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南充浩 オフィシャルブログ

メンズスーツの価格についての感想(後編)

2017年1月24日 考察 0

 さて、昨日のメンズスーツの続きを始めたいと思うが、実は明確な落ちとか結論があるわけではないので、記憶を頼りにメンズスーツの流れをまとめるということで終わってしまうと思う。

90年代前半には、サラリーマンになったら「まともな」スーツとして10万円くらいのは1着くらい持っておくべきだという風潮があった。(筆者体感)

その「まともな」スーツというのは、百貨店で売っているものだったり、ブランドでいえばブルックスブラザーズやニューヨーカーなどのトラッドブランドが推奨されていた。

メンズクラブには「13万円のリーズナブルなスーツ」とか「10万円のお手頃スーツ」みたいな記事が掲載されており、初任給が20万円くらいしかなかった筆者にとって、「13万円がリーズナブル!」というのはメガトン級カルチャーショックだった。
世の中のサラリーマンは一体どれほどのブルジョワぞろいなのかと、背中に冷たい物が走った。

その後、90年代半ばからは、コムサ・デ・モードやジュン、ドモン(廃止ブランド)、アトリエサブ(経営破綻した後、現ブランド名ASM)あたりのDCブランドのスーツと夏冬のバーゲン時に半額で買うという手法を身に付けた。
定価が8万円前後でバーゲンで4万円くらいになるという感じである。

4万円くらいのスーツだとサラリーマンとしては夏冬に1着くらいは買える。
それでももっと安くならないかなあというのが筆者の偽らざる心境だった。

80年代半ばからバブル崩壊前後まで猛威を振るった青山やはるやまなどの低価格紳士服チェーン店のその当時の商品は「オッサン向け」「略礼服」に限定されており、ファッション的ビジネススーツは皆無だった。
値段的にはここが筆者の懐具合にはちょうど適合するのだが、商品デザインとしてはありえない状況だった。
ここで買った商品を着用したら、おそらくは「太陽にほえろ」の「殿下」(演:小野寺昭)みたいになっていたと想像できる。

97年の山一・拓銀ショックで不景気感は強まり、いよいよ、さらなる低価格商品が求められるようになったが、すでに低価格商品は青山、はるやまが販売していた。
しかし、その青山、はるやまの「オッサン向け」スーツでは満足できないという人が、徐々に増えていたと感じられていた。

99年に国内初のツープライススーツショップ「ザ・スーパースーツストア」がオープンした。
当初の素材感はチープだったとはいえ、いわゆる「オッサン向け」ではないデザインのスーツが18000円、28000円でそろっている。
どうせ、肉体労働が多い若手サラリーマン(当時まだ筆者は29歳。ピチピチのフサフサだった。今はヨレヨレのスカスカ)としては、傷みやすい高級スーツを着る意味はまったくなかった。このくらいの価格のを着潰すくらいがちょうど合っていた。

素材がチープだったとはいえ、「オッサン向け」スーツではないから、「殿下」にも見えない。

今の若い人には想像できないだろうが、この「ザ・スーパースーツストア」はすごい勢いで広がったし、支持された。今のオンリーの売上高は踊り場状態が長らく続いているが、この当時は急激に売上高を拡大した。

これに危機感を覚えた大手低価格紳士服チェーン店はそろってツープライススーツストアを模倣し、次々に開店し始めた。
青山商事の「スーツカンパニー」がオープンしたのは2000年のことである。

その後、はるやまは「パーフェクトスーツファクトリー」、コナカは「スーツセレクト」、AOKIは「スーツダイレクト」を開始した。AOKIはツープライスを廃止してもう少し価格帯を広げた「オリヒカ」へとスーツダイレクトを変更して今に至っている。

2003年ごろまでにツープライススーツストアは巷に溢れ始め、珍しい物ではなくなっている。

この間わずかに3~4年。今から思うと恐ろしい速度でツープライススーツは浸透したといえる。
結局、手ごろな価格で「オッサン向け」ではないスーツを多くの人は求めていたということになる。
99年以前のサラリーマンが「本物がわかっていた」わけでもないし、「高級品を身に付けたい」と思っていたわけでもない。そういう物しかなかったから仕方なく買っていたということである。

ツープライススーツも使用素材などは向上し、そのうちに高級素材とされる「スーパー100」だの「スーパー120」だのを使うようになり、ますます「見た目」に関しては良くなっていったが、各社同質化してしまい、売れ行きは横ばいになる。

この状況を打破するために、各ツープライス店は、低価格パターンオーダーを導入する。
プラス1万円程度でパターンオーダースーツを作るというものである。
38000円とか39000円でパターンオーダーができる。

現在、3万円台のパターンオーダースーツが増えていると、新聞記事にも掲載されているが、その源流はこのころに作られたと言えるだろう。
ちなみに当時、パターンオーダーの最低価格はエフワンだった。今でもかなりの低価格上位にランクインしている。29800円でのオーダーは当たり前という店である。

もともと、老舗のスーツメーカーだったが、債務超過で経営破綻してグッドヒルに買収されてからは、低価格オーダー店として存続している。
ウェブにはあまり強くなく、少し前に検索した際にはウェブサイトがスマホに対応していなかったことを記憶している。

一方、イトーヨーカドーや西友などの大手スーパーの低価格スーツも2005年以降、見た目は飛躍的に向上しており、ツープライス店とあまり遜色がなくなりつつある。価格は1万円とか8000円とか7000円くらいで、合繊多めの素材で丈夫だから、肉体労働が多いサラリーマンのユニフォームとしてはこれが最適だろう。ツープライスですら買う必要がなくなりつつある。

結局、スーツは大手スーパーの1万円以下が既製服としては最低ラインになり、差別化を図る各社は2万円台からの低価格オーダーで差別化をアピールしているということになる。

百貨店・ファッションビルブランドは、ポールスミスやタケオキクチなど、スーツに定評があるブランド以外にスーツ類はあまり必要とされなくなっているといえる。
4万~7万円という中途半端な既成スーツは存在意義をなくしつつある。

衣料品は全般的に単なる嗜好品になりつつあるが、メンズのスーツはその最たる例ではないかと個人的に見ている。見た目だけなら3万円台のオーダースーツで十分だし、作業着なら大手スーパーの1万円以下スーツで十分である。大手スーパーのスーツでさえ、オッサン臭さは払拭されている。

5万円を越えるスーツを「わざわざ買う」のはよほどの数寄者・愛好家と言えるのではないか。

とくにカジュアル衣料と異なり、ブランドごとにデザインに特徴があるわけでもなく、ロゴマークがあるわけでもない。よほどの低価格品は別として3万円台のオーダースーツなら、プロ以外はほとんど見分けられない。数寄者以外が金をかけなくなったのも当然ではないかと思う。

ところで、これまでスーツとカジュアルのトレンドはこの10年間くらいはほぼ同じだった。
両方ともにタイトシルエット、ジャストシルエットが主流だった。
しかし、カジュアルは昨年くらいから懐かしのビッグシルエットがトレンドに浮上してきた。オッサンが着用すると、90年代のヒップホッパーが老化したみたいになるから要注意である。

スーツは今のところタイトシルエット、ジャストシルエットが引き続き主流で、ビッグシルエットが復活する気配はない。

ビッグシルエットのスーツは80年代のソフトスーツにしかならないので、今後も復活することはないのではないかと個人的に見ている。

シルエットに関していえば、カジュアルとスーツはしばらくの間、トレンドは別方向へと進行するのではないか。

まあ、そんなわけで20年間のスーツの動きを見ていると、「見た目がそこそこ良くて、手ごろな価格の商品は売れやすい」ということが改めてわかる。

他の衣料品も例外ではないということである。




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