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南充浩 オフィシャルブログ

物語商法には食傷気味

2014年3月20日 未分類 0

 一時期ほどではないにせよ、洋服の価格は下がり続けている。
正確には下がり続けているというよりも最近では低位安定という感じである。
下落しきるところまでしきったので、これ以上は下がりようがない。

それはさておき、高額な洋服が売れない理由の一つとして、低価格品と見分けがつかないからということがある。

先日の「めざましテレビ」を見ていて改めてそう感じた。
「きょうのわんこ」のコーナーだけを楽しみにこの番組を見ているが、「きょうのわんこ」のコーナー以外はさして面白いとは思わない。「きょうのわんこ」が無ければとっくに視聴を止めている。

まあ、それでもときどき面白い実験がある。

今回の実験は、超高額品を1点着せて、その他は低価格品でコーディネイトして、どれが超高額品か見分けられるかという内容である。

その超高額品がジャケットの場合もあるし、靴の場合もある。

これを見分けられたのは平均すると半数前後という結果だった。
ジャケットの場合は約半数、靴の場合は1人が分かったくらいだ。
この実験結果がヤラセではないと仮定すると、すごく高いブランド品を着ていても他人にはあまり分からないということである。逆にすごく安いブランドを着ていてもわからないということである。

メンズのジャケットや革靴なのでデザインはベーシックだし、分かりやすいロゴや色柄もない。
分かりやすいロゴや色柄が付けられていないアイテムなら価格の高低は他人からはわかりにくい。

人は同じ物なら価格の安い方で買う。
似たような物も価格の安い方で買う人が多い。

これが通常の消費行動であるから、似たような物が溢れている衣料品は価格の安い方で買う人が多いということになってしまう。

実際に着用してみると違うのだろうけど、高い物と安い物の外見の差がほぼなくなっている。
90年代半ばまでは、スーパーマーケットの平場に売っている安い洋服と、DCブランド崩れのブランド店に売っている洋服は価格も月とすっぽんほど離れていたが、見た目も大きく違っていた。

DCブランド崩れのショップに並んでいるような洋服の代替品をスーパーマーケットで探し出すことは不可能だった。

今では低価格SPAショップに行けば、それらしい代替品を探すことができる。スーパーマーケットの平場の洋服だって見た目は小洒落ている物が増えた。

だからこそ、「物」を売るのではなく「コト」「物語」「背景」「感動」を売れ。

ということになるのだろうけど、今度は「物語」の演出過多な売り方が増えており、何だかどれも胡散臭く見えてしまう。

偽ベートーベン騒ぎも、ナンタラ細胞のねつ造疑惑も「物語」の演出過多な商法だったと感じられる。

偽ベートーベン氏がもし、耳が聞こえないという属性を持たず、記者会見に登場したような短髪の西田敏行風の風貌だったら彼の曲(とされているもの)があれほど売れただろうか。

ナンタラ細胞の論文を発表した人が、研究者らしさ満載の男性だったらここまでマスコミが注目しただろうか。

3月15日の中日新聞の記事にこんな一節がある。
http://iryou.chunichi.co.jp/article/detail/20140315070914336

意表を突くアイデア、人工多能性幹細胞(iPS細胞)をしのぐ実用性…。世界を驚かせた論文は、若い小保方氏をみこしにかついだ腕自慢の面々による共同作業だった。

笹井氏は小保方氏を大舞台に押し上げようと奮闘。会見に備え、理研広報チームと笹井氏、小保方氏が1カ月前からピンクや黄色の実験室を準備し、かっぽう着のアイデアも思いついた。

この記事が事実なら、あきらかに過剰演出である。
ちなみに祖母が使っていたとされる割烹着だが、現在店頭で販売されている新作製品だという指摘もある。

個人的には「物語」商法の行き過ぎを感じる。
そして、こうした「物語商法」「感動商法」にはちょっとウンザリしている。

けれども「物のスペック」のみでは売れない環境下において、「物語商法」や「感動商法」の方が売り上げを稼ぎやすいのは事実だ。
洋服だって同じである。

何か別の商法はないものだろうか。
ビジネスの才能の乏しい筆者としては、だれか優れた人が新しい商法を編み出してくれることに期待するほかない。

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