がっているが、EC売上高は10~30%増と大幅に伸びている。それでも全社売上高は20%減となっているから、どれほど衣料品を実店舗で買う人が多いかということである。
また「若者ガー」と書いているが若者の人口は少なく、40代後半の団塊ジュニア世代の方が人口は圧倒的に多い。当然のことながら、そこに照準を当てる方が普通だろう。
産経新聞は人口の少ない若者をターゲットに記事を書いているのだろうか?
となると、ワールドに限らず大手は、中高年向けに実店舗での販売を重視しなければ会社規模は維持できない。維持する必要がないというなら、規模を縮小するわけだからリストラは避けられない。ならば、大手アパレルのリストラを批判する理由はどこにもないというロジックになる。
ECが何でも解決する魔法の杖なら、どうしてECをやっていたフォーエバー21は経営破綻したのか。逆にECをやっていないプライマークは存続し続けているのか。
もうこういう「ECさえやれば」「電気自動車さえ普及すれば」「太陽光発電さえあれば」みたいなワンフレーズイシューの報道はそろそろやめてはどうか。
世論をミスリードさせるだけである。
あと、在庫に対する解釈もおかしい。
この在庫状況を示すデータがある。日本繊維輸入組合が生産動態統計や貿易統計を基に推計した衣類の国内供給量は、令和元年で約39億8400万点だった。20年ほど前の平成12年は約37億点で、その後は年40億点前後で推移。1990年代は15兆円ほどあった国内のアパレル市場が9兆円強まで縮小するなか、供給量は変わらず横ばいが続いているのだ。
数字はその通りだが、これが直ちに売れ残り在庫が増加しているという理屈にはならない。供給量が増えて売上高が伸びていないなら、考えられることは2つ。
1,売れ残り在庫が増えている
2,販売価格が下がっている
である。
もちろん、売れ残り在庫が生じていることはその通りだが、販売価格が下がっているということも考慮に入れないのはどうかと思う。
今回のコロナ休業のような予期せぬ実店舗の長期休業は今後も起こりうるだろう。そのため、Eコマースにも着手すべきであることは言うまでもない。
しかし、Eコマースをやればワールドの不振が回復し、レナウンが潰れなかった、かのような論調は的外れとしか言いようがない。
繊維・アパレル業界関係者はこういう「安易なEC礼賛論」をまともに受け止めてはならない。
「嘘の新聞」と「煽るてれび」という本をどうぞ~