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人件費削減と高付加価値素材開発は相反する取り組み

 11月18日の繊研新聞に、デニム産地企業29社に対するアンケート結果が掲載されている。
ブルージーンズの動きが引き続き鈍いことから、産地企業全般的に生産数量の減少が続いているという。
やはり店頭での動きに連動している。

その中で気になったのが、今後の対応策である。
「価値ある素材開発」とともに「燃料や薬剤、人件費などのさらなるコスト削減」を掲げる。
とある。

両方とも繊維アパレル業界で良く聞かれる言葉である。
価値ある素材とは高付加価値素材と言い換えられることもよくある。

「高付加価値素材」とはどんな素材だろうか。
おそらく、産地企業の方々も繊研新聞社も「高い値段で売ることができる希少性価値のある素材」という意味で使用されているのではないかと推測している。
しかし、「高付加価値」とは希少性のある物ではない。
結果として希少性の高い珍しい商品となることはある。

以前にも書いたが、藻谷浩介さんによると、

「付加価値額とは、企業の利益に加え、企業が事業に使ったコストを足したもの」と説明されている。つまり「企業の利益が高まれば付加価値額は増えるが、収支トントンの企業でも活動途中で「地元」に落ちる人件費や貸借料などのコストが多ければ、付加価値額は増える」。

という。

さらに

労働者の数を減らすのに応じて、一人当たりの人件費を上昇させ、人件費総額を保つようにすれば付加価値額は減らない。あるいは人件費の減少分が企業の利益(マージン)として残れば、付加価値額の全体は減らない。しかし、生産年齢人口の減少を迎えている現在では、自動車や住宅、電気製品と言った人口の頭数に連動して売れる商品では、マージンは拡大するどころか下がっていく。

とも仰っておられる。

この考えに則るなら、
価値ある素材の開発と、人件費を削減することは相反するものである。
もちろん、企業の資金繰りが厳しいときには、人件費にも手を付けざるを得ない。
また、人件費に手をつけたくなる気持ちは分かる。

給与削減くらいで済むなら良いが、それでも追い付かない場合は解雇もあり得るだろう。
しかし、そうやって人件費を削減して開発した商材は決して「高付加価値商品」とは呼べない。
たしかに企業内には無駄な動きしかしない人員も幾人か存在するだろう。
そうした人員を削減することはやむを得ないが、「残った人員の一人当たり人件費を上昇させ、人件費総額を保つことが、付加価値額の維持につながる」と藻谷さんは主張しておられる。

筆者はその意見に賛成である。
人員削減、人件費総額削減を全企業でやれば、経済活動そのものが縮小するしかない。
「安い商品が買えて消費者は儲かる」という暴論を耳にすることがあるが、経済活動そのものが縮小すれば、各消費者の収入もダウンサイジングしてします。
収入が減った消費者はさらに安い商品を求め、それに対応するために企業はさらに人件費を削減する。そしてさらに消費者の収入が減る。以下エンドレス、という悪循環スパイラルが続くこととなる。

厳しいし、難しいことであろうが、人件費総額を減らさずに従来のデニムとは異なる新しい素材開発を行うことが求められているのではないだろうか。
それによって生み出された素材こそが「高付加価値素材」である。

日本経済の伸びしろは軽工業品にあり?

 数学や物理学のように一つの公式で事象を解き明かすことができないのが社会学、心理学、経済学であろう。
社会学者、心理学者、経済学者の学説はそれぞれ異なり、どれもが一部分は正解であるが全体的な説明には足りない。とくに未来を予測することに関しては、大半の学者が外してばかりである。

先日、藻谷浩介さん著の「デフレの正体」を読んだ。
これも新書サイズの経済学の本である。

昨今の日本の不況について、「生産性をさらに向上させろ」とか「輸出をもっと拡大すれば良い」などの処方箋が示されることがある。また「さらに最新機能の付いた工業製品を開発するべき」「自動車の競争力をもっと磨くべき」などの意見を多く聞く。

さて、繊維・ファッション業界を振り返ってみれば「日本の繊維・ファッションビジネスは衰退産業」「繊維は労働集約型なのでアジア諸国の工場に勝てない」という意見が主流を占めている。
半ば自分自身もそう思っている。

しかし、経済学は画一的な理論がない学問であるから、ひどく乱暴に言えば「ある程度自分に都合のよい学説を信じれば良い」という側面もある。
こと「繊維・ファッション業界、軽産業」に限れば、藻谷さんの提唱する学説はいささか明るい見通しを与えてくれる。
以下にかいつまんでご紹介したい。

今は懐かしい洞爺湖サミットにあつまった拡大G8諸国中、同年に日本に対して貿易黒字を挙げた国は、カナダ、イタリア、フランスの3カ国だった。それ以外の5カ国(中国、ロシア、アメリカ、イギリス、ドイツ)は対日貿易は赤字である。藻谷さんはあとここに、対日貿易黒字国としてスイスを付けくわえて、フランス、イタリア、スイスと日本を比べておられる。

フランス、イタリア、スイスが日本から貿易黒字を稼いでいる分野はハイテク産業や重工業製品ではない。ファッション、繊維、皮革製品、宝飾アクセサリーなどの軽工業製品である。
ハイテク産業品や重工業製品はある程度の期間が過ぎれば、価格競争に陥り、人件費の安い工場と設備が整っている国が有利になる。
しかし、ファッションを始めとする軽工業品は、価格競争に陥るブランドもあるが、欧米のラグジュアリーブランドのように超高額で販売することが可能である。

それ故に藻谷さんは「日本が経済発展するためには、今後、軽工業のブランド化を進めるべきだ」と説かれている。ハイテク産業や重工業品はこれまで十分に貿易黒字を稼いできており、さらなる伸びしろは少ない。反対にこれまであまり輸出されていなかった服飾品を始めとする軽工業品は、まだまだ伸びしろがある。

日本の繊維・ファッション業界の方々には明るい指針の一つだと思う。

今後折に触れ、いくつかに分けて藻谷さんの御説を紹介していきたい。

対前年同期比の罠

 今回は自戒も込めて「対前年同期比」の罠について。

例えば、ユニクロの毎月次売上速報がある。
これは○○億円という「絶対額」ではなく、前年同期比○○%の増減という数字で表される。
決算発表以外には月毎の売上金額は表示されていない。

仕方がないので、マスコミや株主は前年同期比の増減でその企業の好不調を推し量るしかない。
マスコミも株主も時には経営者自身も「前年同期比」の増減に一喜一憂してしまう。

前年同月比は一つの目安にはなるが、絶対的な事実を表しているわけではない。
先ほど例に挙げたユニクロだが、今月の売上高が前年同期比5%減だったとしても、
その前々年より増えていることが多々ある。しかし、これはきわめて冷静な観測者だけが注意を払っており、
マスコミや通常の株主は目先の%の増減に過敏に反応する。

前回にご紹介した藻谷浩介さんは、5月16日のプレジデント誌の中で、
この前年同月比について指摘しておられる。

彼が例に挙げているのは、日本の月次貿易収支である。

政府やマスコミが発表している対前年同期比は
2009年2月からずっと前年割れを続けている。
これを見て、「日本の貿易輸出はちっとも回復していない」と判断しがちなのだが、
金額の「絶対額」をグラフにすると、2009年2月から緩やかに増えて回復基調にあることがわかる。
ただし、前年実績額よりは少ないので、対前期比で見るとずっと前年割れということになる。
金額自体がリーマンショック以前より低いということは事実であるにしても、まったく回復する気配もないわけではない。しかし、実際は毎月徐々に金額を増やしており回復基調であることがわかる。

藻谷さんによると、
「絶対値ではトレンドの変化を示す『変曲点』であるにも関わらず、依然として状況が変わっていないような印象をもつ。実態と大きくずれるのだ。対前年同期比では、変曲点はわからない。構造的に欠陥があるのである」という。

もちろん「対前年同期比」を一切使うなということではなく、
「絶対額」と併用すべきだということである。

対前年同期比だけ見ればユニクロはダウントレンド企業になるし、
反対に前年割れの前年割れの前年割れくらいしているが、下げ幅が小さくなっている百貨店は
「回復基調にある」ということになってしまう。
実際は逆で、ユニクロは依然としてリーディングカンパニーであるし、
百貨店は回復基調ではなく、実際は「下げ止まり」もしくは「底打ち」なのである。

自分も含めて「対前年同期比」の取り扱いには注意が必要である。

付加価値額を向上させるには?

 前回、5月16日の「プレジデント誌」に掲載された藻谷浩介さんの「企業は人件費を上げるべき」だという記事をご紹介した。

その続きなのだが、
この記事では「付加価値」についても述べられている。
人件費が安ければ安いほど良いのは、単純な製造業である。
反対に人件費を上げるなら、「付加価値」の高いサービス業が求められる。
ビル・エモット氏によるとここでいうサービス業とは、
単に接客業やウェイター、ウェイトレス、販売員だけを指すのではなく、
マーケティングやマネジメント、広報、経理、総務、コンサルタントなど直接に物を製造しないすべてを指す。

さて、この「付加価値」という言葉は、最近良く使われるが、
使っている多くの方々はあまり意味を理解していない。もちろんその中には自分も含まれる。
単に「なんだかよくわからないが、イメージ的に高価値がある物」くらいに考えておられるのではないだろうか。
少なくとも自分はそうだった。

藻谷浩介さんの記事によると
「付加価値」というイメージ先行型の曖昧模糊とした言葉ではなく
付加価値額、付加価値率という言葉で説明されている。

引用すると「付加価値額とは、企業の利益に加え、企業が事業に使ったコストを足したもの」と説明されている。つまり「企業の利益が高まれば付加価値額は増えるが、収支トントンの企業でも活動途中で「地元」に落ちる人件費や貸借料などのコストが多ければ、付加価値額は増える」ことになる。
藻谷さんの考えでは、地域経済全体で見れば、地元に落ちるコストも付加価値額に算入する。
モデルとして、国内だけで経済活動がほぼ回っていた江戸時代のシステムが挙げられている。

そして近頃盛んにいわれる「労働生産性を上げる」という命題だが、
人員削減を進めて生産量を維持・向上させるというやり方のほかに、
「ブランド価値向上」があるという。
ただし、ブランド価値向上には別のコストがかかるため容易ではないことも事実である。
繊維産地が苦しんでいるのは、この「別のコスト」を支払う気構えがない側面もある。

ちなみに藻谷さんによると付加価値率の高い産業とは、
売上の割に人件費がかかるサービス業が最も高く、
オートメイション化した自動車やエレクトロニクスが最も低い。
サービス業の次が繊維・化学・鉄鋼、その次が小売業であるという。

やや長くなるが引用する。

労働者の数を減らすのに応じて、一人当たりの人件費を上昇させ、人件費総額を保つようにすれば付加価値額は減らない。あるいは人件費の減少分が企業の利益(マージン)として残れば、付加価値額の全体は減らない。しかし、生産年齢人口の減少を迎えている現在では、自動車や住宅、電気製品と言った人口の頭数に連動して売れる商品では、マージンは拡大するどころか下がっていく。

とある。
たしかに、いくら良い住宅を開発しても通常の人間なら一生に買う家は1軒、多くて2軒である。
電気製品も同じで、いくら良いテレビがあっても普通の人は、10年弱は買い替えない。
自動車も同様である。人口が多ければ多いほど売上が増える商品であり、人口の少ない国では売上は増えない。だから韓国は海外に売りに行くのである。

反対にさまざまな分野で事細かに分業化されていたのが
江戸時代の日本のシステムである。
明石散人氏は、著書の中で「大井川の渡し人」を例に挙げられている。
江戸時代、大井川には橋がなく、渡し人足が肩車で担いで向こう岸まで渡していた。
ただ、雨が降ると川が増水して、とてもじゃないが人間の背丈を越える。
その場合、旅人は川の水が減るまで、岸辺の旅籠に宿泊した。

一見すると不便なシステムである。
いくら江戸時代と言えども大井川に橋をかける技術はもちろんあった。
しかし、幕府は橋をかけなかった。
もちろん、西から攻め上がりにくいようにしたという側面はあるが、
それだけではなく、渡し人という職種が増え、雇用が維持されるという別の側面も生まれた。
また長雨で逗留するために、川岸には多数の旅籠が生まれて宿場町となり、
これも雇用を創出する効果があった。

藻谷さんのおっしゃる「人手をかけブランドを向上させる」という措置に通じる部分がある。

日本は、戦争や江戸時代以前の大飢饉以外に人口減少局面を迎えたことがない。
これからは未知の領域に足を踏み入れるのであるから、定説と逆の発想も必要ではないだろうか。
その意味も込めて、2回に分けて藻谷さんのプレジデントの記事をご紹介させていただいた。

企業は人件費を上げるべき?

 国内産業において、バブル崩壊後から一貫して「コスト削減」が進められてきた。
それでもいまだに経済は良くならない。最大のコストは人件費だから、これをさらに削れば良いという風潮があった。人件費をドンドン切り下げて例えば中国や、東南アジア諸国並みに抑えたとして、それで経済が復活するのだろうか?残念ながらまったくそんな気がしない。

5月16日のプレジデント誌に日本政策投資銀行の藻谷浩介さんの執筆された記事が掲載されたのでご紹介したい。たまには違う方向から状況を眺めてみるのも有効だと思う。

藻谷さんは、一貫して「人件費を上げれば可処分所得が増え、経済が活性化する。企業は人件費を上げるべきだ」と主張されておられる。
現在のデフレは「デフレーションではなく、需要量不足・供給過剰に陥っているための商品の値崩れ」であるという。

これを衣料品に置き換えて考えてみると、
需要量は増えている。衣料品への参入障壁は低く、OEM/ODM生産のインフラも整っているから、少額の資金さえ用意すればだれでもブランドが起こせる状態にある(実際はこれほどシンプルではないが)。衣料品ブランドは倒産・廃業などがあるものの全体としては増えていると体感する。
また消費者一人一人はすでに夏服・冬服ともに十分な在庫を抱えており、それほど大量の洋服は必要ではなくなっている。衣料品の業界もあきらかに需要量不足の供給量過剰に陥っている。

そして多くの消費者の可処分所得は人件費削減によって低下しているので「以前ほど高額な洋服は買えない」ということになる。ならば「比較的低価格でそれなりの品質の洋服を提供しましょう」というブランドが出現する。そのブランドも一人あたりの消費者がまとめ買いすることは考えにくい。ブランドの規模を大きくしようと考えると「安い商品を大多数の人に少しずつ買ってもらう」というモデルが一番わかりやすい。

ユニクロの勝ちはこういう側面が強いと思う。

藻谷さんが問題としておられるのが、
IMFのデータで、PPP(購買力平価)ベースの一人当たりGDPで日本が台湾に抜かれたことにある。
台湾は24位、日本は25位になり、韓国は28位まで追い上げている。ちなみに中国は100位台である。
1位はカタール、6位が米国、ドイツは21位。

そこから「日本はこれ以上人件費を安くする必要があるのだろうか?台湾や韓国にとって一人当たりの所得を上げる意味は何か。それこそ人口の少ない国の生きる道だからだ。(中略)シンガポールは人件費の安い産業は追い出し、人件費の高い産業を優遇した。シンガポールのPPPベースの一人当たりGDPは4位で、日本の1・5倍である」とまとめておられる。
そして、ここが一つの有益な方向性だと思うのだが「日本が人件費を下げようとするのは10倍の人口を持つ中国に同じ土俵で競争を挑むようなものだ。日本の財界人の多くは、日本の人件費が高すぎると嘆き、日中の人件費格差が縮まることをのぞんでいるように思える。そうなれば、日本経済の規模は相対的に縮小し弱体化するだろう。人件費が下がれば国内市場も死んでしまう。どう考えても活路はない」と述べておられる。

人件費を下げれば、人口の多い国が絶対的に有利である。
中国羨望論・インド羨望論はまさしくそれの究極であろう。
日本はこれから人口が減少していくのだから、人件費を下げて中国やインドと同じ分野で競争しても勝ち目はない。一人あたりのGDPを高めることで日本の経済規模は維持・拡大できることは理にかなっている。

ただ問題は、藻谷さんのこの文章の冒頭にあるように
「そうおっしゃるならわが社だけ(人件費を)上げても良い。だが、おそらくわが社だけがつぶれる」と返答した企業トップがいた。それでも藻谷さんは「貴社だけが人件費を上げて、他社にも追随を訴えるか。それとも全社が人件費を上げずにみんなでつぶれるか。そのどちらかしかない」と訴えられた。

人件費をどこが先頭を切って上げるか。ここが問題となる。
そして、他社に向かっても人件費向上キャンペーンを行わねばならない。
それほど度量のある国内企業とそのトップが今どれほどあるのか。
問題はこの1点ではないか。

日本がダメなら中国に行く。とか外国に逃げる。という人はそうすれば良いが、
大半の日本人にそういう選択肢はなし、自分自身は採るつもりがない。
日本の国内市場は世界よりは小さいが、韓国や台湾よりずっと大きい。
莫大な利益を上げようと思わなければ、国内市場だけでも生計が成り立つ。
そのためには、日本経済再生が必要となるが、
現在のコスト削減競争では、企業も消費者も消耗戦を強いられているようにしか思えない。

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