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南充浩 オフィシャルブログ

良い物が売れるとは限らない

2014年12月25日 未分類 0

 製造と販売は両輪である。
いくら良い生地を使っても売り方・見せ方が下手くそなら売れない。
また製造の中でも素材とデザイン(パターンも含む)は両輪であり、いくら良い素材を使ってもヘンテコリンなデザインやモサっとしたあか抜けないシルエットならその洋服は売れない。

産地の製造加工業者の中には自らが従事している生地を過剰に重視しすぎる企業がある。
例えば「うちの生地は良いから、ちょっと不味いデザインでも見栄えが良くなる」というような口上を産地業者が述べることがある。
まあ、セールストークの一環なのだろうが、ちょっと実際には当てはまらない。

最高級のナンタラという生地を使っていてもデザインが良くなくて、シルエットがあか抜けていないとその商品は売れない。消費者は別に生地が買いたいわけではない。
生地が買いたければユザワヤかトラヤに買いに行っている。

その原因はさまざまあろう。

まず、産地の製造加工業者の多くが製品作りについてあまり詳しくないことだ。
また販促、広報にも詳しくない。
必然的に狭義の意味での職人的に己が手掛けている商品のみに没頭するということになる。

それに加えて、識者と呼ばれる人々が生地作りを神格化しすぎているということもあるだろう。
過剰な神格化は生地作りに弊害をもたらすのみである。

繊研プラスに掲載されたこの記事にもそういう弊害を見てしまう。

http://www.senken.co.jp/news/cool-japan-chizai/

さて、これは講演の一部であり、しかも続きは紙面でないと読めないので、掲載された部分のみを持って判断することはできない。
また、講演なので記事化されていない前後の文脈もあるだろうし、限られた時間内で数多くある要因すべてを語りつくすことはできないから特定の部分を集中的に語らざるを得ない。

これらを踏まえたうえでそれでも過剰な物作り賛美は害悪だと感じる。

アパレル業界はずっと価格ダウンの方向できた。マーケットは変わっているのに業界は変わっていない。産地を回ると「日本のブランドはわれわれに目を向けてくれない」といわれる。欧州のラグジュアリーブランドはもちろん、中国・韓国の企業でも産地に買い付けにくるのに、日本の企業だけ買ってくれない。来ても価格のことしか言わないと嘆いている。

 ダウンウエアで有名なフランスの人気ブランドは、北陸の技術を活用している。韓国の企業がその北陸の企業の素材を買い付け、製品化して中国で販売している。日本企業だけが目を向けない。だから日本のアパレル企業はみんな中国で苦戦している。

 回転すし屋を例にとると、その生き方は二つ。冷凍マグロを使わず原価の高い本マグロを薄く小さく切って使うか、冷凍マグロをぶ厚く切って使うか。今のアパレル業界は冷凍マグロを薄く小さく切って使っている。だから売れない。アパレル企業もいいものを使うか、安いものをたっぷり使うか、どちらかの方向に行くべきだ。

とある。

この考え方をまとめると「良い物は売れる」と言っているに過ぎないように見える。
あくまでもこの文面だけで判断した場合である。

しかし、世の中には売れない良い物は山ほどある。
売れない良い物は何かが足りないのである。
それは消費者ニーズをとらえきれていない、消費者ニーズを示唆できていない、広報PRが不十分である、販促手法が下手くそである、市場価格にマッチしていない、生地の見せ方が下手くそ、などなどの要因が考えられる。

この文面だけを読むと、日本のアパレルは高い物を売らないからダメだと読める。
高い物を売るためには、販促も広報もPRも必要だし、そもそもブランドを認知させないといけない。
また展示会での生地の見せ方・ディスプレイも上手くないとダメだ。
例えばルイ・ヴィトンやシャネル、グッチなどのラグジュアリーブランドが国内産地の生地を使っていることはよく知られている。
ちなみに彼らは国内の生地工場まで定期的に視察に来る。
日本の大手アパレルブランドで産地工場に見学に来るところが何社あるだろうか。

その部分で大手国内アパレルが取り組み姿勢からして海外ラグジュアリーブランドの足元にも及ばないのは事実である。

しかし、価格帯でいうなら、海外ラグジュアリーブランドと同等価格で販売できる国内ブランドがいくつあるだろうか。また、それ並みの価値を正しく発信できているブランドがいくつあるだろうか。
そこを同等にして市場を論じるべきではない。

また一口に国内産地生地といっても価格はピンキリだ。

デニム生地なら国内産地の定番生地を使えば1メートル700円内外である。
2メートル使っても1400円。
あと縫製や加工、副資材のコストを乗せても4000円以下でジーンズを国内製造することができるだろう。

一方で他の生地なら1メートル2000円、3000円、4000円なんていう生地もあるし、1万円近い生地もある。
1メートル3000円の生地で製品と作ったとして用尺2メートルなら生地代だけですでに6000円である。
そんな生地をおいそれと使える国内ブランドはごく少数だろう。

例として北陸の合繊が挙げられているがフランスのダウンブランドは一体何万円で販売されているのか。
また合繊は他の天然繊維系生地に比べて単価が安いから韓国ブランドでもロットさえまとまれば使用可能だろう。
天然素材系の生地と同列には論じられないのではないか。

「冷凍マグロを薄く切って使っているから売れない」というクダリは「良い物を使っていれば売れる」と読める。
まあ、それ以外にも「安い物をたっぷり使うべき」という示唆もあるが、具体的に衣料品作りに落とし込んだときにどうあてはまるのかはあまりよくわからない。
洋服には決められた用尺があるからそれ以上に過剰に使用する必要もない。

筆者はこれまでからも何度か書いているように、産地の製造加工業者は圧倒的に売り方・見せ方・発信方法を学ぶべきであると考えている。

売り方・見せ方・発信方法が下手だから売れないし伝わらない。
良い物が良い物に見えないし、そもそも発信していない企業も数多くある。
2年もウェブサイトを更新していなかったり、そもそもウェブサイト自体がなかったり。

国内の大手アパレルが硬直的な考え方をしていて展望が開けないのは事実だが、そこに向けて売りたいのなら、そこに向けた発信をすべきだろう。
産地の生地を使えばどういうメリットがあるのか。

価格なのか、品質なのか、独自の開発姿勢なのか、ブランドと一体で商品づくりに取り組む姿勢なのか。

それを発信しないことには、国内の大手アパレルは動かないだろう。
一概に国内アパレルだけが悪いとは言い切れない。

また国内生地が売れない原因の一つには百貨店という販路にもある。
百貨店の歩率が高すぎるから原価率は25%以下でないとブランド側に利益が出ないと言われている。
百貨店向けアパレルのOEM生産を手掛けている知人は実際に「原価率は20%前後でないと採算に乗らない」という。
百貨店のビジネス形態を放置したまま、アパレル側に高額生地を使えとハッパをかけたところで何の効果もない。

国内の生地産地が大きく飛躍するためには、筆者は「良い物は黙っていても売れる」「良い物を使わないから売れない」という精神論から脱却すべきであり、百貨店を含めた販売側、ひいては業界構造自体の再構築も考える必要がある。精神論だけで良い物が売れるならだれも苦労はしない。

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