若者がファッション業界を目指さないという問題?が提起されているが、正直なところ、若者がファッション業界を目指さねばならない理由などないから、一体何が問題なのか理解に苦しむ。

衰退産業には人は集まらないし、隆盛を極めた産業には人が集まる。
極めて当たり前のことで、ファッション業界は衰退とは言わないまでも、少なくとも今後興隆する産業ではないと多くの人が感じているということだ。

ファーストリテイリングやアダストリア、オンワード樫山のような一部の大手を除くと、アパレル各社の給与は他産業に比べて低い。販売員の給与も低いが本部スタッフの給与も低い。
とくにアパレルは大手・中堅よりも小規模・零細企業の方が圧倒的に多い。
それこそ、オッサン一人でも始められるのがアパレルという仕事で、参入障壁は限りなく低い。
零に近いと言っても過言ではない。

始めるにあたって別に免許は要らないし、現在は商品の製造ルートを探すことも難しくない。
金さえ適正に払えばだれでもオリジナルブランドが作れる。

ただし成功するのは容易ではない。
筆者も含めてこの業界には失敗者が山のようにいる。

そんな業界である。

で、若者がこのリスクをわざわざ冒す必要がどこにあるというのだろうか。
他の興隆産業や、安定性のある産業を志向するのは当たり前である。

「情熱のない者は業界に要らない」なんていう意見もある。
これはこれで正しいといえるが、給料が安くて、福利厚生が薄くて、将来性が不透明な業界・会社にわざわざ入りたいなんていうマゾヒストは少数派である。
そういう若者の「情熱」だけを頼りにしている姿勢は他の衰退産業と同じだ。

例えば、伝統工芸でもそういう「話法」が用いられる。
しかし、なかなか人は集まらない。
マゾヒストは極めて少数派だからだ。
ファッション業界よりも人が集まりにくい、繊維製造加工業も同じである。

給料が安くて福利厚生が薄くて将来性は不透明だけど若い人に来てほしい。

そんな虫の良い話はこの世に存在しない。

ある業界の大先輩はいつも「アパレルは産業間競争に敗れた」と指摘されるが、まことにその通りで金融やら自動車やらITとの人材確保競争に敗れっぱなしなのである。

「隗より始めよ」という故事成語がある。「戦国策」の逸話である。

春秋戦国時代、正確には戦国時代後期、燕という国の昭王という王様が、有能な人を集めたいと思い、有能な郭隗という人に相談をした。

すると郭隗は「まず私(隗)を重用してください。私のような者でも重用されるとなると、もっと優れた人たちは『俺ならもっと重用されるはずだ』と考えて続々と集まるでしょう」と答えた。

これを実行したところ、非常に有能な人材が多数、燕に集まった。
これで集まった人材の中に楽毅がおり、楽毅は五か国連合軍の将軍となり、斉の国に攻め込み滅亡寸前にまで追い込むことになる。
ただし、燕の隆盛は長く続かない。昭王の次の王が失政を重ねて燕は衰退する。
このあたりは継承問題の事例だといえるのでまた違う課題である。

これと同じではないか。

隗より始めなければ優れた人材なんて集まらない。

待遇条件が良くない業界、会社に有能な人材は集まらない。2000年前と今で何も変わらない。

だから、本当に業界が若者を集めたければ、大手だけではなく業界全体が厚待遇を示さねばならないだろう。

もっとも「情熱論者」が言うように、多数の若者をファッション業界に集める必要があるのかという論点にはきわめて賛成である。
集まらないものを無理に集める必要はない。

超訳「故事成語」事典 (PHP文庫)
造事務所
PHP研究所
2012-09-05


まんがで学ぶ故事成語
八木 章好
国土社
2010-09