南充浩の繊維産業ブログ

ファッションブログ・・・・と言いたいところだけれどもそこまでファッションに特化していないし、能力的にもできない。そこで繊維製造業、産地、アパレルメーカー、小売店など幅広く繊維産業全般についてぼちぼちと書きます。たまにマスコミ、経済問題についても書く予定。よろしくお付き合いください。 お仕事の依頼は minami_mitsuhiro@yahoo.co.jp まで。

繊維業界新聞の記者としてジーンズ業界を、紡績、産地、アパレルメーカー、小売店と川上から川下まで担当。 同時にレディースアパレル、子供服、生地商も兼務した。退職後、量販店アパレル広報、雑誌編集を経験し、雑貨総合展示会の運営に携わる。その後、ファッション専門学校広報を経て独立。 現在、記者・ライターのほか、広報代行業、広報アドバイザーを請け負う。

ファクトリエ

過剰な「モノづくり神話」を創作することは、かえって製造加工業者をミスリードする

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 国内の繊維製造加工業者を鼓舞したいと考えるなら、それはすれば良いと思う。
しかし、その鼓舞の材料に「根拠に基づかない願望」「現実に立脚しない理想」を据えることは、却って製造加工業者をミスリードするだけで有害である。

海外一流ブランドがセールを一切しない理由
日本アパレルが疲弊した「構造的な原因」とは
http://toyokeizai.net/articles/-/167344

この記事は、いわば「理想郷」が語られており、それが現実に立脚していない点が問題である。

そもそも「海外一流ブランドがセールを一切しない」という前提自体が現実ではない。
コメント欄に「エルメスも本国では年2回セールをしている」とある。

それを裏付けるようなこんなブログもある。

1788話 パリSOLDES!これがHERMESエルメスのソルド!♪パリ ブログ
https://ameblo.jp/wanwancocococo/entry-12177105347.html

正規店舗では行わず、別会場で行われているようで、そこに出向いたレポートである。
別会場といえどバーゲンセールはバーゲンセールである。

東洋経済オンラインの記事で説かれているように、ルイ・ヴィトンが一流ブランドになったのは、単に「愚直に物作りに励んだ」とか「職人を大事にした」だけではない。
それは一要素であり、じゃあ、国内の繊維製造加工業者が「愚直に物作りに励んで」「職人を大事にした」のなら、その中からルイ・ヴィトンが生まれるのかというと、その可能性は極めて少ない。
個人的には可能性はゼロだと思う。

ミスリードを引き起こすと感じるのはそういう部分である。

LVMHが世界的ブランドになったのは、そもそもMHと合併し、不動産業も取り込んで、「ディオール」やらなんやらさまざまな高級ブランドを買収に次ぐ買収で巨大資本となったからだ。
巨大資本があるからこそ、販促、広報宣伝に潤沢な資金が投入でき、それゆえにブランドステイタスを向上させることができた。

今の国内の繊維製品の製造加工業者にそういう巨大資本が存在するのか。
ほんの一握りを除いては小規模零細企業ばかりである。
料金が数万円の業界紙へのお付き合い広告ですら出稿できないような財務内容である。

これでどうやってラグジュアリーブランドになれるのだろうか。

また、ルイ・ヴィトンというブランドは香水はそれほど有名ではないが、LVMH傘下の各ラグジュアリーブランドは香水が人気である。
香水は、ラグジュアリーブランドといえども価格がそれほど高くなく(2000~3000円で手に入る)、庶民でも買いやすい。おまけに洋服やバッグ類、皮革製品に比べて利益率がべらぼうに高い。
広くマス層に販売して高利益を得る、そういうビジネスモデルを確立している。

単に「愚直に物作りに励んだ」だけではない。

本当に製造加工業者を何とかしたいのなら、そういう「儲け方」もレクチャーすべきではないか。

マラソンでも水泳でも熱心に練習をすればほとんどの人がそれなりの距離を走れたり泳げたりするようになる。
4時間とか6時間で42・195キロを走れるようになるだろう。

しかし、2時間6分台で走れるようにはならない。そこには天性の才能が必要になるからだ。

今の国内の製造加工場に「物作りに励めばルイ・ヴィトンになれる」とサジェスチョンするのは、47歳のオッサンに対して「毎日、練習すれば必ず2時間6分台でフルマラソンを走れるようになりますよ」と励ますのと同じようなものである。

それに欧州の一流ブランドが本当に職人や工場を大切にしているのかどうかも怪しい。
ないがしろにしているとまでは思わないが、例えば、イタリアにだって工賃が安くて苦しい経営を強いられている工場がたくさんある。
だから、不法移民を含めた外国人労働者を使っているし、欧州のブランドは人件費と工賃が安いアフリカや東欧、中近東の工場を使っている。

もし、国内の製造加工業者の競争力を高め、自立化させたいのであるなら、「フィクションまみれの神話」を作ることではなく、自ら能動的に営業活動を行うようにさせるべきではないか。

これまで、提携ブランドの下請けに甘んじていた国内工場の多くは、今も下請け根性が染みついており、発注を待っている姿勢が強い。これを受注を獲得するために自ら営業するようにすべきではないか。

そして、自社オリジナル製品開発はその次の段階で、製品開発にはマーケティングやデザインの専門家が介在する必要がある。(専門家もピンキリだから選定は容易ではないが)

製品を作っただけではビジネスは完成しない。

最後は売り場を探す、もしくは売り場を作る必要がある。

ここまでできて初めて「製造加工業者の自立化ができた」ということになる。

そして昨日も書いたように、一流ブランドを作りたいのなら、販促、広報宣伝にも目を向けさせなくてはならない。

誰がどんな屁理屈をこねようと、感情的に反発を覚えようと、商売とは、

安く仕入れて(作って)、できるだけ高く売る

ことが絶対のルールであり、「高く売る」ためには「ブランド化(ブランディング)」「付加価値づくり」が必要不可欠となる。

消費者がその説明に納得できれば、提示した値段で売れるだろうし、納得できなければ、いくら「職人が精魂込めて」作ろうが、「伝統の技が云々」「希少な素材が云々」と叫んだところで、提示した値段では売れない。

提示した値段で売れないのは、「ブランディング」「付加価値づくり」に失敗しているからだ。

マクドナルドが一時期、原価をさらされて批判されたが、それは「ブランディング」「付加価値づくり」に失敗したということに他ならない。

こういうことをまるっと抜きにして「モノづくりに専念した」「職人を大切にした」と吹聴するのは、ファクトリエという会社が自社のビジネスを有利に進めるためのポジショントークでしかない。






おとぎ話的な欧州工場礼賛では日本の製造加工場は生き残れない

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 衣料品、服飾雑貨品などを便宜的に今回は「ファッション用品」とまとめさせていただく。

「ファッション用品」の国産品をめぐる議論はそれなりに目に付くようになってきたが、多くの場合は微妙なものに終始している。
議論の方向性はいくつかに集約できるが、

1、国産品を手掛ける企業のポジショントーク
2、極度のセンチメンタリズムから来る盲目的国産品擁護
3、グローバル的見地からの国際分業論
4、数少ない自立化成功者からの体験談

ざっとこんな感じの分け方ができるのではないかと思う。
個人的にもっとも価値が高いのが4だが、個々の成功事例は特殊要素を多く含み過ぎていて、広く取り入れられるものではない。
その中のエッセンスを如何に的確にとらえて、自社・自ブランドに適合できるようにアレンジメントするかがカギになるが、その作業を上手くできる人、企業、ブランドは数少ない。

2と3はカードの裏表で聞くべき部分もあるが、全面的に採択はできない。
個人的な意見でいうと2を採用することはかなり危険だと感じる。

1についてだが、これは3分の1から半分くらいは聞くべき提言がある。
問題は、個々の企業やブランドによるポジショントークなので妄信するのは危険だという点である。

日本に「超一流アパレルブランド」がない理由
コスト削減の果てに「日本製の服」は僅か3%
http://toyokeizai.net/articles/-/164345

この記事には聞くべき提言も多いが、ポジショントークの代表ともいえる。

是々非々で内容を見てみよう。

まず、個人的に「是」とする部分を抜粋する。

〇コスト削減が図られる中、メイド・イン・ジャパンを支えてきたのは外国人研修生です。衣服・繊維製品の製造に従事する研修生は1万2000人(公益財団法人国際研修協力機構「外国人研修・技能実習事業実施状況報告 2010 年」)。この背景には、賃金の低い縫製業は国内で人材が集まりにくく、 リソースを研修生に頼らざるをえないという事情があります。

しかも、せっかく技術を覚えてもらっても研修生は3年程度で本国に帰ってしまうため、その度に新しい研修生を招いて育成を行うというループに陥っているのが現状。「技術を後世に継承する」という理想とは乖離しています。

〇では、メイド・イン・ジャパンが復活するためには何が必要でしょうか。私は、以下の3要素が重要だと考えています。

・マーケットを意識する:
日本製の商品は、クオリティへの定評はあるものの、デザインに改良の余地があります。技術は保持していますが、 消費者のニーズに合致した商品をブランドとして提供するという意識はまだ根付いていません。イタリアやフランスの工場は、流行やマーケットを念頭に置いてものづくりを行っています。その意識が日本の工場にも根付けば、技術をより効果的にアウトプットできるでしょう。

・主体性を持つ:
長らく下請けとして機能してきたため、メーカーから提示される工賃や仕様書、生地などに従うという受け身の姿勢がしみ付いています。ブランドとして自立するためには、この体質からの脱却が不可欠。培ってきた縫製やパターンの技術を生かして「こんな商品はどうですか?」といった能動的な提案を行っていくことが大切です。

この部分であり、3要素の3つ目は是認できない。

では「非」とする部分を抜粋してみる。

その1

 「本物のブランドはものづくりからしか生まれない。エルメスも、ルイ・ヴィトンも、グッチも工房から生まれた。君が今挙げたブランドは、日本製なのか?」

その2

 ・非効率なものづくりへの投資:
中国やベトナム、ミャンマーでは、大きな資本を持つ企業が最先端のミシンを導入し、大量の洋服が効率的に生産されています。人件費の高い日本が差別化を図るために必要なのは、旧式力織機や時間のかかる染め技術などを使って、あえて非効率な路線を突き進むこと。たとえば、岡山の旧式力織機で作られるデニム生地がシャネルやルイ・ヴィトンなどの商品にも使われているように、他の工場も非効率なものづくりに投資して独自の付加価値を高めていくべきです。

の2点である。

その1についてだが、イタリアブランドも生産問題に揺れている。「イタリアブランドはすべてイタリアで作られている」なんていう牧歌的な状況ではない。
世界に詳しいこの記事の筆者ならご存知だと思うのだが。

今のイタリアブランドは、中国製・東欧製・アフリカ製などがある。
インド製やトルコ製もある。またイタリアの工場は低賃金の外国人労働者で成り立っている。
少し前の記事だがこういう報道がある。

【グッチ】Made in Italy、崩壊 イタリアブランドの実態
http://buono-italia.com/madeinitaly/

イタリアの代表的ブランドGucciが、外国人労働者を酷使して収益をあげている、ということが、2014年2月の告発によって判明しました。


FURLA|フルラの生産国について|Made in Italy ??
http://pineboy.com/column-13-jun-2016-furla

人気・売上ともに絶好調なブランドの「フルラ」ですが、商品の生産国はイタリア製の他に中国やルーマニア、チュニジアなどがあります。


また、イタリアでは産地そのものが中国人に乗っ取られているという報道も相次いでいる。
代表的なところを紹介すると、少し前の記事だが、

欧州に「丸ごと中国」工場 資本も、従業員も、原料も
http://www.asahi.com/business/intro/TKY201203040488.html

プラートにある中国人経営の衣服工場は約3千。人口19万人のうち中国人は不法移民を含め4万人以上とされ、人口比では欧州最大のチャイナタウンだ。


とある。実質的にプラートのマジョリティは不法移民を含む中国人だということになり、イタリア工場とはいえ、メイドバイチャイニーズが実態であり、我が国の外国人実習生によるメイドバイ外国人という状況と何も変わらない。

この手の各種報道をまとめているのがこのまとめニュースである。

GUCCI, PRADA(笑) イタリア製のブランド品を作っているのは、イタリアに不法滞在の 中国人
https://matome.naver.jp/odai/2146253926029760101


また、これ以外にフランスブランドでも似たようなことがある。
中国工場に出張した際に、「maid in france」と刻印されたパーツが山のように積まれているのを見たことがあるという人も多い。

イタリア製もフランス製も組み立てを中国や外国で行い、最後の加工だけをイタリア、フランスで行えば認可されるというシステムになっている。
このため、中国をはじめとする外国で組み立てが行われているブランドも数多くあるのは業界では公然の秘密となっている。まさか、世界に詳しいあの記事の筆者が知らないとは思えない。

・コストの安い海外生産
・外国人労働者(実習生)に支えられた国内生産

この2点については、日本も欧州もそう大差がないということである。

それを打破するための処方箋として記事では、非効率な物作りへの投資を挙げているが、すでに日本の工場の機械設備は中国をはじめとするアジア諸国に比べて旧式化しており、わざわざ今から投資する必要もなく非効率である。逆に製造加工場の多くは将来不安から設備投資できる状況になく、旧式機械をそのまま使い続けている。

そういう意味ではすでに非効率な物作りは投資するまでもなく、多くで実施されているといえる。

日本の製造加工場の中にはたっぷりと資産を持っているところもあり、そういうところはあくせくと働く必要もない。いろいろなしがらみや制約があるから事業を続けているだけで何かきっかけがあれば廃業したいと考えている。すべての製造加工場が貧困なわけではない。

もちろん資金繰りに窮している製造加工場もある。
この部分での格差が大きいため製造加工場間での足並みもそろいにくい。

日本製を残したい、製造加工場として存続したい、と強く願う工場や業者は存在する。
そういう工場や業者は真の意味で自立化する必要がある。

自立化というと、自社オリジナル製品を開発することだと考える人が多いが、自ら製造加工の仕事を取りに行くということがはじめの一歩である。
過去の製造加工場は、待っていてもブランドから仕事が舞い込んだ。中にはガッチリと特定のブランドの生産ラインに組み込まれることもあった。

そのため、製造加工場にはいまだに待ちの姿勢のところも少なくない。

これを能動的に受注を獲得しに動くということが自立化だと考える。

ファクトリエでもなんでもそうだが、特定の企業やブランドが作ったシステムに乗っかることだけを考えているのでは、過去の受動的なアパレルブランドとの取り組みと何ら変わらない。
それはまた新しい先の下請けに甘んじるということである。

フランスやイタリアは自国で生産しており、日本の業者はさらに非効率的なモノづくりに特化すべき、というようなおとぎ話的な立ち位置で議論をしても国内の製造加工場は復活も存続もできないだろう。

現実を踏まえてその上でどう対処するか、それでも製造加工場を続けたいのか、その意思が求められる。最早、すべての製造加工場が救われることは不可能なので、意思のある工場だけがどのようにして生き残るかを考えるべきだろう。




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