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南充浩 オフィシャルブログ

最後に背中を押したのは?

2013年4月16日 未分類 0

 ビッグジョンの経営が新体制に移行したわけだが、それを最終的に後押しした要因の一つに「ディッキーズ」ブランドが2011年末で無くなったことがあると思う。
2011年にディッキーズジャパンが設立されたことは記憶に新しい。

2002年にビッグジョンはディッキーズのサブライセンシー契約を結んだ。
カジュアルパンツ部門についての契約である。

記憶をたどると、2002年当時は今ほど「ディッキーズ」は人気ブランドではなかった。
割合に昔から流通しているブランドだったし、商品もそれほど特徴のあるデザインではなかった。
ベーシックでちょっとユニフォームチックなチノパンが多い印象だった。

ビッグジョンの前はワーキングユニフォーム大手の自重堂がカジュアルパンツ部門でサブライセンシー契約を結んでいたと記憶している。

そんなわけで2002年当時の筆者はディッキーズにそれほど注目を寄せなかった。

ところが、2000年代後半になると特にメンズで、ディッキーズ人気が加熱してきた。
2007年でジーンズブームが終わり、代わってチノパンが人気アイテムとして伸びてきたので、おそらくその兼ね合いもあったのだろう。
それなりの歴史を持ちつつ、メジャーすぎないブランドというところが受けたのかもしれない。

2010年ごろにはビッグジョンの経営を支えるようなブランドにまで成長した。
そのころのディッキーズの売上高が10数億円だったと耳にしている。

先日、山陽新聞でビッグジョンの直近の売上高(13年1月期)が25億円だと発表されていたが、ビッグジョンの幹部によるとあれは新聞側の独自の調査によるものだという。
しかし、当たらずといえども遠からずだから、その数字を引用すると、ディッキーズの売上高がそのまま残っていれば売上高は40億円内外あったことになる。

一気に10数億円の売上高が2011年末を最後に無くなったのはとてつもなく痛かったことだろう。

これが無くなったことで旧経営陣も決断を下したのだろうと思う。

しかし、「好調だ。好調だ」と耳にしていた「ディッキーズ」でさえ、売上高は10数億円にすぎなかったというのが、単品アイテムの卸売りビジネスの限界点を感じさせる。
「ディッキーズ」はファッション雑誌での露出も格段に多かったし、有力セレクトショップとのコラボレーションも多かった。それでもその程度の売上高だったということになる。

高度経済成長期やバブル期を経た卸売り主体のジーンズナショナルブランド各社が、最盛期には売上高100億円を軽々と突破していたことと比べると雲泥の差がある。

単品アイテムの卸売り型アパレルで売上高100億円を越えるようなことは今後ないだろう。
直営店展開を組み合わせるか、20億円内外の規模のブランドを複数所有するかでないと実現はできない。

以上のような状況を受け止め、ジーンズ業界は「古き良き時代の夢」から覚めなくてはならないのではないだろうか。

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