昨今は衣料品の国内生産回帰が顕著である。
国内の縫製工場は活況を呈しており、縫製スペースが足りないということを聴く。
そこそこの規模のブランドがそこそこ多い枚数を依頼するから、これまでなら対応してくれていた小ロット生産は弾かれることが増えているようだ。

国内生産に回帰した理由は3つある。

1、為替の円安基調
2、中国工場の慢性的人件費の高騰(為替要因は関係ない)
3、原材料費の高騰(為替要因は関係ない)

である。

これらによって、価格的に同等、下手をすると国内生産の方が安い場合まで出てきている。

同じ物なら安い方に流れるのは自然なことであるから、当然、安い方で生産することを選ぶ人が増える。

けっして「値段は関係なく日本製の良さを再認識した」わけではない。

とはいっても、国内の製造加工業者にとってはチャンスだからこれを利用しない手はない。
上手くいけば国内の製造加工業を復活させることができるかもしれない(相当に難しいが)し、下請けに甘んじていた製造加工業者が製品のオリジナルブランドを作ることもできるかもしれない。

もしそうなれば工場が自社で企画した製品を作って販売するという文字通りの完全な「製造小売り」になる。

それもあってかチラホラと国内の生地工場、染色加工場、縫製工場なんかが自社ブランドを起こしたというニュースを耳にする。

それについての論評や意見をいろいろな人が述べておられる。
筆者のフェイスブックにもそういう関係者がいろいろと書き込むこともある。

そういう意見を見たり聞いたりして感じることがある。

彼らは「日本製」が商品の最大の価値だと思っているのではないかということである。

どうせ彼らが作る製品は格安品ではないのだ。少なくとも中級価格帯以上の商品である。

衣料品や服飾雑貨の最大の価値は「製造地」ではない。
筆者が考える衣料品と服飾雑貨の価値を順番に挙げると

1、色柄・形も含めたデザイン
2、品質
3、機能性
4、価格設定

である。

「製造地」という価値は筆者は5番目以降だと考えている。

デザインが良くて、品質がそこそこで、機能性もまずまずで価格に割安感があるなら、その商品は中国製だろうと、アフリカ製だろうと、アセアン製だろうと売れる。

反対にいくら日本製で高品質だといっても、デザインがダサくて割高感があるならそんな商品は絶対に売れない。

「デザインはダサくて割高感がありましたが日本製だから買いました」

なんて人はよほどの少数派で変わり者といえる。

もし、国内の製造・加工業者が本気で自社企画製品を売りたいのならもっとも考えるべきはデザインであろう。
デザイン性を無視して「日本製」だとか「高品質」を打ち出したところで衣料品・服飾雑貨品においてそれはなんの意味もない。
食品だって同じだろう。不味ければそんな国産品は売れない。

品質やら機能性を考えることは製造・加工業者にとってはそれほど苦しむことではないだろう。
むしろ得意分野といえるのではないか。

製造・加工業者がデザインの次に気を付けるべきは、価格設定だろう。

製造・販売するたびに赤字が発生するようではビジネスとして成立しない。
利益が出るように設定するのは当然である。

しかし、製造・加工業者やそれをプロデュースする側の人間は値打ちを持たせるために「超高価格」に設定したがる風潮があるように感じる。
いわゆるハイエンドモデル化を狙っているのだろう。

筆者はこの風潮には反対である。

市場規模というのは、その商品を好む層の人口がどれだけ存在し、その人口の中にどれだけの割合で「購買意欲」のある人がおり、さらにその中にどれだけの割合で「購買能力」がある人がいるかで決まる。

1着20万円のセーターを買いたいという人(購買意欲)がどれだけおり、その中のどれだけの人が実際に購買できるか(購買能力)である。

それほど存在しないからこそ気仙沼ニットは年間に200枚前後しか売れないのではないか。

中級価格帯不要論も耳にするが、国産シャツブランド「鎌倉シャツ」が売れたのは4900円という中級価格帯だったからではないのか。

エドウインのジーンズが根強く支持されているのは国産品を8000~9500円で販売しているからではないのか。

ハイエンドモデル化を目指すのは自由だが、ハイエンドモデル市場の市場人口は少ない。
そこに欧米のラグジュアリーブランドがひしめいているから競争はかなり激しい。
何よりも欧米のラグジュアリーブランドはブランド戦略では、国内の製造・加工場よりも比べものにならないほど巧みである。
筆者は、大半以上の国内業者では欧米ラグジュアリーブランドには太刀打ちできないと見ている。

そんなわけで、国内業者はデザイン性を重視した中級価格帯を狙うべきではないかと考えている。

国内業者はファストファッションをバカにするが、低価格品にだってデザイン性が求められる時代において、高額品や超高額品にデザイン性を求められないわけがない。

極言すれば、クソダサいデザインをした日本製の超高額品より、H&Mで値下げ投げ売りされているデザインの良い服の方が商品としてはずっとマシである。

鎌倉シャツ 魂のものづくり
丸木 伊参
日本経済新聞出版社
2014-06-21