南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

日本繊維新聞

センイ・ジヤァナルが破産。負債総額は4億円

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 繊維業界紙、センイ・ジヤァナルが11月29日号を最後に廃刊し、11月30日に自己破産申請の準備に入ったという。
負債総額は4億円。

http://www.fashionsnap.com/news/2010-11-30/seni-journal/

ファッションスナップドットコムに詳細と沿革が述べられているのでご参照いただきたい。

11月1日に日本繊維新聞が経営破綻し、1カ月で2紙が消え去った。
個人的にはセンイ・ジヤァナルの方が先になくなると思っていたが、50人前後の社員を抱えていた日本繊維新聞の方が先に倒れ、10人前後で運営していたセンイ・ジヤァナルの方が、人件費が少ない分だけ長く残れたといえる。

以前、ツイッターでも述べたのだが、繊維業界紙4紙の経営状況は

日本繊維新聞≒センイ・ジヤァナル<繊維ニュース<繊研新聞の順であり、下位2紙がなくなり、業界紙は繊維ニュースと繊研新聞の2紙になってしまった。
90年代初頭に経営危機に陥った日本繊維新聞は、紡績や商社の資本援助で15年間生き延びたのだが、センイ・ジヤァナルはニット製造機械メーカーやミシンメーカーからの資本援助によって今日まで生き延びてきた。

しかし、11月に入ってセンイ・ジヤァナルは自社のHPを維持できなくなり、他のブログサイトにジャンプするようになっており、サーバー維持もできなくなったということでは「かなりヤバイな」と思っていた。来年前半には逝ってしまうのではないかと考えていたが、11月末で終わったので予想よりも早かった。

従来型の繊維業界紙4紙は媒体数が多すぎた。2紙になってちょうど適正規模ではないだろうか。しかし、残る2紙も決して安泰ではない。いっそのこと、元が同じ会社なのだから繊維ニュースと繊研新聞が再合併すれば一番効率的だと思うのだが。

ところで、取材対象先からの資本援助で生き延びることが報道機関として正しい姿だろうか。と常々考えていた。
もちろん、媒体スタッフは生き延びなければならないから、取材対象先からの援助であろうとも受けるべきだと言うだろうが、新聞という業態からすれば望ましくない。
なぜなら、資本援助先のニット機械製造メーカーや紡績について不利益になる報道は自然と差し控えるからである。

テレビ局や朝日や読売などの一般紙でさえ、広告スポンサーの事件については報道に手心を加えると言われている。これが広告スポンサーでなく、資本主だったらどうだろうか?さらに手心を加えることになるだろう。そうなれば、業界紙として報道する資格はないと思う。

商社やアパレル、原料メーカーに広く資本参加を募って業界向けの媒体を作るという構想があるとする。
しかし、出来上がった媒体は何のための媒体だろうか?資本参加企業のPR紙となるだけである。こういう構想で出来上がった媒体はロクなものではない。それならいっそのことPR業務に徹すればよい。

そういう意味では独資で踏ん張っている繊維ニュースと繊研新聞に頑張ってもらいたい。

口では残念と言いながら?

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 日本繊維新聞が経営破綻してからもうすぐ1カ月になろうとしている。
この間、日本繊維新聞の破綻についてブログや紙面で言及された方があまりにも少なすぎ、首を傾げるばかりである。
知る範囲ではシナジープランニングの坂口昌章さんと、イッセイミヤケ前社長の太田伸之さんのお二方しかいない。ツイッター上ではもう少し多くの方の意見も目にしたのだが。

太田伸之さんのブログ
http://plaza.rakuten.co.jp/tribeca512/diary/201011120000/

太田さんは、日本繊維新聞の倒産を非常に残念がっておられ、繊研新聞1紙体制になることを危惧しておられる。(実は繊維ニュースも健在なのだが、忘れ去られている)
おっしゃることはその通りなのだが、ここで疑問もある。
太田さんにというよりも「日本繊維新聞破綻は残念」というコメントを出された繊維・アパレル企業に対してである。

残念と思われるのであれば、なぜ今まで日本繊維新聞の購読や広告出稿を止めてこられたのか。と思う。
購読部数が減り、広告出稿量が減れば早晩新聞は破綻する。新聞に限らず現行のビジネスモデルの出版業はもれなく破綻する。

もちろん、購読する価値も広告出稿する価値もないと、その媒体について判断されたのだろう。それなら「残念ですね」というようなコメントを出すのはいかがなものかと思う。
だってちっとも「残念」と思ってないことが丸わかりだからだ。
「紙面がなくなることは残念ですが、これも時代の流れでしょう」程度のコメントが一番しっくりくる。


ちょっと話が飛躍するが、
百貨店の閉館、遊園地の閉園にも同じことが言える。
「地元の駅前シンボルだった百貨店がなくなるのはさみしいです」「子供のころ行った遊園地が閉園するのはかなしいです」というコメントがよくテレビや新聞で報道されるが、そこまで愛着があるなら何故もっと頻繁に通ってあげなかったのかと思う。
結局、口では「さみしいです」と言いながらも本人たちはそれらの施設にまったく興味を持っていなかったのだろう。

「ああ、ついに」という感慨や郷愁はあっても「さみしいです、残念です」というような偽善的なコメントはもう止めにしないか。

日本繊維新聞の思い出

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 日本繊維新聞が11月1日で資金ショートに陥り、営業を停止した。
元業界紙記者としては、ついに来るべき時が来たと感じている。

今回は、元同業他紙の記者として日本繊維新聞の思い出などを振り返ってみたい。

報道によると1943年創刊で、元衆議院議長の星島二郎氏が初代社長を務めたという。
今でこそ、業界紙は繊研新聞が独り勝ちだが、古くは日本繊維新聞の方が優勢だった。ちなみに紡績のガチャマン時代には繊維ニュースが繊研新聞よりも社員の給料が高かった時代もあるという。企業の栄枯盛衰は実に儚い。

日本繊維新聞は一般に「名門」と評される。その理由の一つに日本新聞協会の会員であることが挙げられる。日本新聞協会のHPで加盟企業を確認していただければわかるが、一般紙とテレビ局のほか、一部業界紙が加盟している。
自分が聞いたところによると、業界紙は「1業界につき1社」だけ登録できるきまりだという。
で、繊維業界からは日本繊維新聞が登録している。いわば昔は、繊維業界を代表する業界紙であったということになる。

繊研新聞が独り勝ちとはいえ、現在も日本新聞協会には加盟できていない。
ここに日本繊維新聞が「名門」と言われる所以があるのではないだろうか。

自分が繊維ニュースに入社したのは1997年。
残念ながら日本繊維新聞の全盛期は知らない。97年当時にはすでに没落した「名門」だった。
今回の日本繊維新聞の営業停止を「突然死」みたいだと評する方もいる。しかし、内情は「突然死」ではない。90年代前半にはすでに経営が悪化しており、かなり危ない状態にまで追い詰められていたという。その際、何人ものベテラン記者が退職しており、当時の繊維ニュースにも幾人か日本繊維新聞出身の先輩記者がおられた。

OB記者によると、日本繊維新聞は90年代前半の経営危機を紡績や原料メーカー各社からの資金援助で乗り切ったらしい。しかし、15年が経過して紡績各社も経営が悪化しており、とても他社を援助するゆとりもない。合繊メーカーは、繊維部門の比率を縮小しており、もはや一繊維業界紙がどうなろうと興味の対象外である。二度目の援助は期待できない状況にあった。

そしてついに2010年に幕を下ろした。

90年代前半以降の日本繊維新聞の軌跡は、業界紙が今のままでは立ちいかなくなることの例示である。繊研新聞、繊維ニュースともにこれまでの業界紙的発想を一新しないと10年後も企業が存続している保証はない。

日本繊維新聞が自己破産へ

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 昨日、繊維業界紙大手の日本繊維新聞の営業停止が発表された。
しかし、自社での発表があまりにお粗末であったため、発表前の午前11時に社名を伏せて他のブログで疑問を投げかけさせていただいた。

http://apalog.com/minami/archive/328

その後、11月1日の正午以降に報道され始めたものの
信用情報と帝国データバンクでは少し書いている内容が異なる。

http://www.sinyo.co.jp/sokuhou/sokuhou.htm

http://www.tdb.co.jp/tosan/syosai/3376.html

信用情報によると原因は資金ショート。負債総額は約6億円。
帝国データバンクによるとこれから自己破産の準備に入るというから、会社も紙名もなくなることになる。

複数の業界関係者によると、
10月29日の時点で社内と、一部の取引先に通達があったという。
自分が耳にしたのは10月30日の土曜日のことである。
金曜日にわかっていたのなら、なぜ製作途中にある11月1日発行号の新聞紙面に「今号を持って営業を停止し発行を中止いたします」という告知文が入れられなかったのか疑問に思う。

業界紙の発行スケジュールから考えると、
月曜から木曜は、だいたい午後4時~4時半くらいに記事提出が締め切りとなる。
しかし、土日が休みなので金曜日は締め切りが延長される。
ケースバイケースだが、だいたい午後5時~5時半までの延長が可能だ。
ひょっとしたら午後6時も可能かもしれない。

ただしその場合、スペースと時数が決まっていて、その部分を除いて紙面が完成していなければならない。
だから「○○の記事、写真縦1枚、20行入ります」と申請しておけば対応が可能になる。
10月29日の午後に社内通達があったのなら、理論上は11月1日の新聞に掲載することは可能だったのではないだろうか。

いくら、11月1日の正午に自社ホームページ上で告知を掲載したと言っても、インターネット回線がないorネットを見る技術がないなどの読者には甚だ不親切な告知であるといえる。
これが工場やメーカーの廃業なら理解できなくもないが、少なくともメディアのはしくれならその対応はキチンとしないといけない。


また信用情報や帝国データバンクの記事を読むと、
新聞業界の部数水増し体質が明らかにされている。
日本繊維新聞は倒産直前まで公称発行部数を12万4000部としていた。
月額購読料は4000円弱だから、この通りの部数だとすると毎月4億円以上の購読料収入となる。
年間だと48億円以上。
これが事実だとすると6億円程度の負債などなんともない。

両記事によると、直近の全社の年間売上高は5億2000万円にまで落ち込んでいたという。
この5億2000万円には購読料以外に、広告料収入や単行本売上高などが含まれている。
5億2000万円を12カ月で割ると約4300万円。
ここから毎月の平均売上高が4300万円ということがわかる。
この4300万円を4000円(1部あたりの新聞購読料)で割ると、約1万部ということになり、
毎月の発行部数は約1万部となる。

しかし、売上高には広告料収入や単行本売上高、その他雑収入が含まれていないため、
実際の毎月の購読料収入は4300万円以下となり、発行部数は1万部以下ということになる。
これが実情に則した数字である。
一般紙でも「押し紙」問題が取りざたされているが、業界紙や業界雑誌にも部数水増し疑惑が常につきまとっている。業界紙・業界雑誌の公称部数が信用されない由縁である。


ちなみに昨夜ツイッターでの風評被害がすさまじかったが、
日本繊維新聞社と繊研新聞社は、まったく別の会社で資本関係もゼロである。
繊研新聞読者はご安心願いたい。






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