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南充浩 オフィシャルブログ

ビジネスにおける性悪説と与信管理の重要性を再認識したという話

2022年7月1日 製造加工業 1

OEM企業とブランドの商談に何度も立ち会ったことがある。

実際に当方はOEM生産の作業をすることはないが、商談の雰囲気とそこで飛び交う言葉についてはそれなりに知識がある。

そのOEM業者から依頼を受けて、一度、某大手生地問屋を紹介したことがあった。経営に対して影響力など全くないが、現場の誰かを紹介するくらいのことはできる場合がある。(面識がないのでできない場合も多いw)

しかし、紹介したのは良いが、結局は取引は成立しなかった。その生地問屋からOEM業者は仕入れることができなかったわけである。

理由は「与信が下りなくて口座が開設できなかったから」である。

その時には、なんとも堅苦しいことで、それが国内の繊維専業を硬直化させているのではないかと憤りさえ感じた。

それから数年後。

 

先日、別の某OEM業者から

 

「某ブランドから生産料金が2カ月未納で、督促すると4回分割払いを提案された」

 

という憤りの愚痴を聞いた。

人間は誰かに愚痴を聞いてほしいときもある。

 

よく聞いてみると、SNSでつながった人から紹介され、生産を受けたとのことだった。

通常、初見さんとか一見さんの客からの依頼があった場合、OEM業者は半金前払いとかキャッシュオンデリバリーなどの取引形態を採る。

理由は、初見なので信用度合いが低く、料金を踏み倒されにくくするためだ。

しかし、そのOEM業者はそうした措置は採っていなかった。ここは業者の落ち度だろう。慎重さに欠けていたといえる。

この業者は非常にまじめで自分に厳しく他人に優しいという出来た人間性なのだが、ちょっと性善説すぎるきらいがある。

当方は基本的に性悪説でしか見ていないからそのあたりを歯がゆく感じることもある。性善説が通用するなら世の中から戦争も犯罪ももっと減っているはずである。

本人も憤りながらも自分の甘さを痛感したと語るとともに「与信管理の重要性を改めて理解した」とも語っていた。

 

相手は支払い能力があるのか?支払い態度が良いのか?不払いの実績はあるのか?

そのあたりのことを見極めるのが与信管理である。

繊維・アパレル業界では、ガチャマン時代やDCブームのころはどうだったのかはわからないが、不振となった2000年以降は、かなり与信管理が厳しくそしてうるさくなり、なかなか新規の口座は開設されなくなった。いつ何時相手が倒産するかもしれない危険性が高まったからだろう。

先述したOEM業者が大手生地問屋との口座を開設できなかったこともその延長線上にあるといえる。

 

また「与信」をうるさく言いながらも、大手や著名ブランドにはホイホイと口座を甘く解説し、挙句の果てに相手の倒産や民事再生法申請で引っかかってしまう場合も決して珍しいことではないから、あのうるささは何だったのかと思うことも多々ある。

それでも今回のような事件が起きれば「与信管理」の重要性と慎重さは必要だと思える。硬直化とか特定の業者に対して異様な甘さとか、そういうことは考え方や制度が悪いわけではなく、運用の仕方が悪いのだといえる。

 

 

さて、山本晴邦さんもブログでこんなことを書かれておられる。

与信管理。 | ulcloworks

 

この金を貸すに等しい行為を、どこぞの馬の骨ともわからん連中と交わすために、与信管理をする必要がある。

直近3年の決算状況はどうか、支払いサイトはどうか、自己資本比率がどうかなど、社会人ルーキー(特に繊維製造系)には最初はちょっと何言ってるかわかんないっすっていう数字を並べたデータを読み解いて、「この人たちにはいくらまで貸しを作っても大丈夫か?」を調べる。

そして弾き出された結果与えられる枠、それが与信枠である。

 

とある。

たしかにルーキー時代にせっかく獲得してきた新規取引に対して上司から「与信ガー」と言われると、「何やそれは?」と混乱し、場合によっては敵意さえ抱くだろう。

当方は「与信管理」が必要な商売をしたことがないが、18年間会社員生活をしていたので、その際の気持ちは容易に想像できる。

 

また、一方では、与信管理をきちんとして取り組んだはずの場合でも相手先の倒産や民事再生法に引っかかってしまう場合も珍しくない。

懇意にしている業界ベテランの役員が率いるアパレルがある。この役員はベテランだけあって顔も広く、ビジネスの組み立ても上手い。だがそんな役員でさえ、たまには相手先の倒産や民事再生法申請によって少額だが引っかかってしまうことがある。

コロナ禍と物価上昇の影響で、今後ますますアパレルや小売店の倒産や経営破綻は増えることが予想されるので、与信管理には一層の慎重さが求められることになるだろう。

 

それにしても、今回の件で感じさせられたことは2つある。

1つは、SNSつながりにある手早さと表裏一体の危険性。

もう1つは、与信管理というめんどくさい作業にも相応の存在理由があるということ。

である。

SNSによって今まで知り合うことがなかった人と容易につながることができるようになった。しかし、SNSで知り合った人というのははっきりいうと「どこまでが真実かわからない」という危険性が常にある。表で言っていることが全て虚構だったという人も決して少なくはない。そんな相手を信用すると時には痛い目を見るということである。

 

そして、物事にはすべて相応の存在理由があるということである。一見すると無駄だと感じることにも存在理由があり、軽視して廃止するととんでもない反作用が起きることがあるということである。世の中には普段気が付いていないだけで、そういうものがたくさんあるということを我々は受け止める必要がある。

 

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 comment
  • 通りすがり より: 2022/07/28(木) 6:03 PM

    性善説、性悪説の使い方、違うと思います。。。

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