インフルエンサーが唱える「大量生産根絶」が不可能である理由
2020年11月20日 産地 3
基本的に、ファッション業界の川下の人は、製造に関する知識がほとんどない。
そのため、川下の人や川下出身の人が現在主張している「洋服の大量生産をヤメロ」というのは、自分らの見える範囲では確立できるかもしれないが、川中、川上ではまったく通用しない。
それならば、国内縫製工場や国内生地工場の倒産や、中国やバングラデシュの繊維業の雇用悪化など、そんなものは大量生産根絶のために必要不可欠な犠牲だと言えばいいのに、そうではない。
大量生産根絶を口にしながら、国内工場を守れ、バングラデシュの雇用を守れ、と主張している。
しかし何度も書いているようにこの主張は両立できない。
メディアの人はもっと詳しくない。
一般メディアがそうであることは言うには及ばないが、最近では業界メディアも「エモい」記事を垂れ流すことが増えており、恐らくは川下担当記者は一般メディア並みに川上のことについて詳しくないだろうと推測される。
で、実際に製造工場はどんな具合なのかを見てみよう。
幸い、先日、縫製関係の谷英樹さんが分かりやすくツイートされていたので引用させていただく。
ざっっっと言いますね、
10着のシャツを初めて作って利益を1円でも出そうとすると25000円くらいで直で販売して7着は売らないと無理です。
利益が出るのは8着目なので実質3着分の利益しか出ません。小ロットはお客様の需要にはコミットできるけど工場の需要には大幅にコミットしてないのが現実です
— 谷 英希 縫い場のない縫製工場CEO (@I_hideki22) November 19, 2020
非常にわかりやすく説明されている。
10枚という「小ロット」を縫製した場合、それを工場が25000円で直販した上で、8着目からやっと利益が出るという感じになる。7着しか売れなければ利益はないということである。
完売しても3着分の利益しかない。
これが縫製の現実である。
恐らく10枚くらいの「小ロット」なら縫製工場ではなく、サンプル工場に依頼した方がよいのではないかと思う。
逆に川下の人やインフルエンサーなどと呼ばれる人は、気楽にブランドを立ち上げようとするが、よほどのやり手以外は最初は10枚を売り切ることさえ苦労するだろう。
そのため、彼らからしたら10枚というのは「大ロット」とまでは言わないものの、「そこそこの製造枚数」だと認識していることが珍しくない。
ハッキリいうなら、10枚の発注なんてバングラデシュの雇用はおろか、国内の1工場すら救うことはできない。逆に工場が他の大ロットの隙間に挿入して製造してくれるから成り立っているレベルであり、工場を守るどころか自分達が工場に守られているという状態でしかない。
生地工場だと、オリジナルで糸から作るには最低でも15000メートルくらいは要ると言われている。
デニムでオリジナル色でロープ染色するには、最低で1万メートルと言われている。
以前、海外の某デニム生地工場が、国内の零細ブランドに「オリジナルのブルーを調合してロープ染色してあげるから5000メートルでどう?」と持ち掛けたそうだが、5000メートルでオリジナルのロープ染色というのは工場サイドからすると破格の小ロットということになるが、零細ブランドは「5000メートルなんて量はむちゃくちゃだ」と言っていたのを当方は実際に聞いている。
要するに零細ブランドからは想像もできない数量で川上は動いており、川上の製造システムはその数量で最も効率的に動くように設計されているのである。
いくらエコだサスだとお題目だけ唱えてみても、その規模感を理解しないことには、生産に反映することは難しい。
当方が、大量生産根絶を唱える川下出身者の言説を評価しないのは、そこが理由である。
そしてこれを一気に解決できるような魔法の杖みたいな画期的な方法というのは存在しない。
数年前にアディダスのインダストリー4・0を開始するというニュースは、いつものようにメディアやテック系から大いに注目を集めた。
だが、結果は2019年11月に撤退が発表されている。
本社近くのドイツ・アンスバッハと米国アトランタにある最新鋭工場”スピードファクトリー(SPEEDFACTORY)”での生産を、2020年までに終了すると発表した。スピードファクトリーは自動化と生産設備のIoT(モノのインターネット化)を軸に短時間で超多品種生産を行うマスカスタマイズ生産をコンセプトにしており、ドイツや米国など消費地の近くに工場を構え、日本に工場を作る計画もあった。
ここにメディアやテック系は大いにいつものように興奮したのだが、物事は何事も一足飛びには実現しない。
現実は以下のようである。
アディダスは「多種多様なアイテムを短時間で生産できるスピードファクトリーの設備はアジアの2つのサプライヤーに移管する。アディダスは引き続き4Dテクノロジーを活用した生産に取り組む」としているが、IoTを軸に超多品種のアイテムを生産する”インダストリー4.0”構想は後退する。
「われわれはスピードファクトリーを通して短時間のマスカスタマイズ生産を実現してきた。ただサプライヤーにその設備を組み合わせた方が、柔軟かつ経済的に生産できることが分かった」
谷さんの試算からも、アディダスのコメントからもわかるように、結局のところ「経済的でなければ継続運用できない」ということである。
そして、川下の人が夢想するような「大量生産根絶」というのはまったく経済的ではないということである。
こんな本(笑)をどうぞ~
comment
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とおりすがりのオッサン より: 2020/11/20(金) 4:40 PM
畑違いの金属加工工場のオッサンですが、金属加工する旋盤とかフライス盤とかのマザーマシン造ってる会社のシャッチョさんでも、現場が分からないのか、「IoTで遠隔操作して無人工場を実現する」みたいな夢物語を言っちゃってる人いましたわ~。ま、うちの工場は、そのメーカーの機械をメインで使ってるんですけど w
機械は一回段取り(セッティング)して流し始めれば、不具合出ない限りは無人で動いてるのは動いてますが、AIだのへったくれだのと言っても、まず最初の段取りは人間がネジ緩めて部品交換したり調整したりしてアナログでやらなきゃ絶対できないし、動き始めたって機械が安定するまでには時間掛かるし、安定したってちょっとしたことでトラブルが起きるもんなんすよねぇ。多分、紡績とか織布とかの工場でも同じでしょう。靴なんて、自動で機械で簡単にできるようなもんでもないでしょうし、アディダスとかも変なコンサルタントの言うこと真に受けて始めちゃったんじゃないのかなぁ?w
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BOCONON より: 2020/11/20(金) 9:05 PM
例としてあまり適当ではないかも知れませんが,今の日本でフルオーダースーツを作る職人さんの場合,腕が良くても年収350万円が限度(賞与なし・健保年金等自分持ち)だそうで。
スーツも工場である程度以上大量生産するのでなければ,そもそも職業としても商売としても成立しないもののようですね。僕はむしろ時々「日本にスーツの縫製工場持っているメーカーというのは一体どうやって利益を出しているのだろう? そもそも誰がそういう工場で働いているのやら」と本気で不思議に思います。
いつも参考になるご意見、ありがたく拝見しております。
谷英樹さんのツイートを引用して
>10枚という「小ロット」を縫製した場合、それを工場が5000円で直販した上で、8着目からやっと利益が出るという感じになる。
>7着しか売れなければ利益はないということである。
との一文を記載しておられますが、
引用元では 金額が「25000円くらい」とのことですので、南さんの記載は金額が異なっておられるのではないでしょうか。
(誤記かとは思いますが、他の方のコメントの引用でもありますし、
結果的に お二人の意図が誤って伝わる方向かと思いますので 恐縮ですが 指摘させていただきました。)
大量生産を背景に支えられている現代社会で
それを否定するかのような主張の流行は まったくナンセンスであること、私も同感です。
メディアが目先の話題性に踊らされず、現実に即した報道をするようになるといいですね。