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南充浩 オフィシャルブログ

衣料品・生地の製造加工は「工芸」でも「アート」でもなく量産による工業である

2019年3月8日 産地 0

生地作り、染色加工、洗い加工、縫製など衣料品製造にかかわる製造加工を「工芸」や「ハンドクラフト」「アート」と見なす風潮は百害あって一利なしである。
縫製でいえば、サンプル製造やオートクチュールを除いては、基本的に量産が前提である。
生地作り、染色加工なんて量産の最たる例であり、「工芸」ではなく完全に「工業」でしかない。
 
https://www.ulcloworks.net/posts/5779170
 

ちょっとした場面に遭遇して、図らずも小耳に挟み、どうしても納得がいかなかった言葉があったので少しまとめておく。
産地の工業に対して『工芸』という言葉で表現された事。しかも教育の現場に立つ人から。

 
という事例が伝えられているが、これは往々にして工芸系や芸術系の大学の講師に多い。彼らは生地作りや染色を「工芸」だととらえていて、そう表現をするが、和装関係はさておき、洋装向けの生地作り・染色加工は完全なる量産品を目的とした工業でしかない。
このブログでも何度か書いているが、染色加工を例にとると、古着の染め替えがあまり普及しない。
染色業者も染め替えサービス(もちろん有料で)を開始しているが、それほど大きな需要とはなっていない。なぜなら、個別に染めるのでは工賃を含むと料金が高くなるからである。
染め替えサービスでもっとも成功しているといえるのが無印良品の「remuji」だろう。販売価格は2900円となっており、まあ、そういうリサイクルプロジェクトに興味がない人にも手が出しやすい価格になっている。
他の染色業者だと1枚ごとに染めると工賃が発生して、最低でも5000円以上にはなってしまう。いくら、リサイクルブームだと言っても、古着の染め替えに5000円とか1万円を払う人はそんなに多くない。せいぜい、自分にとっての「思い出の服」を染め変えて長く着用する程度である。
無印の場合、紺色のみで集めた自社古着を大量に染めるから、1枚当たりの工賃は安くて済む。しかも色は「紺のみ」だからさらにコストが削減できる。
どうして、こうなるかというと、それは染色といえども量産品の工業生産が前提だからである。
 
生地作りにしても同様で、糸を懸けたり、つぎ足したりするのは人間の手作業になるが、織ったり編んだりするのは全部機械である。その機械の調整具合で生地の風合いも変わったりするから、人間の手による調整、人間の発想による調整のアレンジは重要だが、生地を織る・編むという作業は機械で自動化されている。どうして機械化されているかというと量産するためである。
産地に行くと、見世物のような「手織りデニム」なんていうものがあるが、それの何がすごいのかまったくわからない。
普通に機械で織っている物をどうして手織りする必要があるのか。そもそもデニム生地もそれを使ったジーンズも量産品の最たる商材である。それを手織りするのは本当に見世物とかパフォーマンスの類でしかない。
 
2,3年前にコーマという東大阪の靴下工場を取材したことがある。ここのスポーツソックスは足裏の部位によって編地の厚さを変えている。同社では「3D編み」と名付けているのだが、これは技術者が旧型編み機を調整してできるものなのだそうで、同じ旧型編み機でも調整しなければこのような編み方はできないとのことで、さすがは職人技だと感心させられるが、編み地そのものは機械で量産するわけで、職人技は「編みそのもの」ではなく、「編み機の調整ノウハウ」だということがわかる。

 
 
おわかりだろうか?
これは織布でも同じだ。織るという行為そのものは自動織機が行う。俗に「職人」と呼ばれる人は生地を手織りするわけではなく「その機械の調整ノウハウ」が優れているのである。
 
当方のフェイスブックにお友達がこんなコメントをくれた。
 

「そういえばFトリエのY田氏と話した時に、工場は大量生産を前提とした体制では?と聞いたら、工場にいってみろ!精巧な技術モノヅクリガー!と怒られましたが、実際に行ったら大量生産を前提とした工場ばかりでした」
 

とのことで、一応、ブランド名と名前は伏字にしておいたが、そこそこに世間に名前が通ったブランドをやっている人でさえ、ポジショントークなのかもしれないがこういうことを口走ってしまう。もしポジショントークでないなら、製造加工業を見誤っているとしか言いようがない。
 
もちろん、「工芸」「ハンドクラフト」「アート」の視点で、売り出す洋服ブランドやアパレル企業があってもそれは問題ない。個々の販売戦略でしかない。
だが、それを業界全体に広げてみたり、消費者にそれが最上級の物だと吹聴するのはいかがなものだろうか。逆に消費者にも学生にもひいては業界内部の人をもミスリードしてしまうのではないかと思う。
先日、ある若手のホープのおかげで、数年ぶりに編地工場の若社長と再会することができた。ホープと若社長はかねてからの知り合いで、そのときにも「某染工場の企画担当者がアートかぶれで到底量産できないような注文ばかり出すので苦労した」という話を伺ったが、そのアートかぶれ企画者も数年が経過した今では「かなり量産のことがわかってきて適切な企画を出すようになった(若社長談)」とのことだった。
この「アートかぶれ企画者」のような学生は意外に多いのではないかと思うが、いわゆるテキスタイルアートやファイバーアートを仕事にしていくのではなく、生地工場やら染工場に勤務するなら、まず前提となるのは量産品であるということを認識する必要がある。
独自のアート的な物作りを追求したいのであれば、量産品をこなした合間に研究開発するしかない。これが逆になるなら工場勤務なんてするべきではなく、どこかのなんたら工房にでも弟子入りすべきだろう。
 

もちろんそういう『工芸』めいた商品を主にしていこうという気のある工場や既に伝統的な手法で量産体制にできない産業なら問題ないが、基本的には工業は量産できて儲かる仕組みなので、一点物を主とする場合は、かなり非現実的な高単価になってしまう。
仮にもそういう市場が常にあるなら全く問題ないが、今の所、それだけで食えるほど安定的な市場があるとは思えない。というか、そのような技術モリモリのテキスタイルだけで発信すべき市場を、一般的な市場にさえリーチできないような工業の人間は知らない。
しかも学校教育で、意匠性の高いテキスタイルデザインばかりを工業と共に作り上げていくと、工業側は「それが良い物」だと妄信的に思い込んでしまう危険性も孕んでいる。

 
とのことだが、まったくその通りである。
「産地を守れ」という掛け声をよく聞くが、「工芸化」「ハンドクラフト化」「アート化」することでは産地を守ることはできない。
 
 
 
そんなコーマのオリジナルスポーツソックス「フットマックス」をどうぞ~

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