東京シャツの買収で感じた日清紡の施策の冴え
2015年3月2日 未分類 0
日清紡HDがシャツSPA店「ブリックハウス」を展開する東京シャツを100%子会社化すると発表した。
これには正直、驚いた。
日清紡HD/メンズシャツSPAの東京シャツを買収
http://ryutsuu.biz/strategy/h022725.html
東京シャツは全国で約200店舗を展開しており、年商規模は125億円で、シャツSPA店では国内最大手である。
どうしてこの買収に驚いたかというと、日清紡HDは昨年7月に子会社の名門シャツメーカー、CHOYAの売却を発表したからだ。
創業100年を越える名門シャツメーカー、CHOYAは同業のシャツメーカー大手、山喜に売却され、今年3月末で解散が決定している。
名門シャツメーカー、CHOYAを売却しておきながら、同業のシャツSPA最大手の東京シャツを新たに買収するという日清紡HDの打つ手は非情に見えるが妙手である。
CHOYAは年商60億円であるものの、営業損失、経常損失がそれぞれ5億円弱であり、売却されても仕方がなかった。
しかし、CHOYAの業績以上に、メンズシャツメーカーという業態のあり方について、今回は象徴的な事件であると感じる。
CHOYAは百貨店向けの卸売りシャツメーカー。
東京シャツはメーカーから転じたシャツSPA企業。
メンズのドレスシャツ市場はとっくの昔に飽和状態になっており、多くの大手卸売り型シャツメーカーが市場から姿を消した。
カネタ、松屋シャツ、信和シャツ、トミヤアパレルである。
トミヤアパレルは再出発しているがシャツ最大手だったかつての面影は現在はない。
そしてCHOYAが間もなく姿を消す。
残った大手卸売り型シャツアパレルは山喜、ナイガイシャツ、フレックスジャパン、スキャッティオークくらいである。
このうち山喜とナイガイシャツは量販店専門の卸売りメーカーだったが、CHOYAの事業を譲り受けた山喜は今後、百貨店と量販店の両方を販路とする。
しかし、卸売り型のビジネスモデルでは今後の成長は各社ともゼロに等しいだろう。
これ以上、卸す先がないからだ。
百貨店にも量販店にもすでに行き渡っている。
専門店は減少している。
一方で、タケオキクチやコムサ・デ・モードなどの総合メンズブランドが90年代半ばから2000年半ばまで隆盛を謳歌しており、ビジネスシャツはそのなかの1アイテムとして取り込まれてしまった。
シャツメーカーはこれらには卸売りすることはできず、生産を請け負うという形でしか入り込めなかった。
また、80年代から青山商事、アオキ、はるやま商事、コナカなどの紳士服チェーン店が台頭し、メンズのビジネスウェアはこちらがシェアのほとんどを押さえるようになってしまった。
これらの紳士服チェーンも専門メーカーから仕入れる形ではなく、商社を介在させて自らのレーベルのシャツを企画製造するという手法を採った。
これらの状況を見ると、メンズシャツメーカー各社の卸売り先が増える要素が限りなくゼロに近いことがわかるだろう。
一方、紡績の事情を考えてみる。
紡績というのはもともと紡績糸を製造する企業であり、そこから転じてある程度のテキスタイルまでを企画するようになった。
メンズシャツに強い紡績は、日清紡、シキボウ、東洋紡である。
そのうちの日清紡はシャツメーカーのCHOYAを子会社化することで糸から製品までを抑えることに成功した。
しかし、卸売り型のメーカーは今後伸びる要素は考えにくい。
ここで日清紡HDとして採れる手法は2つある。
1、シャツSPA企業を自社内で作る
2、シャツSPA企業を買収する
である。
これは好みの問題になるが、筆者は1の方が好みである。
しかし、一からSPA企業を立ち上げるにはノウハウと資金と時間が必要になる。
企業を作ったからすぐに上手く稼働するわけもない。
最低でも3年は必要だろう。おそらく5年から10年はかかる。
そんなに長期の手間と暇をかけられないということであるなら、残る手法はただ一つしかない。
SPA企業を買収することである。
CHOYAをSPA企業化するという手法も考えられるがこれも時間がかかるし、卸売り型メーカーのCHOYAには小売業のノウハウもそれに適した人材もいない。軌道に乗せるためには上手く行って3年、だいたい10年くらいは必要になると考えられる。
となると、卸売り型のCHOYAを売却し、SPA最大手の東京シャツを買収するという日清紡のやり方は極めてロジカルであり、妙手である。
切れ味するどい打ち手だといえる。
ただ、これとは別問題として今後の東京シャツの方向性はどうなるのかという疑問がある。
品質で定評があったCHOYAと異なり、2900円・3900円が主力価格帯である東京シャツの商品は品質があまり良くない。
筆者の知人である、某クリーニング店「クリーニングビー」の壁下陽一氏によると、クリーニング店の目から見て東京シャツのシャツは品質が低いという。
もっとも気になる点は「使用している芯地が安物だ」と指摘しておられる。
この東京シャツの商品クオリティを日清紡として向上させるつもりなのか、それとも現状追認にするのか、そのあたりの判断をどう下すのかに非常に興味がある。
しかし、これは次の段階の問題であるため、ここではこれ以上論じない。
ビジネスは情緒と論理の2本柱で成り立っている。
どちらか片方のみではビジネスは破綻する。
政治も同じである。
情緒だけではビジネスとしては最初から成り立たない。
情緒最優先で迷走するアパレルは世の中に掃いて捨てるほどある。
一方、論理だけでもビジネスは成功しない。
日本マクドナルドの凋落がその例だろう。
論理に従えば、経費を下げれば利益は極大化する。
直営店のほとんどをフランチャイズに切り替えれば経費が下がって利益は極大化する。
事実、一時期はした。
しかし、今度はフランチャイズが多くなりすぎれば忠誠心が低くて、行き詰る。
今のマクドナルドの苦境は前任の原田泳幸氏があまりにも論理中心だったことによるものであろう。
そんなわけで情緒と論理のバランスこそが重要だが、これを上手く取れる企業、経営者はなかなかない。
情緒と論理の板挟みで悩んだ際には、論理を優先させるべきだと個人的には考えている。
日清紡の今回の売却と買収劇は情緒的には「なんだかな~」と感じるが、論理的には極めて優れている。
こういうロジカルな決断を下せる日清紡にはまだまだ底力があると感じさせられる。