先日、東郷隆さんの著書「本朝甲冑奇談」(文春文庫)を読んだ。
甲冑にまつわる短編小説集であるが、その中の「甲試し」は長曾禰虎徹を扱っている。

虎徹というと新撰組局長、近藤勇の愛刀として知られているが、それは偽物とも言われているようだ。

で、この虎徹はもともと江戸時代初期の甲冑師として大成していた人である。
その虎徹が加賀藩に住んでいたころ、虎徹の作った甲(かぶと)を他の刀匠が打った刀で斬らせるという「甲試し」があり、そこではかろうじて虎徹の面目は保ったものの、納得のいかない虎徹は加賀を去って甲冑師をやめてしまう。

この本によると、大聖寺や彦根などを転々としつつ、さまざまな雑具や刀の鍔を打って、修業し、そして刀鍛冶になって江戸に出たとされている。

で、この短編の中にこんな一節がある。
虎徹が弟子に刀鍛冶へ転身する理由を話しているのだが

「大坂御両陣以来、戦のタネは絶えたが、侍の数は変わらぬ。甲冑の注文は少のうなっても、刀の求めは絶えまい」

と。

純粋な娯楽として歴史小説を読むのが常だが、この一節を読んだとき、すぐさまマーケティング論を思い浮かべた。

戦がなくなれば、鎧を着る人も減る。
当然、新規の甲冑の注文は少なくなる。
メンテナンス、修繕の注文も頻繁にはない。

しかし、武士は明治の廃刀令まで刀を腰に差し続けた。
戦闘時でなくても刀は常に腰間にある。
となると需要は減らない。

だから虎徹は「ワシは今後も需要が見込める刀鍛冶に転身する」と言っているわけである。
この当時、虎徹は50歳前後。一節には50歳をはるかに越えていたと言われている。

現在に至るまでになくなった技術がさまざまある。
また現在は、そういう技術を残そうと補助金や助成金などが支給され、保存会などの団体も作られている。

古い技術を伝承するということも非常に重要だとは思うが、それを捨て去って新しい職種に就く人がいることは決して否定できない。
なぜならば彼らにも生活があるからだ。

ビジネスとして捉えた場合、縮小する市場に多数のプレーヤーが残るのは得策ではない。
わざわざ好き好んでレッドオーシャンにとどまる必要はなく、他に成長分野があるならそちらに移る方が得策であり、それが自然な流れといえる。

だから伝統工芸とか伝統産業に携わる人が減るのはそれはそれで仕方がないのかなとも思う。
もちろん、残そうとする努力は立派だと思うが、需要が減少する分野に多数の人をつなぎとめておくことは不可能であり、ナンセンスだとも思う。

国内の繊維製造・加工業も倒産・廃業が相次いでいる。
産地を守ろうという取り組みもわかるし、各業者が何とか踏ん張ろうとするのもわかる。
しかし、需要が減少している分野にしがみついていても仕方がないから、倒産・廃業させることも当然であるとも思う。

衰退産業にとどまる側の気持ちも離れる側の気持ちも両方ともに理解できるだけに、これはなかなか難しい問題である。

もし、仮に虎徹が「甲冑作りは衰退するけどワシは甲冑作りの技術伝承のために、この分野にとどまる」と言っていれば、名刀虎徹はこの世に生まれなかったことになる。

無理なくその分野を残そうとするなら、その分野の売上高を拡大し続けることである。
そのためには十年一日が如く、同じデザインの同じ製品を作り続けていて良いのかということにもなる。
従来版製品の製造ノウハウを維持しつつそれとは別に、そのノウハウを生かした新商品を開発することが求められるのではないか。
もちろん、新たな売り場開拓、販路拡大も必要となることは言うまでもない。

言うは易く行うは難しということはわかっているが、従来製品を旧態依然と墨守したまま補助金、助成金で支え続けるというのは無理があるだろう。

個人的には、伝統産業と言われる分野の人々にも虎徹的マーケティング論が必要ではないかと考える次第である。