南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

考察

変化を嫌う企業は衰退する

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 旧大手アパレル、その他アパレル、百貨店と苦戦が続いているわけだが、経済環境や消費者心理の変化などの要因はさておき、「変化」を嫌っていることも大きな要因ではないかと思う。

百貨店が過度にファッションに特化した現在の形はどうかと疑問を抱くが、ファッションなんて時代に応じて変化するわけだから、経済環境や消費者心理に合わせて変化する必要があるのではないかと思う。

現在のラグジュアリーブランドだってかつては低迷した時期があり、そこから新しい取り組みで復活した。現在の姿が良かったか悪かったかは、判断のわかれるところだが、変化しなければ低迷し続ける古ぼけたブランドになっていたのではないかと思う。

百貨店は、かつて屋上に遊園地があった。
また大食堂があって、今の年配世代は、そこへ家族で行くのが楽しみだったという。

昔存在した北浜の三越には、映画館があった。
当方も小学生のころ、何度か親に連れられて映画館に行った。
今のシネコンに比べるともちろん小さい映画館だった(当時、シネコンは存在していない)が、母親からすると、単体の映画館に連れて行くよりも三越に連れて行った方が、アニメや特撮映画が上映されている間、ウインドウショッピングが楽しめるというメリットがあった。

梅田の単品の映画館だと近隣の商業施設と行き来するにはかなりの距離がある。

それらは採算が取れなくなって廃止されたのだが、今の百貨店はどうか。
集客ができないといいながら、ファッション然とした売り場づくりやイベントにこだわりすぎていないか?

昔は、もっとなりふり構わず集客していたのではないか。
いつから、お公家さんのような姿勢に変わったのか。

そもそも電鉄系以外の百貨店は、呉服屋から変化して生き延びたのではないのか。
変化しないことが美徳なら、百貨店になる前に呉服屋のままで死滅していたはずだ。


大手アパレルや老舗アパレルも同じだ。
意味の分からない名門意識とプライドだけを強烈に保持していて、商品づくりも売り方も変わろうとしていない。
ときどき、付け焼刃のように「業界のブーム」に飛びつくが、しょせんは後追いの付け焼刃なので失敗して撤退して傷口を広げるということをこの10何年間かくりかえしてきただけではないか。

97年ごろは猫も杓子もSPA
その次は猫も杓子も低価格
その次は猫も杓子もライフスタイル提案
今は、猫も杓子もEC・オムニチャネル

とまあ、こんなところで、すべて後追いの付け焼刃である。

例えば、現在苦境に陥っている三陽商会だが、創業当時は、

電気関係各種工業用品及び繊維製品の製造販売を目的として、東京都板橋区にて工作機械工具の修理加工、販売をおこなうべく同社を設立

と伝えられている。
繊維製品は扱っていたものの、電気関係工具がメインだったわけで、当初から名門アパレルではなかった。電気関係工具の会社が時代に合わせてアパレルメーカーへと変化したということになる。

老舗といえば、岡山、広島地区ののジーンズ専業アパレルも同じで、ほんの10年前までは名門意識が高かった大手が軒並み衰退凋落して、売上高を激減させている。

2005年には売上高が約130億円だった某ジーンズメーカーの現在の売上高は12億円にまで縮小している。
ほかの旧大手も似たり寄ったりである。

ジーンズ専業アパレルというのは、はるか悠久の昔から存在した名門・老舗だったのかというとそうではなくて、ほとんどが60年代後半以降に転身した企業ばかりで、その前はワーキングユニフォームや学生服メーカーだった。

ビジネスチャンスを目にして業態転換したわけである。

そうした企業がなぜか、変化することを拒んでいる。
変化を拒んで売上縮小、経営破綻、廃業などが相次いでいるが、それに対しての同情は感じない。変化を拒んでの自滅だとしか思えないからだ。

ダーウィンの進化論ではないが、変化に対応できないものは滅ぶしかない。

例えば、猫も杓子もSPA時代にあって、ジーンズ専業メーカー各社は最後まで直営店出店に抵抗した。
また近年だと、ジーンズメーカーに限らず、有名アパレルの多くは2010年ごろまではインターネット通販に抵抗し続けた。

その結果が、後追いの付け焼刃での取り組みである。

ランチェスターの法則によると、後追いで勝てるのは、「圧倒的物量のある大手」しかない。
しかし、「圧倒的物量のある大手」ですら、投資額が不十分なら局地戦で小戦力に負ける。
兵力を小分けにしての逐次投入は、各個撃破されるだけである。


これら企業の苦戦、衰退、凋落は「他山の石」の見本ではないか。





百貨店とは
飛田 健彦
国書刊行会
2016-12-28













「青い芝生」は存在しない

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 隣の芝生は青く見えるというが、本当にその通りだと思う。

基本的に自分も含めて我々は自分の体験したことしか理解できないことが多い。

例えば、昨年、ちょっと話題となったユナイテッドアローズの

「商品の品質を向上させ、原価を引き下げる」

という発言に対して衣料品業界からは疑問の声が出された。
衣料品という商品において、原価を引き下げながら商品の品質を向上させるというのは、かなり実現するのが難しい矛盾した要素なのである。

ところが、一方、他業界ではできないこともないらしい。
ニュースピックスというSNS?があるが、そこでは、他業界の人々が「可能だ」「UAの英断だ」と褒めちぎっていて違和感があった。
ニュースピックスはなんだかイシキタカイ系のビジネスオッサンが多くて、雰囲気が嫌いなのだが、この現象は面白いなあと思った。

当方も含めた衣料品業界の人間は経験的・業界のシステム的にそれは不可能に近いことが分かっている一方、他業界の人間もまた経験的・他業界のシステム的にそれは不可能ではないと考えていたということである。どちらも結局のところ自分の経験したことしか理解できないということになる。

これはひとえに業界だけのことではなく、他国との比較についてもいえることで、実際に他国に深く馴染んでいないとその国の実態はわからない。もっとも深く馴染んでももともとの大脳の構造がおかしければ、実態をゆがめて把握してしまうのだが。

日本では、他国を理想郷のように思っている人が多い。
ここに当てはめる他国は個人によって違う。
アメリカ、欧州諸国、中国、韓国などなど個人によってマチマチだが、「日本がダメだ」という認識では一致している。

他国デワーが常套句になるので、そういう自虐的な人々を「出羽守(でわのかみ)」と呼ぶ。

前置きが長くなったが、今、我が国では旧大手アパレルの不振によってブランド廃止・大規模閉店が相次いでいる。
アメリカも同様であり、その規模は我が国よりも大きい。

我が国の場合、その理由としてネット通販の隆盛やアパレル業界の構造自体の問題、不景気、などがあげられる。
一方、アメリカのアパレル不振を分析する場合、ネット通販の隆盛は語られることはあってもそれ以外の要因はあまり指摘されない。

とくに「不景気」は語られることがない。
アメリカのGDPは年々伸び続けているので、日本人からすると不景気は当たらないということだろうか。

ところが、このアメリカの記事によると、アメリカのアパレル不振はネット通販の隆盛だけが原因ではなく、不景気やオーバーストア、アメリカ人の消費行動の変化も大きな原因であると指摘している。

アマゾンではなかった…… アメリカの小売業を低迷させた2つの元凶
https://www.businessinsider.jp/post-100448

小売業者の過剰出店とアメリカ人の消費習慣の変化だ。

しかし、需要が追いつく前にアメリカは不況に突入、消費者が自由に使える支出は急激に減少した。こう話すのは、コネチカット大学不動産センター(Center for Real Estate)のジョン・クラップ(John Clapp)教授だ。

小売業者の多くは、不況が去れば売り上げも回復するだろうと期待していた。ところが、モールに出店する大半の小売店で、売上高が回復することはなかった。消費者の買い物習慣が変化したからだ。

特筆すべきは、消費者が「モノ」よりも「体験」を購入している点だ。

また、いざ「モノ」を買うとなっても、消費者の大半は正規の価格を支払うことはない。不況時に学び、それ以来身に付いた消費習慣だ。シアーズやメイシーズといった正規の価格で販売する百貨店が苦しみもがく一方、TJマックス(TJ Maxx)やマーシャルズ(Marshals)、ロス・ストアーズ(Ross Stores)などのディスカウントストアは盛況だ。

とある。

こうして見ると、日米は業界構造については多くの差異があるものの、アパレル不況に陥っている原因はほぼ同じだということになる。

日本のアパレル不況も、オーバーストアに不景気時に染みついた低価格志向、それに「服」という「物」ではなく、服を触媒とした「コト」消費によるものだというのは、みなさんが日々痛感されていることである。

こうして見ると、アメリカ市場という隣の芝生も決して青くなく、むしろ、日本と同じような芝生だということになる。

現実世界のどこにも絵に描いたような「理想郷」は存在しない。
「青い芝生」なんてものはこの世の中には存在しない。


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なぜ昔はファッション業界に入る若い人が多かったのか?を考えてみた

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 そういえば、先日、「ファッション業界に若い人が入ってこないのが問題だというが、それよりも昔はどうして若い人が入ってきたのかを考えてみてはどうか?」という意見を目にした。

昔はどうしてファッション業界に若い人が大勢入ってきたのか?
これはいろいろな要因があって、当方一人で考え付くのは限界があるが、思いつくままに挙げてみる。
あとは各人で補足してもらうとありがたい。

1、成長産業、もしくはカッコイイ産業だと社会がみなしていた
2、今に比べて若い人の人口が多かった
3、ドンブリ勘定の横行する緩い業界で入り込みやすかった

ざっとこんなところではないかと思う。

1についてだが、戦後直後のガチャマン(ガッチャマンではない)時代、高度経済成長期、バブル期と繊維・ファッション産業は金回りの良い業界だった。

金回りの良い業界に人が集まるのは今も昔も、どこの国でも変わらない。
金回りが良いということ自体が人を集める装置となる。

ガチャマンというのは、紡績や合繊メーカー、織布工場などの素材メーカーが活況だったころで、ガチャと織機が動けば、万のカネが生まれるからガチャマンと呼ばれた。
1950年代のことである。

その後、大量生産・大量消費による既製服ビジネスが生まれ、アパレルメーカーが花形成長産業となった。何しろ、敗戦によってみんなが物を持ってない時代だから、作れば売れた。
とくにカジュアル洋服はこれまで戦前・戦中を通して日本には存在していない商品だったから、作れば売れたのは当たり前だ。
初期のiPhoneが高値でも飛ぶように売れたのと同じである。

70年代の高度経済成長によって国全体が経済成長し、人々の暮らしが上向き、80年代にはバブル景気を迎える。

このころまでは、各人のタンス在庫は少なかったし、経済成長で国全体のムードが明るかったから、少々高い服でも売れた。今の中国や東南アジアと同じである。

バブル崩壊直後も不況感はそれほど強くなかった。
世間のムードが変わったのは97年の山一証券・北海道拓殖銀行の倒産からである。
大手金融が倒産する日が来るとはそれまでは多くの人は思っていなかった。

今の我が国に70年代・80年代のような洋服の売れ方を期待するのは間違っている。みんなかなりのタンス在庫を抱えているので、今後、我が国の景気がどれほど回復しようとあんな買い方は二度と戻ってこない。

まあ、バブル崩壊までは、アパレルというのは成長産業・花形産業だとみなされていた。

この「みなされる」という非常に大きな要因で、時代によって同じ職業でも「みなされ方」が異なる。

先程の提起をした方は、35歳くらいなのだが、その年代になるとかつて横行した「デモシカ教師」をご存知なかった。

現在だと、教師や地方公務員は手堅い職業として人気が高いが、かつて、高度経済成長期やバブル期は、優秀な学生は給料がうなぎ上りの民間企業に就職してしまい、地方公務員や教師は、落ちこぼれや変わり者が「教師(地方公務員)にシカなれない」「教師(地方公務員)にデモなろうか」という感じで職に就いたので、デモシカと呼ばれた。

今とは「みなされ方」が180度、いや540度違っている。

繊維・アパレル産業もその当時と今では全く「みなされ方」が逆転してしまっている。

2についてだが、年代別の人口の多寡もあるのではないかと思う。

当方は1970年生まれだが、その年には193万人が生まれている。
73年生まれは210万人弱もいる。

http://shouwashi.com/transition-numberofbirths.html

一方で、就職を控えた96年生まれは120万人しかいない。

73年生まれと比べると約半分である。
ということは、単純に人口だけで考えても各業界へ就職する新卒は大きく減って当然といえる。

ちなみに47年生まれ・48年生まれはそれぞれ270万人弱ずつもいるし、52年までは毎年200万人をはるかに越える人口が生まれている。これがいわゆる団塊の世代である。

新卒の人口は年々減っているが、人気の職種・業界への競争率は高いままである。
例えば地方公務員なんて逆に競争率は年々上がっている。

となると、その割を食って志望者が減る業界が出てくるのは当然で、その一つがアパレル業界だといえる。

また、これは大先輩のご指摘だが、高度経済成長期からバブル期にかけて、我が国は重厚長大産業や金融業が発達した。そのため、優秀な学生はそちらに就職するようになり、その傾向は今も続いているともいえる。
産業間の人材獲得に繊維・アパレル業界は敗れ去ったということである。

それでもバブル崩壊までは就職者数が多かったというのは、新卒人口が多かったからだろう。
また、97年ごろから始まる就職氷河期には、優秀な学生でも企業には就職できなかったので、不承不承アパレルへ流れてくることもあった。
非正規でやるよりは、不承不承ながらアパレルでも正社員になった方が良いという判断で、その判断自体は間違ってはいないと思うが。


3については、本当にかつてはドンブリ勘定な業界で、その分、独特の緩い雰囲気があって、低学力の学生でも入り込みやすいということがあった。

しかし、今はかなり厳格に数値管理されるようになり始めており、「私、数字嫌いやねん」とか「俺、分数と小数の計算ができないっすよ」というような学生が入り込みやすい雰囲気ではなくなっている。分数と小数の計算は必須である。

企業側もよほどの事情がなければ、そんな低学力の学生を採用しようとは思わない。

これらの要因が重なりあって、アパレルには若い人が入ってこなくなっている。
じゃあどうすれば良いのかというと、各社が自助努力するしかあるまい。
決算実績を伸ばして、待遇を良くする。それしかない。

逆にいうと、ファッション業界に若い人が入ってこなくなったというのは、果たして問題なのかという疑問もある。

不人気産業に人が集まらないのはアパレルに限らず、当然であり、そういう産業はいずれ消えている。そうでなければ、いまだに江戸時代や明治時代の職種が今でもすべて残っているということになる。

人間は裸で生活するわけにはいかないので、今後も衣料品業界がゼロになることはない。しかし、不要な企業やブランドはさらに淘汰されることになる。それを回避したいなら、各社が自助努力するほかない。

若者が業界に集まらないのは若者に問題があるのではなく、業界の方に問題があるからだ。

今のアパレル業界は、低学力者にとっては入りづらく、高学歴者にとっては入る魅力が少ない業界ということなのだろう。


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業界人ですら衣料品への知識が浅いのだから、消費者の知識はさらに浅くて当然

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 断続的に売り場に立っていると、毎日必ず着用しているものなのに、一般消費者は衣料品に関する知識は驚くほど持ち合わせていないことがわかる。

いわゆるファッソニスタがいうようなテイストやらデザインやらシェイプやらに関してではなく、生地に関することだったり洗濯に関することだったりで、こちらの方はファッソニスタの御託とは異なり、生活とは密接にリンクしているはずなのだが。

先日、50代後半と思われる黒で統一したモードっぽい服装をしたご婦人が商品を買った。
非常に言葉遣いも丁寧な方だった。
買ったのは、いわゆる真っ黒のストレッチパンツである。

話は逸れるが、真っ黒のストレッチパンツとストレッチのブラックデニムパンツは、厳密にいえば生地が異なる。

生地の知識を持ち合わせている方は読み飛ばしてもらいたい。

通常の真っ黒のストレッチパンツもストレッチブラックデニムパンツも「綾織り」という織り方で織られた生地である。
織り方としては同じである。

しかし、真っ黒のストレッチパンツは経糸(たていと)・緯糸(よこいと)ともに黒い糸で織られているが、ブラックデニムは、経糸が黒・緯糸が白である。

真っ黒のストレッチパンツに使われる生地は、ツイルとかカツラギとか呼ばれる綾織りの生地が多い。

通常のストレッチパンツは綿が主体でそこにストレッチ素材が交織されている場合が多い。
表示としては綿98%・ポリウレタン(正確にはポリウレタン弾性繊維)2%くらいのものが主流だ。

そのご婦人が買ったのは、まさに綿98%・ポリウレタン2%という組成の黒いカツラギパンツだった。

そのとき、ご婦人がこう質問された。
「このズボンは洗濯すると色落ちしますか?」と。

恐らくブルーデニムのように、他の洗濯物に色移りするかという意味だったと思うのだが、カツラギの多くは移染しにくいので、そのように答えた。

しかし、質問にはもう一つの意味もあったようで、「洗濯をすると、ブラックが薄くなりますか?」との意味も含んでいた。

こちらにはちょっと驚かざるを得なかった。

なぜなら、50代後半ということはこれまで何度も様々な衣服を洗濯してこられたはずだ。
(もしかしたら超金持ちで、「アテクシは洗濯なんてしないわ、毎日全部クリーング屋に任せています」という人なのかもしれないが)

綿主体の衣服は洗濯を繰り返せば徐々に色落ちするのは、少し洗濯をしたことがある人ならそれは常識として持ち合わせているはずである。
にもかかわらず、それを質問してくるということは、それを認識せずにその御年まで生きてこられたということになる。

これも自分の経験からだが、綿素材で洗濯を繰り返せば徐々に色落ちすることは避けられない。
ポリエステル素材なら家庭洗濯を繰り返しても色落ちはほとんどない。

洗濯層の中で他の衣類と擦れて摩擦することがさらに色落ちに拍車をかけているといえる。
だから、ネットに入れて洗濯をすれば、色落ちは幾分かは緩和できる。

だから、黒や紺などの濃色の綿素材衣服は必ず洗濯ネットに入れて洗濯をするようにしている。

そのように伝えた。

それにしても、一般消費者の生地・洗濯に関する知識のなさには驚かされる。
一般消費者が悪いのではなく、それを伝えてこなかった・上手く伝えられなかった業界に責任があるのではないかと思う。

家事を得意とする方は、そういう法則を自分で発見されているようだが、それはどちらかというと少数派だ。
多くの人は、綿素材で洗濯を繰り返せば色落ちするかどうかすら知らない。

そこらあたりを啓蒙するような活動を業界がしてみてはどうだろうか?
モンスタークレーマー対策としては、すべての衣服は洗濯できないという表示にするに越したことはないのだが。

家庭での手入れのやり方がわかると、もしかしたら衣料品の購入も多少は増えるかもしれない。

自分も含めて業界にいる人の知識のあやふやさも業界の衰退を早めているのではないかとも思う。

先日も有名なファッションブロガーが、織物(布帛)と編み物(ジャージ)を間違うということがあった。昨今では、洋服づくりに直接携わっているデザイナーや企画担当者までがこの手の知識を持ち合わせなくなっている。

スポーツウェアメーカーの若手社員が、業界紙記者に対して「ポリエステルって何ですか?」と質問してきたこともあるくらいだ。

自動車やらパソコンやらの業界でそういうことはあるのだろうか?
傍から見ていると、衣料品業界よりは随分と各人がしっかりした商品知識を持ち合わせているように見えるのだが。


オムニチャネルが云々とか、サステナビリティがどうのこうのとかエシカルがナンタラとか、そんな宙に浮いたようなことよりも、崩れかけた足元を固め直す方が先決ではないのか?
発射する土台が崩れかけているのに、空中戦ばかり志向していても飛び立つことすらできないのではないか。

業界が衰退しているのは、土台となる商品知識が崩れかけているからではないのか?


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洋服の供給量は減らない

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 洋服の値崩れを防ぐことについて、その防衛策として「供給量を減らす」ことが業界から提案されるが、実現は難しいのではないかと思う。

まず、これを提案している人々が、どちらかというと小資本だったり、負け組に属していたり、する場合が多い。

小資本や負け組の論理では、大資本の論理を止められないから、グローバルブランドや国内の勝ち組大手企業の供給量が今後、激減することは考えにくい。
良くて微減、少なくとも現状維持だろう。

じゃあ、そういう小資本組や負け組が示し合わせて、供給量を削減したらどうか?ということになるが、これは恐らく独占禁止法に引っかかるのではないかと思われる。
当方は法律にはあまり詳しくないから、詳しい人がおられたらご教授いただきたい。
多分、カルテルだとかトラストに当たるのではないかと思う。

だからこれも現実的ではない。

また、業界内の事情に目を向けると、近年、アパレル企業の倒産、衣料小売り店の倒産・廃業が相次いでいる。企業数が減るということは供給量も減ると一般的に考えられがちだが、業界内の特性として、倒産企業からは何社も独立ブランドが生まれる。

例えば、業界にはVAN倒産後に独立したブランド、企業がいくつあるのか?

それと同じように、アパレルや小売店が倒産・廃業すると、そのメンバーがそれぞれ独立してまたアパレル企業や小売店を始める。
最近だとOEM/ODM事務所を始める人も多い。
それぞれ個々の企業規模は小さいが、業界内のブランド総数は逆に増えるくらいだ。

1社が倒産すれば、そこから5~10社くらいは零細アパレルや零細ブランドが生まれる。

となると、業界全体の供給量はあまり減らない。逆に増えるくらいではないかと思われる。

それに、実際のところ、国内の流通総数は一時期(たぶん2014年ごろ)41億点だったのが、最近では39億点に減少している。
2億点くらいは3年間で減少しており、そういう意味では不振各社の生産調整・在庫調整が進んだのではないかと思う。

以前、日経MJの紙面でイシキタカイ系wの某ファッション専門学校生が、「一枚から服を作ればよいのに」と語ったことがあるが、既存の製造システムでは不可能である。
これに類した「イシキタカイ系のクリエイターw」も業界には多く、彼らの共通特徴として国内の製造加工業の保護・重視を訴えるが、「一枚から作る」と「国内の製造加工業の保護・重視」は矛盾する事柄で両立は不可能である。

中国や東南アジアの最新設備の工場と比べると、国内各工場の生産能力は少ないが、それでも国内各工場とて大量生産システムで運用されている。

織布ならたくさんのメートル数を織れば織るほど、1メートルあたりの生地値は安くなる。
染色も同じ。たくさんの数量を一気に染めれば染めるほど個々の染色加工賃は安くなる。
縫製も同じ。たくさんの枚数を縫えば縫うほど1枚当たりの縫製工賃は安くなる。

近年は国内工場への注文が減っているのでミニマムロットは下がっているとはいえ、1枚から縫います、1メートルから織ります、なんていう工場はサンプル工場以外存在しない。

となると、イシキタカイ系wがいうように「1枚で作る」システム確立を標榜しつつ、「国内の製造加工業を保護しろ・活性化しろ」というのは二律背反で、両立できないことがわかる。

国内の製造加工業を保護・活性化したいのなら、ある程度の数量を継続的に作らせ続けなくてはならない。

たまたま2017年7月だけ100枚の製造を注文してめでたしめでたしとはならない。

何年間も毎月100枚ずつの製造を注文しなくては工場を救ったことにはならない。
2017年7月だけの注文は単なる「スポット」でしかない。
スポットで「国内の製造加工業に貢献した」と思うのは単なる自己満足にすぎない。


洋服の値崩れを食い止めたいなら、個々の企業・ブランドが厳密に希望的観測を排除して「売り切れる」製造枚数をはじき出し、定価か少しの値下げだけで「売り切れる」販売施策をとるほかない。


各社・各ブランドは、製造枚数の設定が甘くないかを再度確認すべきだし、販売方法が本当にそれでよいのかどうかを再度確認すべきだろう。
それができなければ、洋服の供給量は減らないし、値崩れは永遠に止まらない。


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ユニクロ対ZARA
齊藤 孝浩
日本経済新聞出版社
2014-11-20






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