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南充浩 オフィシャルブログ

高級生地使用の低価格スーツ

2012年4月19日 未分類 0

 この3年ほど、さっぱりスーツを着る機会がなくなった。
冠婚葬祭くらいだろうか。
今ほど「赤貧洗うが如し」の暮らしをしていない頃は、年に1着くらいはスーツを買った。
以前ならDCブランド崩れのSPAブランドのバーゲンで買ったこともあったが、いつのころからかツープライススーツショップで手を打つことが多くなった。

さて、生地だけで見るとツープライススーツショップもかなり高級なものを使用している。
「スーパー100」「スーパー120」「スーパー150」などという高級生地が使われているものも珍しくない。
実際に、スーパースーツストアで19000円で買ったスーツは「スーパー120」使用である。

パターンや縫製については素人なので、単純に考えれば高級素材を使用して、19000円とか29000円でスーツが購入できるなら「それでええじゃないか」と思う。
じゃあ高級スーツというのは「ボッタクリなのか?」とも思わないでもない。

もし、手元に19000円のスーツと、高級スーツの2つがあってたんねんに見比べることができたら、素人の筆者でも幾分か違いを発見することはできるだろう。
しかし、手元に何も無く、19000円のスーツのみを見せられて鑑定しろと言われた場合、素人の筆者には到底無理である。

ツープライススーツショップに限らず、安価なパターンオーダー店も増えている。
1着あたりの単価でいうと19000円でパターンオーダーができるエフワンが業界最安値ではないかと思う。企業経営としては極めて利益が低く、売上高も伸び悩んでおり厳しい状態が続いているが。
2着、3着のまとめ買いセールだと奈良を本社とするツキムラが最安値だろうか。

高級素材を使用した低価格スーツと、高級素材を使用した高額スーツのどこがちがうのか?というのは筆者の長年の疑問だった。

先ごろ、教えていただいたテーラーのブログを読んでその疑問が氷解した。
少し長文になるが抜粋引用を交えてご紹介したい。

高級生地と安すぎる仕立上価格
http://www.tailor-kasukabe.com/articles/structure/16_easy.html

下限のイージ・オーダーの縫製の質は、量販店の既製品と全く同じです。芯は接着芯であり、その他、細部の仕立ても量販店のそれと全く同じ、お世辞にも優れているとは言えません。下限のイージ・オーダーの利点は縫製の質にはありません。オーダーという名前が使われているからといって、常に既製服より縫製が優れていることにはならないわけです。

このような縫製では高級生地の特徴である「柔らかい風合い/なびき」はすべて殺されます。全く意味がありません。ゼニアやロロピアナの生地を使った服がなぜ高価なのかと言えば、これらの生地の特質を生かすには縫製の質をも上げなければならないからです。もし縫製の質を徹底的に安価に押さえるのであれば、高級生地を使ってはいけません、欠点だけが目立ちます。テーラーとしては、良い生地を無駄に使ったような気がして、気分がよくありません。

高級生地の特性が殺される結果、2万円の既製服とこの7万円近くする服がほとんど同じに見えます。このような服に7万円も出すべきではありません。生地と仕立てのバランスが悪く、大量量販店のスーツにも劣ります。値段が高いだけでほとんど同じ服が出来上がるのですから、高いだけが取り柄の服ということになります。

とのことである。
もう少し解説を紹介すると、

下限のイージ・オーダーによる縫製では、最後に機械でプレスし、ネジレやシワを取り除き、ボリュームを無理矢理出します。しかし柔らかい生地をプレスしたらどうなるでしょう。見事に紙のようにぺらぺらになります。

「高級プレタや専門店では15万〜20万円もする」との宣伝文句もみかけます。しかしこれは当前です。既製服だとしても、このような高級生地の特性や良さを最高に生かす縫製をするから高くなるわけです。徹底的に安価なイージ・オーダーの利点は縫製の質では有りません。

最近ではイージ・オーダーでもかなり技術レベルが上がっています。しかしそれは、ある程度の価格帯のものです。最低価格帯のイージ・オーダーでは、相変わらず大量量販店の縫製レベルと同じで、オーダーとして生地の風合いを生かすなどということは、最初から期待の外に有ります。そもそも利用目的が違います。

良い生地の特徴に塑性力というものがあります。シワになっても湿らせて吊るしておけば、簡単にシワがとれて元通りになります。では、逆にもとからシワがあった場合どうなるでしょう。当然、シワが復元します。

下限の縫製では縫製段階でシワが残っています。それを無理矢理にプレスで押さえつけてとってしまいます。結果、下限のイージ・オーダーの縫製だと、良い生地であればあるほどシワが出てくるという冗談のような話になります。出来上がった時点では奇麗だけれども、時間が経つにつれてプレスでとったシワが戻ってしまうのです。

良い生地ほど後から後からシワが出てきます。これでは、かえってシワになるという苦情を招いているだけです。テーラーとしては、良い生地をなるべく値打ちに提供するところに眼目がありますから、このような縫製では良い生地を仕入れても何にも意味がありません。

なるほどなるほど。である。

そして安価品についてのメリットとデメリットをキチンと解説してくれている。懇切丁寧である。

上手にご利用下さい。1万円の生地に10万円のフル・オーダーと、9万円の生地に2万円のイージ・オーダーであれば、圧倒的に前者の方が着心地も見栄えも上回ります。それほど縫製は生地にとっても重要であるというわけです。

ということである。

さすがはテーラーという解説である。

高級素材を使った低価格スーツという商品がなぜ作られ続けるのかということに対しての回答もこのブログには含まれている。
筆者も含めて消費者は「生地」についての知識が少しだけある。しかし、縫製についての知識はほとんど持ち合わせていない。それこそ「プロ」だけである。
当然、売る側としては「販促」に利用しやすい「生地」の部分を強調アピールすることになる。
これはスーツに限らず、カジュアルアイテムでも同じだろう。
「日本製のデニム生地」とか「プレミアムコットン」とか、「○○リネン」とか、この手の例は掃いて捨てるほどある。実際に掃いて捨ててしまいたいくらいである。

衣料品製造業でも、生地を織る・編むする生地製造工場は比較的注目されているが、縫製工場はほとんど注目されていない。その結果、「ジャパンなんちゃら」とか「プレミアムテキスタイルなんちゃら」という生地製造工場ののイベントばかりになってしまっている。
そのため、経営が厳しいと言われながらも生地製造工場はけっこう残っている。縫製工場に比べれば格段に知名度も高い。

国内縫製工場の存続が危ぶまれている背景と、高級生地を使った低価格スーツが発生する背景は「生地重視・縫製軽視」という点で同じである。

とテーラーカスカベさんのブログを読んでツラツラと考えてみたりした。

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