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南充浩 オフィシャルブログ

値段が高くて取扱いの難しい生地はいくら技術力が高くても売れない

2021年6月28日 経営破綻 1

極薄生地である「天女の羽衣」で業界内には知られる天池合繊が破産申請した。

負債総額は3億5000万円。

今回はこのWWDの記事が最も詳しく適切である。

 

世界最軽量「天女の羽衣」の天池合繊が破産申請、世界で高い評価 | WWDJAPAN

 

様々な媒体で「天女の羽衣」は他社が引き継ぐと報道されているが、WWDの

「天女の羽衣」は小松マテーレの子会社が引き継ぐことになると見られるが、「現時点でコメントできることはない」(小松マテーレ広報)という。

というのが事実だろう。

 

「天女の羽衣」は、同社が受託生産からの脱却を目指し、極細のモノフィラメントを緻密に織り上げるメッシュ織物に参入。新規用途の開拓に取り組む中で生まれた。わずか7デニール(デニールは糸の太さの単位、7デニールは9000メートルでわずか7グラムの重量しかない)のモノフィラメントを、1インチあたり130本もの数を均等に並べた超高精細のメッシュ生地で、非常に軽く薄くセロハンのように透けながら、光を乱反射させる一方で、細かなメッシュがユニークな風合いを持っていた。

 

とのことで、どれくらい薄いのかというと、7デニールとのことだが、もっとわかりやすく言えば、そこそこ薄手のタイツが20デニールくらいの表示で販売されているが、あれの約3分の1の薄さだと考えれば、特に女性は分かりやすいのではないかと思う。

合繊とシルクに用いられるデニールという単位だが、数字が小さいほど薄く、大きくなるほど分厚くなる。1デニールが最も薄く、10、20、40、80、100となるごとに分厚くなる。厚手のタイツが80デニールと表示されていることを考えてもらえば理解しやすいのではないかと思う。

破産の原因だが、

ある繊維関係者は「1インチに130本もの極細のモノフィラメントを並べて織る技術は難易度が非常に高く、高い技術力と周辺機器も含めた内製化が必要になる。負債の大半はそうした設備関連を購入するための借り入れだったのではないか」と見る。

一因はこれだろう。

しかし、総合的な原因は、天池合繊の全体的な受注難だったのではないかと考えるのが妥当で、「下請け脱却を目的」として開発された「天女の羽衣」も受注難を補うほどの売れ行きにはならなかったと考えられる。

理由は

「天女の羽衣」は業界関係者にファンは多かったものの、法人向けのテキスタイルの価格としては異例の1メートル5000円以上という高値から大口の受注を獲得が難しく、

とある。

たしかに1メートル5000円以上の生地を使える洋服ブランドはほとんどないから、売れるはずもない。

仮に業界標準的に用尺2メートルの服を作るとして、生地代だけで最低1万円もする。そこに縫製工賃やボタンなどの副資材代などを加えると、製造費だけで軽く2万円は越えるだろう。

そうなると、店頭販売価格は安くても10万円以上ということになる。

それゆえに、自社製品化にも取り組んでいたようで、縫製工賃がほとんどかからず、形状のデザインもほとんど必要としないストールに活路を求めていたらしい。

 

天池社長自らが売り場に立ち、有力百貨店の催事でストール販売も行っていた。

 

とあるが、残念ながらストールブームはとっくの昔に過ぎ去ってしまっていたし、明示されていないが、価格も恐らくは2万円以上となっていたと考えられるため、おいそれとは売れなかったことは容易に想像できる。

さらにいえば、有力百貨店の催事は、たしかに高額品でも売れる可能性が高いが、販売期間は短い。短ければ1週間、長くても1ヶ月くらいとなり、その日数で売れる金額は知れている。

百貨店の催事(今風にいうならポップアップ)は、広告の代わりやテストマーケティングとして用いるのは効果的だが、その販売自体で収益は上がらない。百貨店催事で本業の受注減がカバーできるなんていうのは、到底あり得ない。

 

製織業者が小売りまで手掛けるのは難易度が高く、本業の受託生産の落ち込みをカバーするまでには至らなかった。

 

とあるが、難易度の問題ではないし、あと100年続けたって百貨店催事だけで本業の受注減をカバーできるような状況にはなり得なかったとあえて断言しておく。

 

「天女の羽衣」の登場以前、モノフィラメントを使った高細度なメッシュ織物は液晶テレビの電磁波シールド材などに使われる産業資材で、日清製粉子会社のNBCメッシュテックなどメッシュ専業メーカーの独壇場だった。同社の登場後は有力なオーガンジーメーカーも参入し、オーガンジーの歴史に新たな一歩を加えることにも繋がった。

 

とあり、天女の羽衣の開発功績はここにあるだろう。

 

とはいえ、衣料・服飾雑貨用途として考えてみた場合、天女の羽衣が売れなかったのも極めて当然ではないかと思う。

件の記事の言う通りに、たしかに「技術力の高さ」は分かる。しかし、それだけなのである。

まず、1メートル5000円という値段が高すぎる。

次に、7デニールという極薄生地は、縫製しづらく(薄い生地は基本的に縫製が難しい)、その他の工程でも取り扱いが難しい。

となると、値段が高くて取扱いの難しい生地なんて売れるはずもない。

 

また、ここまでの極薄生地で作れる・作りたい洋服や雑貨というものを当方は思いつかない。文中で書かれているようにストールかウエディングドレスくらいではないかと思う。そして両方とも毎年そんなにたくさんの数量が売れるわけではない。ウエディングは言わずもがなだが、ストールも2010年頃ならまだしも、ブームが過ぎ去って、一部の愛好家以外、だれも首に巻いていない現状では量が売れるはずがない。

 

国内の生地製造業者とはそれなりに面識があるが、「高付加価値」を目指してともすると「高価格」品を開発しようとする。天女の羽衣はある意味でそれの先駆けであり、彼らの目標でもあったように感じる。

そうした生地は当然、なんともいえないほどに意匠性が高い物が多く、生地単体として見た場合は非常に興味深い。

 

だが、それは衣服や雑貨になったときにどうなるのだろうか?天女の羽衣もそうだが、他の生地もまったく想像できないし、衣服や雑貨に仕立てた場合、着る者にとって(縫製や加工にとっても)不便である場合が珍しくない。

高額で不便な服・雑貨が出来上がるわけだから、一部の愛好家以外には売れないため、量を獲得することはできない。結局のところ本業の落ち込みを穴埋めできるまでには至らない。

となると、生地単体で愛でるファイバーアートや掛け軸みたいな存在でしかないということになる。

 

国内生地工場としては技術力の高さをアピールせざるを得ないことは理解できるものの、この手の物だけで商況を打破することは不可能である。天池合繊の倒産はそのことを如実に示しているのではないかと思える。

 

 

2180円の麻のストールをどうぞ~

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 comment
  • とおりすがりのオッサン より: 2021/06/28(月) 11:09 AM

    技術者って、商売の事を考えずにモノを作っちゃうのかもしれないっすね。
    うちのダメ金属加工工場の社長は、エセ経営コンサルタントにそそのかされて自社製品開発して大失敗してますが、うちの取引先のベンチャーっぽい企業でも「天女の羽衣」と同じような所ありますわ。あんま詳しくは書けませんが、「画期的なヘッドフォンのようなモノを開発」してる所なんですが、一般人に売るには高過ぎでクラファンもやってましたが爆死していて、業務用としても売り込みたいようですが、弱小ベンチャーなのであんまり相手にもされていないようです。うちのバカ社長は、なぜか入れ込んでいて「1万個単位の発注になる」とか夢見てますが、製品化されても一般人には年100個も売れれば良いところじゃないかと思いますw
    技術者で商売人ってのは中々両立しそうもないですね・・・

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