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南充浩 オフィシャルブログ

革命的半ズボン主義宣言

2011年6月10日 未分類 0

 スーパークールビズが始まって10日が経過したのだが、
6月1日・2日は最高気温20度以下で非常に涼しかった。
にも関わらず環境省の職員は寒さに震えながら半袖通勤するという出来の悪い喜劇のような行動を見せつけてくれた。「そんなアホな」としか言いようがない。

さて、そのスーパークールビズについて
日経ビジネスオンラインの小田嶋隆氏のコラムが秀逸なのでご紹介したい。

スーパークールビズは革命なんだな
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20110609/220635/?bv_ru

小田嶋氏の周辺の同年代男性(50代)には意外にもスーパークールビズはすこぶる不評だという。
その根本原因として

クールビズ問題は、ファッションの問題ではない。体感温度の問題でもない。エアコン設定温度の高低でもなければ、省エネルギーの是非でもない。オフィスにおけるあらまほしき服装をめぐる問題は、職場のヘゲモニーの物語であり、地位とディグニティーと男のプライドを賭けたパワーゲームであり、結局のところオヤジがオヤジであるためのマインドセッティングの問題だ。

とあり、何故、クソ暑い中で我慢大会のようにネクタイを締めてジャケットを羽織り続けるのか。

答えは、「革命的半ズボン主義宣言」という本の中に書いてある。私はこの本を、20代の頃に読んだ。著者は橋本治。初刷の発行は、1984年。1991年には河出書房新社から文庫版が出ているが、いずれも既に絶版になっている。Amazonを当たってみると、版元にも在庫がない。名著なのに。

 というわけで、手元に実物が無いので、詳細ははっきりしないのだが、私の記憶しているところでは、本書は、「日本の男はどうして背広を着るのか」ということについて、まるまる一冊かけて考察した、とてつもない書物だった。以下、要約する。

1. 日本のオフィスでは、「我慢をしている男が偉い」ということになっている。

2. 熱帯モンスーン気候の蒸し暑い夏を持つこの国の男たちが、職場の平服として、北海道より緯度の高い国の正装である西洋式の背広を選択したのは、「我慢」が社会参加への唯一の道筋である旨を確信しているからだ。

3. 我慢をするのが大人、半ズボンで涼しそうにしているヤツは子供、と、うちの国の社会はそういう基準で動いている。

4. だから、日本の大人の男たちは、無駄な我慢をする。しかもその無駄な我慢を崇高な達成だと思っている。暑苦しいだけなのに。

5. 実はこの「やせ我慢」の文化は、はるか昔の武家の時代から連綿と続いている社会的な伝統であり、民族的なオブセッションでもある。城勤めのサムライは、何の役にも立たない、重くて邪魔なだけの日本刀という形骸化した武器様の工芸品を、大小二本、腰に差してして出仕することを「武士のたしなみ」としていた。なんという事大主義。なんというやせ我慢。

6. 以上の状況から、半ズボンで楽をしている大人は公式のビジネス社会に参加できない。竹光(竹製の偽刀)帯刀の武士が城内で蔑みの視線を浴びるみたいに。なんとなれば、わが国において「有能さ」とは、「衆に抜きん出ること」ではなくて、むしろ逆の、「周囲に同調する能力=突出しない能力」を意味しているからだ。

 以上は、記憶から再構成したダイジェストなので、細かい点で多少異同があるかもしれない。話の順序もこの通りではなかった可能性がある。でもまあ、大筋、こんな内容だった。

 そういう目で見てみると、スーパークールビズは、興味深い試みだ。
 もしかすると、これは日本のビジネスの世界を根底から変えるかもしれない。
 「革命的半ズボン主義宣言」の最終的な結論は、タイトルが暗示している通り、「半ズボン姿で世間に対峙できる人間だけが本物の人間」である旨を宣言するところにある。

この分析はなかなか的確なのではないだろうか。
とくに「我慢をしている男がえらい」という風潮は大いにある。
小田嶋氏の考察はファッション業界以外の企業に向けられたものであるが、
ファッション業界でも同じであり、服装は他分野の企業に比べて自由度が高いが、
ファッション業界では「寝てない自慢」「休んでない自慢」が横行しており、
毎晩遅くまで酒を呑んでいるが、あまり寝ずに勤務し、ほとんど休暇も取らない男がえらい。
という風潮は多くの企業である。
暑さ我慢も寝てない自慢もアホな話である。

スーパークールビズを広めるためには
小田嶋氏は、一目で階級の分かるカジュアルウェアを作ってはどうか?と茶化しながら提案されている。
これなかなか良いと思う。自分は絶対にアホらしいから買わないけれども。

たとえば、ダンヒルのアロハだとかバーバリーの短パンだとかを大々的に流通させる。カジュアルのブランド化。文春の広告特集とかがやっているアレだ。ヴィトンのスニーカー6万3000円だとか。悪い冗談みたいに見えるが、あれはあれで案外現実的なのかもしれない。
 役員クラスには、上下で40万円ぐらいする超高級リゾートウェアを着てもらう。
 ここにおいて、ようやくエレガンスが発生する。男のエレガンスは、シェイプやカラーには宿らない。あくまでも値段と肩書き。そこにしかエレガンスの拠り所はない。
 と、40代の課長で、5万円のアロハに3万5000円の革サンダルぐらいな見当になる。ボタンは白蝶貝に金の縁取り。そういうところに抜け目なくカネをかけて、しかるべきディグニティーを憑依させる。

極端な例えが多いが、カジュアルを苦手とする
オッサン世代には好評に受け入れられるのではないだろうか?
いっそのこと中国人チックに、ロゴマークを尋常じゃないくらいデカくしたポロシャツを販売すれば良い。
そう、例えば中国人向けに騎乗する人のロゴマークを5倍くらいデカくした
ラルフローレンを各ブランドが見習えば良いのである。

バーバリーの馬っぽいロゴも10倍くらいに拡大する。
ラコステのワニも前身ごろいっぱいまで拡大する。
フレッドペリの月桂樹もお腹全面に拡大する。

などという措置を高額ブランドがこぞってやれば良い。
なら、オッサン世代は嬉々としてバカデカイロゴマーク入りのポロシャツに
袖を通すのではないだろうか。

まあ、いささか誇張した提案ではあるが、
これくらいの意識改革を行わないと、スーパークールビズに頑強に抵抗するオッサン世代が続出するだろう。

今、無性に絶版となっている橋本治さん著の「革命的半ズボン主義宣言」を読んでみたい。

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