南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

繊維ニュース

地方バイヤー・海外バイヤーの来場者数減少は予想通り

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 震災によってジャパンファッションウィーク(JFW)は中止となってしまったが、予定通りに展示会を開催したブランドもある。
震災復興を見据えるのなら、当然とも言えるのだが、地方バイヤー・海外バイヤーの来場は激減しているようだ。

3月29日の繊維ニュースから引用させていただく。

「デザイナーは前向きも 地方店、海外店の来場減」

 第12回JFW in Tokyoが中止となった先週は、本来なら100ブランド前後の展示会が予定されていたが、東日本大震災の影響で多くのブランドが展示会を延期した。そんな中で、「サカイ」「エヴァーラスティングスプラウト」「アンソール」「ヴゼット」「ファクトタム」「ヨシオクボ」「エトセンス」などのブランドが、予定通り展示会を開催した。


とのことである。

デザイナーの前向きな姿勢はうれしいことであるが、地方店や海外店の来場が減ることは予想の範囲内である。地方バイヤーからすれば、電力不足による電車運行の乱れと不定期に行われる計画停電が気になって以前のように気軽には東京には行けない。また放射能に敏感な海外バイヤーは東北・関東地方には、足を向けたがらない。今回の結果は当然の成り行きだと言える。

以前にも書いたように、開催場所を名古屋や京阪神に移せば来場者確保に効果があったのではないだろうか。
現在、名古屋や京阪神のホテルは東京からの避難組で満室だという。名古屋や京阪神で今回のブランド展示会を行った方が、地方バイヤーも行き易かっただろうし、もしかすれば東京バイヤーだって避難と気分転換を兼ねて、西日本に喜んで出張したのではないかと思う。
また外国人は、放射能を恐れて日本自体に入国することに消極的だと言われているが、冷静な外国人は名古屋以西は安全だということも知っているだろうから、名古屋・京阪神開催ならある程度の外国人バイヤーの来場は見込めたのではないだろうか。
地方在住者から見れば、今回のような状況でなぜ「東京開催」にこだわるのか理解に苦しむ。


例えば、香港で開催される伝統と格式のある展示会に毎回出展していたとする。しかし、近年来場者数が伸び悩んでいる。一方、上海の新しい展示会は来場者数が伸び続けている。こうした場合、多くのデザイナーは香港から上海に出展を振り替えるはずである。何が何でも香港に出展しなくてはならない理由はない。
これと同じ考えではいけないのだろうか。

東京開催は、福島原発沈静化と電力不足解消に一定の目途が着いてからでも遅くはないと思うのだが。



センイ・ジヤァナルが破産。負債総額は4億円

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 繊維業界紙、センイ・ジヤァナルが11月29日号を最後に廃刊し、11月30日に自己破産申請の準備に入ったという。
負債総額は4億円。

http://www.fashionsnap.com/news/2010-11-30/seni-journal/

ファッションスナップドットコムに詳細と沿革が述べられているのでご参照いただきたい。

11月1日に日本繊維新聞が経営破綻し、1カ月で2紙が消え去った。
個人的にはセンイ・ジヤァナルの方が先になくなると思っていたが、50人前後の社員を抱えていた日本繊維新聞の方が先に倒れ、10人前後で運営していたセンイ・ジヤァナルの方が、人件費が少ない分だけ長く残れたといえる。

以前、ツイッターでも述べたのだが、繊維業界紙4紙の経営状況は

日本繊維新聞≒センイ・ジヤァナル<繊維ニュース<繊研新聞の順であり、下位2紙がなくなり、業界紙は繊維ニュースと繊研新聞の2紙になってしまった。
90年代初頭に経営危機に陥った日本繊維新聞は、紡績や商社の資本援助で15年間生き延びたのだが、センイ・ジヤァナルはニット製造機械メーカーやミシンメーカーからの資本援助によって今日まで生き延びてきた。

しかし、11月に入ってセンイ・ジヤァナルは自社のHPを維持できなくなり、他のブログサイトにジャンプするようになっており、サーバー維持もできなくなったということでは「かなりヤバイな」と思っていた。来年前半には逝ってしまうのではないかと考えていたが、11月末で終わったので予想よりも早かった。

従来型の繊維業界紙4紙は媒体数が多すぎた。2紙になってちょうど適正規模ではないだろうか。しかし、残る2紙も決して安泰ではない。いっそのこと、元が同じ会社なのだから繊維ニュースと繊研新聞が再合併すれば一番効率的だと思うのだが。

ところで、取材対象先からの資本援助で生き延びることが報道機関として正しい姿だろうか。と常々考えていた。
もちろん、媒体スタッフは生き延びなければならないから、取材対象先からの援助であろうとも受けるべきだと言うだろうが、新聞という業態からすれば望ましくない。
なぜなら、資本援助先のニット機械製造メーカーや紡績について不利益になる報道は自然と差し控えるからである。

テレビ局や朝日や読売などの一般紙でさえ、広告スポンサーの事件については報道に手心を加えると言われている。これが広告スポンサーでなく、資本主だったらどうだろうか?さらに手心を加えることになるだろう。そうなれば、業界紙として報道する資格はないと思う。

商社やアパレル、原料メーカーに広く資本参加を募って業界向けの媒体を作るという構想があるとする。
しかし、出来上がった媒体は何のための媒体だろうか?資本参加企業のPR紙となるだけである。こういう構想で出来上がった媒体はロクなものではない。それならいっそのことPR業務に徹すればよい。

そういう意味では独資で踏ん張っている繊維ニュースと繊研新聞に頑張ってもらいたい。

播州織の龍馬ジーンズ

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 NHKの大河ドラマ「龍馬伝」が今月末で最終回を迎える。司馬遼太郎さんの「竜馬がゆく」を読んで以来、大ファンであるが、昨今の龍馬ブームには辟易しているのでドラマは一度も見ていない。ブームが終わったころにDVDで見ようかと考えている。

ところで、この「龍馬伝」開始のころの番組宣伝用ポスターで、龍馬役の福山雅治さんが穿いている袴がある。この袴に兵庫県西脇産地で織られた播州織が採用されている。
これはすでに今年初めに繊維ニュースでも紹介されていたが、企業名は書かれていなかった。

10月29日付の繊研新聞によると、
龍馬伝ポスターの袴用生地は、西脇産地の産元商社、高龍商店の物であるという。元来、西脇の播州織はシャツ用などの薄地綿織物が中心だったが、新たに同社が厚地の帆布素材を産地内で開発して「播州帆布」の名で商標登録をした。

これはまったく知らなかったのだが、記事によると「兵庫県は、日本の近代帆布発祥の地」(高瀬保夫・高龍商店社長)だという。

この生地を使った「龍馬ジーンズ」なるものが西脇市内の播州織工房館で販売されているそうだ。

ちょうどこの記事を読んでいると、製作会社を経営する知り合いから「播州織の英語版プロモーションビデオをyoutubeにアップした」というメールをいただいた。
参考までにURLを貼り付けておく。

http://www.youtube.com/watch?v=0vFT3shsf34

ナレーションが全編英語なので、少しわかりにくいかもしれないが、龍馬ジーンズとその生地で作った袴がどんなものかはある程度分かると思う。

ナビゲーションを務める女性がなぜか女子高生風の衣装を着ており、安物のアダルトビデオのような雰囲気を醸し出しているのはご愛嬌ということにしておきたい。(笑)



ところで、龍馬ブームで国や大企業のトップまでもが「龍馬かぶれ」になっている現象には首を傾げたくなる。たしかに偉大な英雄にあこがれることは理解できるが、龍馬の言動は「既存体制の破壊」が目的であり、あの頃の維新志士のように国や大企業のトップに、自らの属する既存権益体制を破壊する覚悟があるのだろうか?
これは龍馬と人気を二分する高杉晋作についても同じことがいえる。高杉晋作のほうが龍馬よりも言動は過激であった。

偏見かもしれないが国と企業トップの「龍馬かぶれ」はお遊びのように思えてならない。

日本繊維新聞の思い出

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 日本繊維新聞が11月1日で資金ショートに陥り、営業を停止した。
元業界紙記者としては、ついに来るべき時が来たと感じている。

今回は、元同業他紙の記者として日本繊維新聞の思い出などを振り返ってみたい。

報道によると1943年創刊で、元衆議院議長の星島二郎氏が初代社長を務めたという。
今でこそ、業界紙は繊研新聞が独り勝ちだが、古くは日本繊維新聞の方が優勢だった。ちなみに紡績のガチャマン時代には繊維ニュースが繊研新聞よりも社員の給料が高かった時代もあるという。企業の栄枯盛衰は実に儚い。

日本繊維新聞は一般に「名門」と評される。その理由の一つに日本新聞協会の会員であることが挙げられる。日本新聞協会のHPで加盟企業を確認していただければわかるが、一般紙とテレビ局のほか、一部業界紙が加盟している。
自分が聞いたところによると、業界紙は「1業界につき1社」だけ登録できるきまりだという。
で、繊維業界からは日本繊維新聞が登録している。いわば昔は、繊維業界を代表する業界紙であったということになる。

繊研新聞が独り勝ちとはいえ、現在も日本新聞協会には加盟できていない。
ここに日本繊維新聞が「名門」と言われる所以があるのではないだろうか。

自分が繊維ニュースに入社したのは1997年。
残念ながら日本繊維新聞の全盛期は知らない。97年当時にはすでに没落した「名門」だった。
今回の日本繊維新聞の営業停止を「突然死」みたいだと評する方もいる。しかし、内情は「突然死」ではない。90年代前半にはすでに経営が悪化しており、かなり危ない状態にまで追い詰められていたという。その際、何人ものベテラン記者が退職しており、当時の繊維ニュースにも幾人か日本繊維新聞出身の先輩記者がおられた。

OB記者によると、日本繊維新聞は90年代前半の経営危機を紡績や原料メーカー各社からの資金援助で乗り切ったらしい。しかし、15年が経過して紡績各社も経営が悪化しており、とても他社を援助するゆとりもない。合繊メーカーは、繊維部門の比率を縮小しており、もはや一繊維業界紙がどうなろうと興味の対象外である。二度目の援助は期待できない状況にあった。

そしてついに2010年に幕を下ろした。

90年代前半以降の日本繊維新聞の軌跡は、業界紙が今のままでは立ちいかなくなることの例示である。繊研新聞、繊維ニュースともにこれまでの業界紙的発想を一新しないと10年後も企業が存続している保証はない。

綿花相場の史上最高値更新

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 先日、紡績部長から綿花の高騰ぶりを聞いたばかりだが、綿花の高値があっさりと更新された。繊維ニュースより引用させていただく。

 25日のニューヨーク(NY)綿花定期相場は、期近(12月)物が前日比で5セント高い124.71セント(1ポンド)をつけ、史上最高値を更新した。

とのことである。

紡績部長にお聞きした時点での価格が119セントであり、これが150年ぶりの高値だった。
部長によるとアメリカ南北戦争当時の相場価格が170セントを越えていたというから、追いつくにはまだまだ余裕がある。
しかし、150年前と現在では物価も貨幣価値も違っているので、単純比較はできないだろう。


残念ながらそのあたりの知識が欠けているために、ここで比較を提示できない。
ああ、無力感。

衣料品の製造コストは原料高も含めて上昇する一方である。
しかし、衣料品の店頭価格は下がるばかり。

縫製の現場では、現在、中国の縫製スペースが満杯である。
多くの中国工場が、10月現在に発注すると、納期が3月末~4月10日ごろになるという。
どうしても早く欲しい場合は、工賃を上乗せするとそのオーダーを優先してくれるそうだ。うわさが本当なら、縫製工賃の上昇は避けられないだろう。
かといって、単純にベトナムやカンボジア、バングラディシュあたりの工場に振り替えられるかというと、そうでもなく「現地調達の副資材(ボタン、ファスナー、リベットなど)の品質が中国製品よりも悪い」という。ちなみに中国製副資材も国内製副資材よりも品質が劣る。


製品の価格下落も、中国の縫製スペースも繊維・アパレル業界の安易な物作りの姿勢のツケである。
ある業界の大先輩は「クラッシュは終わった。これからは再生に向かおう」というが、まだまだクラッシュし足りないのではないだろうか。再生に向かうのは数年以上先になると感じている





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