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南充浩 オフィシャルブログ

「技術力の高さ」のみでは国内の生地製造業者は立ち行かない

2021年6月29日 企業研究 0

極薄生地「天女の羽衣」を開発した天池合繊の倒産は、全国の生地製造業者には大きな衝撃を与えたと感じる。

実際に、そのように感想を述べる生地製造業者も幾人か身の周りにおり、個人的には天池合繊への面識はないものの、天女の羽衣自体は知っているため有体に感想を述べれば、同様に「驚いた」というところである。

天池合繊の倒産については前回のブログをどうぞ。

 

値段が高くて取扱いの難しい生地はいくら技術力が高くても売れない – 南充浩 オフィシャルブログ (minamimitsuhiro.info)

 

今回はその続きである。

 

わずか7デニールという極薄生地の開発は、技術力としては恐ろしく高いというのが、生地製造業者や川上担当業界紙記者の共通した意見である。

多分、川下の人にはイマイチそのすごさが伝わらないと思うが、まあ、とにかくすごい技術力だと思ってもらえれば十分である。

この開発によって、欧米からも天池合繊は絶賛を浴び、国内でも一躍知名度が高まった。また90年代半ばからの生産基地の海外移転によって苦しんでいた国内の繊維製造業者の目標とするところとなったといえる。

生地産地系のセミナーやら、製造業者向けのセミナーでは成功例の一つとして語られることが多かった。

 

完全に個人的な推察をするなら、国内の生地製造業者は「高い技術力さえ身に付ければまだ戦える」と奮い立ったことだろうと思う。

「天女の羽衣」が発表されたのは2005年のことで、今から16年前である。国内生地産地の縮小が如実になっていた時期だから、希望の星の一つになっていたし、自分が独立した2010年ごろには、製造業者の大成功例の一つとして語られていた。

2010年当時、11年後に倒産することになるとは誰も予測できなかっただろう。

 

しかし、超高技術商品が売れるかというと、世の中は必ずしもそうではない。

技術力の高さがあったとしても、価格バランス(格安品という意味ではない)、用途設計があやふやな物は売れない。また「生地」という物は、最終製品ではなく、あくまでも部品に過ぎない。

天池合繊の倒産は改めてそれを教えてくれているのではないだろうか。

 

天女の羽衣の技術力は確かに高い。機械のカスタマイズもさることながら、その機械を動かす人間の独自の調整やコツが大きな要因となっているだろうと考えられ、海外工場で簡単に真似ができるものではない。

だが、1メートル5000円以上という価格は高すぎ、また極薄生地は用途が限りなく限定される。

このため、洋服や雑貨としてマスに売れることはまずあり得ない。

そして、恐らく、天池合繊は生地工場であるがため、この極薄生地の用途をあまり想定できていなかったのではないかと個人的には見ている。

例えば、めっちゃキックバック性の高いストレッチパンツを作りたいから、伸縮性の高いストレッチデニム生地を開発する、というような生地開発ではなかったのではないか。

そんな極薄生地を作って、どういう形の商品に向けて提供しようとしたのか?またその想定していた商品に「必ず採用された」と仮定すると、生産数量はどれくらいを見込めるのか?

そういう想定や計画、シミュレーションは無かったのではないだろうかと、個人的に推測している。

そういうシミュレーションがない場合、開発のための開発技術のための技術、となってしまいがちで、開発としては成功でも商品としては売れない場合が多い。

 

また不幸だったのは、「生地」というのは、手芸店や洋裁用途を除くと「最終商品」にはなり得ない点である。

国内の産地合同展などでは、展示会内で「生地開発コンテスト」なども開催されており、各社が開発しエントリーした「面白い生地」「変わった生地」が集められて品評会がなされる。

そこには、ものすごく変わった表面感の生地や、これまで見たこともなかったような生地が多数集まる。「生地」単体で見る限りにおいては、それは物凄く面白く興味深いが、じゃあここに集められた生地がブラウスやシャツなどの製品に適しているのかというとそうではない。

縫製することも難しいだろうし、購入者もメンテナンスや保管が難しいだろう。また生地値が高すぎて、製品化するとどれほどの高額になるかもわからない。

よって「洋服化」「雑貨化」することは難しい。

となると、生地としては「面白く」「価値がある」が、製品化には適していないということになり、そんな生地はなかなか売れない。ましてや本業の受注の落ち込みをカバーすることは到底不可能である。

最も現実的な対処法としては、そういう面白い生地を見せ球にしつつ、ダウングレードし値段を下げた生地をそこそこのロットが見込める商品用途としてブランド側に提案するという営業方法を採ることだろう。

 

一方、川下系の人からは

「高額デザイナーズブランドや高級ウエディングブランドに提案すれば、価格的にも合っただろうから営業力が足りなかったのではないか」

という意見も見られたが、それはちょっと違うのではないかと思う。

価格はさておき、7デニールという極薄生地がそんなにたくさん必要とされるだろうか?また薄手生地の提案は天池合繊だけではない。別に他社の10デニールの生地でも9デニールの生地でも構わないだろう。

もしくは、価格が合わなければ少々厚くなっても構わないという判断をブランド側は下す。

また数年前に開発されたところなら、知名度もないからたしかに営業には不利だったかもしれないが、開発後16年も経過しているのだから、知名度や営業力の問題ではなかったのではないか。当たれるブランドには軒並み当たった結果が今ではないだろうか。

今回の天池合繊の倒産は、繊維業界において「技術力の高さ」のみで現状打破しようとした製造業者の限界を明示していると、当方は思う。

 

 

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