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南充浩 オフィシャルブログ

有志グループの機動性に期待したい

2012年6月13日 未分類 0

 先日、ある原料販売会社の社長のお話を伺った。
東京にオフィスを構える彼は、自社ショールームに複数の若手デザイナーを招いて、彼らの展示会を開催する企画を思いついた。
原料会社が若手デザイナーをバックアップするという主旨である。
若手デザイナーも原料関係と密接になれるチャンスである。

これが地方のショールームなら来場者の集客に苦労するだろうが、幸いなことに東京のショールームである。
告知発信さえキチンとできれば集客もそれなりに見込める。

この企画を某協会に相談したところ、「ぜひうちの会員になって、企画を進行してください」ということになった。
ところがである。
彼が会員になって、その企画を進めていると他の会員から「そんな良い企画をどうして彼だけに独占させるのか?我々にも門戸を開け」というクレームが入ったという。

何とも意味が分からない。本末転倒も良いところである。

もともと、彼が発案した企画で便宜上協会に加盟しただけなのに、なぜ、他の会員から「不平等だ」とクレームがはいるのだろうか?まったく理解できない。
そのクレームを付けた会員はこの企画を考え付くことができなかったのだから、甘えているとしか言いようがない。

なるほど不平等である。
彼とクレーム会員の間には能力的に大きな開きがある。
能力的に平等ではない。平等ではないから、良い企画を思いつくはずもない。
恨むのなら彼や協会ではなく、自らの発想の貧困さを恨むべきだろう。

繊維・ファッション業界にはいくつもの組合や協会などの団体がある。
しかもそれぞれに長い歴史がある。

いろいろな団体の様子をチラホラと眺めていると、よくわからない「平等さ」を強いられているように感じる。

先の例が極端だと思われる方もいらっしゃるかもしれないが、似たような例はどの団体にもある。
筆者が○○織布と取り組みがしたいと思って、直接話を持ちこんだ場合はそういうことはない。
しかし、どういう産地企業があるかわからないから、●●産地組合にその話を持ち込むと先のようなことが起きる。

事務局が広くその産地全体に告知してしまって、全組合員から公募してしまうことになる。
その結果参加者がやたら膨れ上がってしまって収集がつかなくなり、流れる事案が数多くある。

まったく「平等」の悪影響ではないか。

団体が存在することの効果はわかるが、現状の事象を見ていると、組合や協会が返って新規性のある企画を潰している側面が強いように感じられてならない。

組合や協会に入らず主旨に賛同した企業が集まってグループ化するケースが増えている。
まとめ役や世話役がしっかりしていれば、こちらの方が機動力が発揮されやすいということだろう。
事大的な団体の活動よりも最近ではそういう有志グループの動きに期待している。

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